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人事システム殺人事件 〜複雑な連鎖〜


第九章  誕生日

         1  11月21日、木曜日、午前8時52分

 朝ぎりぎりまでベットにもぐり込んでいて、時間がきてから飛び起きた。朝食も取らず竹内はホテルを出て、国道を横断するために信号待ちをしていた。昨夜雪が降り続いたのか数センチ積雪がある。もちろん、道路の雪は溶けていて、すでに泥化し、車が水を跳ねる音を奏でている。背後から「おはようございます」という声が掛けられた。振り向くと渡辺史子がコートに身をふるわせ、眠たそうな目で微笑んでいる。
「あっ、おはよう。よく眠れた」
「やっぱり、あんまり眠れませんでした。昨夜はすいません。電話なんか掛けちゃって」
「いいよ、誰だったあんな事が続けば穏やかじゃなくなるさ。ところで、加藤さんは一緒じゃないの?」
「ええ、千尋ちゃん風邪気味で頭が痛いから少し遅れて行くそうです」信号が青になり二人は歩き始めた。
「そう」千尋も史子と同じように不安なのだろう。その睡眠不足が風邪を引き起こしたのかもしれない。
「案外、加藤さんみたいな元気な子が風邪を引くんだね。渡辺さんの方が華奢な感じがしていたんだけど」
「そうですか?そう言われると何ですけど、私あまり風邪は引かない方ですね。千尋ちゃんはあれで随分ナイーブなところがあるかもしれませんね。滋賀で大津のお祭りがあった時、皆で山車を見に行ったんですが、途中で千尋ちゃんが気分を悪くしたこともありましたから」
「まあ、こんな仕事をやっていれば倒れないほうがおかしいよね」
「じゃ、私や真野さんはおかしいってことですか?」史子は意地悪そうな瞳を竹内に向けた。
「いや、そういうことじゃなくて、その・・・ね・・・健康だな、と言いたいんだよ」竹内は皮肉屋の小悪魔をかわしてみせ、誤魔化すかのように違う話題をふった。
「あっ、そうそう、昨日北邦と名古屋でプログラムを転送したよね。あれって他の銀行ともつながっているの?」
「回線ですか?名古屋は北邦と幸徳どっちにもつながっていますよ。確か、滋賀にもつながったと思いますけど」
「じゃ、北邦と幸徳もつながるわけ?」
「いいえ、それは無理です。どちらの銀行もお互いにMTSを開発していることは承知していますけど、銀行同士で回線を結ぶのは問題ですから」
「そりゃそうだね。人事だもんね。でも、幸徳にあるプログラムを北邦で見たい場合どうすればいいの?そういうことたまにあるんでしょ?」
「そういう時は、滋賀を経由するんです。幸徳から一旦滋賀に送って、滋賀のライブラリから北邦のライブラリに転送するんです。滋賀は両方の銀行と本体同士でつながっているはずですから」
「大津は両方の銀行とつながっているのか?」竹内は独り言のようにつぶやいた。
「それが、どうかしました?」
「いえね、ちょっと気になったんで」
 銀行に着くと店舗のシャッターが開くところだった。ちょうど九時になったのだ。二人が作業場へ出向くと福谷と松田、それに竹内の知らない女性が二人、既に仕事を始めていた。しかし、誰もマシンを使用していないのが気になり史子にきいてみた。
「なんでマシンはなぶらないの?」
「今、退避しているんですよ」
「タイヒ?」
「SAVEですよ。ここのデータからプログラム全部、磁気テープに退避しておくんです」
「へえ、それなりのことするんだ。毎日するの?」
「そうですよ。毎日別々のテープに入れています。曜日毎に格納するテープが決まっているんです」
「すると、昨日見たようなCLがあって、実際にシステムが壊されても心配ないんだ」
「そうですね、そう言われれば。そんなに心配することないんですね」
 しかし、竹内は逆に心配になった。システムを破壊しようとしているものが、こんなことに気が付いていないのだろうか。システムを破壊しても戻されたのでは意味がない。竹内は史子の向かいに座る松田に言った。
「松田さん、退避の手順はやぱっりCLなんですか?」
「そうです、CLを作ってあとはメニューから起動できるようにしてあります」
「松田さん、昨日のCLのこともありますから、退避するCLについても一度調べたほうがいいんじゃないかと思うんですけど」
 松田は竹内の言っていることをすぐに納得し、「ええ、そうですね」と不安げに答えた。
「話は違うんですけど、この近くに図書館はありませんか?あの女性殺害事件のこと調べたいんで」
