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湘南新宿グリーン車繁盛に見る首都圏の変貌





■情けないナサケナイ……

 この年末休みに長男と スキーに行った ことは既に記した。長男がほかにやっている運動といえば、週末にサッカーチームで練習している。ところがどうも、筆者は週末に時間がとれないものだから様子がよくわからなかったのだが、あまり活躍していない様子なのだ。ただ妻の説明では子細が見えなかったので、「巨人の星」の明子姉さんよろしく物陰からのぞいてみた。う〜ん、確かに動きが悪い。典型的なニワトリサッカー、ボールが行く方に集まるばかりで、球遊びとたいして変わらない。

 これでは練習させていても上達につながらないと危機感を覚え、その日の午後に近所の公園でサッカーの練習につきあうことにした。パス、8の字ドリブルとこなし、一対一をやってみる。長男は身体の使いこなしがまだまだ未発達で、筆者からボールをとることができない。その筆者を抜いて後ろの壁にゴールすれば勝ち、という単純なゲームである。予想どおり長男は、運動不足の中年オヤジにすぎない筆者を抜くことがなかなか出来ない。それでも少しは知恵がついてきていて、右に(筆者から見て左に)ボールを出してきた。そう簡単には抜かせはしない、と左足を伸ばしたところ……、

「痛ぇ〜っ!」

 思わず大声があがるほどの激痛がふくらはぎに走った。まったく伸ばせないほど痛い。筋肉断裂や肉離れではなさそうだが、それにしては痛すぎる。どうやら足がつった状態のかなり重度なもののようで、歩くのも大難儀になってしまった。たいへん情けない話ではある。長男が「大丈夫?」と優しくいたわってくれるのも、かえって情けなさを助長する。当時の痛さからすれば、すぐに医者に行くべきところだったかもしれない。だが、明日は朝のうちに横浜まで行く所用があり、そのまま出張に出る予定だから、医者に行くほどの時間はない。さあ、どうしようか。





■湘南新宿ラインのグリーン車

 左足がたいへん痛い状態で、朝ラッシュに揉まれつつ横浜まで行くにはどうすればよいか。できれば座りたい、という思いを実現するにはどうすればよいか。考えたすえに選択した経路は、まずバスで赤羽まで出て、湘南新宿ラインのグリーン車に乗車して、たとえ座れずとも混雑を回避し、なるべく早く着席することであった。

 赤羽駅東口行の国際興業バスでは、途中で降車する方があり、早めに座れて助かった。さて、赤羽駅である。湘南新宿ラインとは革命的な存在で、山手副都心を縦貫する経路を開拓したのみならず、全列車にグリーン車が連結されており、着席サービスが高い確度で担保されている。首都圏の鉄道は程度の差こそあれどこも混んでいるから、着席サービスが提供されている路線が至近にあると、こういう場面でおおいに助かる。

埼京線と湘南新宿ライン
埼京線と湘南新宿ライン(恵比寿にて平成16(2004)年撮影)


 赤羽駅のホームに上がったのは 8時15分頃。対面には激しく混雑している埼京線ホームが見える。始発電車を待っているのかと思ったら、既に充分寿司詰めになった電車が入線してきたから、気が遠くなってしまった。特に埼玉側の車両の混雑は酷い。こんな電車に毎日乗るならば、筆者はもたない。神奈川側の車両はまだましに見えるが、あくまで相対的な比較であって、絶対的水準では厳しい状況であることには違いない。

 この埼京線と都心側で線路を共有しているため、湘南新宿ラインの増発余力が限られるのはいささか苦しい。日中時間帯で概ね15分毎、朝ラッシュ時でも概ね10分毎というのは、一般的な水準からはほど遠い。それでも15両編成という巨大な輸送力は埼京線の10両編成(うち 2両は 6扉車)をはるかに凌ぐから、以前と比べれ大幅増強されている点はもっと強調されてよいかもしれない。また、線路容量が増えている点も効いている。池袋駅構内の立体交差化は、物理的に線路容量を向上した。湘南新宿ラインはいうまでもなく、埼京線も東京臨海高速鉄道への相互直通運転が発達することにより、線内の折返運転が減り、増発余力を生み出した。

