
▲寝台特急さくら・はやぶさ、2004年撮影。 むかーしの話。寝台特急「富士・はやぶさ」なんていう列車はなかった。「富士」と「さくら・はやぶさ」という2本の列車だった。
「富士・はやぶさ」が走る1時間前のスジに「富士」が走っていた。けっこう早い時間だったので撮影も楽だった。ちょっと明るいレンズがあればISO100のフィルムでもぜんぜん問題なく撮影できた。
でも2005年のダイヤ改正で「富士」が「はやぶさ」と併合されて、「さくら」が残念なことになって・・・「富士・はやぶさ」は「さくら・はやぶさ」のスジを走ることになった。つまり、走行時間が遅くなって撮りづらくなったんだね。
「さくら・はやぶさ」が現役だった頃は暗くて撮りづらいなあ、と思ってた。救いは富士プロヴィアF の増感性の高さ。カツンと二段増感してもRHPやRMSよりもずっとキレイだった。プロヴィアFはフィルム時代の最後に咲いた花。理想の撮像機材だった。
でも、やがて「富士・はやぶさ」の時代になると、なんとくデジタルな時代が到来した。業界激震の安値で登場したEOS 10Dの中古、世代を飛び抜けた画質の20D/Kiss DNが誰にでも簡単な撮影を現実のものと知れくれた(初代Kiss D、あれはないっしょ。AFモードの切替がAiサーボとMFだけなんて! AFロックもできなかったぞ。必須ロシアン・ファーム!!)。
でもまだ画像処理エンジンは初代DIGICとかDIGIC IIなので、他のメーカーは名無しだったくらいで、今と違って高感度域の描写がノイズレスなわけではなかった。
いたるところに時代の変わり目が。カメラだけでなく鉄道列車も変遷が。
撮影データは、ミノルタα-9+AF80-200mmF2.8G。富士プロヴィアF ISO100、二段増感。
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