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ワガ空母四隻喪失ス!





■「失敗の本質」より引用


加賀、赤城、蒼竜の被弾

 第一機動部隊のミッドウェー攻撃隊と上空警戒機は、〇六一八(引用者注:日本標準時昭和17(1942)年6月5日6時18分 以下同様)までほぼその半数が各母艦に収容された。ちょうどこの頃、米機動部隊から発進した攻撃隊が第一機動部隊上空に到達したのである。最初にこの目標を発見したのは「ホーネット」から発進した雷撃機隊であった。次いで「エンタープライズ」の雷撃機隊、そして遅れて発進した「ヨークタウン」の雷撃機隊が相次いで日本軍機動部隊を発見し、攻撃に移った。

 この米空母機による攻撃は、日本側が予想したものより早いものであり、多数の航空機を収容し艦内が混乱しているさなかの最悪のタイミングで攻撃を受けることになってしまった。しかしながら、さきのミッドウェー基地からの米軍機の攻撃と同様、今回も防空戦闘で米軍機の大半は撃墜されたのだった。米空母機の攻撃は、〇七〇〇頃一時とぎれ、再び開始されたが、上空警戒機の活躍と、米軍機の技倆拙劣のために多数が撃墜され、さらにたくみな操艦回避運動によって、艦艇に対する損害はほとんどなかったのである。

 以上のように、米機動部隊を発進した攻撃隊は、全兵力一体となった共同攻撃を行うことができず、低空を進撃する低速の雷撃機隊が単独でバラバラに攻撃することになってしまった。このため、一本の魚雷も命中させることができず、ほぼ全滅に近い損害を受けたのである。……

 〇七二三頃、……この「エンタープライズ」爆撃機隊は……偶然にも第一機動部隊を発見したのである、さらに引き続いて、「エンタープライズ」攻撃隊より一時間遅れて発進した「ヨークタウン」爆撃機隊がこの攻撃に合流することになり、第一機動部隊の「加賀」「赤城」「蒼竜」の三空母は、相次いで急降下爆撃による奇襲を受けるに至った。

 即ち、〇七二三頃「加賀」が九機の攻撃を受け四弾命中、〇七二四頃「赤城」が三機の攻撃を受け二弾命中、〇七二五頃「蒼竜」は一二機の攻撃を受け三弾命中し、いずれも大火災となったのである。このとき各空母は攻撃準備中であり、各機とも燃料を満載し、搭載終了あるいは搭載中の魚雷や爆弾が付近にあり、艦内は最悪の状態であった。これによって、第一機動部隊は四隻中三隻の空母を失うことになるのである。

 ……



山口司令官の意思決定

 ……「飛竜」座乗の山口第二航空戦隊司令官は、上級指揮官の命を待たず独断で、ただちに米空母攻撃を決意し、〇七五〇、「全機今ヨリ発進敵空母ヲ撃滅セントス」と報告し、間合いを詰めるため米機動部隊に向かって接近したのである。

……

 日本空母に対する攻撃から帰投した攻撃隊を収容中の「ヨークタウン」のレーダーは、〇八五二、「飛竜」第一次攻撃隊の大編隊を捕捉した。「飛竜」艦爆隊は〇九〇〇頃「ヨークタウン」上空に達し、〇九〇八から〇九一二にかけて攻撃を実施した。戦闘機による防空戦闘と対空砲火のなか、八機が攻撃に成功しそのうち三弾が命中、「ヨークタウン」は大火災となった。「ヨークタウン」の被弾炎上により、第一七機動部隊のフレッチャー司令官は、一〇二四頃その旗艦を軽巡洋艦「アストリア」に移した。しかしながら、「飛竜」攻撃隊の受けた被害も大きかった。

 第一次の攻撃隊を発進させた後、……山口司令官は、……使用可能全兵力を集めて、一〇三一、第二次攻撃隊を発進させた。この後、帰投した第一次攻撃隊が収容されたが、その数は発進時の三分の一にすぎなかった。

