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W杯に見る在来線波動輸送の限界(前半)

 

 

■W杯印象記

▼まず総括

 2002年サッカーワールドカップ(以下W杯)は、ブラジルの優勝にて幕を閉じた。日韓両主催国以外のチームは言語文化食事などあらゆる面でアウエーであったこと、世界的に見ても稀な高温多湿な気候での試合だったこと等々、今までのW杯と比べて特殊な状況が多かったかもしれない。もっとも、それは参加各国の真の実力を試す、最も中立的な環境を提供したともいえる。いわゆる「番狂わせ」も多く見られたものの、その結果こそが真の実力と考えてみると、別の興趣が湧いてくる。

 
 イラスト−1  優勝国ブラジルのエース・ロナウド 対 準優勝国ドイツの主将GKカーン
 天真爛漫な性格に天衣無縫なプレイをする、野生児ロナウド。堅い気質がにじむ風貌の、主将カーン。W杯決勝戦は、この2人の対決に要約されたといってよい。試合の中盤までは両者均衡していたが、終わってみれば2−0、ブラジルそしてロナウドの圧勝であった。雨の影響か、それとも蓄積した疲労のせいか。あるいは、バラック出場停止が響いたか。それにしても、勝負というものはあっけない。
 ドイツは次期大会の開催国である。有望な若手選手も多く、どれほどの成長を示すのか、おおいに興味深い。

 

 ただし、日本にとって不満足な結果ではあった。サッカーに限らずスポーツは、勝利を「目標」とするものだ。予選リーグであっても決勝戦であっても、負ければ等しく悔いが残る。

 勝つ、勝ちたい。その強い意志があるからこそ、辛く長く厳しい訓練を乗り越えられるのではあるまいか。そして、「勝利」という「目標」を具体化せんがため、選手は試合に臨むのであろう。

 その一方、敗北はまた必然でもある。特にトーナメントにおいては、優勝チーム以外は必ず負ける。試合は2チームの戦いであり、どちらも勝つ意志を持ちつつも、勝利の女神は片方にしか微笑まない。両者とも勝つ試合など、ありえない。

 日本チームは決勝トーナメント初戦で敗退した。この試合を勝てなかったのか、もっと先まで行けなかったのか、という感慨は残る。しかし、ここで負けたという現実は、受け容れなければなるまい。

 「勝利こそ全て」「結果が全て」と記すつもりはない。これをいうと勝利が「目的」になってしまい、本末転倒の誹りは免れえない。

 だが、「夢と感動をありがとう」などという感想を記すつもりは更にない。サッカーは「夢と感動」を与える道具ではないのだ。選手は、勝つために訓練を重ね試合をするのである。ただし、どれほど努力しようとも負ける時はある。そういった一連の過程にこそ、感動はひそんでいる。

 選手たちはよくやった。素晴らしい成果を見せた。とはいえ、勝ち残ってほしかった。もっと上まで行ってほしかった。負けたことを責めはしない。だけど、勝ってほしかった。

 負けた相手が、世界で最も親日的な国トルコであったことは、なにかの因縁であろうか。不思議なことに、この国が相手だと、負けて口惜しいという気になれないのである。

 
 イラスト−2  森島対バシュトゥルク
 「兄弟か?」というよりむしろ「本人か?」と目を見張りたくなるほど瓜二つの二人であった。この二人の風貌を見比べると、日本人とトルコ人の遺伝子レベルでの近さが実感できる。トルコは世界で最も親日的な国である。この国に敗れたことは、やはりなんらかの縁なのであろう。

 

 

▼日本代表に見る日本人の変容

 勝敗というスポーツが持つ本質から離れてみると、W杯のこの結果は日本にどのような風をもたらしたのか。それは「居心地の良い安心感」であろう。

 予選リーグは無敗で突破したとの事実。開催国である有利を差し引いても、日本の実力が世界レベルにあることは、証明された。

 決勝トーナメントは初戦で敗退したとの結果。日本の実力は、残念ながら世界のトップレベルではなかったことが、確認されてしまった。

 世界レベルだけれどもトップレベルではない。これが日本の等身大であろう。そして、それは応援する側にも共通する心情ではあるまいか。

 

 日本の選手は冷静で賢明だが、淡泊すぎて闘争心がない、などと評されることがある。思うに、これは選手に対して酷すぎる要求である。選手とて日本代表である以上、日本人気質の最大公約数が顕現する。それでも別に良いではないか、人間として幸せではないか、と考えてみてはどうだろう。

