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乗鞍高原殺人事件 〜見えない糸〜


第六章   女の感

         1

 竹内がこの問題に苦慮している時、世界はもっと大きな問題を抱えていた。竹内の悩みなど世間から見ればごく小さな問題なのかもしれない。世界は今、湾岸戦争という深刻な危機を迎えている。
 一月十七日、イラクはついにクウェートに侵攻し、多国籍軍と全面交戦になった。戦火はサウジ、イスラエルと飛び火し、アラブ対イスラムの戦いになろうとしている。スカッドとパトリオット(しかし、パトリオットという名は気に食わない。PATRIOT=愛国者が自国以外の国を守るなんて皮肉だ)が飛び交い、罪なき人々が尊いものを亡くしていた。
 しかし、マスメディアとハイテクノロジーの発展は目を見張るものがある。テレビや映画の中でしか見られなかった戦争というものが、茶の間で見れるのだ。ビルが崩壊する情景、空爆する戦闘機から見た燃える街、包帯を巻き脚を引きずる人々。どれも、恐ろしく、悲しい画面だ。先日には石油が海に漏れ、油にまみれた水鳥の姿が強烈な印象を与えていた。
 客観的に見て、イラクのサダム・フセインの方がどうみても悪いと思えるが、戦争というものは自分は正しいと思って行うものだ。しかも、宗教や石油利権など複雑な問題が絡み、一筋縄ではいかない。一方の多国籍軍、特にアメリカ側も世界の警察たる力を見せつけようとしゃかりきになっている気もする。それに、今回の戦争はまさに兵器の見本市だ。軍事産業にとっては実績の見せ所なのだろう。
 対岸の火事である日本にとっても政治的には大きな問題になっている。資金の援助、自衛隊派遣と国会はすったもんだしている。しかし、一般市民はそれ程の関心はないようだ。もちろん、連日のニュースなどでこの話題は持ちきりだが、ひしひしと押し迫ってくるものはまだない。確かに、再びオイルショックが来るのではと、巷で騒がれているが現実にはこないのであろう。バブルで浮かれている日本人には緊迫感というものがない。大相撲で苦節の力士・霧島が優勝して騒いでいるのだから、幸せな国民だ。
 竹内はスキーや今回の事件に紛れて、湾岸戦争のことはほとんど印象に残っていなかった。気が付いたらとんでもないことになっていたという情況の把握しかない。ただ、戦争の虚しさは感じている。歴史があるかぎり戦いもある。東欧の変革と共に東西冷戦も解消されようかというこの時期、世界のどこかで内戦、紛争が絶え間なく続いている。竹内がどう考えようとどうすることも出来ない。それが、竹内には悔しかった。別に正義感ぶっているわけではないがそれが人間としての根本である。万人を救うことは出来ないが、今は三人の死を何とか救わなければならない。まあ、この大事件のおかげで心中事件の方は一気にマスコミから去り、これ幸いというとこだ。
 月曜日、竹内は久しぶりに会社へ向かっていた。現在の作業状況を報告に行くのが理由だが、それは建前で、事件の事を調べに行くのが真の目的である。
 名古屋駅を出て、地下街のユニモールを進んだ。外は小雨が降っていて肌寒い。朝まだ早いのでモーニングサービスを行う喫茶店以外は、シャッターが閉まっている。出勤時間には遅いのでサラリーマンの姿はまばらだ。それ故に、反対側から歩いてくる人物がハッキリ見える。その中に山田悦子が一人で歩いてくるのが、遠くからも確認できた。紺色のコートを着ているのでどんな恰好か分からないが、コートが妙に大きく見える。彼女も竹内の姿を見つけたのか、彼女らしい笑顔で近づいてきた。
「お早う、竹内君。これから、会社?」
「ええ、ちょっと作業の報告に。山田さんは?」
「うん。K塾までね」
