このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください


 神社・仏閣参拝記(16)         

高砂神社

兵庫県高砂市
 謡曲「高砂」

 ここはめでたく、謡(うたい)をします。岩手にいた時は、お早苗ぶり(お田植えの終わった後に集落で行う慰労会)で、爺さんとかこういう謡をよくやっていましたね。

  高砂や、この浦舟に帆を上げて
  この浦舟に帆を上げて
  月もろともの出汐(いでしお)の
  波の淡路の島影や、遠く鳴尾の沖過ぎて
  はやすみのえに着きにけり
  はやすみのえに着きにけり
  
  四海波静かにて、国も治まる時つ風
  枝を鳴らさぬ御世なれや
  あいに相生の松こそ、めでたかれ
  
  げにゃ仰ぎても、事も疎(おろ)かやかかる
  代に住める、民とて豊かなる
  君の恵みぞありがたき
  君の恵みぞありがたき

 そんなわけで、兵庫県高砂市にある高砂神社に参拝してきました。


高砂神社の鳥居

高砂神社

 やはり、それなりに歴史ある神社らしく、石の鳥居からして、なかなか重々しいですね。
 社伝によると、神功皇后が半島に出兵せられた時、大己貴命のご守護により、わが軍は敵を平らげました。皇后が凱旋の途中、この地(鹿児の水門・後の高砂)に停泊なされた時、大己貴命はわれはここに停まり国土を守りたいと告げられたので、神教にしたがって宮を建てて阿閇臣の祖瀬立大稲起命を祭主として斎き祀らしめたのが始りだそうです。



高砂神社の社殿

右近の橘

左近の桜

ブライダル神社 高砂

 高砂といえば、結婚式。
 しっかりありますね、結婚式場。こういう式場で結婚するとなんか有り難味がありそうです。

結婚式場の「高砂神社会館」と夫婦和合のシンボル「相生の松」
 さて、建物の壁に描かれているのが、「尉と姥」なのでしょう。この「尉と姥」というのは、伊弉諾・伊弉冊(イザナギ・イザナミ)の神であるらしく、また相生の松とは、根が一本の松だが雌雄が左右に分かれて枝葉が茂ったものです。
 尉と姥の二神が現れ「神霊をこの相生の松に宿し、世に夫婦の道を示さん」と告げたことから、霊松として人々の信仰を集めるようになったそうです。

 そんなわけで、高砂と言えば結婚式につきものになったのでしょうか。


能の舞台での高砂について

 さて、能の舞台で演じられる「高砂」についてもう少し考えてみました。

 まず、九州の阿蘇の宮の神主・友成が都に上る途中、播州高砂の浦に立ち寄ります。
 その浦では、白髪の老人夫婦が松の木陰を掃き清めています。
 最初の小謡はこの老人夫婦がこの松について謡う説明の謡です。

 小謡1
  所は高砂の。所は高砂の。尾上の松も年ふりて。
  老いの波も寄り来るや。木の下蔭の落ち葉かくなるまで、
  命ながらえて。なほ何時までか生の松。
  それも久しき名所かな、それも久しき名所かな。



尾上の松とは、加古川を挟んで対岸にある尾上神社にある松です。実際そこにも相生の松というのがあるそうで、両者の関係は不明です。

 友成は老夫婦に、高砂の松というのはどの木かと尋ね、さらに国を隔てた高砂の松と住吉の松とを相生の松という訳や、高砂の松の目出度い謂われなどを尋ねますと、夫婦は故事などを引いて詳しく答えます。

 小謡2
  四海波静にて、国も治まる時つ風。枝を鳴らさぬ御代なれや。
  あいに相生の、松こそめでたかりけれ。
  げにや仰ぎても、事もおろかやかかる代に、住める民とて豊かなる。
  君の恵みぞありがたき、君の恵みぞありがたき。

 小謡3
  高砂の、尾上の鐘の音すなり。
  暁かけて、霜は置けども松が枝の、葉色は同じ深緑。
  立ち寄る蔭の朝夕に、掻けども落ち葉の尽きせぬは、
  真なり松の葉の散り失せずして色はなほ、真折の葛ながき世の。
  喩えなりける常磐木の、中にも名は高砂の、
  末代の例にも、相生の松ぞめでたき。

 話が終わって、老夫婦は、実は私どもがその相生の松の精であると打ち明け、住吉でお待ちしましょうと言って、小舟に乗って沖の方に消え失せます。

 友成が舟で住吉へ行く場面を謡ったのが、次の小謡です。

 小謡4
  高砂や、この浦舟に帆をあげて。この浦舟に帆をあげて。
  月もろともに出汐の、波の淡路の島影や。
  遠く鳴尾の沖過ぎて、
  はや住江に、着きにけり、はや住江に、着きにけり。




高砂神社の近くに広がる河口の高砂港、やはり
この浦から帆を上げて出発したののでしょうか。

 友成が住吉に着きますと、住吉明神が現れて神舞を舞い、御代万歳・国土安穏を祝います。その最後の謡の部分が次の小謡で、相撲や歌舞伎でも使う「千秋楽」の語源ともなっています。また会などの最後に謡われることが多いため、付け祝言と言われています。

 小謡5
  千秋楽は民を撫で、万歳楽は命を延ぶ。
  相生の松風、さっさつの声ぞ楽しむ、さっさつの声ぞ楽しむ。


 そんなわけで、めでたいとされて婚礼の席で歌われるようになったそうですが、やはり、何事にも起源を触れると神社の有り難味を感じますね。

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