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文久3年6月、壬生浪士組の編成が京都守護職に提出された。

この頃の局長は3人体制で、幹部は近藤派と芹沢派の混成であるが、筆頭局長は芹沢であった。

局長芹沢 鴨
近藤 勇
新見 錦
副長山南 敬助
土方 歳三
助勤沖田 総司
永倉 新八
原田 左之助
藤堂 平助
井上 源三郎
平山 五郎
野口 健司
平間 重助
斉藤 一
尾形 俊太郎
山崎 蒸
谷 三十郎
松原 忠司
安藤 早太郎
調役並監察島田 魁
川島 勝司
林 信太郎
勘定役並小荷駄方岸島 芳太郎
尾関 弥兵衛
河合 耆三郎
酒井 兵庫
第一次編成

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