「そうですか」竹内は悦子に話をききたい衝動に駆られた。彼女なら何かを知っている、そうでなくても何かを感じているのではないか。悦子の持つ感性の鋭さにわずかながら期待を感じていた。
「今、時間、ありますか?二三十分でいいんですけど」
「いいけど・・・」悦子は時計を見て少し考えた。「で、何の話、もしかして、あの事?」悦子は、恵たちの事だとすぐに察知して、少し渋った。でも、竹内の人望を信頼して応じたのだ。
 二人は近くにあった喫茶店に入った。地下街の構造上座席が階段状になっている喫茶店だ。二人ともホットコーヒーを頼みついでにモーニングも出てきた。
 山田悦子はもう四年目になるベテランのSEだ。小柄で見るからに小さい。自分より小さい新入社員が入ってくると妙に喜ぶ。髪は肩ぐらいで軽くウェーブをかけている。笑った顔がバラドルの森口博子に似ていて、自分でもそう思っているらしい。性格は典型的なB型体質で明るく屈託のない女性だ。仕事の面でも信頼を得ていて一課の重鎮だ。竹内も彼女に対しては憧れの人の一人だ。ただ、私生活の面は良く分からないの部分があり、神秘的というか崇高な女性のような感じがして、近づきがたいものもある。だが、今の彼女はいつもの自然にかもしだす陽気さというものが感じられない。やはり、事件の影響が現れているのだろうか。一年前の事件の時も第一発見者ということで過酷な局面をむかえていた。彼女も陽気さとは裏腹にナイーブな面もあるのだろう。
「竹内君、また、事件のこと調べているの?二人のこと」
「いいえ、直接には彼女たちのことにタッチしていません。今は、あの時起こったもう一つの事件、転落事故のことを見てるんです」
「そうなの、あれは単なる転落事故じゃないの?それとも、何か気になるの」
「ええ、話せば長いことなので、今は説明しませんが、僕は少々気になっているんで。で、二人のことなんですけど、山田さんはあの事件、どう思っているんです?」
「どうって、言われても、残念で悲しいことだわ」
「それだけですか?他に何か疑問とかおかしな点は感じません?」
 悦子は竹内から視線をずらし顔を手で覆った。「確かに、信じられない事だとは思うわ。けれど、ケイちゃんとはそれほど親しくしていたわけじゃないし、尾関君なんかほとんど話したことないから、良く分からないわ。ただね、どことなく違和感というか釈然としないっていうことはあるわね。うまく、説明できないけど」
「彼女は何かを悩んでいたのですよね。今となっては、それは、尾関君との関係だったと断定されていますが、彼女が以前から悩んでいたという兆候はあったんですか?」
「そのへんのことも、良く分からないわ。私も最近は外にばかり出ているから、接する機会も少なかったし。K塾にいるカトさんや史ちゃんにもきいてみたんだけど、彼女たちもハッキリとは気付いていなかったみたい。ケイちゃん、ああゆう性格でしょ、きっと自分で解決しようとしたんじゃない」
「他に何か気になることはありませんか?些細なことでもいいんです」
「そうね」悦子はしばらく考えた。「たいした事じゃないんだけど。ケイちゃん、乗鞍へ行くの最初は楽しみにしていたの。彼女もスキーは好きだったみたいだから。でも、いつだったかしら、行くのをやめるって言いだしたの。どうしてってきいたら、ちょっと用事があるんでって弁解がましくいっていたわね。ところが、また行くって言いだしたから、まあ、それはそれで良かったんだけど。だから、あのころからいろいろ思い悩んでいたんじゃないのかな」
「一度断ったのはいつなんです?」
「そうね、スキーに行く、二週間位前かしら」
「じゃ、再び行くって言いだしたのは?」
「一週間前だったかな」
「一週間前か・・・・・・」恵はなぜスキーに行くのをやめたり、また、行くことにしたのろう ?その間に、何かあったのか?