 少数の艦上攻撃機(雷装)を中心とする第二次攻撃隊は、「飛竜」を発艦して目標へ向けて進撃の途中、米空母を発見、この米空母は炎上中でなかったため、さきに第一次攻撃隊が攻撃したものとは別のものであると判断した。しかし、これは第一次攻撃隊が炎上させた「ヨークタウン」であった。「ヨークタウン」は被弾後、約二時間たらずの間に消火活動と応急修理に成功し、一一〇二には自力航海を始めていたのだった。

 「ヨークタウン」はただちに防空隊形を整え上空警戒機を発進させた。今回は東方にあった第一六機動部隊からも防空戦闘機が支援にかけつけた。「飛竜」第二次攻撃隊は戦闘機による防空戦闘と対空砲火のなか、一一四五頃数機が雷撃に成功、魚雷二本を「ヨークタウン」に命中させた。同艦はこれにより傾斜したが、動力系統故障のため復元できず、復旧の見込みがないまま、一一五五総員退去が命令された。

 ……

 ……山口司令官は、第三の空母に対する第三次攻撃隊の準備を急いでいた。……攻撃隊の受けた損失も予想以上に大きかった。このため、第三の空母に対する第三次攻撃隊を、十分な兵力で編成することができなくなった。山口司令官は、これまでの米軍側の防空戦闘や対空砲火から見て、この貧弱な兵力では攻撃を成功させることはできないと判断、少数兵力でも確実な効果を得るために攻撃に有利な薄暮まで待つことにしたのである。



閉幕──全空母喪失と作戦の中止

「エンタープライズ」「ホーネット」を発進した攻撃隊は、一三四五頃「飛竜」を発見した。このとき、二本海軍第一機動部隊は唯一の残存空母「飛竜」を中心に輪形陣をとり、対空警戒を厳にして薄暮攻撃に備えている最中であった。薄暮攻撃を行う第三次攻撃隊は一五〇〇発進の予定であり、それまでにはまだ約一時間あった。

 日本側は米空母機来襲を予想し、上空警戒機を発進させて備えていたにもかかわらず、今回の攻撃もまた奇襲となった。すなわち、太陽を背にして急降下してきた爆撃機隊の攻撃により、一四〇三、四発の爆弾が命中、「飛竜」は炎上し飛行甲板が使用不能となってしまったのである。

 この時点で、日本海軍第一機動部隊は艦隊航空決戦の主役である四隻の空母すべてが戦闘不能となり、事実上、作戦遂行能力を失うに至った。また、さきに被弾し戦闘不能となった三空母のうち、「蒼竜」「加賀」は、一六一〇頃から一六二五頃にかけて相次いで誘爆、沈没した。

 その後、山本連合艦隊司令長官は、夜戦によってミッドウェー攻略の目的を達成することも検討したが、最終的に兵力を集結して戦場を離脱することを決意し、二三五五にミッドウェー攻略作戦は中止を下令されたのであった。

 なお、「赤城」「飛竜」は翌日になってから処分された。すなわち、「赤城」は味方駆逐艦の雷撃により六日〇二〇〇に沈没、「飛竜」も同じく六日〇二一〇に味方駆逐艦により雷撃処分された。……



「失敗の本質──日本軍の組織論的研究」(戸部良一・寺本義也・鎌田伸一・杉之尾孝生・村井友秀・野中郁次郎)
 一章 失敗の事例研究
 2  ミッドウェー作戦──海戦のターニングポイント より




■東日本大震災との相似

 以上まで「失敗の本質」を延々と引用したのには、当然ながら理由がある。このたびの東日本大震災(なかんずく福島原発事故)と、ミッドウェー海戦の完敗、さらにその後の敗戦への悲惨な下り坂が、妙に似ているのではないか、と思えたからだ。以下に対比してみよう。