「ええ、ありますよ。確かここから東の方へ向かって、広い通りに出たら、北に立派な建物があるはずですから」
「分かりました。すいません」
 竹内が出かけようとすると加藤千尋が少々辛そうな表情で入ってきた。
「加藤さん、具合はどう?」
「フニャー、もう頭はガンガン、鼻はグヂュグヂュ、顔はポッポでたまりませんよ」
「無理しないほうがいいよ。もう少し寝ていれば」
「ええ、ひとまず大丈夫です。無理はしませんから。ズルズル。あれ、竹内さんどこ行くんですか?」
「ああ、ちょっと新聞を読みに図書館までね」
「新聞なら、喫茶店で見ればいいのに・・・・・・」

 竹内は銀行を出て東へ向かおうとしたが、見知らぬ街の中、本来方向音痴な竹内にはどっちが西か東か分からず、適当に歩いていき、途中人に尋ねながらなんとか辿り着くことが出来た。図書館に入ってから新聞紙が保存してあるコーナーに行き、一ヶ月ほど前の新聞、特に地方紙を見ることにした。十月の十三日の三面記事に「銀行員殺害」という大きな見出しの付いている記事があった。星野美和は福島市の南東十キロほどにある飯野町を流れる阿武隈川で死体となって発見された。死体は河原に置かれた状態で死因は絞殺、発見時には死後十二時間前後と判断された。星野は金曜日銀行を退社してから全く目撃されておらず、土曜の午前八時ごろ、たまたま通りかかった地元の人に発見された。殺されたのは前夜の午後七時から九時となる。動機は全く不明で、仕事、個人面でのトラブルは何もなかった。現場の河原には車が乗り入れた後の発見により、誰かとこの場所へ来たと考えられ、顔見知りの犯行と推測された。彼女は独り暮らしで、男性との交遊関係は誰も知らず、ごく一部の同僚が付き合っている人がいるらしいと証言したが、相手は今のところ判明していない。
 新聞には発生から三日間ぐらい大きく取り上げられたが、その後進展のない事件の記事は小さくなり、七日目には消えてしまった。一ヶ月後に「進展なし」というおさらいのような記事が載っただけである。他の新聞も見てみたが内容は似たりよったりでこれ以上の収穫はなかった。
 この事件になぜ土田は興味を持ったのか?また疑問に思えたが、今までに考えているある大胆な推測が正しいのではと思うしかなかった。
 銀行に戻ると皆自分の仕事に没頭していた。ただ、福谷はまだあのCLを調べている。利用者が使用するライブラリには存在せず、もう一度、システムのライブラリも含めて、ここのホストコンピュータに格納されている全てのメンバーを検索していた。
 昼になり竹内は女三人と「葡萄園」という喫茶店に食事へ行った。十分ほど歩いたビルの二階にあるログハウス調の喫茶店だ。テーブルが小さく座るところも狭いのでゆったりできない。その上、松田がたばこ嫌いなので喫煙もできず、女三人に囲まれると何となく自分の居場所がない思いに駆られた。ランチを待ちながらぼんやり彼女たちの話をきいていたが、ある言葉が竹内の耳を動かした。
 それは「同級生」という言葉だった。史子は学生時代、京都の大学にいたのだが、そこでの友達が滋賀F社にいるという話を松田としていたのだ。
———「同級生」
 そうきいて竹内はふと思い出した。北邦銀行の行員、深谷は年齢は土田と同じ二十四歳、たしか生年月日も同じ四十二年のはずだ。それと大阪の幸徳銀行に電話をかけ土田を呼び出した女を深谷と考えた場合、古田の証言によれば東北弁でも大阪弁でもなかったという。もし深谷が東海地方の出身だとすれば、同じ名古屋地方に住む古田にとって深谷の言葉・アクセントに対し違和感はなかったのではないだろうか。もともと、名古屋人も名古屋弁などを、存外、外に出ている時は出さない。しかし、多少のニュアンスというものは他地区の人には分かるが、同じ地方の人では気付かないかもしれない。もし深谷が名古屋の人なら土田との接点が有る可能性がある。
 すぐにでも店を出たかったが、彼女たちに遠慮して一緒に店を出た。銀行に戻ると加藤共生が待っていた。
「もう着いたのか」
「ええ、朝一番の新幹線で来ましたから」相も変わらず落ちつきのないような笑顔で答えている。史子たちも加藤が来たことを喜んでいた。からかいがいのある相手だから、こんな時は少しでも明るく振る舞いたいのだ。
「で、どうなんですか。何か進展はあったんですか。私は何をしたらいいんです?」
「まあね、昨日までにいろいろあったよ。お前に説明するのは面倒なんで加藤さんたちの手伝いでもしとってや」
 竹内は加藤を適当にあしらい、名古屋に電話をかけ伊藤を呼び出してもらった。
———竹内さん、まだ、何か用あるの?
