このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください |
僕は、しんせんぐみは、「新選組」と書くものだと思っていました。
それは、隊士 島田魁の遺した手記に「新選組」と書かれているからです。
ところが近年新たに隊士 永倉新八の遺した手記が発見され、そこには「新撰組」と書かれています。
しんせんぐみ隊士でも、このような違いが・・・
いったいどうなってるの?
しんせんぐみ研究の第一人者・平尾道雄氏は、調査の結果、「会津藩庁記録には、すべて”撰”を
用いているので公記録として採用されていることを知った」と言っておられます。
また、幕末維新史研究家・多田敏捷氏は、「しんせんぐみ自身が公式文書を出す時は”撰”の文字を
使った」と言われ、「幕末当時は単純にものをえらぶ時に”選”を使い、優れたものをえらぶ時に”撰”を
用いた」と語っておられます。
なるほど・・・
でも、一般的にはどちらも間違いではないとされているので、僕もどちらでもいいと思い、こだわって
いません。
ただし、このサイトでは、「新選組」に統一させていただきます。
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