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ソフトハウス殺人事件 〜メビウスのアリバイ〜


第七章 男たちの涙

         1

 空はますます暗い雲が厚くなり始め、今にも泣きだしそうだった。竹内は車に乗ってからずっと黙ったままだった。伊藤もちらちらと竹内の方を見たが、何もきこうとはしなかった。車内にはボリュームを下げたFMラジオが流す洋楽だけが響いている。
 樋口の家は東海市にある。東海市は名古屋の南、知多半島のつけ根にあたる。伊勢湾に面した海岸沿いの埋立地は巨大な工業地帯であり、反対側の丘陵地域は宅地造成された新しい住宅街だ。樋口はもうすぐ名古屋の南区という、境界に程近い名和に住んでいる。安城から東海まで行くのに距離はそれほどないのだが、道がうまく接続しておらず、行きづらい。伊藤は頭の中で地図を描き、国道一五五号線を静かに走った。途中で県道に入ってか、しばらくして住宅街の方へ方向をかえ、右へ左へと交差点を曲がると樋口の家に到着した。
「車の中で待っててくれ」竹内は静かに言った。
 竹内が玄関のチャイムを押すと、樋口の母親らしき女性が現れ、竹内は中に消えた。
 伊藤は一人車内で待っていた。なぜ、樋口のところまで来たのか全く理解できなかった。しかし、何か悪い方向へ流動していることは分かっていた。でも、まさか樋口が、とは考えたくなかった。
 十分位経っただろうか、竹内が再び現れた。後ろには樋口の両親が立っていたが、母親の方は泣いているようだった。竹内が車に寄ってきた時、樋口の車・インスパイアが向こう側から来て目の前で止まった。樋口は何で家の前に車が止まっているのだろうと、中から降りてきた。そして、竹内と伊藤の顔を見るなり一瞬動作が止まった。
「樋口君!」竹内は思わず叫んだ。
 その声で我に返ったのか、樋口は車に戻り急激にバックした。
 竹内も車に乗り込み、伊藤に向かって命令した。「追うんだ!急げ!」
 伊藤は言われるままに車を前進させた。樋口の車は交差点にバックで曲がりながら入り、今度は急加速で前に進んだ。伊藤もその後を追うように走った。
 インスパイアは目前の信号が黄色の時、県道へ曲がり込んだ。続くカローラFXが交差点にかかった時、既に信号は赤になっていたが、竹内は「そのまま行くんだ!」と恫喝した。FXはタイヤを軋ませ交差点を曲がったが、インスパイアは更に前方の大通りとの交差点を曲がり産業道路に入った。
 西知多産業道路は名古屋から知多・常滑方面へ向かう片側二車線の自動車専用道路である。周辺は新日鉄や火力発電所がある中京工業地帯の一部となっている。国道二四七号線のバイパスとなっているが、途中からは一五五号線との併合道路となる。自動車専用道路というだけあって、信号も途中から無くなり、夜間や車が少ない時は、高速道路なみに飛ばすことが出来る。その分覆面パトや白バイも多いし、オービスも一つある。
 FXも産業道路に入ったが、インスパイア名鉄の高架橋の下をくぐっていた。このあたりは土曜とは言ってもこの時間ではまだ車が多い。インスパイアとFXの間にも数台の車があった。樋口は少しでも車と車の間に隙間があると、割り込んでいき前へ前へと進んだ。伊藤もなるべく近づこうと同じように無理な車線変更を繰り返した。運がいいのか悪いのか、しばらく信号は青のままだったが、最後の信号は赤になりかけていた。インスパイアは側道に入り赤信号を突っ走った。伊藤は鼻白んだが、竹内が「行くんだ!」と叫ぶので、赤の信号に突っ込んだ。青信号側の車が急ブレーキをかけ、クラクションを鳴らすのが、後方で聞こえた。
「竹内さん、一体どうなってんだ?俺、免取が済んだばっかであんまり無茶できないんだけどさ」伊藤は訴えるように言ったが、「後で説明する。今はとにかく追いつくんだ」と竹内は祈るように言った。
 相変わらず樋口は車を右に左に走らせていた。しかし、この車の混み具合では、伊藤の方が徐々に追いつくことができた。免許を取って間もなく、一度ならずとも事故っている樋口と免取りを食らうぐらい走り込んでいる伊藤とでは、ドライビングテクニックに差があったのだ。オービスの前もそのまま通りすぎた。ここのオービスはレーダー式ではなく埋め込み式なので、伊藤はおっかなびっくりだったが、竹内の気迫には負けてしまった。
