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書評(平成18年12月28日)

『私の歩んだ道—ノーベル化学賞の発想—』
(白川英樹著・朝日新聞社)

 白川さんの本も2ヶ月前に、 『化学に魅せられて』 (岩波新書)を紹介している。野依良治さんよりは2つ歳上だが、どうも戦争期の混乱・岐阜県高山への疎開などが影響したせいだろう、野依さんが大学を卒業した同じ年に東京工業大学を卒業されている。
 受賞は野依さんの一年前の20世紀最後の年の2000年、ノーベル賞が始まって100周年目という記念の年のノーベル化学賞の受賞だ。故・福井謙一さん(1981年受賞)以来19年ぶりのノーベル化学賞受賞、ノーベル賞の科学部門では1987年の利根川進さん(ノーベル医学・生理学賞)以来13年ぶりの受賞だった。
 この後翌年には野依良治(化学賞)さん、その翌々年には田中耕一(化学賞)さんと小柴昌俊さんが受賞した訳だ。

 この本では、白川さんの業績の紹介やその偉大な業績を残すまでの経緯などは、前掲の『科学に魅せられて』ほどは詳しく書かれていない。でもその概略を私のような門外漢か知るには、こちらの本の方がはるかに分かりやすい。しかし今回はまたその内容を要約することはやめておく。

 受賞理由を簡単にいうと、プラスティックの仲間の1つでポリアセチレンという人工的に合成された高分子にヨウ素などの物質をホンの微量だけドーピングすることにより、絶縁体である物質が、導電性を持つことを発見したことです。またその発見以前のポリアセチレンをフイルム化の方法を発見したことも、その後の研究に大いに役立ち、それも受賞理由に含められているようです。詳しくは、『科学に魅せられて』の紹介記事に、書いておきましたので、興味のある方はそちらを見るか、自分で本を読んでみてください。

 余談ですが(この本に全く触れられていないことですが)、遠い親戚にシドニーオリンピックの金メダルリスト・高橋尚子さんがいることは当時ニュースなどに流れ有名になりました。実はその他にももう一人、モーニング娘の吉澤ひとみも遠縁にあたるそうです。 (^^) 
(2007年1月3日朝6時追記・・・・今日のYahooNewsによると吉澤ひとみは今年5月6日のコンサートを最後にモーニング娘をやめるらしい。ただし脱退後はソロとしてタレント活動をその後も続けるようだ。)

 本の構成は、ノーベル化学賞受賞後に、朝日新聞に寄せた随筆「化学と私」(2000年11月1日)と、高分子学会・朝日新聞社主催の受賞記念講演と鼎談の記録からなる。

 鼎談で語られる内容が結構面白いです。例えば大学での研究の有り方や教育問題など、あるいは高分子系化学の将来の展望など。少しそれらも紹介しましょう。
 例えば白川さんは最近の理工系離れについて触れ、学力の低下というより学力の中身が問題だと言ってます。白川さん自身は、知識が増えれば増えるほど好奇心も増すと考えていたが、最近はそうではなく、学生が好奇心を失った原因についても考究し次のような鋭い指摘もしています。
 1つは、メカなど昔は分解するとそこから得たものがあったが、最近のものはICなどのように箱の中に納まりブラックボックス化され、仕組みを目で確かめ、色々な経験をすることができなくなった。
 2つめは、最近映像を使った良い教材が出来てきたが、結局そういうものは虚像であるにすぎず、知識は増えても好奇心につながらず、単なる知識に留まる。
 3つめは、物事をあまり完成された姿で教わりすぎている。綺麗に体系化された姿で教わりすぎで、教える教師側も、教師としての自尊心があるためわからないと疑問の余地のないようなきっちりとした形で教えようとする。それを白川さんは、分からないことがあったら、生徒と教師で一緒に考えるような授業をしてもいいではないかと提案。好奇心をもたせるためには、実験してもすぐ先生はすぐ解説するのではなく、場合によっては分からないように装って、一緒に考えようと誘い込むように接してはどうかなどとも言ってます。

 また対談者には同じ高分子系化学の学者の宮田清蔵という方と梶山千里という方が出てきます。例えば宮田さんが研究している導電性ポリマー発光素子(EL)素子を用いたディスプレーの紹介など。有機ELについては知っていたが、これを読んで私はさらに興味が膨らみました。

 とにかく科学的知識が大してなくても読めるし、それでいて色々な化学の最先端の事が(ただし高分子化学についてですが)書かれて妙味も付きません。教育・研究というものについてのあり方も大変参考になる本です。
 勿論、私が薦めたい一冊でもあります。 

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