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トゥリダンの逆襲

 

    第 十 三 章      竜 と 神

 

         1

 

 伊藤たちの一行は相変わらずの山越え谷渡りを繰り返していた。

「ターニ、まだ着かないの?随分歩いたけど」ヒロチーカもさすがに疲れてきていた。

「ヒロチーカ、もうすぐだ。この峠を越えたところに大きな岩の断崖があって、その下が入り口

になっている」

 ターニに従って進むと、目の前に大きな一枚岩の岩壁がそびえていた。その根元の部分にぽっ

かり、小さな穴が開いている。

「ここですか?」美香はやっと着いたという思いで言葉をもらした。

「そうです。ここがセブンフローの洞窟に通じていると言われている、裏山の入り口です。これ

からが本当の危険が伴うと思われますが、よろしいですか?」ターニは念のために尋ねたが、誰

もそのことに意見を言おうとはしなかった。

 伊藤はターニの言葉を受け、「では、行きましょう。王子さんたちの到着に間に合わないと事

ですから」と、ターニに前進するよう促した。

「分かりました」ターニは足元に転がっていた太い木の枝を拾い、それにアクアに浸した布を巻

き付けた。ターニが火をつけようと石を探していたので、伊藤はポケットからライターを取りだ

し、松明に火をつけてあげた。

「便利なものですね。なんですか?」

「ライターですよ」

「ライター?すごいものですね。あなたも魔女のように術を使えるのですか?」ターニは感心し

ながら、先頭を切って穴の中に入っていった。

 

 そのころジーケンイットたちはセブンフローに続く荒れた道を進んでいた。この道はトーセの

掟が存在するまで、年に一度生け贄の女性が通っていた「死への道」である。トゥリダンが退治

されてからこの道を使うことはほとんどなかった。だが、こうして再びこの道を歩まなくてはい

けない状況がジーケンイットには歯がゆかった。

 セブンフローへ近づくにつれ、周りの木々も疎らになり、緑が茂った状況も徐々に無くなって

くる。トゥリダンが退治されたとはいえ、セブンフローの様相は以前とあまり変わらない。火山

だということもあるのだろうが、長年のトゥリダンの悲劇がこの地に因縁のようなものを残して

いるかのごとく、大地に染みた生け贄の血が緑を寄せ付けないようでもあった。

 最後の峠を越えると前方にセブンフローが見えてくる。悦子には記憶のある風景でここでの壮

絶な戦いのことがいまさらに思い出される。青山たちなど、初めて訪れた者たちも、この荒涼と

した情景に寒気を感じないはずはなかった。

「何かそれらしいところですね。映画のセットそのままみたいな」古井は心に流れ込んできた恐

れを払うがのごとく、感嘆的な言葉をはいた。

「確かにそうね。気味が悪いところだわ。魔物の棲み家にはもってこいね」美砂は感情のこもっ

ていない声で答えた。

「伊藤さんたちはもう、洞窟の入り口を見つけているのかしら?」史子が誰に言うのでもなく口

にした。

「たぶん、見つけているだろう。そんな気がする。そうじゃないと困るのだがな」だが、青山の

言葉には精彩がない。

 七十人ほどの行列の中央に護られるような形で悦子たちはいた。先頭にはジーケンイットとニ

シオー、最後尾にはコトブーとエーグ、フーミは悦子たちの中にいた。

 道は削られたような溝状になっている。両側は崖に挟まれ視界が悪い。警戒を厳重にしながら

も一行は前進したが、エーグが先頭まで一気に走り込み、事態の変化を誰もが感じた。

「どうした、エーグ?」ジーケンイットは歩調を緩めた。

「ジーケンイット様、コトブー様が何か気配を感じるそうで・・・」

「やはり、そうか。私も既に感じてはいたのだが・・・、よし、全員に戦闘の準備をさせろ。敵

がすぐに来る。ニシオーも聞いての通りだ。警備隊の統率を任す。そして、エツコたちに怪我が

ないよう細心をはらえ」

「はっ」エーグとニシオーは指令を受けると機敏な行動を起こし、戦闘準備を整えた。藤井たち

にもそのことは伝わり、今まで以上の緊張感が増していた。

「いよいよだな。肉血沸き踊るっていう感じで、何か血が騒いでくるな」

「藤井さん、そんな呑気なこと言っている場合じゃないですよ。めちゃ危険な状態なんですから

」奈緒美はどんな状況にもめげない藤井に呆れていた。

 風を切るような音がしたかと思うと、「ウゲッ・・・」と言う声とともに一本の矢が警備隊の

一人の胸を貫いた。

「来たぞ!油断するな」ジーケンイットが声を掛けると同時に無数の矢が四方から飛んできた。

楯や剣でそれを避け敵の動向を探った。藤井たちは身をかがめ、警備隊の兵たちに囲まれる形で

身をかばった。

 矢の襲来が終わると土手の上に敵の者たちが現れた。総勢五十人ほど、数としては少ないかも

しれないが、皆コーキマから脱獄した荒くれ者ばかり、図体はでかいし、見かけも悪人面をして

いて、並みの相手ではないことが分かる。そして、彼らに挟まれた道の向こう側から三人の男が

近づいてきた。

「ジーケンイット、よく来たな。何年ぶりかの再会だな。さあ、素直に竜玉を渡せ、そうすれば、

このまま帰してやる」ジーフミッキは響くような大きな声で怒鳴った。

「ジーフミッキ、きさまを相手にしている暇はない。お前こそ、素直にコーキマに帰れ!脱獄が

どんなに重い罪か知っているだろう。しかも、囚人たちを引き連れ、王家に対する反逆罪を再び

受けたいのか?」剣を構えたままのジーケンイットは睨み付けるように言った。

「私は自由の身だ、そして、お前に替わりこの街を支配する。そのためにはお前たちが持ってい

る竜玉が必要なのだ」

「何を言うか?きさまのような者に竜玉を渡すはずがなかろう。それに、お前にはこの竜玉を手

に入れたところで宝の持ち腐れだ、使うことなどできないのだぞ」

「そんなことは承知している。だから、お前が引き連れてきたチーアの女も引き渡してもらおう

」ジーフミッキは悦子たちに向かって指を向けた。

「何だと、そんなことはできん相談だな」ジーフミッキは剣を構え直し、一歩踏み出る。

「ふっ、まあいい。この街を支配する前にお前を倒すことが私の先決だ。今、ここで勝負をつけ

てやる。かかれ!」

 ジーフミッキの号令とともに土手にいた猛者たちが剣を抜きながら動き出した。警備隊の兵た

ちもそれに素早く反応し、剣を抜いて応戦にかかった。

 砂埃を上げながら、男たちの剣と剣との戦いが始まった。剣が重なり、金属的な高音と、人間

の体が切り裂かれる鈍い音、そして、断末魔の悲鳴があちこちでわき起こった。

 狙いはジーケンイットばかりと言わんばかりに数人の敵が彼に襲いかかった。しかし、ジーケ

ンイットの腕は甘くない、一度に何人来ようと相手ではなかった。そして、ジーケンイットの目

的はただ一人、ジーフミッキしかなかった。

 ギオスもその混乱の中に走りより、警備隊の兵たちに切りかかった。ギオスのことは元軍務省

の人間ならば誰でも知っている。その威厳が兵たちの中に恐れを抱かせていた。ギオスは隙を与

えず、踏み込んでいったが、急に体が苦しくなってきた。

───くっそ、こんな時に・・・。

 動きが止まったギオスに対し対峙していた兵たちも身動きできない。ギオスが何を考えている

のか分からない以上、下手に動くことは出来なかった。

 ルフイは剣を持ちつつも、率先してはその中に入らず外側をうろついていた。時々、警備隊が

彼にも向かってくるが、その時だけ応戦してあとは囚人たちに任せ、「それいけ、そこだ」と声

だけは張り上げていた。だが、ふと、ギオスの方を見たとき、彼の様子が変なことに気づいた。

───ギオス・・・。やはり、今のギオスには戦いは無理か・・・。

 そう、思いながらルフイはギオスの加勢に向かった。

 

