このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください



相田みつを 〜わたしの美術館〜


無心                            


身体を斜めにして
やっとの思いで電車の吊り皮に
ぶらさがっている
わたしの顔のすぐ前に
若いお母さんにおんぶした
赤ん坊の顔があった

生まれて一年ぐらいかな?
ねんねこにくるまっているので
男の子か女の子か
ちょっと見当がつかない

その赤ん坊が
わたしの顔を見てニッコリと笑った
あんまり可愛かったので
わたしも笑い返した
こんどは赤ん坊が
クックッと声を出して笑った
その声に気がついて母親が
うれしそうにわたしに微笑んだ

見ず知らずの大人のわたしが
どんな人間なのか
わたしがいま何を考えているのか
いま、なんのためにこの電車に
のっているのか−
この赤ん坊にも母親にもわからない
赤ん坊は世間の垢にまみれたこのわたしを
全く疑わない
たゞ無心 たゞ無心

無心の赤ん坊の笑いに誘われて
わたしも思わず無心に笑い返した
そして、母親も無心に微笑んだ

無心と無心と無心のふれ合い
身体がねじれるほど混み合う電車の中にも
こんな気持のいいひとときが
あったのです
出典「雨の日には・・・・・・」(文化出版局)出版


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