このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

「水分神社」


 
曼荼羅寺地区にある水分神社

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「仲多度郡史」(T7.1.15, 香川縣仲多度郡編纂)によれば−−−

(村社) 水分(ミクマリ)神社    吉原村大字吉原字水分
村の南部にありて東方に向へり。村社にして曼荼羅寺部落の産土神とす。 祭神は天之水分神。國之水分神を奉齊す。一つに籠明神とも稱せり。 勸請年月定かならす。明治二年本殿を改築し、同十六年、幣殿、拜殿を 改築せり。之れ乃ち現今の建物なり。
本殿(一間四方)流レ造、瓦葺。幣殿(一間半四方)釣殿造、瓦葺。拜殿 (二間に二間半)入母屋造、瓦葺。境内坪数三百二十七坪。椋大木數本あり。 其他雑木大に繁茂せり。
境外に 木能神社(字寺前) 生ノ木神社(字岡) 荒魂神社(字堂ノ下) 山神社 二社(字我拜師山。字荒井) 八幡神社(字炎摩)等の末社五座ありしか、明治 四十五年二月、本社に合併せり。 



現在は「ミズワケ」神社と呼ばれているようだ。
水分神社は 古事記 にも書かれている由緒ある神社らしいが、ウェブで吉野水分神社を検索すると、水分(ミクマリ)→ミコモリ→コモリとなったとのこと。
従って、水分神社はコモリさんとも呼ばれるらしい。

そんな由緒は忘れ去られるから、「コモリさん」とはお籠りして祈祷したとか、神社の社叢がコンモリしているから、とか諸説が生まれているのではなかろうか。 水分神社が吉原の雨乞い祈願の元の水であるようだが、水分神社はさらに、まんのう町の尾瀬(おのせ)神社から神泉の水を汲んできているようである。






<刻字の調査(平成29年12月)>
正面「水分宮」
H29.12

背面
H29.12

H29.12 H29.12

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背面から見て刻字備考
(右脚)維時明治四十有二年 欽而建焉 維時(これとき)、 欽而(つつしんで) 建焉(ここにたつ、これをたつ)
(左脚)歳次己酉桂月吉祥日 本社総産子 「歳次」:12年周期で運行する歳星(=木星)の位置=年回り、「桂月」:旧暦8月




水分神社   百度石   注連縄石   狛犬   社殿   古い祠

善通寺   曼荼羅寺   出釈迦寺   禅定寺   西行庵   人面石   鷺井神社   東西神社
我拝師山   香色山   天霧山   七人同志   片山権左衛門   乳薬師   月照上人   牛穴   蛇石

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