 悦子たちは逃げ惑うしかなかった。こんな、剣劇など映画やテレビの中でしか見たことのない

ものであり、それに対処することなどできない。しかも、これは虚像の世界ではない。今、目の

前では本当に人間が斬り殺され、死んでいっているのだ。そんな状況を見るのも恐ろしいが、そ

の死がいつ自分たちにも降りかかってくるか分かったもんじゃなかった。彼らの護衛を命じられ

た警備隊の兵が何とか応戦してくれているが、それも厳しい状況だった。十三人の彼らは混戦の

中で三つほどの集団に別れてしまった。

 

 囚人の一人が兵から離れ美砂たちを見つけた。

「やばいっすよ、こっちに来ますよ。松浦さん、その鉄拳で何とかしてくださいよ」土田は本気

で言っているが、美砂は「あのねー、向こうは剣を持っているのよ。いくら何でも素手では適わ

ないわよ」と逼迫した表情で答えた。

 男は不敵な笑みを浮かべて迫ってくる。土田は美砂の後ろに隠れ青山は祐子の後ろに隠れた。

「ちょっと、あんたたち何で私たちを前に出すのよ」祐子はまじに怒っていた。

「いやー、真野さんや松浦の方が俺たちよりも強いかなと思って・・・」青山は半分冗談でやっ

たのだが、いまはそんな状況でないことを悟り、彼女たちの前に出て、構え「分かった、分かっ

た。来るなら、来い。返り討ちにしてやる」と、意気込んで言った。

「ツッチー、あんたもよ」

「えっ、僕は、そのー、頭脳労働専門ですから、こういったことは少々」と身を引いた。

「たっく、しょうがないわね」と祐子は言いながら土田を前に押し出した。

「てめえら、何をごちゃごちゃ言ってやがる。ぶっ殺してやるぞ。それとも、女を差し出せば男

たちだけは助けてやろうか?女なら使い道があるからな」と、敵は涎を垂らすように笑った。

「やな、男」美砂は本音で言った。「青山さん、ぶっとばしてよ」

 青山は瞬時考え、くるりと振り向くと、美砂に言った。「やはり、ここはお前に戦ってもらう

しかない。松浦、やつの言うことを聞く振りをして近づき、一発かませろ」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ」と美砂が退こうとしたが、青山は強引に美砂を前に押しだ

した。

「へへへ、こっちに来い」と男が言うので美砂はわざとしおらしく近づき、男が剣をおろした瞬

間に「ふざけんじゃないわよ」と右のストレートが男の顔面をとらえた。

「てめえ、男か?」と囚人が倒れながら言ったので、美砂はもう一発蹴りをお見舞いし、「乙女

に向かって何てこと言うの」いきりだちながら振り向いて青山たちのところに戻った。

「お見事!」と青山と土田が拍手をしたので、美砂は拳を震わせたが、ここはじっと我慢した。

 

 ジーケンイットはコトブーを呼んだ。「悦子たちが危険だ。彼らでは剣を持って戦うことがで

きない」

「しかし、敵の数が多い、守り切るのも大変だぜ」

「やはり、彼らには竜玉の力で戦ってもらうしかない。コトブー、竜玉を渡してやってくれ」ジ

ーケンイットは五個の竜玉が入った袋を手渡した。「私はジーフミッキをたたきに行く。奴を倒

せばこの混乱も収まるはずだ」

「分かった、気を付けろよ!」コトブーは袋を受け取ると後退して悦子たちを探しに行った。

 ジーケンイットは襲いかかる敵をなぎ倒し、前方で戦いの様子を傍観しているジーフミッキに

突進していった。「ジーフミッキ、勝負だ!」

 だが、ジーケンイットの前進を阻むかのようにギオスとルフイが立ちはだかった。

「邪魔だ、ギオス、ルフイ、そこを空けろ」ジーケンイットは剣を振りかざし、二人を払いのけ

ようとしたが、ギオスたちもそう簡単には退かない。

「二人とも下がれ、決着は私がつける」ジーフミッキの言葉にルフイたちは一歩引き、道を開け

た。ジーフミッキは剣を抜くと、嘲笑気味に表情を変えた。

「ジーフミッキ、お前と戦っている時間はない。今はそんな状況ではないのだ。魔女たちが何か

を企んでいる。それを阻止しなければ、このトーセが滅びるかもしれない。今は剣を置き、道を

空けないか?」ジーケンイットは無駄と分かりながらも一応ジーフミッキを諭してみた。

「そんなことは私とは関係ないな。私は自分の野望のために動いているだけだ。魔女がどうだろ

うと知ったことか。今はきさまを倒すことだけが私の望みなんだ」

「やはり、言っても無駄か。ならば、仕方がない、この場で決着をつけてやる」

 二人の男は剣を構え互いを凝視した。

 

 コトブーは襲いかかる敵の剣を俊敏な動きで交わし、悦子たちを探した。周りにはすでに無残

なむくろとなった者たちが敵も味方も転がっている。土手を登ったところに逃げていく悦子たち

を見つけた。追いかけている囚人に対しコトブーは矢を放ち、一発で仕留めた。

「おーい、竜玉を受け取れ、それを使ってこの場を切り抜けてくれ」コトブーは悦子や史子に竜

玉を手渡し、他の者をを探しに行ってしまった。

「コトブーさん、待ってください!」と悦子が叫んでも戦火の騒音で聞こえなかったようだ。

「山田さんどうするのですか?」史子がすがるように言った。

「こうなったら、これに頼るしかない。自分たちのことは自分で守らなきゃ」

「大丈夫か?史ちゃんたち」佐藤と古井が駆け寄った。

「ええ、何とか?」

「まいりましたね。こんなことになろうとは思ってもいませんでしたよ」古井は元気のない顔を

した。

「本当だ。映画の中で見たシーンを実体験しているみたいな、バーチャルな世界にいるみたいだ

な」佐藤がそう感想を言っていると、悦子が大きな声で叫んだ。

「佐藤君、危ない!」二人の無骨そうな男が剣を振りかざしこっちにゆっくり向かってくる。逃

げ場を無くした四人であるが、悦子は竜玉を握り締め、願いをかけた。それを見ていた史子も彼

女に倣った。二人の女性の周りがほのかに光だし、その光の粒子が彼女らの前方に密集しだすと、

一気に光の帯が放たれ、敵の男たちを後方へ吹っ飛ばした。

「すごいすね。昇竜拳みたいじゃないですか?」古井は歓喜した。

「今日からパイ・チェンと呼んで」と悦子は鼻高々に言ったが、佐藤は「僕は魔神ブーかと思い

ましたよ」とからかった。

 

 囚人たちは武器を持たぬ彼らに目を付け、先に片づけようと狙いを定めてきた。戦いなど知ら

ぬ藤井たちは、どう対処すればいいのか分からず、ただ逃げ惑うばかりで、敵の剣を避けるのが

精一杯、反撃など無理な状況だった。

 追いつめられた、藤井の背後には枡田と奈緒美、浩代がいてもう後がなかった。その時、コト

ブーが敵の背後からその頭上を越えて竜玉を放り投げた。敵が剣を振りかざして藤井に襲い掛か

ろうとした時、奈緒美と浩代が竜玉をキャッチ、その瞬間に強烈な光が男に向かって放たれた。

目をくらまして怯んだ瞬間に、藤井は思いっきり体当たりして、その男を突き飛ばし、大地に叩

き付けた。男は気絶したようで動かなくなり、藤井はすぐに相手の男の剣を奪い取って構えた。

このまま、この男の胸を貫いてやろうと一瞬思ったが、殺生など彼にできるはずもなく、大きく

息を吐いて、剣を遠くに放り投げた。

 コトブーは美砂たちのところにも駆けつけたが、その現場を見て目を見張った。この連中は竜

玉もないのに敵を倒している。

「どうやったんだ?まあ、いいや、とにかく、竜玉を渡しておくから、戦いが終わるまでどこか

に隠れていてくれ」と祐子に手渡した。「おや、王女さんがいないな?どこに行った?」コトブ

ーは戦火の中に戻っていった。

 