 雨がパラパラ降り始め、路面の色が変わりだした。もう少しで追いつきそうなところまで来たのだが、今度は逆に離れ始めた。徐々に車が減り始め、車線を真っ直ぐに走れる状態になったのだ。こうなると、ドライビングテクニックの差より、車の性能の差が出てしまう。旧型のカローラFXでは新型のインスパイアに、スピードとパワーでは追いつけない。二台の車の差はみるみる開いていった。
「FXじゃどうしようもないよ!だからZでくればよかったんだ」伊藤は愚痴った。
「今更言ったって始まらないよ!まさか、こうなるとは・・・・・・」
 インスパイアの前に二台のトラックが並走している。インスパイアはスピードを落としかけたが、中央側のトラックがスピードを下げ、車一台分の隙間が出来た。その瞬間インスパイアはその間に割り込もうと急ハンドルを行った。しかし、ハンドルを切りすぎたのか、そのままの勢いで中央分離帯に右側の前輪が接触、車はそのまま乗り上げたかと思うと、車全体がきりもみしながら空を舞った。伊藤と竹内の目には何分間のように思えたが、数秒後には車は路面に叩きつけられ、二回三回と回転した。鉄工所のような火花が散り、低い激突音が大地に響いた。後ろから来たトラックは急ブレーキをかけかろうじて衝突は免れた。伊藤も急ブレーキをかけ路肩に車を止めた。目の前の光景は無惨そのものだった。二人は車を駆け出し、残骸となった樋口の車に走り寄った。

         2

 雨はいつしか霙に変わり、今では大粒の雪になり始めていた。日の入りの時間はまだのはずだが、厚い雲のために暗くなりかけている。竹内と伊藤は再び鈴木の家を目指していた。竹内の希望である。
 インスパイアは見るも無惨な鉄の塊となっていた。救急車が現れ、続いてパトカーも数台やって来た。二人には何もできず、ただ、茫然とたたずむだけであった。樋口が車から助け出され、救急車で直ぐさま運び出された。二人は樋口を直視することは出来なかった。警察は二人を取り調べた。「お前たち公道でレースでもやっていたのか?」と警官はものすごい剣幕で叱咤した。竹内は事件のことにはなるべく触れないように、樋口がやけをおこすおそれがあるので、それを制止しようとしたと説明した。まんざら嘘ではないのだが、警察のほうも納得はいかないものの、一応竹内の話を信じることにした。その間、警察の無線から樋口が救急車の中で息を引き取ったことが知らされ、二人は警官の前にもかかわらず静かに涙した。
 一時間ほど話をきかれ、二人は解放された。竹内はどういけば安城に戻れるか良く分からなかったが、ほとんど成り振りまかせて運転していた。伊藤は眠ったようにずっと目をつぶったままだったが、車が交差点を曲がって揺れたのと同時にまぶたを開いた。竹内はフロントガラスを見たままだったが、そのことに気付いたのか伊藤の方をチラッと見た。
「竹内さん、樋口君が専務を殺した犯人なのか?」
「いや、違う」
「それなら、竹内さんがこの前、話していた共犯者ということなのか?」
「そうだ」
 竹内は話したくはなかったが、話さなければいけなかった。
「まず、俺が注目したのは、片岡さんが無くしたカードだった。片岡さんが殺された以上、カードの存在はクローズアップされる。そこで、社内の人間が犯人ならばなにも片岡さんからカードを盗まなくても会社にあるカードを使えばいいはずだ。だから、外部の人間が犯人ではないかと考えたのだが、会社の寮なので会社の人たちしか入れないという思い込みが俺を悩ませたていた」
 伊藤は黙ったまま聞いていた。
「が、この間、重要なことを思い出したんだ。片岡さんは寮には誰でも泊まれる、辞めてしまった人たちも泊まったことがあると言っていたことだ。それで、俺は今までの退職者を調べることにした」
「ちょっと、待って。樋口君が共犯なら、彼が事件の時カードをもっていればいいんじゃないの?」
「んー、樋口君はあの日、お前たちと天狗に出かけたろ。だから、犯人にカードを渡す機会は全くなかったはずだ。それに、どこかへ隠しておくという手もあるが、直接手渡すというのではないので不確実になるかもしれない。いや、それよりもこの事件は、たまたま片岡さんのカードを手に入れたので、計画されたのではないかと思うんだ。もちろん、犯人はその前から専務を殺害するつもりはあったと思うけど、具体的な計画は立てていなかったんじゃないかな」
