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書評(平成19年06月23日)

『名をこそ惜しめ−硫黄島 魂の記録』
(津本陽著・文芸春秋)

  硫黄島の記録に関する本としては、5ヶ月前に 『散るぞ悲しき 硫黄島総指揮官・栗林忠道』(梯 久美子著・ 新潮社) を読み、このコーナーでも採り上げた。また2週間前には 映画『硫黄島からの手紙』を見た感想 をブログ(ブログ源さんち家(原産地))で紹介した。今度紹介するのは、津本陽さんの戦記小説のスタイルの本であり、栗林中将は、あまり登場せず、話の主体はあくまで兵士たちである。

 栗林中将に関しても、前掲の本よりは醒めた目でみている感じだ。サイパン陥落後、硫黄島が本土が空襲を受けないための重要な防衛のための拠点となることがわかっていたので、そこの指揮官や兵員として送られることは死を意味し、誰もがいやがった。

 この本では、栗林中将が硫黄島を守備する小笠原兵団長への転進の打診を受けた際、ことわらなかった理由として、南洋の戦線での失敗から得た彼なりの戦略(地下式複郭陣地とそれをつなぐ地下道を構築する)を考えていたことの他、別な要素も考えていたことが出ている。それは硫黄島は洋上の孤島だが、東京都京橋区に属する島であり、本土から近い。だからアメリカとの交戦となると、きっと各地の基地航空隊や連合艦隊が出撃してくれるという考えであった。現にそのことを小笠原兵団長を引き受けるときに大本営に確認し、応援の約束をとりつけている。

 この小説では、兵士から見た硫黄島の戦いが中心なので、栗林中将というか兵団本部に対する目も、厳しい。激戦の中の混乱があるとはいえ、現場を把握していないで伝える配置換えの命令に、兵士らが怒りを感じたりする姿も描かれている。

 どこまで事実なのかわからないが、実名の兵士の話は、回想記など参考にかなり忠実に書かれているようだ。勿論小説なので、死んだ兵士の心理描写を描くなどフィクションの部分も勿論ある。戦争の経過は、前掲の本と比べるとずっとくわしいと思う。
 映画『硫黄島からの手紙』を観ただけでは、戦いはまるで数日で終わったかのような印象をうけるのではなかろうか。しかし実際は大変長い激闘であった。前掲の本でもかなり詳しく載っていたが、今回この本を読み、あらためて日本兵が物凄い強靭な精神力を発揮して戦った戦いであり、栗林中将の言葉ではないが「将兵の敢闘は真に鬼神を哭かしむる」ものであったと感じた。

 あの映画はあの映画ですばらしいとは思うが、やはり本にはかなわないなと思った。戦いの悲惨さなどもあるが、あの映画では、硫黄島の過酷な風土はあまり伝えられていなかったように思う。たとえば映画では一応地下陣地の場面は描かれていたが、どのような地下壕かあまりわからなかった。

 地下壕は、地面を斜めに15,6メートル掘り下げてから横穴を掘って造る。少なくとも2,30メートルの深さもある地下壕であった。海軍などでは一部掘削機も使ったようだが、火山岩の硬い地面をほとんど手堀で掘るわけだ。火山島なので、少しほると地面の温度が5,60度になるという。通気がよくなって地下壕の温度は多少よくなっても27度くらいもあったという。その上に硫黄臭などの悪臭で満ちている。水も、真水はほとんど得られず、水の補給はごくわずかな上に、硫黄分などを含んだ塩辛い水がほとんど。ほとんどの兵が上陸前に、半病人になって、栄養失調にかかって痩せ細っていたという。よくあれだけ絶えて戦ったと思う。 

 アメリカ軍と日本軍の火器の量を鉄の量で比較すると1500倍も違ったようだ。第二次世界大戦の中で最大の艦砲射撃を行ったのも、ノルマンディーでなくこの」ちっぽけな島・硫黄島だったという。前掲の本では、アメリカ軍が硫黄島に落とした爆弾などの鉄の量は、硫黄島の面積で平均すると、実に約1mの嵩になるとの恐ろしい記述もあった。この物量に耐えて、わずかな空からの支援を受けたのみで、戦い抜きアメリカ軍に多大な損害を与えたのである。

 アメリカ軍が上陸するまでに空爆や艦砲射撃は数ヶ月、上陸してから、栗林中将が玉砕電文を打ち、翌日総攻撃するまでに1ヶ月以上。そして今回あらたに知って驚いたのは、3月26日の玉砕の後も、壕陣地にひそむ日本人は一万人以上(つまり当初兵力の約半分)あったと推測されていることや、6月を過ぎても潜伏して抵抗を続けた日本兵がいたことであった。

 こういう戦争ものは、映画も悪くはないが、できれば戦記ものの本で読んでもらいたい。最近、結構日本でも戦争を題材とした映画が増えてきたが、ドラマにしようという意識が前面に出すぎて、どうもいけない。中には、エヴァンゲリオンとかガンダムを描くのとあまりかわらない感じで、つまり悲劇のヒーローとか勇者を描く感じで製作された戦争映画なども幾つかみられる。

 私としては、戦後も60年過ぎ、どうしても歴史も脚色されフィクションの題材となるのはやむを得ないが、できればできるだけ本当の戦争の姿を描いた戦記ものも皆さんに読んでもらいたいと思うのだ。
 私は以前、太平洋戦争の戦記もの小説に凝っていた時期があった。伊藤桂一、大岡昇平など色々読んでいた。この津本要さんも、戦記ものも、それらに劣らずいい本であった。ぜひ皆さんにもお薦めしたい一冊です。

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