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「のぞみ」シフトを検証する(結論編)

 

 

■「のぞみ」シフト総評

 以上までの分析を通じてみると、「のぞみ」は「新幹線ビジネスきっぷ」を入手困難な、主に中距離区間の一般利用者に支えられていると推測できる。実際のところ、一般利用者に対する「のぞみ」「ひかり」価格差は妥当な水準であるばかりでなく、「のぞみ」の方が「ひかり」よりもむしろ効用が高い。ひょっとすると、JR東海はそれまで新幹線に目を向けていなかった層の需要の開拓をも狙っていたのかもしれない。

 その一方、ヘビーユーザー(特に東京−新大阪間)に対する「のぞみ」「ひかり」価格差は過大である。これほど差額があると、JR東海にはヘビーユーザーの「のぞみ」集中を避ける意図があったとしか思えない。旧ダイヤは「のぞみ」毎時2本運行と銘されてはいるものの、実質的には毎時1本運行(繁忙時間帯のみ増発)であるから、「のぞみ」への利用者集中はあまり好ましくないことは確かである。

 従って、需要を平準化し、一般利用者とJR東海の二者に利益をもたらすという意味において、「のぞみ」「ひかり」の価格差設定は妥当であったといえる。

 しかし、この運賃料金設定を現ダイヤにも適用することについては、疑問を呈さざるをえない。「のぞみ」が毎時3本運行(実質的には2本)となり、「ひかり」は運行本数が減ったばかりか、全体的に所要時間が延びており、利用価値が下がっている。そんな状況で「のぞみ」「ひかり」価格差がそのままというのは、如何なものか。

 しかも、現ダイヤの速達型「ひかり」は「のぞみ」との所要時間差が短くなっている。新横浜停車「のぞみ」と比べれば東京−新大阪間で17分差しかない。してみると、価格差がそのままとは、整合性にいよいよ欠ける。

 現ダイヤに移行した時点で、「のぞみ回数券」「のぞみ変更券」の値下げを断行、一般利用者の価格差なみとするべきだったのではないか。いずれ大増発する方向性が示されているのだから、「のぞみ」を最高利用価値の列車として位置づけ、常に満席になるような価格設定をし、「のぞみ」待望論を呼ぶような環境構築をしておく工夫をしてもよかったように思う。

 そして、品川駅開業に伴うダイヤ改正時には「のぞみ料金」そのものを廃止するべきであろう。その時にはおそらく区間各駅停車型「のぞみ」も出てくるはずで、かような列車に「ひかり」を冠するとそれはそれで速達区間での整合がとれないからである。

 
 京都に到着する 700系列車「のぞみ」(平成13(2001)年撮影)
 新幹線の汎用系。最高速度 285km/hと 500系より後退しているが(しかもこの最高速度は東海道新幹線区間では発揮されない)、より経済的で、車内空間も快適である。前面形状は独特で、カモノハシというか靴べらというか。新幹線に愛嬌を感じる車両が登場するとは、正直なところ意外であった。

 

■「のぞみ」は誰のものか?

 「のぞみ」シフトにより、東海道新幹線の利用者の質は大きく変化したと考えられる。東京−新大阪間のヘビーユーザー(主に出張利用者)及び東海道区間−山陽区間直通利用者は減り、東京−名古屋間に代表される中距離区間利用者が伸びている。

 東京−新大阪間ヘビーユーザーにとって、「のぞみ」シフトは不満の多い施策であろう。「のぞみ」を使うには運賃料金の差額が高すぎるし、かといって「ひかり」を使おうにも運行本数が少なくなっている。その不満は、東京−新大阪間の利用者数減少という結果として、顕著に現れている。

 以下は憶測であることを承知されたい。東京−新大阪間ヘビーユーザーの不満を、JR東海はおそらく意に介していない。むしろ、平成11(1999)年度を底として、東海道区間内相互の利用者数が伸びていることに自信を持っている。割引率の高いヘビーユーザーが逃げても、利益率の高い一般利用者が増えているから、かえって好ましい傾向とみなしている可能性さえ指摘できる。

 これはJR東海の企業戦略であるから、利用者としては不満を持っても、受容するしかない面がある。しかし、新幹線が本来最も力を傾注すべき、航空と競合する長距離区間の利用者減少傾向を放擲したままというのは問題である。山陽新幹線への直通利用者を増す施策が東海道新幹線の利用者増加に直結することは、過去のデータから明々白々である。その太宗を措いて、競合交通機関の少ない中距離区間の需要掘り起こしで満足するようでは、小成に安んじて発展をとどめ、将来のさらなる大を捨てるようなものである。

 長距離区間、東京−新大阪間ヘビーユーザー、中距離区間。これら利用者層は、あちらを立てればこちらが立たない類の需要とは決していえない。かような需要を総取りしようとせず、選択的に特定利用者層を伸ばそうという姿勢は、欲がなさすぎる。

