北の大都市ハンブルクから特急で約2時間の、ロストック近郊から伸びる、「メークレンブルク観光鉄道」。観光鉄道と名を変えてはいますが、ここで走る蒸気機関車も、ハルツと同様、戦前から残る現役の蒸気機関車が活躍しています。 ●「モリー」の名の由来
「観光鉄道」とは言っても、この鉄道は旧東ドイツ国鉄(DR)の路線でした。ドイツ統一後、一度はドイツ鉄道の管轄になりましたが、その後第3セクターとして再出発しました。線路は数々の遍歴がありますが、この鉄道の主役は「モリー」の愛称で親しまれている蒸気機関車。1932年製の戦前生まれ。70歳を越える現役の蒸気機関車です。「モリー」とは、ドイツ語で、「ぽっちゃりした女性」のことを意味するそうです。900mmの軌道にどっしりと乗っかっている機関車の姿を見ると、この愛称のことが頷けます。
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●街中を走る路面汽車!?
ロストックから単線のローカル線で約20分の、バート・ドベランが「モリー」の始発駅です。バート・ドベランの駅に着くと、隣のホームで「モリー」が発車を待っていました。黒いボイラーに赤い足回り。ドイツの蒸気機関車の標準塗色の機関車に、荷物車を含めた赤とクリームのツートンに塗られた客車が7〜8両。もちろん「モリー」が牽引する列車に乗ることも目的ですが。私はこの列車を見送り、バート・ドベランの街の中へ歩みを進めました。今回、この地を訪ねた一番の目的は、「街の中を走る」モリーを見ることです。実はこの路線。バート・ドベランの駅を出ると、すぐに道路の交差点を斜めに横切り、そのまま石畳の商店街の真ん中を路面電車のように進んでいきます。路面電車とはいっても、引っ張っているのは蒸気機関車。人も自動車も通行する道路を、煙を上げながらゆっくりと進んでいくのです。商店街の狭いところでは、建物との距離が2メートル程に迫るところもあり、まるで遊園地みたいな鉄道ですが、買い物帰りのおばちゃんをはじめ、地元の人たちも多く利用しています。
その商店街に「モリー」がまるで自分の存在をアピールするかのように、煙を上げ、鐘を鳴らしながら近づくと、静かだった商店街が活気付き、観光客は立ち止まってカメラを構え、列車の乗客と、歩行者は互いに手を振り合っています。しかし、地元の人たちは何事も無いようにウインドショッピングを続けていました。商店街には、バート・ドベラン・シュタットミッテ(直訳するとバート・ドベランの街中)という停留所があり、列車が停まると、乗客はデッキから好き勝手に乗り降りしていました。機関車も年代ものなら客車もレトロ。もちろんこの客車には、自動ドアなどという近代設備は無く、デッキにある鉄の棒1本が、その役目を果たしています。
●入換作業
商店街での撮影を終え、バート・ドベランの駅に戻ると、ちょうど入換をしていました。客車を分割したり、次の列車の先頭に立つために機回ししたりと、モリーは構内を忙しく動き回っていました。誘導をしていたのはブラウス姿の女性の車掌さん。三つ編みにした金髪をたなびかせて、機関車に掴まっていました。ポイントの手前で飛び降り、慣れた手つきで転換すると、大きな声で機関士に合図を送り、再び機関車に飛び乗っていました。入換が終わると休む間もなく、折り返し列車に乗務していました。
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●「モリー」に乗車
ひととおり撮影を終えて、「モリー」に乗車しました。乗車したのはこの日の最終列車。バート・ドベラン18:45発です。これ以降の時間帯は、バスが代行運転しています。5月のドイツは日が長く、日没は21時頃なので、この時間でも少し日が傾いたぐらいでした。列車はバート・ドベランを発車するとすぐ、例の商店街に入ります。シュタットミッテの停留所に停まり、鐘の音を響かせながら、商店街を我が物顔に進んでいきます。列車から見てもやはり狭い路地。客車のデッキから店の看板に手を伸ばせば届きそうでした。速度はゆっくりで、道路が交差するところでは一旦停止し、安全を確認しながら進みます。
商店街を抜けてすぐ、ゲーテ・シュトラッセ(ゲーテ通り)停留所に停車。ここからは住宅街ですが、線路は相変わらず石畳の中です。片側1車線の道路をゆっくりと進むので、自動車は列車の後ろをついて行くしかありません。道路をモリーが通行するときは、7〜8両の客車の後ろに、さらに自動車が何台かつながってしまいます。
住宅街を抜けると専用軌道に入り、モリーはスピードを上げます。最高速度は50km/hですが、迫力ある煙と音を出し、そして車内は激しく横と縦に揺れ出しました。ここで車掌さんが来たので切符を買いました。終点まで5ユーロ。約600円でした。車窓はどこまでも続く菜の花畑がきれいで、傾いた陽に照らされて輝いていました。モリーは時々大きな汽笛とともに減速し、踏切を渡ります。ドイツでは自動車が踏切で一旦停止することは無いので、ローカル線ではよく列車の方が徐行します。
菜の花畑を抜け、小さな街に入ると、やっと駅らしい駅に停まりました。ここで数名の乗客が乗りました。昼間は観光バスで乗りつけていた観光客が多かったのですが、この時間帯は地元の利用者が多いようです。しかし、この列車の乗客は20名程度でしたので、やはり観光客無しでは存続は難しいようです。併走する道路にたくさんの自動車が行き交っているのを見ると余計にそう思ってしまいます。列車はふたたび発車し、林と菜の花畑を抜けていきます。このあたりはバルト海の海岸沿いのはずですが、列車から海を見ることはできませんでした。
19:24。列車は終点のオストゼーバート・キュールンクスボルン駅に到着。陽はさらに傾き、低い光線が長い影をつくっていました。機関車はすぐに切り離され、留置線に移動。ここで機関士たちが降りてきて、モリーを磨き始めました。鐘の音、蒸気の吹き上げる音、線路をきしませる音、そして汽笛の音・・・。すべてが静まり返った駅の構内は、ゆっくりと時間が流れていました。
 |  | 商店街を行く | 終点で入換 |
※オススメ情報 バート・ドベランの駅は小さく、コインロッカーの設備はありません。日帰りされる方はロストック中央駅のコインローカーをオススメします。お土産類は、バート・ドベラン駅のほか、商店街の入り口、バート・ドベラン・シュタットミッテ駅前のインフォメーションでも扱っています。バート・ドベラン駅から商店街までは徒歩7〜8分なので、乗車するだけではなく、街を散策しながら「モリー」をカメラに収めるのも、この鉄道の楽しみかと思います。 ※2003年5月訪問。「社内誌」2003年9月号に掲載されたものを加筆訂正しました。 |