断面ミッドウェー海戦福島原発事故
時代背景真珠湾奇襲以降連戦連勝、破竹の快進撃を続け、戦線拡大。高度経済成長を達成、バブル後の景気低迷も経済成長戦略の基本は変わらず。
技術力航空戦においては技量抜群、攻撃・防空戦闘とも米軍を圧倒するレベル。長年安定的な運用が継続されたほど高レベルの技術はあった。
設計思想連合艦隊旗艦「大和」らは約千km後方にあり、第一機動部隊は丸裸に近い状態。
珊瑚海海戦の戦訓から、輪形陣を編み出しかつ実践した米海軍とは好対照。
耐震設計は重厚でも、浸水被害には無防備という欠陥が内包されていた。
危険予知司令部の意識が低く、しかも現場の技量低し。 石橋先生らの指摘 があっても対処せず。現場では準備なし。
被災対応「加賀」は四弾、「蒼竜」は三弾の被弾(共に甲板への爆撃)だけで沈没という、論外の域。
ダメージ・コントロール概念がなく、被災に対し極端に脆弱。
「ヨークタウン」の驚異的な粘り腰と比べ、あまりにも好対照。
読者諸賢が現在目撃し続けている状況。一ヶ月以上経っても収束の見込なし。
ダメージ・コントロール概念がなく、時間経過と共に傷が広がる傾向。
喪失機能主力空母「赤城」「加賀」「飛竜」「蒼竜」
航空機約三百機
福島第一原発1・2・3・4号機
上記だけで二百五十万kW以上の電力喪失
その後航空戦力を遂に立て直せず。マリアナ海戦ではさらなる大惨敗を喫する。夏期には千万kW単位の電力不足が見込まれる。再建の見通し不透明。


 戦争と大地震という違いはあっても、奇妙に相似しているとはいえまいか。時代背景は拡大戦略、技術レベルにかなり高い部分がある、という点はほぼ共通している。さらに、設計思想(日本海軍においては戦術思想)には防御の意識低く、危険予知がおろそかで、ダメージ・コントロール概念が導入されていない、という点まで共通している。「蒼竜」などは飛行甲板に爆撃が三弾命中しただけで沈没にまで至っており、被災に対してあまりにも脆弱だった。福島原発も同様である。


養老  いまは携帯電話だって水に放り込んでも平気な機種があるでしょう。なんで原発にある電源装置は水がついたらだめなの? これ、ものすごい手抜きですじゃないですか。だって、東京電力は、「電力会社」ですよ。

内田  電力会社のシステムがまず電気系統からダウンしたというのは、相当に病んでますね。

養老  原子力が安全か危険かという議論をしている間に、肝心なところが「嘘」になっていたんじゃないか。議論そのものが肝心な作業を妨げたと言ってもいい。水に浸ったくらいではびくともしないような技術、いまならあるでしょう。そこにカネをかけないで、本当の意味での安全性がないがしろにされていた。

内田  東電は無意識のうちに「リスクヘッジをしない」ことによって「リスクがない」ことを誇示しようとしたんだと思います。……



「震災と日本」(養老孟司×内田樹)
 AERA第24巻第14号通巻1276号 より


 以上は相当な酷評であるが、まったくの正論でもある。内田先生が指摘する「電力会社のシステムが電気系統からダウンしたのは病んでいる」という部分は、まさに急所を刺す言葉であろう。 前の記事 で指摘したとおり、福島原発の事故は決して大地震由来ではない。浸水被害に対して脆弱だったことが事故の本質である。電源を喪失して以降、ダメージが累積し、回復不可能な状況に陥ったことは、読者諸賢がまさに実況生中継で目撃し続けているところだ。