「竹内君、竹内君はどう思っているの。何かあるから妙に二人のことにこだわっているみたいだけど?」
「今は、良く分かりません。自分でも把握しきっていませんから。ただ、山田さんと同じようにどことなく納得がいかない気がしているだけです」ただ、その納得がいかない点は悦子と多少違っている。山内の事が絡んでいると竹内はどうしても思ってしまうのだ。
「でも、あまり事を荒立てないほうがいいかもしれないわよ。今度のことは前回のことより大きな波紋を起こしているみたいだから」
「ええ、気を付けますよ。呼び止めたりしてすいませんでした」
「いいのよ、私も誰かと話したい気分だったから」
 二人は喫茶店を出て、別れた。悦子の後ろ姿はどことなく寂しそうだ。彼女がいつもの明るさを取り戻すのはいつだろう。その時には全てが解決しているのだろうか。

         2

 小雨の降る中、竹内は会社に着いた。相変わらず部長たちはいない。事件から一週間目とあって社内は静かであった。土田を探しにマシン室に入ると、彼は部屋の奥で仕事をしていた。今まで見たことのないカラフルなカラーの新しい機種で、マウスという装置を動かしていた。やっていることも、これまた見たことのない日本語のような言語でプログラムを作っている。
「やあ、竹内さん珍しいね」
 おとつい会ったばかりなのに珍しいねは無いだろうと思ったが、竹内も「よっ」と挨拶をした。 「それで、どうだった。彼の友人の話っていうのはきけたの?」と小声できいてきた。
「会うには、会ったけど、全然成果なし。オオシマという人間は見つからないよ」
「そう、やっぱり事故とは関係ないんじゃない」
「ああ、俺もだんだんそんな気がしてきたよ。考えすごしだったかな。ところで,それ何?なんか訳の分からないことやっているように見えるけど」
「うん、これ。YPSっていうんだ。F社の新しい言語で、マシンもGという新しいやつなんだ。これから、滋賀の方で人事の仕事をするんでね、今いろいろ調査しているんだよ」
 竹内も二年目を終わろうとしていた。同期の連中はどんどんレベルアップしているのに、自分だけ蚊帳の外という感じがしてきた。仕事の邪魔をしては悪いと思い、マシン室を出たところ、真野祐子とぶつかりそうになった。髪形を変えたのか、前会った時とはイメージが違っていた。
「何しに来たの、竹内さん」
「ええ、ちょっと、作業の報告に」
 祐子は手招きし竹内を自分の席に呼んだ。今、フロアーには榊原主任と青山しかいない。竹内が所属する二課は、下の六階に新しくフロアーを構えたので、七階は広々としていた。
 祐子は少し声をひそめて言った。
「あんた、また、余計なことに首を突っ込もうとしているんじゃないの?」
 竹内はギョッとして、戸惑いの表情をしてしまった。祐子は本当に人の心を読む目があるみたいだ。
「いや、そういうわけじゃないんですけど」
「今度のことは前の事件よりデリケートな問題なんだから、少しは気を配らなきゃいけないわよ」
「ええ、まあ、それは、承知してますが」竹内はしどろもどろに答えるしかなかった。
「でも、そんなふうにおっしゃるところを見ると、真野さんも何か今回のことに疑問でも感じているんですか?」
「そういうわけじゃないけど、何かしっくりしないことがあるのよね。女の感ていうのか。でも、亡くなった人たちが戻ってくるわけじゃないし、これ以上事を荒立てるのも良くないと思うんだけど」
 全く悦子と同じことを言われてしまった。そこで、同じような返事をしておいた。「わかりましたよ。気を付けますから」
 あまり、長くいると段々説教じみてきそうなので、竹内はそそくさと七階の事務所を出た。ゆっくり階段を降りながら竹内は考えた。
 悦子にしろ、祐子にしろ、やはり、自分と同じように今回のことに付いては少なからず疑問を持っているようだ。尾関の身内が彼の死を承諾できないのは良く分かる。彼を熟知している遺族が彼が殺人を犯し自ら命を絶ったというのは信じることは出来ない。たとえ、それが真実だとしても信じたくないはずだ。だが、我々はどうだろう。尾関とは会社というコミュニティーの中だけの付き合いで、しかも、尾関はあまり我々と接していない。その我々が彼の死と行為に対し疑問をもつというのは、やはり、何かがあるとしか思えない。もちろん、人間的な感情において彼が行った残虐行為を信じたくないとう本能は働くかもしれないが、客観的に見てもやはり納得がいかない。