 ジーケンイットは心を鎮めながらも、ジーフミッキに対し隙を見せなかった。張り詰めた緊張

感の流れる中、先に動いたのはジーフミッキだった。さすが、軍務の長だけあり、ジーケンイッ

トより年を重ねているはずだが、その動きは若い者と変わらない。流刑地での生活でも体は鈍っ

ていなかったようだ。素早い剣さばきでジーフミッキが斬りかかる。だが、ジーケンイットとて

敵の意外な敏捷さに驚いたものの、相手の動きは読んでおり、攻撃はたやすく交わせた。ジーフ

ミッキは間髪をいれず攻撃を続けた。ジーケンイットはまだ年若いころ、ジーフミッキに剣を教

えられたことがある。その時の威力というものは少しも衰えていないことにジーケンイットは彼

の強靱な身心に畏敬を抱いたが、自分自身もターニからなどの教えで、彼に匹敵する力を持って

いることは分かっていた。まさに、五分と五分の戦いである。だが、その目的は違っていた。正

義の為の剣と、野望の為の剣では精神と肉体から伝わる剣との一体感が異なっている。ジーフミ

ッキは我が身の為に、ジーケンイットは多くの人たちの希望と将来を背負って戦っている。その

名分が二人の力の差になっていった。

 

 フーミは知らず知らずのうちに悦子たちと離れてしまい、今は前沢とだけになっていた。

「あれっ、皆どこ行ってしまったんだ」前沢は自分しか仲間がいないことが心細かった。「フー

ミ様、ひとまず、隠れているしかありませんね」

「ええ、そうですね。でも、隠れられるようなところがありませんわ」二人は来た道を戻ってい

た。両側の土手は高くてとても登れそうもないため、身を隠せる場所は見当たらない。

 しかも、運が悪いことに手負いのせいで逃げてきた囚人の一人が彼らを見つけると、狂気染み

た様相で剣を振りかざしてきた。

「くっそー、フーミ様、逃げてください。ここは僕が何とかしますから」前沢は両腕を広げフー

ミを守る態勢になった。

「でも、マエザワさん、武器がなくてはかないませんわ。危険です」

「分かってます。けれど、フーミ様の身に何かあっては・・・」

 男は彼らのやり取りも無視して走り込んできた。腕を振りかぶり、剣を降ろしたが怪我の為に

錯乱しているのか、狙いが大きく外れた。しかし、敵はすぐにも二人を横目で捕らえ、もう一度

剣を持ち上げた。

 前沢はフーミを庇おうと彼女に覆いかぶさり、覚悟を決めた。フーミは「マエザワさーん」と

絶叫し彼を動かそうとしたが、前沢はテコでも動かないほどにして彼女を包み込んだ。だが、数

秒たっても痛みが体に走らず、逆に敵が倒れ込む音が聞こえて前沢は起き上がって振り返った。

 そこには、血の付いた剣を真横に握り大きく息を吐いているヒヨーロが立っていた。

「ヒヨーロさん」フーミは思わず叫んだ。

「助かりましたよ。危ないところをありがとうございました」前沢は冷汗をかきながら礼を言っ

た。

「お怪我はないですか?しかし、一体どうしたのです。敵が現れたのですか?」

「ええ、ジーフミッキたちが・・・」とフーミは口にしてしまったと思ったが、既に遅くヒヨー

ロは「父が・・・」と口ずさむと、道の先に向かって走り去っていた。

「ヒヨーロさん、いけません」フーミは制止させようとしたが無駄であった。そして、後方から

カウホースを降りるノーマに気付いた。

「ノーマさん、どうしてここに?」

「はい、魔女が何を企んでいるかそれをお知らせに参りました。とても、重大なことです。早く

エツコさんたちに話さなくてはいけないのですが・・・」

「重大なこと?とにかく、この戦いが収まらなければ・・・、兄のところに行きましょう」フー

ミについてノーマと前沢は進んだ。

 

 戦いは収拾を見せはじめていた。極悪人の脱獄囚ばかりの集団とは言え、訓練を極めている兵

には、やはりかなわない。力だけがあっても技が伴わなくては剣士としての威力を発揮しないの

だ。次々と敵は倒れ、傷ついた者が呻きをあげている。ヒヨーロはそんな中を一目散に走ってい

った。一度、半傷を負った者がやけくそ気味に襲いかかってきたが、ヒヨーロはそれをものとも

せず、機敏に剣で交わして、突き進んだ。

 コトブーはそのヒヨーロの姿に気付き「ヒヨーロ!待て、どこに行くんだ!」と呼び止めよう

としたが、彼女の耳には届かなかった。

 ヒヨーロは前方に剣を交えている男たちを見つけた。それはまさに、父であるジーフミッキと

ジーケンイットである。ヒヨーロは数年振りにみる父に懐かしさを感じたが、すぐにそれは怒り

にと変わっていった。

 ジーフミッキの戦いを傍観していたギオスとルフイは走り込んでくるヒヨーロに気付き、彼女

の行く手を阻もうとした。

「退きなさい。私は父に用がある」ヒヨーロは血走った瞳で二人を見つめた。子供のころから彼

女をしっている二人にはそれがヒヨーロであることにすぐには気付かなかったが、応戦しようと

した剣を瞬時に止めた。

「ヒ、ヒヨーロ様、なぜここに」ギオスがそう言ったのを、ジーフミッキは聞き取った。

「何!ヒヨーロだと」ジーフミッキは自分の娘が現れたことに驚愕していた。ジーケンイットに

対しては隙を見せはしなかったが、彼の心は少なからずも動揺していた。

 ギオスとルフイはジーケンイットを迂回するように廻って、ジーフミッキのところに走り寄っ

た。「ジーフミッキ様、状況は不利です。やはり囚人たちなどの、にわか兵では警備隊には適わ

ないようです。それに、ヒヨーロ様がお現れになったのでは・・・」ルフイが言った。

 ジーフミッキは歯ぎしりするような表情をしてジーケンイットとそのすぐ後ろにいる娘を見つ

めた。その変わり果てた姿にジーフミッキは驚きつつも、それが自分のせいであることをすぐに

悟った。流刑地にいる間ヒヨーロのことは考えないようにしていた。考えれば心がすさみ自由の

身になるという意志が萎えてしまうと考えていたからだ。だが、こうして娘の姿をまざまざ見せ

つけられると、自分の行った行為を顧みる気持ちが少し湧いてきた。その心の乱れのままでジー

ケンイットと戦うことはできない。ジーフミッキは遺憾ではあったが、この場は退却することに

した。

「ジーケンイット、この場は勝負を預ける。しかし、洞窟で待っているから、覚悟しておけ」と、

前を見ながら後退していった。

 ヒヨーロは父を追おうとしたが、ジーケンイットがそれをそれを制した。「行くな、ヒヨーロ

お前が戦う相手ではない」

 そう命令されるとヒヨーロも心の落ち着きを取り戻し、剣を納めてジーケンイットに振り返っ

た。

「しかし、ヒヨーロ、なぜここへ来た。コトブーに止められていたはずだろ」

「はい。ですが、ノーマさんから重大な話がありますので、ここまでお連れしたのです」

「ノーマから・・・?一体どんな話なのだ?」

「それは今からお聞きください。エツコさんたちとご一緒に。魔女が何を企てているのか、分か

るかもしれません」

 その言葉にジーケンイットは眉間に皺を寄せて、険しい顔をした。

 

         2

 

 伊藤たちは暗い洞窟の中を進んでいた。穴の大きさは一定ではなく、大きなホール位の大きさ

があるかと思えばすぐに這うほどの狭さになったりと、すぐにも腰が痛くなるような容易でない

道のりだった。松明だけの明かりを頼りにターニを先頭にして前進していたが、時々、枝分かれ

する時は、美香が竜玉を握りしめてその光の指す方向を選んでいった。だが、この洞窟が本当に

エサカの湖に通じているのかという疑問は少なからずも誰もが抱いている。しかし、今は希望を

持つしかない。特に伊藤は今までの生き方には無かった信念なるものを持ちつづけていた。

 何時間歩いただろうか?ターニが立ち止まった。「行き止まりだ。どこにも枝道や抜け穴がな

い」ターニは明かりをゆっくり動かして四人がゆったり立っていられるほどの袋小路を照らした

が、確かに人間が入れるような場所は無かった。

「くっそー、ここまで来て・・・。引き返して違う道を行かなけりゃならないのか?」伊藤は悪

態をついて壁を叩いた。だが、その叩いた岩の壁は砂のように崩れていった。

「待って、伊藤君、光が今叩いたところを指しているわ」美香がそう言うと、ターニは伊藤をど

かせ、その壁を剣で切り付けた。すると、頑丈そうな岩が簡単に裂け、向こう側に続く洞窟が現

れた。

「やったー、きっとこっちね」ヒロチーカは喜んだ。

「よし、では急ごう。ジーケンイット様たちも今ごろはセブンフローの近くまで来ているはずで

すから」再びターニを先頭に四人は先を急いだ。

───美沙希待ってろ。俺が必ず助け出してやる。

 伊藤は決意を新たにして最高尾についていった。

 