「土田君の家は知っているか?」
———ああ、知っているよ。前に送っていったことあるから。
「そうか、じゃ、今日仕事終わったら、土田君の家にまで行って調べてきてほしいことがあるんだ」
———何!家まで行くの。今忙しいんだけどな。
「重要なことなんだから頼むよ」
———で、家に行って何すんの?
「彼の小中高のアルバムや卒業名簿などを見て探してほしい女がいるんだ。彼のことだからそういうものはきちんととってあるはずだ。特に中学、高校のを重点的に見てほしい」
———女?それが、今回のことと関係あるの?
「そうだよ。重要なことなんだから。探す人は深谷夏美。浅い深いの深いに山谷の谷、四季の夏に美しい。分かったか?」
———分かったよ。しょうがねえな。じゃ、また明日連絡すればいいんだね。
「ああ、頼んだよ」
 竹内が電話を切ったのと同時に見知らぬ男が二人部屋に入ってきた。どうやら刑事のようだ。
 一人は若い感じで男目で見てもかっこいいと思える。あの筒井警部補も顔負けな、芸能人みたいな男で、もう一人は少々体格のいい優しい感じの男だ。福谷と二言三言離した後、こっちへやって来て早速竹内に目を付けた。
「失礼、我々は滋賀県警の者ですけれど、おたくさんはこちらの関係の方で?昨日は見えなかったようですけど」若い刑事の方が質問してきた。
「ええ、そうです。トリオシステムの者で竹内と言います」
「ああ、トリオの方ですか。あのう、大津の事件のことは御存知ですよね」
「ええ、知っています」竹内はきっぱり答えた。
「そうですか。それでは少し伺いたいんですけど、トリオの方と言われましたね。じゃ、竹内さんもここの仕事のことでこちらへ?」
「いいえ、土田を探しに来たんです」
「えっ・・・・・」

         2  11月21日、木曜日、午後1時16分

 いきなり「土田を探しに来た」と答えられ、刑事たちは言葉を失ってしまった。もちろん、土田という人間の存在のことは承知している。相手がトリオの者ということで、彼について問いただそうとしていたのだが、その相手にズバリ言われたのでは返す言葉がなかった。驚いたのは刑事たちばかりではない。史子たちも竹内の口から出た言葉に唖然としていた。特に加藤共生はあれだけ自分に土田のことは言うなと言明しときながら、竹内があっさり刑事に言ったものだから、とぼけた顔になってしまった。
 刑事たちは互いに顔を見つめ、どうしようかと体格のいい刑事が耳打ちをして相談した。若いほうの刑事が「ここではなんですので向こうへ」と言って竹内を部屋の外にある応接椅子へ促した。
 二人の刑事はあらためて名乗り、名刺を渡した。若い方が滋賀県警の斉藤克則警部補、もう一人が守山署の渡辺剛之部長刑事である。
「先ほど、土田さんを探しにとかおっしゃいましたけど、どういう意味ですか」再び斉藤が切り出した。
「トリオシステムの土田が失踪しているということは、お二人とも御存知ですよね。私は上司の依頼で彼を探しに来たのです。刑事さんたちも佐藤氏殺害に関し、手掛かりを求めてここまで来たんですよね。特に目下重要参考人の土田に関しての情報を得ようと」
 竹内の的を得た話に二人はどう答えていいか分からなかったが、否定もしなかった。
 竹内にはある考えがあった。土田の危機はもう差し迫った状況にあるはずだ。今までいろいろ分かったことがあるが、肝心の土田の所在が全くつかめない。こうなればやはり警察の力を借りるよりは方法がないと悟った。たとえ容疑者であろうとなんであろうと、今は土田を見つけることが何よりも先決なのだ。そこで警察に全てを話し、土田を探してもらおう、もしくは協力を得ようと考えたのだ。
「お二人は佐藤氏殺害の件しか理解していないと思いますが、今現在とても大きな事件が遂行、既に起こっているのです。佐藤氏のこともその一つに含まれます。少々話は長くなりますが、まず私の話を聞いてください」
 竹内は土田の失踪から昨日の「メモ」の解明まですべてを話し、自分の推測も付け加えた。竹内の話を聞いて二人の刑事はすぐに事件全体を理解できなかった。
「竹内さん、おたくのゆうてることはとても信じがたいですな。そんな小説みたいな話、あるんでっか」斉藤は目を細めて答えた。
「もちろん、私の推測という面も有りますけど、だいたいが正しいと思いますよ」
「しかし、ここの銀行の方の話なんか、一歩間違えれば名誉棄損ものですがね」