 そして、ミッドウェー海戦で失った空母は四隻、福島第一原発で失った原子炉は四基、というのはあくまでも偶然の一致にすぎないと信じたい。恐怖の一致点といえる。

 最大の問題は、今後の将来展望である。太平洋戦争において、日本海軍はミッドウェー海戦で受けた打撃をついに回復できなかった。航空機を量産して数だけは揃えた一方で、パイロット育成が追いつかず、マリアナ海戦ではさらなる完敗を喫してしまった。島嶼戦の戦況はもっと厳しく、ガダルカナルから始まり、マキン、タラワ、クエゼリン、ビアク、サイパン、レイテ、硫黄島、沖縄などで悲惨な戦いを続け、その全てで惨敗に帰結したのである。

 ミッドウェー海戦において四隻の主力空母、多数の航空機及び優秀なパイロットを失い、しかもそのダメージを回復できなかったことが、太平洋戦争の敗因の一つになったという歴史的経緯と事実は、記憶しておくべきであろう。

 同様の因果が福島原発事故にもあてはまりかねない点に、筆者は深刻な恐怖感を覚えている。事故を起こした1〜4号機の発電能力だけで 250万kW以上に達している。送電停止中の5・6号機、福島第二原発をあわせ、失った発電能力は千万kW単位になるといわれている。

 良し悪しを問わず、好む好まざるに関わらず、発電能力は即ち、社会活動・経済活動・企業活動の基礎である。発電能力低下は日本の国力低下にほぼ直結する。失った発電能力が日本にどれだけの損失を与えるのか、想像することすら難しい。代替発電が機能し始め、計画停電は当面なくなり、夏場の電力不足も回避可能という見通しが伝えられてはいるが、それは大口需要家(=大企業)の節電(=使用電力制限)が前提条件となっている。社会活動・経済活動・企業活動が制約を受ける以上、国力低下の基礎は残る。最悪の場合では、天災による被災リスクが高く、さらに電力が高コストの日本を捨て、大企業がことごとく海外に移転する(ないしは調達先を日本以外の国にシフトする)という可能性も充分考えられるのだ。

 23.3.11 に受けたダメージを回復できず、日本が衰退の急坂をころげ落ちていく将来を、ミッドウェー海戦以降の歴史的事実から、筆者は連想せざるをえない。勿論、筆者は未来を悲観したくはない。かような悲観は杞憂で終わってほしいと、切に念願せずにはいられない。しかしながら、現在まで起きている客観的事実から、苦しく厳しい状況が長く続くことは避けられない、と覚悟せざるをえないのだ。

 参考までにいえば、発電能力が現在不足している以上、節電に努めなければならないのは当然としても、「無駄なことは控える」という考えは必ずしも正しくはない。なぜならば、無駄とは剰余であり、剰余とは即ち財産であるからだ。極論的に結びつければ、無駄があるからこそ経済指標は伸びるのである。さりながら、緊急を要する問題として無駄なことは控えざるをえない状況がある以上、経済指標が縮小していくのは当然の帰結となる。



 筆者は思う。たった二発の爆弾を受けただけで使用不能におちいった「赤城」の脆弱さには、形容しがたいほどの理不尽さがある、と。しかもこれは人為である。空母は戦争の道具である。それなのに、攻撃され被弾するという状況を想定せず、被災対策を怠った、当時の軍人の能天気さは、どのように理解すべきなのか。(※)

※筆者は長い間、「赤城」「飛竜」を雷撃処分としたことに、合理的理由を見出せないでいた。解説は幾通りもあるが、納得いくものはなかった。福島原発事故を経て、「これは回復不可能なダメージである」と当時の海軍幹部が内心では悟っていた、という可能性に気づき、ようやく得心がいく思いがしている。昭和軍部の賢愚はどちらとも評価しにくいが、素質は聡賢であっても、結果だけを見れば間違いなく愚昧である。

 まったく同様の理不尽さが福島原発にはある。外部からの電源が途絶え、非常用発電機が水に浸かるだけで、チェルノブイリ級の事故に発展した不可思議さを、後世の人はどのように理解するであろうか。





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