 伊藤はゆっくりうなずくだけだった。
「片岡さんのところに泊まり、カードを盗んだ。そして計画を思いつき、ほとぼりがさめるまで待った。そこから事件は始まっているんだ」竹内は断定するかのように言い切った。
「話を元に戻すが、俺は退職者を調べていろいろ話を聞けば、何か分かるのではないかと思った。だが、その退職者の中に鈴木さんは入ってなかった」
「入ってなかった?それは、どういうこと?」
「退職者名簿と言っても、入社時の履歴書とか、入社試験の結果、退職願とかがひとまとめにファイルされているだけなんだが、鈴木さんのは無かった。お前に言われるまで鈴木さんの名前が浮かばなかったが、調べている時、誰かいないような気がしていたので、入念に調べてみた。しかし、鈴木さんのは確かに無かった」
「じゃ、誰かが隠したというのかい?」
「そうだと思う。警察は会社の人間を調べ、当然辞めた人も調べるはずだ。しかし、退職者の中に該当しなければ、警察は調べようがない。そのために犯人は退職者名簿のファイルから自分の資料を抜き出しておいたはずだ」
「しかし、どうやって?」
「簡単だよ。七階には八階に入るためにいつもカードが置いてある。専務を殺害した後、名簿を取りにいき、事件のほとぼりがさめてから共犯者に戻させればいいはずだ」
「そうかそうか」伊藤は思い出したようにつぶやいた。
「そこで、俺は鈴木さんに疑問を持った。鈴木さんに警察は来ましたかときいたら、来たと言ったが、それは明らかに嘘だと分かった。そして、天井に掛けてあった鈴木さんのお父さんの感謝状を見た時、頭に光明が走ったんだ。その感謝状の会社名をどこかで見た気がしたからだ。それに俺は家族の写真に気付き、お父さんのことをきいてみたが、鈴木さんはあまり話したがらないようだった。事故死ということもあって、そうかなと思ったが、俺はそこにも疑問を抱いた。そこで、警察を訪ねたんだよ。運よく事故のことに詳しい刑事に会えて話をきくことが出来たんだ」
 竹内は大西刑事からきいた話を伊藤にきかせた。
「その後、専務の葬式の花輪の中に、鈴木さんのお父さんがいた会社の名があったのを思い出したんだ。そこで、真野さんに確認したら、専務がトリオの前に勤めていた会社が、その会社だと分かった」
「それじゃ、その事故の時に船に乗っていた同僚というのは専務ということなの?」
 伊藤には珍しく頭の回転が早い。
「たぶん。そうなれば、すべてが繋がってくる。その時の事故に何らかの発端があると思うんだ。動機はよく分からないが、鈴木さんが専務を殺したのは、そういう訳だったと思う」竹内はここで初めて、鈴木が犯人であることを言明した。
「しかし、どうして樋口君が共犯ということになるんだ?どういうかかわりがあるの?」
 そこが今回の事件の最大の謎で、最も重要な鍵だったのだ。パズルはこのキーになるピースが埋まったことにより、全てがはっきりした。その事を竹内は答えていいものか迷ったが、伊藤を信じ真実を話すことにした。
「実は・・・・・・鈴木さんと樋口君は兄弟なんだよ」
「まっ、まさか・・・・・・一体何を言っているんだ?冗談もほどほどにしてよ!」伊藤は信じられないという引きつった笑いを口許に描いた。「確かに二人は似ているから、兄弟とか双子とか言われたけど、本当に兄弟だなんて信じられないよ!」
「それが、本当なんだ。似ているからこそ、本当に兄弟なんだ。鈴木さんの家の写真に赤ん坊が写っていたろ?」
「そうだっけ、俺は全然気が付かなかったよ」
「それで、さっき話した刑事にそのことを話したら、弟は養子にだされたと教えてくれた。そして、たまたま住所録を見ていたら、その赤ん坊と樋口君の名が一致したんだよ。俺も初めは信じられなかったよ。だから、樋口君の御両親に会って確認しようとしたんだ。両親は最初、見ず知らずの俺にそんなことを話すつもりはなかったみたいだが、専務の殺人に樋口君が関わっていると話したら、泣きながら真実を話してくれたよ。鈴木さんのお父さんが亡くなった後、家の都合で樋口君を養子に出すことにし、遠戚の樋口家に預けたんだ」