 W杯に各国国民が熱狂するのは、素朴なナショナリズムの発現であると同時に、各個人の人生を仮託する対象でもあるからだ。だから、首尾一貫しないようだが、「夢と感動をありがとう」と表現する心情そのものは理解できる。

 自分は優れていると思う方は、勝ち進んでいく自国の活躍に自分を見る。自分が不遇だと感じる方は、同胞の躍進に「本来かくあるべき」自分を見る。

 日本が世界中に対して敵愾心を持っていたのは、おそらく昭和50年代までではなかったか。先の大戦に敗れた悔しさ、どの国からも相手にされていない孤独、そういう屈折した感情が「勝利目的主義」に結びついていたのではないか。対戦国に勝てなければ満足できない心情を醸していたのではないか。しかし、今日の様相は違う。

 高度経済成長からバブル景気及びその破綻後の長い低迷を経て、毎年のべ1千万人もが赴く海外旅行を通じて、日本人はようやく等身大の自分を見つけたのではないか。少なくとも、それ以前の日本人と比べて意識が変わっているように思えてならない。即ち、自分は世界レベルにある、だがトップレベルではない、相応の地位を確認できれば充分満足だ、と。

 だから、日本人は対戦国への敵愾心を持っていない。それは応援風景を見れば明らかだ。そして、負けてなお「ありがとう」と選手を讃えられる心理は、日本チームが得た結果が日本人に「居心地の良い安心感」を与えた、その感謝のあらわれといえよう。

 日本人とは、決勝トーナメント進出で満足できる、幸せな心を持っている。これを向上心がないと批判するべきではない。負けて嬉しいはずがないのだ。ただ、サッカーの試合結果に人生を仮託しなくて済むほど、豊かになったにすぎないのだ。

 勝利を得なければ満足できない、対戦国を凌げなければ満足できない。勝利を「目的」としてとらえる国と比べれば、大きな違いである。「勝たなければいけない」という使命感は、強さに裏打ちされているならば、「強者の矜持」として尊重されるべきであろう。しかし、自らの強さを確かめたいとの心理が底にあるならば、如何にも子供っぽく見えてしまう。

 かつての日本は、そうだった。

 
 イラスト−3  日本代表チームの中核:中田英寿・小野伸二・宮本恒靖
 クールでクレバー、だが淡泊で時として軽薄とも見られる彼らにしても、勝負に対する執着心が薄いわけでは決してない。彼らは、紛れもなく若い日本人の最大公約数である。その気質や態度に、日本人の精神的成長(あるいは解放)を認めるのは、ひとり筆者のみであろうか。少なくとも、「ドーハの悲劇」世代と比べて格段に進歩していると、思えてならない。

 

 

▼W杯を回顧して

 ともあれ、自国開催ということもあって、興味深い大会ではあった。

 強い印象が残った日本選手は、二人いる。

 一人は鈴木。ベルギー戦での同点ゴールは、先制された直後だけに良く効いた。泥臭い得点であるがゆえに、ゴール後の気迫が籠もった咆哮とあわせ、強烈な発奮材料となった。この得点がなければ、日本の決勝トーナメント進出はなかったであろう。

 もう一人は中田英。捨己従人の域に達したプレイは、日本チームをよく統率した。自分を捨てることでより一層自分を高める境地に目覚めたならば、さらに大きな成長を遂げる可能性さえ秘めている。まだまだ奥の深い、底知れぬプレイヤーである。

 

 トルシエ監督の采配が揺れたのは、如何なものか。初戦の森岡故障で動揺したのは是非ないとしても、トルコ戦の先発メンバーには多くの疑問符をつけざるをえない。ラッキーボーイの鈴木・稲本を途中交代させる神経も、よくわからない。

 ロシア戦以降の明神先発など、意図が明瞭、かつズバリと当たった采配もあるけれど、全般には小心で後手に回る傾向がうかがえた。若手育成に向く監督は、必ずしも勝負強くないということか。

 もっとも、代表選手が4年毎に成長し続けているのと同じく、代表監督もまたオフト・ファルカン・加茂・岡田そしてトルシエと成長を続けている。4年後の采配が、楽しみだ。

 

 強い印象が残った国は、二国ある。

 まずはセネガル。開幕戦で前大会覇者のフランスを破った結果もさることながら、応援がまた凄かった。打楽器を駆使した応援にはえもいえぬ迫力と魅力があり、縁もゆかりもない国なのに、応援したくなる雰囲気があった。決勝トーナメント初戦を突破し、ベスト8に入ったことは、慶賀すべきであろう。