「でもとにかく、星野という女性は殺されているのですから、そのへんはそちらの方がこちらの警察で詳しくきけるでしょう?」
「それはそうですけどね。じゃ、渡辺さんちょっと福島県警の方でそのことについて聞いてきてください」
「はい、分かりました」渡辺が席を立った時、竹内が付け加えた。
「あの、ついでに今話した深谷という女性のこともきいてみてくださいよ。たぶん、福島でなく仙台の扱いだと思うんですけど、当然こっちにも照会がきているはずですから」
 渡辺は何で俺が素人に言われなきゃいけないんだという表情をしながら、電話を借りに部屋へ入った。
「しかし、竹内さんあなたはそんな突飛な考えがよく思い浮かびますね。ほんと推理小説に出てくるような探偵みたいですな」
 探偵と言われて竹内はこっ恥ずかしかった。
「ところで、そちらのほうは本当に土田を疑っているのですか?」
「そういうことは今申し上げられません。ただ、あなたは彼に危険が迫っていると感じているわけですね」
「そうです。ですから一刻も早く土田を探してほしいんですよ」
 その時、渡辺刑事がコードレス電話の受話器を持って現れ、斉藤警部補の耳元で囁くように耳打ちし、受話器を渡した。斉藤警部補はそれを受け取ると席を立ち少し離れて会話を始めた。
 何を話しているのか竹内には分からなかったが、斉藤の表情が妙に深刻になっていくのが手に取るように分かった。やたらとうなずいて、また反論しているようだ。五分ほどして斉藤は電話を切り渡辺に渡した。斉藤は席に戻り、苦渋に満ちた表情を示した。
「どうかしましたか?」
「・・・・・・」
「女性銀行員殺害の件について何か分かったのですか?」
「申し訳ないですがその件については話せません」渡辺が戻ってきた。
「話せないってどういうことなんです?単に私のような一市民には話せないっていうことですか?」
「とにかく、今は・・・」
「つまり・・・口止めされたのですね。その件については今捜査中なので、・・・ああ・・・もしかして警察ではマスコミに発表した以外に何かつかんでいるのではないですか?」
 斉藤警部補はわずかだが眉をしかめた。
「星野さんの背後関係なんかも割れているのではないですか?例えば男とか、たぶん・・・小川氏なのでしょう。そして、その裏には金が絡んでいる・・・。」
 斉藤はなぜ分かるのだというように竹内を見つめた。
「図星でしょう。福島署はすでに小川氏に目を付けている。だから、あまりあなたたちに動いてもらいたくないわけですね」
「あなたどうしてそこまで分かるんですか?」
「いえ、感というか、警察のことは少し分かっているつもりなんでね」
 竹内は今まで関わった事件で名古屋の刑事や常滑の刑事と付き合っているうちに刑事の対応の仕方や彼らの行動・言動のパターンを把握していたのだ。最初は刑事という人種に少々威圧されている感があったが、今では面と向かって対話しても全く平気になり、それよりも逆に相手を自分の方に取り入れる術も得るようになっていた。
「そこまで当てられてしまっては否定することもできませんね。ただし、この事はまだ誰にも話さないようにお願いしますよ」
「もちろん分かっていますよ。それじゃ、深谷さんのことはどうなっているんですか?」
「まあついでだから話しますけど」渡辺刑事はいいんですかという面持ちで斉藤の顔を見た。
「深谷という女性は現在行方不明で青葉署の方に捜索願が出されているんですよ。誘拐ということも考えられているんですが、今のところ身代金目的等の電話はないので、その線はないと考えているみたいです」
「いつからいなくなったんですか?」
「先週の日曜ですから十日ですか。週末なので家に帰っていたのですが出かけると言って家を出たきり、何も連絡がないということで。むろんこちらの銀行の寮にも」
「土田が消えたのは月曜日の十一日。やはり彼女が電話の相手なのか、彼女も危険だな」
「それでは二人とも軟禁されていると」
「そうです。たぶん」
「・・・・・・」
「刑事さんたちはどうなさるんです?土田を見つけなくてはそっちの事件は解決しないし、それには今言った事件のことも追求しないと」
「我々はここでは管轄外ですから、どうすることも」
「何を悠長なことを言っているんですか、人一人、いや二人の命がかかっているんですよ」竹内は急激な怒りがこみ上げてきて、大声で斉藤刑事に突っかかった。
「警察が何もしてくれないなら、私の方が勝手に動きますよ。福島の事件など私には直接関係のないことですから」