 伊藤はまた目をつぶってしまった。
「樋口君がトリオに入社したのは偶然かどうか分からないが、そこで鈴木さんと出会った。そして、互いに兄弟だと知り、二人は父の恨み、このへんはよく分からないが、恨みをはらすため専務を殺害した。そういえば、鈴木さんがトリオに入ったのも偶然なのだろうか?」
 伊藤が聞いているのかいないのか分からないが、竹内は話を続けた。
「樋口君は専務の行動を毎日知っていた。そして、あの事件の日、絶好のチャンスが到来したんだ。専務が真っ直ぐ家に帰り、しかも、他の社員も早めに帰りそう。その上、自分のアリバイも安全という、完璧な日が来たんだ。密かに外に出て、鈴木さんに連絡を取り、殺害計画を実行に移した。
「鈴木さんは名古屋に来て駐車場で待ち伏せし、六時過ぎにやって来た専務を殴って気絶させる。そして、車の影、もしくは専務が車の鍵を持っているので、車の中に隠したかもしれない。樋口君はお前たちと飲み会に行き、鈴木さんは社員が帰るのを待つ。この前、調べたのだが、トリオの川向かいにあるマンションの非常階段から事務所の中が良く見えるんだ。たぶん、そこで中の様子を窺っていたんだろう。土田君が帰るのを確認して、専務をビルへ運ぶ。もし、道の途中で誰かに目撃されても、酔っぱらいのふりでもすれば、あの辺は夜になると暗いから分からないはずだ。そして、カードで何に入る」
「ホームレスの男はどうなるんだ?」伊藤が口を挟んだ。
「ああ、それか。忘れていた。これも憶測だが、ビルに入る時にそのホームレスに気付いたんだろう。鈴木さんは辞めた人だから、ホームレスのことは知らないし、樋口君もすっかり忘れていたのだろう。そこが、樋口君らしいのだが・・・・・・。鈴木さんは万が一のこともあるのでホームレスも殺した。そして、後で川へ投げたのだろう。専務を七階まで運んで専務室で首を絞めて・・・・・・」
「もういいよ、もういい・・・・・・分かったから、もうやめよう・・・・・・」目をつぶったまま伊藤は悲しそうに言った。
 その一言で、竹内は話すのをやめた。そのまま、鈴木の家まで二人とも沈黙を保った。

         3

 鈴木の家に着いた時は、辺りは既に真っ暗になっていた。地面には雪が積もり始め、路上はシャーベット状になっていた。鈴木の店はシャッターが閉まっていたので、裏口に回った。車の音を聞きつけたのか、玄関には鈴木が立っていた。伊藤にとって、今まで見たことのない鈴木の表情であった。
「さっき樋口さんから電話があったよ。その前に大西という刑事からも家のことをきいていった人がいるという連絡もあった。二人は全て分かっているんだな」
「はい、だいたいのことは。でも、なぜ専務を殺さなければならなかったんです?お父さんの事故に関係があるんですか?」玄関の入口で竹内は鈴木を見上げた。
「そうだ。奴は俺の父を殺しているんだ」
 その発言は二人を驚かせた。竹内はある程度予想していたが、じかに聞くとやはりショックである。
「当時、父はダイフクの経理部にいた。松野は営業部で、二人は同期入社ということでうまく付き合っていた。しかし、松野は工事の受注のさい、役人に賄賂を渡していた。それに会社の金も使い込んでいたらしい。父はその事に気付いた。父は清廉潔白な性格だったので松野に対し、しかるべきに訴えると警告した。松野は話し合いをしようということで、共通の趣味だった釣りに父を誘った。荒れ模様の天気の中、松野は無理に船を出し、転覆に見せかけて父を溺れさせたんだ」
 二人は息を呑んで聞き入った。
「でも、なぜそのことを鈴木さんは知っているんです?」
「むろん、当時は事故だと思っていたが、父は松野の不正を母だけには話していたらしい。母は父の事故に疑問を持っていたが、証拠がないので何も出来なかった。母は死ぬ直前にそのことを俺に話したんだ」
「当時、警察は事故に疑問を持たなかったのですか?」
「そうだ、警察は単なる事故で処理した。松野の方も不正の事実は全て証拠を消していた」
「だとすると、そのことは真実なのですか?」
「もちろん、本人にきいたからさ」
「本人に?」二人は声を揃えて発した。