 さらにいえば、JR西日本の企業戦略に沿わない方向性で利用者層を選択するのは問題である。長距離区間での競争力強化及び需要拡大は、JR西日本の切望とも呼べる課題である。しかもその成果がJR東海にまっすぐ反映される以上、利害は共通しているはずである。しかしながら、現状では両社の足並みが揃っているとは認めがたい。

 東海道新幹線と山陽新幹線を同じ会社が経営していれば、高い可能性のある施策として、こんなことが行われたのではないか。例えば、東北新幹線のように行先別愛称を設定し、利用者の分散を図るとか。例えば、博多「のぞみ」の東海道区間内相互での指定券発券をしないとか。これら施策はJR東海営業戦略の自由度を狭めるようにも見えるが、長距離区間の利用者数が伸び、その結果として東海道区間での輸送密度が高まれば、JR東海にも大きなメリットがあるはずだ。

 その観点からすれば、品川開業時からの利用者動向には真剣に注目しなければならない。東京発博多・広島行列車が全て「のぞみ」となり、「のぞみ」料金が約3分の1に値下げされることが、利用者にどのように受け止められるのか。所要時間は短縮され、利用可能な列車が増え、それに連動して供給される座席も増え、しかも付加料金は値下げされる。その帰趨は、「のぞみ」シフトの正否を端的に示すことになるであろう。

 

■「のぞみ」シフトの意義

 「のぞみ」は鉄道史の画期を刻んだ。20年以上もの長期間に渡って、わずかな進歩しか果たせなかった新幹線という交通システムに、最高速度向上・所要時間短縮の余地があることを示した。「のぞみ」の登場によって、東海道・山陽新幹線はもとよりのこと、整備新幹線までが大きな追い風を受けた。整備新幹線建設による所要時間短縮は、それまでに考えられていたよりも大幅な水準になり、その社会的意義がより大きくなると認識されたからである。「のぞみ」車両の開発は、新幹線インフラの価値をも高めたといえる。

 「のぞみ」は利用者には時間短縮メリットを提供した。特に一般利用者の受益が顕著であった。その反面、ヘビーユーザー(特に東京−新大阪間)に対する「のぞみ」「ひかり」価格差の設定は過大であり、その利用は抑制される傾向にあったといえる。

 これは「のぞみ」運行本数が少ない時代においては、需要平準化に寄与するという意味において妥当な措置であった。また、「のぞみ」=最高クラス列車とのブランドイメージ確立に、この価格差が影響を与えたかもしれない。そしてなによりも、「のぞみ」料金の設定はJRが得る利益を押し上げた。利用者側も事業者側も受益したのだから、「のぞみ」シフトの方向性は適切だったと高く評価するべきであろう。

 しかしながら、「のぞみ」3本運行ダイヤになった今日では、運賃料金設定の見直しが必要であろう。現時点では一般利用者とヘビーユーザーの「のぞみ」「ひかり」価格差を同水準に揃えるべきだろうし、品川駅開業時には「のぞみ」料金そのものを廃止するべきであろう。

 ヘビーユーザーへの「のぞみ」「ひかり」価格差を維持した場合、東海道新幹線の需要は確実に減退する。需要減退を避けるためには、たとえ一時的減収になろうとも「のぞみ」料金廃止は必須といえる。「ひかりレールスター」の成功を見れば、それは論じるまでもなく明らかであろう。

 「のぞみ」を生かすも殺すも運賃料金設定次第、そんな重大な岐路にさしかかっている。

 
 新大阪に到着した 700系列車「ひかりレールスター」(平成15(2003)年撮影)
 「のぞみ」なみの速達サービスを、付加料金なしで実現させた意義は大きい。しかも、普通車指定席は4列掛けと、グリーン車なみの快適な居住性を提供している。JR西日本営業戦略の方向性がよく表れている列車ではあるが、しかし、JR東海との整合性がよく図られているかとなると、かなり心許ない。

 さらに小技を効かせるならば、停車駅パターン(つまり表定速度段階)に対応した列車名称設定をやめ、行先別の列車名称を設定するのも一策である。例えば、博多・広島行を「のぞみ」、岡山行を「みらい」、新大阪行を「ひかり」、名古屋行を「こだま」にする。これに「のぞみ」「みらい」の東海道区間内相互での指定券発券制限とあわせれば、利用者の流れを分離誘導することが可能になるのではないか。少なくとも、博多「のぞみ」に名古屋までの利用者が集中するような事態は避けられるはずだ。

 以上の施策を総合して行えば、長距離区間においても、新幹線即ち「のぞみ」利用者は増加に転じ、縮減した全体の需要をも回復させると、筆者は確信している。

 

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