このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

ソフトハウス殺人事件 〜メビウスのアリバイ〜


人と人との見えない繋がりを絆と呼ぶ。

その絆は決して断ち切ることは出来ない。

もし、出来るとすれば、それは死のみになせる技だ。

だが、その死でさえも断ち切れない絆がある。

                      こころ       
それが、人間が作りえる最も美しい宝物、「愛」かもしれない。


プロローグ


 男は静かに席を立ちオフィスのドアを開けた。あたかもトイレに行くような振りをしていたので、誰も彼のことを気にする者などいなかった。だが、男はホールの脇にあるトイレにはいかずエレベーターのボタンを押していた。
   エレベーターは到着したが男はそれに乗るのを少し躊躇った。エレベーターの扉が独りでに閉まると、男は横にある階段に向かい、七階から一階まで一気に駆け降りた。
   一階に着いても男は正面の自動ドアから外には出ず、裏口から回ることにした。裏口には二台の車が停まっていたが、その脇をすり抜けた。周りを少し気にしながら、誰も歩いていない事を確認すると、小走りに大通りとは反対の方向に歩いて行った。
   外は冬の厳しい風が吹いている。男はコートを着ていないので首を竦めた。
   最初の交差点を左に曲がり、小さな神社の前にある雑貨屋の公衆電話を目指した。男はテレホンカードを財布から取り出し、何も見ずに手早くダイヤルを押した。
   相手はなかなか出ない。男は心に不安があるのか落ち着きを失っていた。その不安は電話の呼出し音が受話器を通して聞こえるたびに高まり、焦燥感も増してきた。
   十回ほど呼出し音が鳴っただろうか、相手が電話を取り少し低い声で「もしもし」と言った。 「もしもし、俺だけど」男はわずかに震えた声で話した。
  ———ああ、お前か。
  「今日なら大丈夫だよ。奴はそのまま帰るし、他の人たちも七時には帰るはずだ」
  ———そうか、わかった。お前の方は大丈夫なのか?
  「ああ、俺の方は心配ないよ」
  ———よし、じゃ、今日決行する。後でまた連絡してくれ。
  「わかった。それじゃ、気を付けて」
   男は受話器を置き、公衆電話を立ち去った。今度は静かにもと来た道を戻って行った。男の胸の内には底知れぬ不安と恐怖が渦巻いていたが、後戻りすることは出来ない。サイは投げられたのだ。
  男は連絡をした安堵感からか、そのまま正面の自動ドアから周りを気にせず、ビルに入った。ちょうど、一階に停まっていたエレベーターに乗り込んだ。
   七階に着いた瞬間、男はしまったと悟ったが、扉は開いてしまった。男は一瞬身を隠そうとしたが誰もホールにいなかったので、安心してエレベーターを出た。そして、なにくわぬ面持ちでオフィスのドアを開け、自分の席に着いた。誰も彼の行動に不審なものを感じてはいない。
   男は心に恐怖と不安を秘めながらも仕事を続けた。
 

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