 戦いは終わった。囚人の寄せ集めであった軍隊はほぼ壊滅していた。たとえ、重犯罪を犯した

荒くれ者とて、街を守るために統率されている警備隊にはかなうはずもない。むろん、警備隊の

兵も怪我を負ったり、命を落とした者はいるが、それは戦いという場においては仕方のないこと

だった。それでも、悦子たちやフーミは全員無事であり、竜玉に守られた形となっていた。

「マエサワさん、また、危ないことを助けていただいて」フーミはあらためて礼を述べた。

「いえ、御無事でなによりです」前沢は笑顔を見せてはいたが、内心では安堵の気持ちで一杯だ

った。

 悦子たちは再び集まり、それぞれの無事を確認して一安心というところだった。その場にジー

ケンイットとヒヨーロが来た。ジーケンイットはニシオーに現況の報告を聞き、今後の対処を指

示した。負傷者はひとまずここで待機、救護班の援助を城に請うため、ヒヨーロが乗ってきたカ

ウホースを使って兵が城に向かった。敵に関しても死者は一個所に集め、その身元を確認させ、

負傷している者は監視下におかれながら、救護班と共にくる流刑地管理官に任せることにした。

 コトブーはヒヨーロを見つけると腕を引っ張って集団から離れたところに連れていった。

「なぜ、来たんだ。来るなと言っただろ」コトブーは険しい表情で言った。

「コトブー、私には私の義務があるのです。そのことはあなたであっても妨げることはできませ

ん」ヒヨーロはきっぱりと言った。

 コトブーも彼女の決意の表れにそれ以上何も言えなかった。

 ジーケンイットは悦子たちを集め、ノーマも呼んだ。

「さて、ノーマ、重大な話とは何だ。ここまで来るというのは余程の話なのだろうな」

「はい、魔女から重要な情報を得ましたので」ノーマはジーケンイットたちが出掛けたあとの城

での出来事を順折りに話していった。だた、ワーンのことだけは言及しなかった。それは、ジー

ケンイットたちに余計な心配をさせぬことと、ワーンのことを話せばノーマ自身が一番辛く、こ

れからの重大な話をすることがおろそかになると考えていたからだ。それでも、ノーマは話しな

がらもワーンの面影を拭うことは出来なかった。

 ノーマの話をきき、ジーケンイットを始め、誰もが難問を解くような顔つきになった。

「どういうことなんだ?何か今まで俺たちが抱いていたものとどこか違う気がする」藤井が最初

に口を開いた。

「そうですね。魔女の考えを読み取ったというのですから、間違いの無いことだとは思いますが、

藤井さんの言ったように魔女が何を考えているのか不可解になってきましたよ」土田はノーマの

話にじっと耳を傾けていた。そして、めまぐるしい速さでその答えを求めようとしていた。「順

番に考えていきましょう。まず、竜玉のことですが、魔女は竜玉を邪魔物扱いにしています。僕

らはてっきり、竜玉を何かに、つまり、トゥリダンの復活に利用するのかと思っていたのに、魔

女はそんな目的で竜玉を欲していたのではないということが不思議です。それはトゥリダンが間

もなく復活するという言葉からも竜玉の存在とは何なのか疑問が湧いてきます」土田はここで一

息ついた。「そして、ゲートとは何なのでしょう?」

「魔女が言っていたテラって何なのかしら。この星のどこかにある場所なのですかね、ノーマさ

ん?」奈緒美が訪ねた。

「いえ、テラという街はオリワはおろか、ワミカにもチーアにも存在していません」ノーマは即

座に答えた。

「テラ・・・。それは、もしかしたら地球のことかもしれません。テラとはラテン語で地球を意

味します。昔、竹宮恵子のマンガで『テラへ』というのがありましたから」土田の言葉に誰もが

驚いた。

「地球って、どういうことだよ?トゥリダンはゲートを通ってテラに行こうとしているんだろ。

それじゃ奴は地球に行くっていうのか?それに、トゥリダンはそこで生まれたとか言っているん

だろ。つまり、この星の化け物は地球で生まれて、地球に帰ろうとしているのか?そんな、馬鹿

な」古井の疑問は皆がいだいた気持ちである。ますます、頭が混乱しだしていた。

「そう、そうなのかもしれない。そして、トゥリダンは『カミ』になると言ったのですね」土田

はノーマに問いかけると、彼女は「はい、そして、支配すると・・・」と答えた。

「ウーン、これはとんでもないことだ。いいですか、僕がこの世界にきて不思議に思っていたこ

との一つに宗教のことがあります。我々の宗教観から言えば、こういった封建的な制度の世界に

は必ず宗教が関わっているはずなのですが、この世界、街にはそういったものがありません」

「そういえば、そうだな。ノーマさんも賢者ではあるが、司祭みたいなことはしていない」佐藤

が土田の意見に賛同した。

「そうです。この街は王家に対する信頼とその支配力により、宗教のような何かにすがるという

ような考え方が生まれなかったのだと思います。それだけ、この街は素晴らしいと言えますが、

でもそういった物が生まれないというのも逆に不思議です。ですが、その考えは我々が宗教が溢

れる世界に住んでいるからかもしれません。地球も元々は宗教など無かった世界かもしれません

が、人間が文明と共に成長するにつれて、そういった概念が生まれたのだと思います。けれど、

今のノーマさんの話で僕は驚きました。トゥリダンがテラに戻って『カミ』になるという言葉で

す。この世界で『神』という言葉が出てきた。そして、奴はテラである地球に戻ろうとしている。

そう解釈すると、導き出される答えは一つです」

「何なんだ?それは、もう俺にはさっぱり分からん」青山がサジを投げた真似をした。

「つまり、トゥリダンは元々地球に住んでいて、昔から『神』であったんですよ」

「そんな、馬鹿な。トゥリダンみたいな化け物、悪魔崇拝じゃあるまいし、神なものかよ」枡田

が言った。

「確かに、トゥリダンのことを聞けばそう思いかもしれません。でも、いいですか、トゥリダン

は竜なのです。よく考えてください。地球においては様々な想像の動物がいます。中国の麒麟に

神話なんかに出てくるグリフォンや日本の河童など、多くの生き物が今に語られています。ただ、

それはいわゆる地方、ある一部の地域や国にしか存在していないのがほとんどです。ですが、竜

に限っては世界中のどこに行ってもそれが存在しているではないですか?もちろん、姿や形は多

少異なってはいますが、どれも蛇を基本にした形であり、必ず水と関わりがあります。不思議だ

とは思いませんか?想像上の動物なのに世界のどこにでも存在するなんて」

「そう言われてみればそうね、そんなこと深く考えたことはないけど」美砂が何となく言った。

「そして、竜は人間の敵でもありながら恐れられる存在であり、そして中には神と同一視される

場合もあります。ですから、竜は地球上において神と同じ様な存在であったのかもしれません」

「じゃ、我々は神様と戦おうとしているのか?そんな、凄いものじゃ、適うはずがないぜ」古井

は少し怯えてみせた。

「確かに、トゥリダンが神であるなら戦うのは難しいかもしれません。けれど、『神』が何か誰

か知っていますか?結局『神』も人間が作ったものであり、想像上のものではありませんか?そ

うか・・・、『神』というものはトゥリダンが人間に作らせたのか・・・?ああ、僕も分からな

くなってきた。一体トゥリダンって何なんだ。どうして、奴が神なんだ?魔女の思考だけでは情

報が足りなすぎる。しかも、この状態で敵と戦うのも危険だ。困ったなー」土田は金田一耕助の

ように頭を掻きむしった。

「ツチダーさん、竜玉なら何かを知っているかもしれません。力を貸してくれるよう頼んでみて

は?」ノーマが土田に助けを差し延べた。

「そうですね、トゥリダンの一部である竜玉なら、きっと。ですが、僕のような人間では竜玉を

扱えませんが・・・」どうやら、この竜玉は女性にしか反応しないということが判明していた。

「それなら、女性の方にそれを願っていただき、その情報を土田さんに伝達しましょう。では、

ユウコさん」ノーマは近くにいた祐子に手を差し出した。「・・・竜玉にトゥリダンの事を教え

てくれるよう願ってください。そして、私の右手を握って下さい。ツチダーさんは私の左手を握

ってください。ユウコさんに授けられた物を私を媒体にして、ツチダーさんに伝えます」土田と

祐子はそれぞれノーマの手を握りしめ、祐子は言われたとおりに目を瞑って願いを掛けた。する

と、竜玉はすぐにも光りはじめ祐子を包み込む。その光の粒子がノーマの体を伝って土田にも降

り注がれた。そして、土田は瞬時に全てを知り、茫然とした表情になった。

 

         3

 

 地球において竜という存在の起源は蛇から始まる。蛇という爬虫類は多くの人がその姿を忌み

嫌い、触れたり近づくことを好まない。それは大昔から蛇に対して嫌悪感を抱いていたからだ。

人間が初めて見たものに即断で好悪を感じるのはよく考えればおかしい。知識の無いものに関し

てそれが何か分からないのに、思考が判断を下せるはずがないのだ。だが、それでも大抵の人は

蛇を見て、気持ち悪いとか恐いという感情を持つのが普通だ。それは、太古の人間が蛇に対して

恐れや嫌悪を持っていた残留思念が遺伝として我々に受け継がれているからかもしれない。

 人間は恐れるものに対し、その恐怖感はいつしか畏怖感に変化していく。恐れるものを敬えば、

恐れるものを丁重に扱えば、その恐怖からは逃れられるという考えを持ちはじめるのだ。人間は

蛇に対してもそのような畏怖を抱き、蛇を奉るようになっていった。

 もうひとつ蛇に対して人間は、そのたくましい生命力を畏敬していた。どんな地でも生息し、

何度も脱皮を繰り返して成長する、また、冬は冬眠して寒さを凌ぎ、再び春にはその姿を現す。

人間はそんな蛇に対し、自然の神秘を感じ、生命としての力を蛇に見いだしていた。

 人間はそういった力の有るものを敬っていくと、その姿を何かに現すようになる。偶像として

蛇の姿を形作ったり、壁画や当時の土器などにその姿や形状を描くようになっていく。よく、古

代の遺物にある渦巻きや曲線状の模様はそれを示唆しているのだ。だが、こういった思想という

ものは農耕を生活基盤にしている民族に多かった。現代にでも五穀豊穣を祈るのに、蛇を奉るこ

とがあるのもこの事に起因している。

 一方、遊牧を主体とした移動民族にはそのような信仰はない。どちらかと言えば家畜としての

牛や馬に対して、蛇のような意を示している。そういった遊牧民が農耕民の集落に進入し、侵略

を行えば、その土地に土着していた思想は彼らにとっては邪魔であり、それが敵の象徴となる。

人々の営みのなかに様々な物語が産まれ、それが伝説や神話へと変化していく。そういった過程

の中に、蛇の崇拝というものも組み込まれ、戦いの勝者の象徴である勇者が、敗者の象徴である

敵の崇めるものを敵対者にして、相手を打ち倒すという話しに発展していくのだ。元来嫌われ者

の蛇はそういった流れの中で人々の心に悪しき者としての印象を植えつけられていった。

 勇者が強くなれば敵もより強くなけらばいけない。強大な敵に立ち向かい、苦難の末に勝利を

得てこそ勇者の威光がより一層引き立つものになる。そうして、蛇は数々の動物が入り交じった

架空の生物へと進化していき、恐ろしく、無敵な「竜」というものが出来上がっていったのだ。

 竜は悪の象徴であり、また、それを崇めているものにとっては力の象徴でもある。竜というも

ののルーツを辿ると、四代文明の一つ、ティグリス、ユーフラテス川に発生したメソポタミア文

明のシュメールに達する。牧畜を主としていたシュメール人がこの地に至り、侵略を行った。彼

らは牛や天を崇拝していたてめ、先住民の蛇信仰は悪魔視された。また、二つの大河は大地を潤

すものでありながらも、時には氾濫を起こし街を壊滅させる。その大河を支配してこそ王権の確

立が達成されるのである。蛇は水のシンボルでもあった。そのことが強大な敵である竜を退治す

るという話に拡大していくのだった。このメソポタミアを発祥とし、エジプトやインドに伝わる。

そして、ギリシャでは竜が神話の中に登場するようになるのだ。インドに伝わった竜の思想は中

国にまで及ぶ。中国にはもともと、蛇を信仰する風習があったようで、インドから竜という概念

が伝播してくると、中国は竜を蛇に当てはめ、日本人がよく知る竜を想像したのだ。だが、中国

では竜は悪魔視されなかった。中国にも黄河という大河があり、国を治める者は大河も治めなく

てはいけない。その大河を治めた者のシンボルとして、竜が創造された。中国においては竜は神

聖なものとなり権力の象徴となった。

 その中国の竜が仏教とともに日本にも伝わってきたのだ。日本にも蛇の信仰というものは他と

同じように根づいていた。日本書記にある八俣大蛇退治をからもそれは明らかである。縄文式土

器に見られる文様も蛇や水を意味する渦巻きの文様である。そして、仏教の伝来と共に蛇は竜に

姿を変えていった。

 竜の原型は蛇である。それはどんな人でも認めることだろう。大昔から生きつづける蛇を信仰

していた概念に創造の動物である竜が重なった。それが神聖なものであったり、悪魔的なもので

あっりする。だが、結局は竜は創造の産物に過ぎない。それは、竜が存在したという物的証拠が

何ひとつないからだ。竜は彫刻や絵画、置物としては残っているが、骨や化石があるわけでもな

い。世界各地に竜の骨とか牙とかが寺院などに奉られているが、それが科学的に証明されたわけ

でもない。人類誕生以前の巨大生物の化石がみつかり、それは爬虫類であるトカゲの先祖と考え

られ、欧米ではダイナザウルスと名付けられた。ただ、日本ではそれを竜に見立てたのか恐竜と

呼ぶようになった。しかし、恐竜は竜ではない。手足はあるものの空を飛んだり、火を吐いたり

はせず、単に大地を牛耳っていただけだ。

 竜は空想の動物。それは現代人の常識であり、映画や小説の中だけに生きている架空の存在だ。

だが、それが実在していたとしたら。ただ、それも物質として存在していたのではなく、人々の

視覚、感覚、心の中に宿っていたとしたら。人間は竜が存在しているかのように錯覚していた。

それを恐れ、畏怖し物語や絵画、彫刻として残していた。竜は存在していた。地球の中にすどう

ものが人間の心の中に植えつけた竜が。そして、その竜は今、この地にいたのだ。

 

         4

 

「確かにこんな複雑な道では、人が迷ってしまうのも無理はないわね」美香は言葉を漏らした。

「それだけではないという話もあります」美香の前を行くターニが声をかけた。「この洞窟内に

は得体の知れない生き物がいるという話もあるのです。もちろん、それは噂話でしかありません

が。洞窟の中心を見つけるのと同様に、そのことを証明した者がいないのですから」

「ターニ、そんな話しないでよ。本当にいたらどうするの?」ヒロチーカが心配そうに尋ねた。

「大丈夫だよ、ヒロチーカちゃん。そんなのがいたら俺が何とかしてやるよ」最後尾を行く伊藤

は元気づけようと、彼女に言った。

「竜がいれば、魔女もいる世界だから、もう何がいても驚かないわ」美香はそれなりに強がって

みせた。

 だが、現実はそんな甘いものではない。彼らの行く手を阻むものは魔女たちだけではなかった

のは事実であった。

 急にターニが立ち止まり、竜玉の光を見つめていた美香は彼の背中にぶつかった。「すみませ

ん。でも、どうしたんですか?」

「し、静かに!何かがいる気配を感じるのです」

「えっ、もしかして本当にこの洞窟には何かいるの?」ヒロチーカはビクついて美香の背中に張

りつき、伊藤も辺りを気にして、後方の暗闇の中を見つめた。

 四人は息を殺して耳をすませた。微かだが、何かが洞窟の中を動いてくる這ってくるような音

が聞こえてきた。

「何?何が来るの?」ヒロチーカは小声で叫んだが、誰もそれに答えを返そうとはせず、神経を

研ぎ澄ませて様子をうかがった。

 洞窟の壁を這ってくる音は徐々に大きくなる。ターニは前方に松明をかざし、暗闇を照らそう

としたが、何も姿を映し出すことは出来ない。美香も試しにと竜玉の光をターニと同じ方向に差

し向けても何ら反応はなかった。だが、カサカサと何かが迫ってくる音だけは確実に近づいてく

る。背後にも気を配ったがそこにも何もなかった。

 ヒロチーカは彼らに囲まれ怯えていたが、ふと上空が気になって、顔を上げた。その時には暗

く緑色に光る三つの目が目前に迫っていた。

「上ぇぇー!」とヒロチーカが叫ぶと同時にターニたちは散らばり、その物体は彼らのいた場所

に落ちてきた。松明に照らしだされたその物体は丸い球体の体から無数の細い脚が飛びだした形

で、蜘蛛とムカデを合わせたような生物に伊藤たちは見えた。球体の一部分だけ脚のはえていな

い場所があり、そこにもう一つ小さな球体がついているが、そこに三角形を形作る位置に三つの

光る目があり、その中心が窪んでおり、歯のない老人のような口がモゴモゴ動いている。怪物の

真正面にヒロチーカと美香がたたずんでいたが、後ろは岩壁でもう後には引けない。怪物は二人

を視界にとらえると口を大きく開け、中から白い泡のような塊を消火器のように吐きだして二人

に投げつけた。その泡が体にまとわりつくとすぐにも硬化しだして、美香もヒロチーカも動けな

くなった。泡が美香に掛かった時、それを取り払おうと手をバタバタさせたはずみで、彼女の竜

玉が手から落ちてしまった。泡を浴びた美香は既に繭に取り囲まれたように微動だしなかった。

 ターニは怪物を倒そうと剣を振りかざしたが、無数の脚がそれを阻んだ。剣で脚を切れないこ

とはないが、甲殻が脚を覆っているようで斬り付けるのは至難だ。しかも、数えきれないほどの

脚があり、きりがない。本体に近づこうとしても脚を避けるのが精一杯だった。

 伊藤は美香が竜玉を落としたのに気がつき、怪物がターニに気を取られている隙を付いて竜玉

を手に取った。だが、怪物は彼にも向けて泡を浴びせ始めた。ヘアームースのような泡が次から

次へと体に降りかかるとすぐにも固まり始める。振り払おうと体にまとわりついた泡を手でどけ

ようとしたが、返って体にそれが広がり余計に泡の中に自分を没させてしまい、しゃがみこんだ

ままの姿勢で伊藤は動きを止めた。指一本も動かせないほど泡はコンクリートのように固まり、

力をいれようとしても筋肉も硬直したようで力の入れようが無かった。ただ、呼吸だけは可能で

あった。泡は通気性があるようで、窒息することはない。怪物は獲物を泡で捕らえそのまま生か

して、食料として保存させているのだ。

 ターニは何とかしようとしたが、今度はターニ目掛けて怪物は泡を吐きだした。ベーシクの楯

があるので攻撃を交わすことはできたが、こちらから攻撃を与えることは難しかった。泡に触れ

れば一巻の終わりだ。

───この怪物がここに来た者を・・・。だが、どうする?ミカさんの竜玉はイトウさんの手の

中か・・・。

 泡に捕らわれても意識だけははっきりとある。硬直したままの状態で伊藤はこの状況の打破を

考えていた。

───くっそー、このままここでくたばれられるか!皆が待っている。悦子が待っている。そし

て、美沙希が・・・。

 伊藤は今の自分に対し嘆きと憤りを感じた。だが、その感情は過酷なこの状況に対し切り抜け

るべき希望を見いだしていた。伊藤の心が通じたのか、竜玉から彼の体に心地よい暖かさが流れ

込んできた。それが全身に伝わると大きな力がわき上がってくる感覚が伊藤の中を走った。

 ほとばしるエネルギーが皮膚から溢れるように発散されると、伊藤は強固に固まった泡を内部

から打ち砕き、その破片を飛び散らした。

 それに気がついた怪物は緑の目を色濃く光らせて、しぼみかけた口を大きく開き、伊藤に向き

直った。

 ターニは伊藤に全てを任せることにして、自分の持つ剣を上空に投げ上げた。「イトウさん、

それを取って!」

 伊藤はターニの声に反応し、頭上から降ってくる剣を上手くキャッチした。怪物はすぐにも泡

を吐きだしたが、伊藤の持つ竜玉の光が向かってくる泡に触れると、それは空中で消滅してしま

った。伊藤は剣を握りかえ、肩ごしに持ち構えてそのまま怪物に向かって投げつけた。剣はまっ

すぐ怪物の顔の部分に目掛け突き進み、三つの目の中央を貫いた。怪物は悶絶したかのように無

数の脚をばたつかせたが、やがて剣が突き刺さった口の部分から泡を吹き出し、動きを止めた。

泡はそのまま怪物自身の体を包み込み、空気に触れたために固まっていった。

「イトウさん、大丈夫ですか」ターニが化け物の亡骸を乗り越えてきた。

「ええ、何とか・・・。死ぬ思いでしたけど・・・」伊藤は大きく肩で息をして言った。「美香

さんたちを助けなくっちゃ」

 ターニは怪物から剣を抜いて二人の固まった泡を砕いた。石工のような外殻は意外ともろく、

ぼろぼろと崩れて二人が咳をしながら中から出てきた。

「もうー、参ったわー。でも、ターニがあの化け物を倒してくれたの?」ヒロチーカは体を払い

ながらきいた。

「いや、こいつを倒したのはイトウさんだ。見事なものだったですね」

「伊藤君がね・・・?フーン、見直したわね。伊藤君もやるじゃない」美香が感心してそう言う

と、ヒロチーカも「お兄ちゃん、ありがとう」と抱きついてきたので、伊藤は少し照れ笑いして

「まあ、私に任せれば怖いモノはないですよ」といつもの軽口を言ってみせた。

 

 祐子の手の中で光った竜玉の英知をノーマを介して土田は享受した。だが、土田の驚き様は尋

常ではなく、ショック状態のように茫然としていた。

「ツッチー、どうしたの?ねえー、何が分かったの?」浩代がせっついたが、土田はまだ反応を

示さない。

「真野さんは何か分かったのですか?」すでに竜玉の光は衰えていた。祐子は竜玉の情報を一旦

は受けているので、土田と同じ様な表情をしていた。「わ、私にはよく理解できないの。でも、

でもね、このままでは地球が滅んでしまうことだけは分かったわ」

「ほ、滅んでしまうって、そんな、まさか。僕たちの帰るところが無くなってしまうんですか?

」前沢はうわづいた声で叫んだ。

「そうだよ。このままでは、このトーセも地球も滅亡してしまう」落ち着きを取り戻したのかや

っと土田が話し始めた。

「どういうことなんだ。説明してくれ」藤井が真剣な目をして土田を見入った。

「はい。竜玉はすべてを真野さんを介して教えてくれました。しかし、その事実は僕の気を狂わ

すぐらいな恐ろしいことです。まず、トゥリダンとは何なのか?そこから話します。地球が誕生

して間もないころ、すでにトゥリダンは存在していました。しかし、存在していたといってもそ

れは物資的にではなく、概念的に存在していたのです」

「概念的って?どういう意味?難しいことは言わないでよ」悦子は今までの話でさえ理解できて

いないのに、土田の言葉は広辞苑が必要なほどであった。

「つまり、実体はないが存在している。けれど、幽霊みたいなものでもない。我々のように脳味

噌が有るわけでもないのに、思考を持っている。そういった存在なんです。分かりやすく言えば、

昔、『幻魔対戦』という小説やアニメがありましたよね。その幻魔みたいん存在なんです。一切

の悪の根源、宇宙に存在して、全てを滅ぼそうという。ですが、トゥリダンも最初からそのよう

な悪の概念ではありませんでした。地球が長い年月を掛け大地や海を作り、生物を生み出してい

る間はただ傍観者として地球の流れを見ていただけです。ですが、そこに人間が現れました。猿

から進化した人間は思考を持ちはじめて、やがて、文明を作り、人間社会といものを形成してい

ったのです。そこで、トゥリダンは始めて自分の存在を意識しました。それは自分と同じように

思考を持つものが実体として存在し地上を支配しようとしたからです。トゥリダンはその人間の

進出に脅威を感じました。その時、人間はすでに自然に対し何らかの手を加えたり、動物を生き

る糧にしたり、そして、互いに争ったりしていたことにトゥリダンは不安を感じたのです。

 トゥリダンは何とかしようと思い、人間の思考の中に、自分の存在というものを意識させよう

と考えました。しかし、元々実体の無いものです。その姿を植えつけることはできません。そこ

で、トゥリダンは人間が当時から恐れたり、自然に対する神秘として崇めていた蛇を使うことに

したのです。人間の思考の中に蛇が偉大なものである概念を埋め込んでいったのです。そして、

それは創造性豊かな人間の思考力やトゥリダンのより強いモノという思考の力で、徐々に姿を変

えていき、竜というものに変化していったのです。つまり、トゥリダンは竜という姿で人間に自

分の存在をアピールし、自分を畏敬するよう仕向け、神となっていったのです」

 土田の話を全員が黙ってきいていた、ジーケンイットやコトブーたちも言葉を挟めないほどの

緊張したものがその場にはあった。そして、ノーマが一番熱心に聞き入っていた。

「ですが、人間の方も只者ではなかった。トゥリダンの強制的な言わば、洗脳みたいなことに反

発するようになってきたんです。畏敬を持つ者も少し見かたを変えれば、単なる敵になる可能性

もあるのです。そういった流れの中で人間は違うものを神とみなすようになっていたのです。ギ

リシャ神話やインドの『マハーバーラタ』、日本の日本書紀のような神話が生まれてきたのです。

トゥリダンもそれに対抗するかのようにますます、強大なモノになろうとしていきましたが、そ

れがより人間の反発を買い、竜を敵対視するようになっていきます。その悪循環の結果、トゥリ

ダンは人間に悪魔と呼ばれる存在になってしまい、トゥリダン自身も悪に染まっていってしまっ

たのです。そして、決定的なものが現れました。人間の姿をした神の登場です。イエス・キリス

ト、マホメット、釈迦などの出現による宗教の確立がトゥリダンを完全に神というものから押し

出してしまったのです。特に西洋の宗教観では、竜は悪魔の使いです。トゥリダンが人間を懲ら

しめようとしたことが返って自分を人間の敵にしてしまったのです。中国においては竜というも

のは皇帝と同等の扱いではありました。ですが、歴史の流れにより、目まぐるしく変遷する国に

おいて、竜の存在も軽視されていったのかもしれません、特にモンゴル人により支配されていた

元の時代では、その考え方の違いで竜もうきめをみていたはずです。そして、トゥリダンにとり

、最悪のことが起こりました。

 それは、トゥリダンの存在に気付いた人間が現れたのです。竜はトゥリダンが作ったモノとい

うことに気付いた人間がいたのです。それが、この街の伝説にも伝わっている勇者なのかしれま

せん。勇者は人間の敵であるトゥリダンを倒すために武器を作りました。それが、三種の神器な

のです。三種の神器はトゥリダンの存在を知っている人間の心と魂で作られたいわば、英知の集

合体です。その力は偉大で、さすがのトゥリダンもこれには参りました。勇者は見えないトゥリ

ダンを感じ取り、トゥリダンが移動したところに現れては剣をふるっていたのです。こうして、

トゥリダンは勇者に追われ、そして、人間の中に竜の存在が無くなっていったことのために地球

を去ることにしました。その時、次元のゲートによってつながっていたこのトーセが存在する星

に飛来したのです。この星は地球の存在する世界とは異なった次元に存在する世界だと思います。

それとも、太陽系とは異なる銀河の中の遠い星系かもしれません。ですが、この星と地球とはワ

ープホールのような空間を通じて繋がっていたのです。ただ、それはいつでも繋がっているとい

うものではなく、一定の周期で繋がるのだと思います。ただ、我々のように突発的に往来するこ

ともあるようですが、それはこの星と地球との密接な関係によるもとしか解釈できません。

 さて、新天地を見つけたトゥリダンはこの世界にも地球と同じような状況であることを知り、

ここにすどうことにしました。この星の人間はまだ宗教というものを持っていませんでした。で

すから、トゥリダンはこの世界で新たな神になろうとし、この世界の人間が恐れている姿を借り

て、トーセの人々の中に宿ったんだと思います。悪となってしまったトゥリダンには自分が支配

できる世界が必要でした。そして、この世界の人間が自分を恐れ崇めるようにするためにも生贄

を差し出させたのだと思います。トゥリダンは生贄を自分の威信のためだけに、街の人々に差し

出させていただけなのです」

「何て奴なんだ。そんな奴の為に我々は数百年苦しんできたのか?トゥリダンにとって人間は単

なる自分の虚栄でしかなかったのか?許せない.そんなことのためだけに人間の命を奪うなんて

!」ジーケンイットは怒りに震えた.

「ですが、五年前、ジーケンイット様たちがトゥリダンを倒したことによって、倒したと言って

もそれはトゥリダンが創り出した虚像に過ぎないのですが、この世界でも安心出来なくなってき

たのです。ですから、奴は再び地球に戻ろうとし、次元のゲートが開くのを待っているんです。

だが、星間の不思議な力が我々をここに呼び寄せました。それは、伝説の勇者の意志を継ぐ者が

我々の中にいたのかもしれません。そのことが僕らをトゥリダンとの戦いに挑ませたのだと思い

ます」

 土田は皆の反応を見てからまた話しだした。「僕は今面白いことに気付きました。誰も気にし

ていなかった思いますけど、どうして僕らはジーケンイット様たちと普通に会話をしているので

しょうか?常識から言って異世界の人間同士が通訳も無く話せるわけがありません。地球でだっ

て、国や地域で言葉が全然違うというのに」

「そうね、そう言われてみれば、そうだわ。今まで全然気にもしていなかったけど」祐子がなる

ほどという表情で言った。

「俺はてっきり、作者が面倒くさいから適当に誤魔化しているのだとばかり思っていたけどな」

藤井が意味不明な事を言っている(───ドキッー───)。

「それはなぜかとうのは分かりませんが、多分、この世界の人たちの言葉が耳を通して私たちの

脳に達すると、自然に翻訳されて我々が理解できる言葉のように錯覚しているのだと考えられま

す。つまり、ノーマさんたちが言った言葉の一つ一つは僕らの頭の中で、自分たちが認識してい

る言葉に置き換えられているのです。ですから、固有名詞や名前などはそのままの言葉で理解さ

れ、我々が言葉として認識している物、空とか山とか城や緑などは我々の言葉になって理解して

いるんです。当然、ノーマさんたちには逆のことが起こっています。そのことに気付いて僕は竜

という言葉の意味が大きなものであることを悟りました。トーセの人はトゥリダンのことを竜と

呼んでいます。しかし、山田さんの話から判断しても生贄の時に見せたトゥリダンの姿というも

のは、我々の知っている竜とは全く違っています。ノーマさんたちの言葉では何と言っているか

分かりませんが、トゥリダンの別名のことを口にした場合、我々には竜と聞こえるのです。それ

はなぜか?つまり、トゥリダンの名称が我々の頭に入ると、その言葉に該当する名前を探しにい

き、それが我々の知っている『竜』という言葉に置き換わるのです。姿形が異なっているのに、

なぜ『竜』に変化するのか、それはどちらもトゥリダンが産みだしたものであり、僕らは知識の

中に無意識にトゥリダンという概念を受け入れていたからです。つまり、トゥリダンは元々地球

にいたということになるんです」土田の話は誰もが真剣に聞き入るほどの凄さがある。想像もし

ていない事実が今明らかにされようとしている。

「そうすると、三種の神器というのも何か意味があるのですか?」史子が沈黙を破って尋ねた。

「さすが史ちゃんだ。鋭いとこを突いてくるね。そう、そのことはこの世界には宗教がないと言

っておきながら、自分で矛盾を感じていたんだ。でも、その答えも分かったよ。ジーケンイット

様たちはもちろん、三つの武器のことを『神器』などとは言っていない。さっき言ったように僕

らの耳には『神器』ときこえているだけなんだ。地球の勇者が人間の魂と心で作った武器、それ

が神器であり、すなわち、『神器』とは『神の武器』ではなくて、『神を倒す武器』なんだよ。

そうすればすべて辻褄が合ってくるだろ。我々が知っている神話の中にも竜が出てくるけど、そ

の竜退治には剣や矢などが主人公の武器として出てくる。それは、この三種の神器でトゥリダン

と戦ったことが反映されていると思うんだ。

「竜退治には必ずと言っていいほど、剣が出てきますし、弓矢もよく登場する武器です。楯なん

かもギリシャ神話の『タイタンの戦い』などでは、その姿を見た者を石に変えるメドゥサを倒す

為に重要な武器として出てきます。日本にも八俣大蛇という物語が日本書紀に出てきます。大蛇

といってもあれは竜と考えても違わないと僕は思います。その大蛇をスサノウノミコトが退治す

ると尾から『くさなぎの剣』が出てくるというのもそのいい例です。地球においては絵や彫刻な

どに竜が残っています。それは想像上の生き物と誰もが思っているのですが、実はトゥリダンに

よって植えつけられた虚像だったのですよ」

「僕たちはそんな途方もない、実体のないモノと戦おうとしているのですか?そんな、化け物に

僕らが勝てるわけがない。無理な話じゃないですか?」前沢が落胆した表情で言った。

「いや、大丈夫だよ。そのために、竜玉があるんじゃないか」

 土田の答えに青山が疑問を投げかけた。「土田、一つ分からないことがあるんだが、なぜ、そ

んな悪魔のような存在からこぼれて出た玉が我々に力を貸したり、不思議なパワーを発揮するん

だ。全く正反対のものに思えるんだが?」

「竜玉のことですか?確かに不思議かもしれませんが、そのことも教えてくれました。竜玉はト

ゥリダンの中にある極わずかな良心なんです。本来トゥリダンは善でも悪でもない存在でした。

それが人間の登場によって悪と化していったのです。そのことは世の中の作用・反作用の関係と

同じように善の思考も産みだしてはいたのですが、悪の方が強すぎて、善はトゥリダンの中に閉

じ込められている状態になっていたんです。ところが、三種の神器によってトゥリダンの虚像が

傷つけられると、その一瞬だけ、善の心が傷を負ったことで痛みを感じ、今までの行いを顧みて

いるようなのです。ですから、その時にこぼれ落ちた涙が玉となり、それに善の心が宿っている

のです。

 善の心である竜玉は悪である自分を何とかしようと考えているのですが、自分で自分を滅ぼす

ことはできないのです。そこで、我々に力を与え、我々に自分を倒してもらおうとしているので

す。そのために数々の奇跡を作りだしているのですよ」

「つまり、竜玉は我々にトゥリダンを倒してもらうことを願っているのだな」青山がきいた。

「そうです。そして、なぜ、トゥリダンの化身である魔女が竜玉を欲していたのか、それは、悪

であるトゥリダンが善である自分を恐れているからです。魔女は竜玉を使ってトゥリダンを復活

させようとしていたのではないのです。我々の手元に竜玉があれば、それ奴にとって大いなる脅

威なのです。だから、魔女は必死になって竜玉を捜し求めているんです。我々にはトゥリダンに

勝つ勝算があるのです。この竜玉さえ我々が持っていれば!」

 土田の言葉は大いなる励みになった。絶望から希望に皆の心が動いていたが、土田はこの時、

もっとも恐ろしいことを言わねばならなかった。

「ですが、この戦いはとても大きな意味があるのです。トーセだけの事ではなく、地球の運命も

かかっているのです」

「地球の運命?どういう意味なの?」美砂が驚いてきいた。

「もし、我々がこの戦いに破れ、トゥリダンがゲートを通って地球側に辿り着いたらどうなると

思いますか?トゥリダンは人間の思考の中に入り、その考えや理念に影響されてきました。現代

の地球には数十億の人間が存在していて、近代文明の中で様々な考えを持っています。それが善

だけならばいいのですが、悲しいかな、悪意の方が大きいと僕は思います。戦争、犯罪、虚栄、

自然破壊、自分本位の人間がゴマンといながら他人の事はお構いなし。そんな世界にトゥリダン

が戻れば、そのすさんだ世界の影響を受け、より人間を憎むようになり、そのエネルギーは実体

がなくてもトゥリダンを肥大化させ、地球の内部から思考としてのパワーが溢れ、破壊しかねな

いかもしれません」

「私たちの帰るところが無くなってしまうということなの?」祐子が悲しそうに言った。

「そうですが、それだけでは済まないと思います。地球が無くなれば、次元間において結びつい

ているこの星もそのバランスが崩れ、どうなるか分かりません。トゥリダンを倒さない限り、こ

のトーセにも、そして、地球にも最大の危機が訪れるのです」

「俺たちが、どうしてこの世界に来たのかは分からない。だが、それが俺たちの運命であり使命

なのかもしれない。もしかすれば、悦ちゃんが始めて来た時から、すでに流路は始まっていたの

かもしれないな。俺たちはいまこうして地球とトーセの命運を背負っている。もう後戻りは出来

ない。全ては俺たちの力に掛かっているようだな」藤井は淡々と述べた。だが、その言葉には諦

めという感情は無く、希望に満ちた未来への決意であった。

「皆も覚悟は出来ているな。もう後戻りはできない。やらなければいけないんだ。では、行こう、

全人類の未来のために!」藤井の言葉を受けて、全員が立ち上がった。誰もがその決意を揺るぎ

ないものにしていた。

「ちょっと、待ってください。まだ一つ問題があります」土田が皆の意気込みにちゃちゃを入れ

た。

「まだ、何かあるのか?」コトブーがいぶしがってきいた。

「はい、我々がいくらトゥリダンを倒そうと竜玉の力を借りても、奴がゲートを通って、地球側

に行ってしまえば元も子もありません。トゥリダンも馬鹿ではありません。ゲートが開くまで静

かに潜み、開いた瞬間に移動すると思います。ですから、僕らだけの力では駄目なんです。地球

側からも奴を通させないパワーがいるのです」

「地球側からってどうするんだ?電話が通じるわけじゃあるまいし」古井は大きな声で言った。

「うーん、そうだねー。けれど、僕たち物質である人間が次元の壁を越えて向こうからこちらに

来たわけだから、僕らの心がこちらから向こうに届くかもしれない。現況では僕らの願いと祈り

を心からのメッセージとして地球側に送るしかないと思うけどな」

「でも、誰にだい。そのメッセージを誰に伝えるの?」浩代がきいた。

「それは、心が一番通じる人たちにですよ。家族や友人など、心から信頼し合っている人たちに。

こうして、トリオの人間が今集まっています。ですから、地球側に残っているトリオの人たちに

メッセージを送ればきっと届くはずです。竜玉も手伝ってくれるでしょうから」

「しかし、失敗は許されないわ。もし、メッセージが届かなければ私たちの努力も水泡と帰して

しまう。何か、確実な方法はないの?」悦子はすがるように問いかけた。

「そうですね・・・。唯一可能性があることはあるかもしれない方法が・・・。けど、ちょっと

問題があるからな・・・。でも、この際は仕方がないのか・・・」土田は言葉を途切れ途切れに、

悩みながら言った。

「何だい?可能性があるのなら、賭けてみるしかないだろう!」藤井がそうせきたてると、土田

はやっと言い始めた。

「あいつに頼むしかないと思います。品格的には問題があるとは思いますが、こういったテレパ

シーを受け入れる力は有るはずです。彼に何とかコンタクトを取り、彼を通じて皆を集めてもら

うしかないですね・・・」

「いっ、それって、もしかして、あのエロ坊主のことか?」佐藤はしかめっ面できいた。最初に

奴の被害を被った佐藤には苦い思い出がある。

「まさか、あの坊主に!」前沢もそう言い、続いて奈緒美も「それは、ちょっと・・・」

そして、エロ坊主のことを知っている者たちはみな揃って嘆きに近い声を上げた。

「でも、問題のある男だけれど、確かに頼れるのは奴しかいないな」青山がそう言うと、皆も渋

々納得したように声をひそめた。

「とにかく、地球の人にメッセージを送りつつ、宮崎にもメッセージを送りましょう。ここはあ

いつを信じるしかないですから。皆さん集まってください」

 土田の呼びかけに、十三人は円陣を組むように集まり、目を閉じて一心に願った。自分たちの

メッセージが家族や仲間に届くことを心から祈り、地球の危機を救ってくれるよう願った。する

と、それと共に女性たちが持つ竜玉も光だし、彼らを包み込むようにして光の帯が広がり、次の

瞬間、光の柱が天に向かって伸びていった。

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