このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

 

 

第3章 総括

 

 

■総括

 プロジェクトの社会的意義鉄道会社の健全経営
 (B/Cの高さ) 
A分類
B分類
C分類××
D分類×
E分類

 費用対効果分析とは、詰まるところ「誰を主体にして」「どの便益を採りあげるか」によって、数字の評価が大きく異なってくる。

 運営会社にとっては、プロジェクトの社会的意義の高低にかかわらず、健全経営が実現できればそれで充分であろう。

 国にとっては、社会的意義の高いプロジェクトを優先的に推進する義務がある。ただし、いくら意義が高くとも、その運営会社が破綻するような(あるいはその逆に法外な利益を享受してしまうような)スキームを構築することは避けるべきである。

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 以上の観点からして、現実にありえないのはB分類である。国がプロジェクトコストを負担して、かつ運営会社が大きく受益するというのは、国による運営会社への直接補助に近く、決して許されない。

 運営会社の受益を設備使用料等のオプションにて国に移転させるスキームを構築すれば、上記の問題は解消されるものの、E分類と同様の問題が発生してしまう(後述)。

 次いで考えにくいのが、C分類である。営業すればするほど赤字になるとは、最終的に破綻せざるをえないからである。対象プロジェクトが極めて重要で、営業赤字も国が補填するとの社会的合意が得られれば話は別だが、通常は成立しにくい。

 E分類のプロジェクトは、民間が積極的に参入すべきである。単独でも健全経営が可能であるならば、国が関与する必然性は薄い。ただし、巨額の資金調達が難しいとか、法的な参入規制があるような場合、国は側面的な支援を講じるべきであろう。

 ただし、E分類のプロジェクトには利用者便益が発生していない、という点に留意する必要がある。プロジェクト実行により発生した時間短縮を、特別料金課金で相殺しているので、利用者便益(消費者余剰)が発生しないのである。

 である以上、なおのこと、国はこのプロジェクトには関与するべきではない。むしろ、利用者が搾取されないよう、法的規制などにより運営会社を監視・規制する必要を認めてもいいほどである。

 D分類は、民間参入の失敗事例である。社会的意義が高くとも、運営会社が破綻してはプロジェクトを維持できない。このような事態にならないよう、スキームを構築する必要がある。

 国が関与するプロジェクトの理想型は、A分類である。社会的意義も高いし、運営会社は健全経営となる。受益の範囲内で設備使用料をとるスキームを組めば、現金ベースでのリターンを得ることもできる。

 

■最後に

 世の中には様々な形態のプロジェクトが存在する。社会的意義の高低、運営会社が健全経営可能か否か、この観点だけに絞っても多くのバリエーションが存在する。

 市場開放・規制緩和という大きな流れからすれば、運営会社が自力償還可能である事業(上に定義したE分類プロジェクト)は、民間活力に委ねるべきであろう。かような事業への国の積極的関与(例えば運営会社を国直営とするなど)は、現代の社会においては、国による搾取との指弾を受けても仕方ないほどの不義であろう。

 しかしながら、全てのプロジェクトがE分類になりえるかといえば、必ずしもそうではない。社会的意義が高くとも、運営会社が自力償還できない事業も、一方には存在する。

 国が関与すべきは、社会的意義が高く、運営会社が自力償還不能でも、スキーム次第では健全経営できるようなプロジェクトであり、これらを補助金などのオプションをもって後押しすることである。具体的にいえば、国に求められる役割は、上に定義したD分類をA分類に押し上げるための手助けである。

 

 費用対効果分析そのものは、社会のあらゆる場面において、個人レベルから企業レベルまで様々な判断基準をもって、半ば無意識のうちに実行されている。

 そして繰り返しながら、利用者便益とは、社会全体に発生する貨幣換算した効用の増分である。必ずしも現金ではないことに留意すべきである。

 ここで、国が、利用者便益を分子とする費用対効果分析を行うという行為そのものが、費用(投資)に対するリターンは必ずしも現金ではなくてもよいと割り切っていることを示唆している。明確に意識されているかどうかはともかく、そういうことなのである。

 例えば、我々が千円を使うとして、その対象が買物であれ食事であれサービスであれ、千円相当のものを求める、ということになるだろう。千円の投資には千円以上のリターンがなければならない、というのは投機家の発想である。

 国が費用対効果分析を行いプロジェクトを採択するという流れは、「投資に見合うだけの効果」があるかどうかの判断を行っているにほかならない。「投資に見合うだけの現金ベースでのリターン」までは求めていないのである。

 

 勿論、国といえども、収入と支出が均衡しなければ破綻してしまう。

 それでも、利用者便益分析を分子とする費用対効果分析を行いプロジェクトを採択する以上、方向性は正しい方角を向いている。

 なぜならば、第1部にも記したとおり、「社会全体の効用が増加」すれば「財産価値も向上し国富が増加する」という流れが「利用者便益分析」の本義であって、最終的に帰結された便益の一部もしくは全部をいずれ「税」にて回収できる可能性があるからである。

 

 

■了■

 

 

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