このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください |
4月の第2日曜日、紫野の
今宮神社
・
玄武神社
、西賀茂の
川上大神宮社
の
3つの神社でやすらい祭がおこなわれます。
この祭は、京都三奇祭のひとつとされ、国の重要無形民族文化財に指定されています。
京都の春の祭のさきがけとしておこなわれ、やすらい祭の日が晴れれば、
その年の京都の祭はすべて晴れとなり、雨ならばすべて雨が降るとの言い伝えも
残っています。
各神社の近隣の町内を、直径約2mの長柄の風流傘(ふりゅうがさ)を押し立てた行列が
練り歩き、列の中心は赤や黒の飾り髪を振り乱した鬼たちで鉦や太鼓を打ち鳴らして
舞い踊ります。
「花や咲きたる やすらい花やー」
やすらい祭の呼び名は、踊りの歌のなかで繰り返されるこの囃子詞からつけられたそうで、
”やすらい”とは、やくばらいからきていると宮司さんが教えてくれました。
玄武やすらい祭の行列
氏子の町内を練り歩く囃子方と踊る鬼たち 奥に見えるのが風流傘
春、散る花とともに飛散すると信じられていた疫神。
やすらい祭は、その疫神を鎮めるためにおこなわれた鎮花祭に
御霊会(ごりょうえ)が結びついたものであるそうです。
紫野の地は平安の昔から疫病流行の折に、それを払い送る御霊会が
催されていた地で、一条天皇の正暦5年(994)に疫病が流行した際、
今宮神社でおこなわれた御霊会が祭の起源といわれています。
今宮神社に飾られていた鬼の人形
今宮神社に飾られていた風流傘
祭の当日、この傘の下に入れば、一年間病気にかからないといわれている
「やすらい花や」の囃子詞には、「散り急ぐな花よ、ゆっくりせよ」の意味が
あるそうで、春の桜を稲の花に見立て、その花が早々と散ることを凶作の
兆しとして嫌い、人々はその元凶となる疫神を鎮めたといいます。
今宮神社にあった人形(ひとがた)
この人形を納めると疫払いできるそうな
氏子の町内をくまなく周り、神社に戻ってきた玄武やすらい祭の一行
午後1時30分に出発し、戻ってきたのは午後6時(じつに4時間半!)
最後に境内で踊りを奉納します。
おつかれさま。
玄武神社でみつけたやすらい祭の絵馬
非常にかわいいデザイン
このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください |