このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください
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町の風景は変わっても、昔からその町のことを見つめ続けてきた場所というのはどこにでもあります。
宮崎県最大の歓楽街である宮崎市西橘通(=通称“ニシタチ”)にも、昭和31年開業のトリスバー“赤煉瓦”等があり、宮崎市の夜空を煌々と照らし続けている。
その赤煉瓦からニシタチの中心部へと酔い心地に身を任せて歩いてみようか。すると、水色のネオンが涼しげな古い建物が目に入ってくる。ちょうどダイヤモンドビルの向かい側。
道行く人の中に、その建物の存在を気にとめるような人はいなかった。言ってみれば、風景にとけ込んでいるのだろうか。
この建物こそが、前述の赤煉瓦とともにニシタチの創生期を支えた名物横町“安兵衛小路”である。
昭和32年に今の県庁楠並木通りから営業を追われた屋台経営者を受け入れる形で開業。開設当時には21件の店が連なっていたそうだ。
一歩足を踏み入れると、コンクリートの床がひんやりとネオンに照らされて輝いている。天井には屋号が書かれた赤提灯が下がっていたが、光量不足の蛍光灯の明かりがよけいに郷愁を誘った。どこか懐かしく、周辺の建物とあまりにかけ離れた外観に近寄りがたい雰囲気を持っている。
このニシタチの象徴ともいえる建物は今年度いっぱいで取り壊されることとなっているのだ。
それぞれの店舗の大きさはわずかなスペース。鹿児島の名山堀の“
鷹
”でも感じたが、変形6角形の窓から覗いた感覚は「膝をつき合わせて座る」といったまんまだった。
トイレもこのような具合だ。古いがきちんと清掃が行き届いている。2階へと続く階段もあったが、今は使われていないのだろうか。ただ、女性用のトイレのドアが見えるだけだった。
実は、この日。職場の忘年会だったのだが、幹事役ということもありほとんど食べていなかった。小腹もすいてきていたし、せっかくだから1件のおでん屋に入ってみた。 『りつ子』という店である。店内はカウンターで10席ほど。たまたまだったのか、こぎれいな店内には女将さん一人であった。
大根と厚揚げ、そして焼酎を頼んでから撮影の許可を求めたところ、快く承諾していただく。
「新聞社の方ですか?」などと聞かれたが、こちらは業界の人間ではなく単なる素人だからカメラを構えるという行為が少し恥ずかしかった。
目の前には開業した38年前から注ぎ足し注ぎ足しの出汁で炊かれたおでん。
女将さんによれば仕込みは開店前の午後3時から店に来て行っているのだとか。銀杏、すじ、こんにゃくに巾着・・・。どれもうまそうだねぇ・・・。
小皿にうす茶色に染まった大根と厚揚げが目の前で取られていく。
おでんをつつきながら、話を聞いた。
今、この建物で営業しているのは6店舗ほどしかないそうだ。来年の3月いっぱいでこの建物が取り壊されるのに対して、反対運動を展開しているという。
女将さん:「向こうが言う建物の老朽化というのもわかっているの。
でも、もうこの年(確か60代だった。失念)だし、新しいところで
営業するのもいい。でも、ビルのオーナーが提示する
立ち退き料をもらっても全然足りないかもしれない。
あまりに一方的だし、もう後5年もすれば私も体がついて
行かなくなるから、それまではここで頑張ろうって
反対しているの。」
「決して、何もかも反対じゃないのだから。」とお手製のちらし寿司と漬け物を出してくれながら女将さんは重ねて言った。
“黒霧島”のお湯割りを飲みながら、寿司を食べた。酢が適度に効いていて絶品である。漬け物も少し醤油を垂らして食べたが、ひんやりとした感触がうまかった。
その後も営業したての頃の話を聞いたりもしたのだが、県庁や市役所が近いためか、昔は行政マンの常連でにぎわったそうだ。今でもその内の幾人かは訪ねてきてくれるという。
どうやら私が来たのは店が一段落した頃だったようで、「出汁がまだしみこんでいなかったでしょう?」とおでんの具を仕込みながら心配をしてくださった。
・・・結局、30分ほどしかいなかったが、静かでしんみりと暖かい時間であった。帰り際、反対運動に賛成する署名を求めらたので当然ながら記名してきたが、その時女将さんがおっしゃった言葉が印象深かった。
女将さん:「建物が老朽化して危ないというのはわかっているの。
だから建物の建て替えには反対はしていない。でも建物が
変わっても、昔のニシタチの姿を知る人が集まって思い出話に
花を咲かせることのできるようなお店が無ければと寂しいと
思う。」
移り変わりが激しい歓楽街で長く営業してきた歴史。そしてその町の移り変わりを見つめてきた人・・・。私はいろいろと難しいことを考えながら北側へ向かって通りを歩き出した。
(05.12.23)
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