「俺は就職の時、たまたまトリオの会社案内に松野という名を見つけ面接に行った。確かに奴だった。俺は何とか入社できて、松野の事を調べた。そしてある日、松野本人にきいたんだ。俺は鈴木の息子だと言ったら、奴は一応驚いたよ。しかし、事故から十五年以上が過ぎ、殺人の事項は成立していたためか、奴は平気で事故のことを語った。誰もお前の言うことなど信じないと嘲笑しやがった。俺も奴を警察に訴えるつもりはなかったよ。その時、父の仇を討つと決心したんだ。そのことが理由で俺は会社を辞めた。と言うよりも辞めさせられたのだ」
「樋口君が入社したのは偶然だったのですか?」
「そうだ。運命の悪戯と言うべきか・・・・・」鈴木は今は亡き弟の事を思い出したのか少し見上げた。「・・・・・・弟を養子にだしてから俺は一度も会わなかった。それが母との約束だった。しかし、あいつは偶然にもトリオに入社して、俺と再会した。俺は名前とあいつの顔を見てすぐに弟だと分かった。皆によく似ているとからかわれても、笑って誤魔化すしかなかった」昔を思い出したのか、鈴木は苦笑していた。
「樋口君の方も気付いたんですか?」
「血の繋がりというものは決して断ち切ることは出来ない。昌洋は俺が兄ではないかと思っていたそうだ。すでにあいつは、うすうす自分は養子ではないかと感づいていたらしい。そしてある日、あいつは俺に言い寄って来た。そして、俺は真実を話した。父のことも含めて全て」
「それで、樋口君も専務殺害に加担させたんですか?」
「いや、それは違う。おれは一人で松野をやるつもりだった。が、ある日、あいつはカードを持ってきて、これをうまく使おうと言ってきたんだ」
「えっ、片岡さんのカードを盗んだのは樋口君だったんですか!」それは、竹内にとって予想外だった。
「そうだ。あいつも後には引かないつもりだった。そこで計画を立てた。もちろん、殺害の実行は俺がやると言い張った。昌洋の手を血で汚すことだけは出来なかった。・・・・・・計画の実行については分かっているんだね?」
「ええ、だいたい」
 その時、今まで黙っていた伊藤がきいた。
「しかし、なぜ片岡さんまで殺さなければいけなかったのですか?」
「んー、片岡さんには本当に申し訳なかったと思う。でも仕方なかったんだ」
「そんな・・・・・・」
「もうよせ、伊藤」竹内が伊藤を制して言った。
「鈴木さん、片岡さんを殺害したのは、自分の為でなく、樋口君の為ですね」
「ああ、そんなことまで分かっているのか、竹内君は。そう確かに、俺自身はどのみち・・・・・・いや、そのことはいい。ただ、昌洋だけはどうしても捕まるようなはめにはしたくなかった。あの日、昌洋は片岡さんがカードの事に気付いたらしく、どうすればいいかと、慌てて電話をしてきた。俺もその時は慌てた。しかし、弟を守るためには・・・・・・、殺人を実行していないが、共犯は共犯だ。そのためにも、片岡さんと、そうあのホームレスの人には死んでもらうしかなかったんだ」鈴木はその時初めて涙を流した。
「鈴木さん、すべては終わりました。これ以上の悲劇は何も生みません。今からでも遅くありません。自首してください。いづれ警察もここにやって来ますよ」
「分かったよ、俺もそうするつもりだった。ちょっと待っててくれ、支度をしてくるから」鈴木はじっと竹内を見つめた。その目の奥にあるものが竹内に何かを訴えていた。
 鈴木は奥へ消えた。一分が過ぎ、二分が過ぎた。二人は焦り始めた。伊藤は竹内を見てどうしようかと懇願している。「鈴木さん」と竹内が叫んだが返事はない。三分が経ち中へ入ろうと竹内が顔で指示した。二手に分かれ伊藤は二階へ登り、竹内は奥の部屋に入った。部屋には線香の匂いが漂っている。壁際にある仏壇からのようだ。線香の煙が揺れている。それは開いた窓からの風だった。窓が開いているのに気付いた時、家の裏から車が発進する音が聞こえ、竹内は「伊藤!」と叫びながら玄関に走った。靴を履こうとした時、伊藤が竹内の腕をつかんだ。
「もういいんだ。よそう、竹内さん、このままにしとこう」
「何を言っているんだ。早く追い・・・」
 どうしたんだと思ったが、竹内は引き止める伊藤の頬に伝う涙の雫を見て言葉を失った。そして、伊藤の手には白い封筒が握られていた。遺書と書かれた封筒が。

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