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書評(平成19年02月5日)

『オゾンホール
〜南極大陸から眺めた地球の大気環境〜
(岩坂泰信著・裳華房)

  今年は南極観測50周年記念の年であり、またアメリカ合衆国の元副大統領アル・ゴア氏のドキュメンタリー映画「不都合な真実」も注目を浴びていることもあり、オゾンホールや地球温暖化といった環境問題が今色々話題になっている。

 NHKの番組や NHKの南極関係の本 でも、オゾンホールは、日本が発見したものである事がよく出てくる。それで図書館でこの本を見つけた際、興味が沸いたので迷わず借りてきた。

 しかし読んでみると少し事情が違っていた。この本を書いた岩坂氏は名古屋大学の教授で、南極観測隊にも加わり(1982.11-1984.3)、南極でレーザーレーダー(ライダー)と呼ばれる機器で、南極上空の中層大気圏(成層圏を含む地上約10km〜約100kmの大気圏)の大気の観測を行った人物である。オゾンホールの生成におけるエアロゾール働きの研究では、どうやら日本の中で中心的役割を果たした人物のようだ。

 著者は、この本の中で正直にかつ反省しながら、当時のことを書いている。日本は、南極上空の成層圏で、春先にオゾン層が普通なら増えるはずののところを、極端に減っている現象を捉えはしたが、そのデータを、機械の故障ではないか、と考えたり、別に著しい異常現象とは考えなかったようだ。それでオゾンホールの発見に至らなかったというのが事実のようだ。

 オゾンホールの発見された経緯は、1985年イギリスのファーマン教授を中心とする研究者たちが、南極のオゾンがここ十年で半減しており、この現象は春に限ってみられると報告。彼らはその原因として、年々増加し続けるフロンガスによるオゾン破壊反応をあげた(ただし実証による声明ではなく仮説)。

 アメリカのNASAの人工衛星ニンバスもこの現象を捉えていたが、その観測では一定の基準値を設けてそれ以下の値は不良データーとして捨て去られていたので、気付かなかった。しかしその後、イギリスの報告を受けて人工衛星の結果を再検討したところ、南極の上空にぽっかりとオゾン層の穴が空いているのがわかり「オゾンホール」という名前がつけられたようだ。

 それ以降は、アメリカ中心に、オゾンホール・フィーバーのようなものが起こった。イギリス、日本など世界中がその現象に注目し観測を行うようになった。だから繰り返し言うが、日本がオゾンホールを発見したというのではなくて、日本が行った観測データの中に、後で考えるとその現象を捉えていたということのようだ。

 ところでオゾンとは、酸素原子が3つくっついた分子のことはご存知のことと思う。フロンガスのいフロンとは、正式にはクロロフロロカーボン(CFC)という塩素がくっついた炭化水素のことである。この物質が、成層圏で分解しClOxという塩素酸化物になり、オゾン破壊の触媒反応サイクルを形成し、冬季間に南極上空で大量に生じる極成層圏雲(PSCs)などによる成層圏の低温化の影響なども受けて、オゾン層を大量に破壊するらしい。つまりClOxは触媒として働きオゾンホールを形成するが、あくまで触媒として働くので、それ自体は(窒素酸化物と反応して不活性な分子となるなどしない限り)ほとんど減ることはない。(詳しい説明は本を読んで欲しい)

 この本は、日本は結局オゾンホールの発見を報告することも、その原因を明らかにすることもできなかったが、その間の日本なりに、というかこの著者なりの観測と研究の経緯を、回想的なドキュメント・タッチで描いています。そういう意味では、読んでいてかなり面白い作品に仕上がっている。
 
 著者は、レーザーレーダーという機器を南極に持ち込み、大気の観測を始めます。そして冬季に、南極上空で、汚染された名古屋上空以上の大量のエアロゾルが発生している現象を捉える。しかし理由がはっきりつかめない。そうこうするうちに彼宛で南極に1通のFAXが届く。そこには次のような事が書かれていた。

 NASAが、南極の成層圏で冬季間、急激にエアロゾルが増加することを観測。その仕組みは、広く世界中に分布している硫酸エアロゾルが、、冬の低温の状況下でまわりの水蒸気を取り込み、やがて純粋に近い程度まで変化し、その後、気温がどんどん下がり、この水滴はさらに氷の小さい粒となって成長すを続ける。このような南極の冬の空に現れるエアロゾルを極成層圏(PSCs)と名付けたと発表。

 著者は、このFAXの報告文を読んで先を越されたと感じる。しかしそれで研究を捨てるようなこともせず、南極特有のこのエアロゾルが、なぜ南極で顕著なのか、なぜ春に顕著なのか、なぜ年々事態が深刻となるのか、についてさらに研究を続けていく。NOxやSOxなどのエアロゾルがオゾンを食う(破壊する)のでは、と冗談でいう事はあったが、エアロゾルとフロンの相乗効果で、オゾンが破壊されていくところまでは理解が至らずに終わる。

 結局、1986年からアメリカが3年がかりではじめたオゾンホール観測で、はっきりと主犯はフロンであり、共犯にNOxなどのエアロゾルが働いていたこと報告される。
 
 著者は、上の成果を受け、イギリスなどとと比較して、日本の研究の進め方などの再考している。アメリカがやったような問題解決型の観測も必要だが、地道な問題発掘型の観測も必要だという。そのような観測作業は大変な価値があるが、作業の大変さは必ずしも科学的価値には結びつかない。しかし多くの科学的価値の高い仕事は、たいていの場合、大変な観測を基にしているといい、日本人的几帳面な観測の有用性も述べている。

 著者はまた、地球大気(地球環境)の意外な脆さを訴え、南極観測の重要性を述べている。南極観測とは、我々のまわりとは全く無関係なことを観測しているのではなく、全く反対で南極(または北極)ほど地球規模の環境を敏感に反映しているところはなく、極致から地球全体を見渡す必用があるとも言う。

 そして最後に、地球とは丈夫に出来ているものではなく、地球大気は、やたらに複雑で、やたらに精密で、やたらに不安定だと言う。(種々の物質からなる)エアロゾルは大気中に広く存在しており、色々な現象に関係しており、オゾンホールの形成への役割はその一例に過ぎないといい、エアロゾルに関する今以上の研究の盛り上がりを訴えている。

 読む前は、タイトルや装幀などから、オゾンホールの一般向けの入門書のような本かなと思ったが、読んでみると、一般向けの本であることは事実ですが、全体を通して、研究者らしい真摯で率直な態度で書かれ、非常に好感のもてる本でした。

 この紹介文ではあまり詳しく述べていないが、オゾンが赤道上空で主に発生して、成層圏を伝い南極上空に移動し、そこに多くのオゾンが溜まり、そのオゾンが、20年ほど前から、太陽光(紫外線)とフロンとエアロゾルなどの働きで破壊される仕組みが詳しく語られている。
 テレビなどでの簡単な解説でなく、一度このような詳しい説明も、知っておくと勉強になると思います。

 環境問題に興味のある人には(というかほとんどの人に興味を持ってもらいたいが)、お薦めの一冊です。

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