 警察は感情を一切排して捜査を行うので、事務的にしかも楽に仕事をしようとするので我々とはまた異なる存在だ。竹内自身のことはさておき、悦子・祐子という人間的にも優れていて感受性豊かな二人が疑問を持つというのは捨ておけない重要な根拠になるはずだ。竹内は自分の疑問を確信しつつあった。だが、その裏にある見えない糸は全く表面に出てこない。
 六階の事務所に入った。七階とは違ってせせこましく、資料なども机の上に広がってその乱雑さがいかにも職場という感じがする。ここにももう一人感受性豊かな女性がいた。桑原美香だ。彼女もきっと今回の事件については何がしかの疑念を持っているはずだ。「ただいま」と挨拶をして席に着いた。事務的に「お帰り」言われただけで寂しい気がしたが、それも仕方がない。恵は二課に所属していたため、彼女がいなくなったショックというものは七階の比では無い。一つの火が消え、その明るさがなくなったゆえに暗さが増したようだ。恵の席だった机の上には鮮やかな色の花が添えられている。
 竹内は建前の作業報告を水野課長に行った。管理職だけあって平静を取り戻しているが、何処か事務的だ。わざとそうしているのかもしれない。
 竹内は水野が上へコピーしに行っている間に美香に近づいた。彼女も見かけ以上に憔悴しきっているようだ。毎年事件に出くわしていれば心が休まる暇もない。感情移入の激しい彼女にとってこれまでの事件は、たとえ忘れられたとしても心のどこかに溝を作っているのかもしれない。だから、彼女に質問するのは辛かったが、死んでいった者たちはそれ以上に辛いはずだと割り切った。
「桑原さん、どうも、ちょっといいですか?」
「ええ、何?」美香は作業している手を止め竹内を見据えた。
「ききにくいことなんですけど、いいですか」
「ん、もしかして、事件のこと?」
 美香も感のいい人だ。まあ、竹内の表情を見れば美香ぐらいの人なら感づいて当たり前だが。
「そうです。桑原さんは今回のことどう思います。納得していますか?」
「納得?もちろん納得なんかしていないわ。ケイちゃんが死んだなんて、絶対に納得なんか出来ないわ」美香は少し怒りの表情をみせた。
「でも、済んでしまったことをあれこれ思っても仕方ないわね。彼女が戻って来るわけでもないし」
「桑原さんは、尾関君があんな事をしたと信じられますか?」
「尾関君とは、あまり、面識がないから良く分からないけど。彼があんな事をするとは思えない。でも、現実には行ってしまったのだから。人間は全く分からない存在よ」
「もし、もし仮に、ですよ。彼があんな犯行をしていないとしたら、桑原さんはどう思いますか?」
「えっ、竹内君何を言っているの、彼が犯人じゃないって思っているの?」
「あくまでも、仮定の話ですよ」
「正直に言うわ。私、二人とも殺されたんじゃないかと思っているの。なぜって言われても困るけど。尾関君があんなことするどうこうじゃなくて、あの事件そのものが納得できないの」
 水野課長が戻って来たので、竹内は話を切り上げた。最後に「有り難うございました」と言って自分の席に戻った。
 美香も我々と同意見だ。しかももっとも直接的な考えだった。竹内の考えも決まった。二人は何者かに殺されたのだ。

         3 

 昼食の時間になり竹内も土田たちについていくことにした。今日は青山、藤井、美香、伊藤、土田しかいないようで、他の人たちは出向なり客先なりに出ているようだ。いつもどおり、恵比須亭に行くのかと思われたが、雨が激しくなってきたので、すぐ近くの桜宛という中華料理屋に入った。皆、出来るのが早いランチを頼んだので竹内もそれに習った。店内はサラリーマンで一杯のため、席もバラバラに座った。さっさと昼食を食べすぐに店を出た。並んでいる人もいるにでゆっくりすることは出来ない。
 店を出る時、桜宛の隣に「メンズエステ スタジオR」という看板が目に入った。土田にきいてみると「ちょっとHなやつじゃない。人が入るのを見たことはないけど、綺麗な姉ちゃんが入るのを見たという人はいるから。今度誰かに行かせようかという話もあるんだけど、竹内さん行ってみる?」と答えた。お金をくれるなら、ぜひ行きたいなと竹内はつい望んでしまった。
 社に戻り七階は人がおらず閑散としているので、六階でたむろしていた。食後のコーヒーを飲み、ぼんやりしていると土田が話しかけてきた。
「オオシマっていう名前はなさそうで結構有るんじゃない。芸能人でも大島渚とか大島智子とか、昔中日にいた大島っていうのもいたし、そう珍しい名前でもないよ。探すのは大変じゃないのかな」
「そうかもね」
