このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

京都霊山護国神社と霊山歴史館
京都霊山護国神社

京都霊山護国神社は、幕末、維新に殉じた志士と、第2時世界大戦にいたる京都府出身の英霊
73010柱を祀っています。

幕末、各藩が東山三十六峰の中心であるこの霊山に、それぞれ殉難者を祀ったのがこの神社の
起源で、明治元年5月、明治天皇の御沙汰書に基ずく太政官布告をもって、維新に殉じた志士
約1400柱の霊が祀られ、日本初の官祭招魂社とすべきことが決められました。

この布告により、各藩は社殿を建設し、同年7月には盛大な祭典が挙行されました。

ついで、明治10年には皇室より、巨費が下賜せられて神域が整備され、全国招魂社のうちもっとも
崇敬を集めました。

さらに、昭和4年6月には今上陛下御即位大礼の建物を下賜せられ、現社殿を整備し、
昭和14年に護国神社と改称しました。

しかし、太平洋戦争後は心をかける人もなく、荒れるがままの状態だったらしく、これを憂えた
故松下幸之助氏の発唱で、「明治100年」となる昭和43年「霊山顕彰会」が創設され霊域を整備、
復旧するとともに、新たに約1800柱を合祀、現在、明治維新関係者だけでも約3200柱が霊山祭神
として祀られています。(墓碑が確認されているのは368柱(合祀墓を含む))

幕末の動乱期に活躍した維新の志士たちを奉祀すべく、
明治元年に「霊山官祭招魂社」として全国で初めて創立された。
昭和14年京都霊山護国神社と改称。
境内には坂本龍馬、中岡慎太郎、桂小五郎を始めとする墓石、慰霊碑の他、
従軍記念公園「昭和の杜」がある。
近接の霊山歴史館では明治維新関連の資料文献を展示公開している。
創立:明治元年5月10日
幕末の動乱に殉じた坂本龍馬、中岡慎太郎ら志士約400柱の墓碑が眠る霊山のふもとにある。
それら志士の遺品や遺墨などを展示する維新総合資料館ともいえる。
建設:1970(昭和45)年

京都霊山護国神社(京都神社)
(きょうとりょうぜんごこくじんじゃ)(きょうとじんじゃ)

京都市東山区清閑寺霊山町

霊山歴史館(りょうぜんれきしかん)

京都市東山区清閑寺霊山町

参道
参道
「維新の道」石碑

京都霊山護国神社への参道は、急な上り坂です。(霊山という山を上るわけですから)

この参道には、「維新の道」という名がつけられています。

霊山歴史館は、昭和36年に第二室戸台風で倒壊した京都霊山護国神社の参集殿跡に
昭和45年秋に設立、開館しました。

幕臣、維新の志士の遺墨や遺品などの資料を約5000点を収蔵。
そのうち100点余りを常設展示し、維新の姿や精神を伝えることを目的とする、日本で唯一の
幕末維新史の総合資料館です。

春と秋には、多彩な企画による特別展も開催されます。

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