 グリーン車連結位置まで行くと、電車を待つ行列ができていた。 2両 4扉でおよそ20人ほど。朝ラッシュの最繁忙時間帯とはいえ、池袋・新宿までたいした時間を要さない赤羽からも乗車があるという現実には、驚くほかない。着席サービスに対するニーズは確実に伸張している。

 筆者は最後に乗車したため、着席できないものの、これは最初から覚悟のうえ。大混雑に揉まれることなく、デッキで壁にもたれられるのは、おおいに楽だ。もともとの貨物線を遅い速度で進んでいく。窓の外に山手線電車が見える。たいへん驚いたことに、こちらはかなり空いている。首都圏の鉄道事情は一昔前の常識とはかなり違ってきた。都心機能が至るところで開発され、湘南新宿ラインやつくばエクスプレスなど幾つかの新しい鉄道サービスが提供されるようになり、人口が徐々に再配分されてきた結果なのか。住む場所が変わり、勤める場所も変わり、通勤経路も変わってきたというのか。興味深いところだ。

湘南新宿ライン
グリーン車を連結した湘南新宿ライン(王子にて平成16(2004)年撮影)


 池袋に到着。グリーン車からはまとまった数の降車があった。これで筆者はじめデッキに立っていた乗客が着席できることになった。それでも車内はまだ満席近い。グリーン車の需要はなんとも旺盛だ。さらに進んで新宿に到着。ここでは大量の降車があり、車内は一気に空き、残ったのは二割弱という状況になった。次の渋谷でも降車があり、かわりに明らかに通勤客とは異なる雰囲気をまとった方々の乗車があり、車内の雰囲気はすっかり改まってしまった。横浜までは、のんびりくつろぐことにしよう。

 一昔前の統計データから読みとれるのは、通勤需要は都心(千代田・中央・港)指向が圧倒的に強く、新宿は目立つものの相対的にはまだ低い小山、豊島・渋谷はほとんど埋没する程度の丘、という状況だった。ひょんな怪我から朝ラッシュの湘南新宿ラインを利用することになったおかげで、新宿の都心(副都心ではなく)としての大きな成長、首都圏の鉄道事情の変化、着席サービスの需要拡大などを実感できた。首都圏はまさに貌を変えつつある。思い起こしてみれば、そう信じるに足る傍証はほかにも幾つかあるのだ。十日以上経った今でも痛みがとれないのは苦しいが、怪我の功名と諦めるしかないか。



■追補:さらに早い時間帯の状況

 後日、さらに早い時間帯で湘南新宿ラインのグリーン車を利用する機会があった。赤羽駅のホームに上がったのは 7時40分頃だから、前回よりおよそ30分早いことになる。

 グリーン車の乗場には、前回と同じくらい、約20名の利用者が待っていた。車内に乗りこんでみると、こちらは混み具合が明らかに異なる。デッキにまで立客があふれており、最繁忙時間帯に当たったかと実感する。池袋でまとまった降車があり、それにより一階席に着席。さらに何名かの乗車があったのには驚いた。

 新宿では池袋以上にまとまった降車があったものの、車内は閑散とするには至らない。ざっと三〜四割が残っている。渋谷での降車も小幅にとどまり、横浜までの超長距離通勤という属性が車内の太宗と知れる。

 首都圏はほんとうに変わった。一昔前であれば、山手線を通り抜けて横浜まで通う通勤行動など、極めて稀少なケースだったはずだ。まだ対東京都心・副都心に比べれば細いとはいえ、それなり厚みのある流動が育っているのが現実であり、湘南新宿ラインの成功はそれを裏打ちしている。

 興味の対象として残るのは、逆方向大宮への流動がどこまで伸びているか、という点にある。さいたま新都心の求心力は相当なものだという読みはあるものの、朝ラッシュ時間帯の状況はまだ実見していない。なかなか機会がないので、いつかを期す次第である。





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