「いや、それは困りますよ。こちらにはこちらの事情があるんですから」斉藤は両手の掌を竹内に向け、まあまあ落ちついてと示した。
「だったら協力しませんか、うまくいけばそちらの事件も解決するし、福島の事件も、それから我々が抱えている問題も一気に解決するかもしれませんから」
 二人の刑事はほんまかいなという顔をしていた。斉藤はしばらく手で顎を押さえながら真剣に考えた。
「仕方がありませんな、あなたを信じましょう。どのみち、このままでは埒が明かないですからな」
 斉藤警部補は半信半疑のようだったが、意を決した。
「で、これからはどうするんです。竹内さんのお考えは?」
「今後のことは後で話し合いましょう。まだ、結果を待たなければならないことがありますから。取りあえず、今はある人物を探してください」
「まだ、探す人がいるんですか?」
「そうです。最もこの事件に重要な人物です。たぶん刑事さんも土田以上に興味を持つでしょう」竹内はニヤリと笑った。

         3  11月21日、木曜日、午後1時36分

 刑事たちは一旦福島署の方に戻った。竹内が一人で部屋に現れると、早速加藤共生が「どうでしたか」と詰め寄り、加藤や史子も注目した。
「ん、まあ、何とか」
「土田さんのこと全部しゃべっちゃったんですか?」不安げに加藤共生が尋ねた。
「もちろん」
「しかし、それでは・・・」
「いいんだよ。もうすぐすべては終わる。それより松田さん、あのCLの件はどうなりましたか?」
 松田と福谷が席を立って近づいた。福谷が沈痛な面持ちで答えた。
「やっと見つけましたよ。やはりシステムのライブラリにそれらしきものが別名で隠されていました。あのCLだけでなく他にもいろいろとあって、別のCLによって一時ライブラリに破壊CLがロードされシステムを壊す仕組みになっていました。メディットもありましたよ。CLが起動するとあのメディットが画面に現れるのです」
「じゃ、システムを破壊するのは間違いないのですね?」
「ええ、シス管の知り合いに問い合わせたんですが、確かに“DESTROY”という隠しコマンドはあるそうです。ただし、それ極秘中の極秘で、多くのパラメタとキーワードのもとで動くものだそうです。その人も何でそんなことをきくのか驚いていましたよ。我々程度のSEが知る術がないらしいですから」
「そうですか」
「それに、竹内さんに言われたように退避のCLも調べてみたんですけど。そちらの方も操作してありましたよ」
「やはり、それで?」
「CLのソースは元のままなのですが、オブジェクトの方が置き替わっています。作成された日付が二週間前になっています。あんなCL一度作ればそうそうなぶることはありませんから、それで調べたところとんでもないことが分かりました。置き替わったCLはデータを退避しているように見せかけているだけで実際には何も退避していないんです」
「ということは、置き替わった二週間前から毎日何もセーブ出来ていないってことですか」
「そういうことになります」福谷は落胆しきっていた。システムの破壊者はやはりそこまで考えていたのだ。あなどれない。
「もしかしたら、大阪の方にも同じものが有るかもしれませんね?」
「そう思います。今から林の方にきいてみますよ」
「それなら、もし見つかった場合、滋賀の方には何も伝えないよう林さんに言ってもらえますか?」
「どうしてですか?大津の方には言わないと・・・」
「いえ、よく考えてください。ちょっと言いにくいんですけど、これらの一件は明らかに何者かがシステムに画策しています。たぶん、大阪にもここと同じものが有るでしょう。いや、大阪になければおかしいんですが。そして、林さんが無いと言えば林さんを疑わなければならなくなります。が、大阪とこことでは回線がつながっていないんですよね。違う銀行同士ですから」
「もちろん」
「だとすると林さんがここのシステムを画策するのは難しい。となると両方の銀行につながっている名古屋と滋賀が怪しいわけです。むろん、福谷さんや松田さんは信用していますよ。お二人が犯人だったらここまで調べるはずがありませんから。ただ、名古屋は今誰もいませんし、一番詳しい土田は行方不明、となると残るは滋賀だけです」
「それでは大津にシステムを破壊しようとする者がいるわけですか?」松田が尋ねた。
「しかし、そんな大それたことを出来る人間はいませんし、第一こんなCLを作れる技術を持った奴はいませんよ」福谷の言葉に力がこもっていた。身内を疑われたのではたまったものではない。