 隣では今年入社した谷口文彦が藤井に何か言われている。作業がうまく進まず藤井に相談しているようだ。藤井は前髪を触りながら指示を与えている。その時、藤井が発した言葉に耳が傾いた。
「死ぬ気でやれば何でも出来るさ」竹内はその言葉を聞いた瞬間、何か胸中を貫くものがあった。何なのだろう。
 竹内が塾考していると、総務の中嶋孝江が入ってきた、土田を見つけると足早に近づき紙切れを渡した。
「土田さん、今度、社内報に情報処理試験について何か書いてくれない。土田さん一種まで持っているんだから」
「えっ、僕がですか、めんどくさいな」
「だって、土田さん、まだ書いたことないでしょ、書いて下さったらテレホンカード差し上げますから」
「『ツッチーお願いします』と言えば、彼は引き受けますよ」と伊藤が横から口を挟んだ。
 すると中嶋は「ツッチーお願いしまーす」と少し照れながら言った。
 土田も「じゃやりましょう」と調子に乗って答えた。
 土田もツッチーなんて呼ばれて、竹内は少々羨ましかった。まあ、会社なんだからふざけなくてもいいんじゃないかと思っても、あだ名が有るなんて親しみが持てていいなと思う面もあるのだ。竹内など小学生から大学まで竹内君や竹内さんで通っていて、あだ名らしきものがほとんど無かった。
 その時ふと思った。人間は死ぬ間際や咄嗟の時、誰かに何かを告げたい場合、なんてその人を呼ぶのだろう。夫が妻を呼ぶときはやはり下の名前だろう。もし、誰かが土田の事を呼ぶならいつも呼んでいる「ツッチー」と呼ぶのだろうか?本名よりニックネームで普段から呼ばれている人を咄嗟の時に呼ぶ、呼び方はやはりいつも呼んでいるニックネームではないのか?そうするとオオシマというのは、もしかしたらあだ名ではなかろうか?オオシマという人の名前のようなニックネームがあるのかと思ったが、あだ名というのはとんでもないところから付いてくることもある。本名をもじったり、仕種や行動、または動物や誰かに似ているとか。オオシマはニックネームという発想が竹内を震撼させた。
 竹内はすぐにシステム手帳を開き、まず、蟹江の家に電話した。蟹江の方はランチタイムで忙しそうだったが、親切に対応してくれた。
「竹内ですけど、昨日はどうも」
———ああ、昨日の方ですか。あの後いろいろ探してみたんですけど、オオシマっていう人は見当たりませんな。
「そうですか、あのですね、ちょっと思いついたんですけど、オオシマっていうのは人の名前じゃなくて、あだ名っていうかニックネームではないかと思ったんですけど、そういう人はいませんでしたか?」
———あだ名ね・・・、ちょっと待ってください・・・、そういえばオオシマとか呼ばれていた奴がいたな。私はあまり親しくしてなかったんですけど、山内とわりと話していた奴がいたっけ、なんでオオシマって呼ばれているのか良く知りませんけど、顔が誰かに似てたのかも。
 竹内は自分の思いつきが当たり歓喜した。
「その人の名前、本名はわかりませんか」
———確かね・・・、何だったかな、良くある名前だと思ったんだけどな・・・、そうそう、山田とか言ったかな、そう山田だ。
「山田!」竹内はその名前を聞いて頭の中でもやもやしているものがふっとんだ気がした。
「下の名前は分かりませんか?」
———ちょっと、そこまでは覚えていませんね。
「じゃ、なんか、特徴はありませんでしたか。例えば体つきとか、眼鏡とか」
———そうね、体格はがっしりしていたようだし、そんなに背も高くなかったかな、たぶん眼鏡もかけていた気がするな。
「後、髪の毛に何かありません?」
———そうそう、思い出しましたよ。そいつね若いのに髪の毛に白髪が有るんですよ。それも、メッシュみたいに前の毛の一部分にね。
「そうですか、お忙しところ有り難うございました」
———えっ、それでいいんですか、そんなんで。
「ええ、結構です。本当に有り難うございました」
 竹内は少し身震いしながら受話器を置いた。
 山内を突き落としたのは山田浩司なのだ。蟹江と会話していた時のことが、妙に気になっていたのだが、それは「南山」という言葉だったのだ。
 確かに、山田が笑った顔は映画監督の「大島渚」によく似ていた。そこからあだ名が産まれてもおかしくない。
 山田と山内は学生時代の知り合いだった。そして山田はトリオの社員であり、恵と尾関とは同期である。
                          二つの事件の繋がりが遂に見えた。見えない糸の繋がりが。

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