新大谷沢抗2007.04.18
豊之澤炭鉱
[豊之澤炭鉱]
所在地> 赤平市字百戸169番地
昭和32年2月、北星企業(株)に施業認可後10年間採炭され石炭坑名は「新大谷沢坑東部番外坑」
として全出炭量を赤間鉱へ納炭していた。豊之澤炭鉱は昭和37年5月17日午後10時10分頃、
東部番外坑採炭跡地付近でガス爆発が起き3名が亡くなった。翌日三片カブト坑後向きで
ガス爆発が起きたので密閉作業を行っていたが再びガス爆発が起き作業員が重傷を被った。
そのため坑口に水を注水して水没させたため操業対策として昭和36年4月閉山、5月1日に北星企業(株)と
合併していた大同商事(株)の新大谷沢炭鉱の再活用を決め12月より出炭を開始した。石炭坑名も
「新大谷沢坑」となり4年間操業ののち石炭鉱山整理促進交付金のため昭和41年12月29日に事業を終了、
昭和42年3月10日に租鉱権抹消のため閉山した。
>産出量(最大) 49,000t/年(昭35)
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当時の操業風景(昭和40年頃)
2007.04.18撮影





中はこのように何もない




少し上から望む

この3本の鉄柱はこの上に立てられていた建物の一部だそうです



遠くには「北の京あしべつ」の観音様が見える


積み込み用のシューターのようです

坑口跡からイオウを含んだ水が湧き出ている

この水は水田に流れ込まないように排水路が設備されている

炭鉱遺構全景
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