「今はいなくても、前にはいたんじゃないですか?」
「いや、それは・・・」福谷が言葉に窮した。
「福谷さん、正直に答えてください。昔、そちらにいた山本という人物はどういうひとなのですか?」
「山本?彼が・・・どういう人というのは?」福谷は突然山本と言われ戸惑っていた。
「つまり・・・山本という人なら、こういったCLを作れる力があるかということです」
「それは・・・」正直にと言われ福谷は迷っていた。「確かに山本なら作ることができると思います。彼は以前F社の本社の方にいて、ハードの開発関係に携わっていましたから。しかし、彼がこんなCLを作るなんて・・・しかも、山本は既に社員ではないんですから」
 福谷は興奮してきたため、竹内はなだめるように言った。
「まあまあ、まず私の話を聞いてください。以前、土田が私に言ったことがあります。こちらの仕事をしていてよく不満を言っていたのですが、時にはシステムを破壊するような仕掛けでも作って、自分の誕生日なったら起動するようにしてやりたいとか、もちろん冗談ですけれど。土田が言っていた意味というか気持ちは分かります。私もこの業界に入って知ったのですが、こういう仕事をする人のなかには変わった人もいるということです。最近のパソコンブームの中、趣味から入り、マニアックな形でコンピュータを極め、そのまま情報処理の会社に入る人がいます。それはそれでいいのですが、そういう人ほど利己的で物事にこだわり、自分のプログラムに絶大の自身を持っている。今風に言えば“オタク”とでもいうのですかね」
 竹内は軽い感じで話をしているのだが、まわりの人たちは皆真剣に聞き入っていた。
「そういうタイプの人間はどんどん深みにはまり込み、アメリカでよくあるハッカーやコンピュータウィルスを作るようになるのかもしれません。そして、仕事としてコンピュータを続けているうちはいいんですが、人間関係の衝突などには対処しきれなく、仕事を辞めてしまった場合はどうでしょう。絶大の自身があったプログラムをけなされたり、自分の思いどおりにいかなくなった時、そういう偏執的な人間は恐ろしいことを考えるかもしれません。自分をないがしろにした者に対する仕返し、言わば復讐ですね」
 復讐という言葉が皆の心を貫いた。「復讐するは我にあり」を思い描いたからだ。
「そして、復讐をやり遂げようとする。もしかしたら、もともとそういうものを最初から作ってあったかもしれません。私は山本さんと会ったことがないのでどういう人か全く分かりません。しかし、今私が話したようなタイプの人間ではないかと思うんですけれど。福谷さん違いますか?」
「・・・・・・」福谷は押し黙ったままで肯定も否定もしなかった。
「滋賀で見たゲームもたぶん山本さんが作ったんでしょう。あれ程のものが作れるなら、これくらいのCLは簡単だと思いますが」 「でも、竹内さん山本は会社を辞めているんですよ。どうやってここや大阪のシステムに介入できるんですか?外部からはまず無理な話ですが」松田が怒ったような顔で言い寄った。
「これも言いにくいんですが、私は滋賀に山本さんの仲間がいると思うんですよ。大阪の方の結果はまだ分かりませんが、たぶん滋賀の方から画策されていると思われます。それなりにシステムに詳しく、山本さんと親しかった人物がいるはです。だからこそ、CLを発見したことを滋賀には伝えたくないんです。身内にそんな人がいると言われて不愉快だと思いますが、そこは私を信じていただきたいんです」
 福谷はまだ黙ったままだった。だが、竹内の話は納得しているようである。史子や加藤たちには理解しがたい話であったが、事の重大さはひしひしと伝わっている。一個人の復讐という波が大きくなり今にも津波の如く振りかかろうとしている。
「ちなみにききたいんですけど、その山本さんの誕生日はいつか分かりますでしょうか?」竹内は思い出したように尋ねた。
「確か・・・」松田が思い出そうと手の指を追ったりして数えている。そしてついに思い出したのか嬉しそうに言った。
「確か十一月の二十二日です」と。
 松田は思いだせてすっきりした表情だが、他の人たちの顔には戦慄の表情が散りばめられていた。十一月二十二日、つまり明日である。

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