 そしてアイルランド。鉄壁の堅守を誇る準優勝国ドイツと互角に戦い、試合終了直前に追いついた粘りには、圧倒された。決勝トーナメントでも強豪スペインと延長戦まで戦い抜いた。PK戦で惜しくも敗れたものの、これはスペインGKの好セーブを誉めるべきであろう。アイルランドが全力を出し尽くしなお及ばず敗れたという結末は、人生における普遍的な課題を示した。

 

 

▼W杯から日本が得たもの

 このW杯において、日本はサッカー以外の面でも実績を残した。それは、各国に対する受け入れ態勢である。

 極東の島国、日本。この遠方の国で試合が開催されるのだから、縁が少ない国どうし、例えばアフリカ勢と東欧勢が対戦すれば、観客席はガラガラに空くという事態になっても不思議ではなかった。

 ところが、チケット販売にかかる不手際から大量の空席が発生したものの、それ以外の席は全て埋まったといってよい。これは一種の奇跡である。

 日本人が他国のユニフォームを着てその国を応援する。外国人にとっては奇異な風景であるかもしれないが、日本人にとっては当然の行いである。

 その端緒は長野冬季五輪に既に見られる。遠方から参加する国には応援団が少なかろうと、学校に応援すべき国を割り当てた「一国一校運動」がそれである。単に形式的に応援させただけではない。その国のことを学び、事前に交流を重ねたうえで、親身に応援したのである。ソルトレーク冬季五輪を経た今日もなお、応援国との交流が続いている学校もあるという。

 これが日本人の心である。W杯での応援は長野冬季五輪ほど組織的でなかったかもしれないが、外国を応援する包容力が、日本人にはある。日本人は、自覚しているよりよほど国際的な気風を持っている。喋りが苦手なせいか、やや内気なのが珠に瑕だが。

 

 余談ながら「ベッカム様」応援団は、日本人においても尋常でない狂熱的な状況である。これが日本の標準とみなされるのは、はなはだ不本意ではあるけれど、この誤解はもはや世界的にも定着してしまったかもしれない。

 日本人女性は、ハンサムならば外国人でも応援する。

 日本人のもてなしの心、その変形と呼べば呼べないこともなかろう。

 
 イラスト−4  イングランドの主将ベッカム
 御存知「ベッカム様」。解説の必要はあるまいが、ともあれ端正で渋味のあるマスクは日本中の女性に熱狂を惹起した。それにしてもこの髪型は、冷静に考えるとキューピーか鶏冠にしか見えないのだが、ファンの目には麗しく映るものらしい。背景に鶏を置いたのは作画者の慧眼としても、ファンからは石を投げられそうである。「ベッカム様」現象、結構なのか滑稽なのかコケッコーなのか。

 

 キャンプ地への到着が遅れに遅れ、未明の来村になっても、村を挙げて歓迎した中津江村。村長はカメルーン戦を応援するため会場まで出向き、亭主としての大度を示した。

 パラグアイがキャンプを張った松本市の方々は、チャーター便を用意して、韓国にまで渡り同国の試合を応援した。キャンプ地になったというだけの縁で、なんという熱心さであろうか。

 袖触れあうも他生の縁というけれど、ここまで徹底すれば、素晴らしいと形容するしかない。極東の島国にて、様々な国と日本の地域が交流し、新しい縁が生まれ、友好が発展していく。サッカーを触媒にして、友好が世界を蓋っていく。

 W杯のもたらした最大の成果は、ここにあるのではなかろうか。

  
 イラスト−5・6  パラグアイの守護仁王チラベルトとカメルーンの黒豹エムボマ
 両名とも日本でお馴染みの人気者である。この両名の母国だからこその厚遇ともいえるが、おそらくそうでなくとも両国は歓待されたであろう。豪奢さはないが素朴なもてなしの心は、松本と中津江において遺憾なく発揮された。それにしても、両名とも本大会では精彩を欠いていたのが残念であった。これが加齢に伴う衰えであれば、さびしい。
 まったく余談ながら、チラベルトと筆者は同い歳である。あのごつい風貌から十歳くらい年長かと思っていたのだが。

 

 ただし、日本の受け入れ態勢にはいくつかの瑕がある。

 会話力に自信がないため外国人と接することを忌避する日本人が少なくない現実。外国人お断りの宿が少なからずあること。無粋野暮とも見える厳重すぎる警備。

 そして、試合会場までの公共交通体系の不備。特にカシマ会場へのアクセスは、あまりにもお粗末だった。

(以下後半に続く)

 

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■著作権の明示

 この記事におけるイラストは、筆者の妹の作画によるものです。

 

 

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