このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

トゥリダンの逆襲

 

    第 二 章        ト ー セ の 暗 雲

 

         1

 

 ジーケンイットは寝つかれなかった。今日のコーキマ流刑地からの報告は彼を震撼させ、そこ

知れぬ不安を感じさせていた。隣のベッドには妃であるリオカが静かに眠っている。そして、彼

女のかたわらには小さなゆりかごのベッドがあり、その中には二人の愛の結晶が穏やかな眠りに

耽っていた。ジーケンイットはベッドから起きだし、自分の息子を覗き込んだ。すやすやと眠る

ミーユチッタを見るとジーケンイットは心が安らぐ思いだった。だが、その安らぎに反比例する

この胸騒ぎをどうしても押さえられない。胸騒ぎどころではない。平和と繁栄を迎えたこのトー

セに新たな暗雲が立ち込め出しているのは間違いなかった。

 ジーケンイットは窓際に寄り、カーテンを少し開けて闇夜をかいま見た。今日も二つの月が光

り輝き、庭の木の影を長く伸ばしている。外は風も物音一つしない。この静寂が今だけなのかと

思うと、ジーケンイットは耐えきれなかった。

───たった五年だけの平和だったのか。

 リオカがトゥリダンの生贄となり、失意の底から這い上がって三種の神器をを手に入れるため

オリトの魔女と戦い、トゥリダンをも滅ぼしたことがいま更に思い出される。そして、その苦難

の旅に伴い、自分を、そしてトーセを救ってくれた女性の事が思い出された。

───エツコ、あなたは今どこにいるのだ。突然この街に現れ、我々に希望を与え、愛を残して

くれた。そして、現れたのと同じように突如また姿を消してしまった。

 ジーケンイットにとって彼女はまさに救世主である。彼女なくして、あの苦難を乗り越えるこ

とは出来なかった。竜玉の力を引き出し、数々の奇跡を起こして、しかも、我が命までも救って

くれた。

───また、エツコの力が必要なのだろうか?しかし、どうすれば彼女に会えるのだろうか?

 ジーケンイットは悦子の姿を思い浮かべた。あの小さな身体の中に、どれだけの力があるのだ

ろうか?人懐っこい陽気そうな女性の中には、何もかも圧倒させてしまう神秘の力が宿っている。

彼女がいなければ竜玉はただの玉にすぎなかった。賢者に受け継がれる竜玉を唯一扱える人物が

悦子である。トーセに伝わる勇者の伝説がその時蘇ったのだ。悦子こそが勇者の血を継ぐ者であ

った。

 彼女が去ってから多忙の毎日を過ごしたが、ジーケンイットは一日足りとも、悦子のことを忘

れたことはない。それほど、ジーケンイットにとっては彼女こそが女神───トーセには宗教が

存在しないので神や仏という考え方はないが───であった。その女神の再来をジーケンイット

は無意識に祈っていた。

 

 あの日から既に五年の歳月が流れようとしていた。トーセにすどう悪が消え去ってから。幾多

の苦難を乗り越え、幾多の奇跡の中でトーセの災禍が討ち滅ぼされた。その偉業を成し遂げたの

がブルマン王朝の王子・ジーケンイットである。トゥリダン退治の吉報はトーセの街を歓喜させ

た。そしてその功労者が我が街の統治者の王子であったことは、その喜びに誇りと信頼をも付け

加えていった。ブルマン王朝はその軍事的、政治的統治において並みならぬ手腕を見せつけ、街

の人々の信頼も厚かった。が、その朗報はジーケンイットとブルマン王朝の偉大さを揺るぎない

ものにしたのは違いなかった。そして、トーセとブルマン王朝は近年稀にない繁栄の時期を迎え

た。

 トゥリダン滅亡後、トーセの街が繁栄を迎えたのは二つの理由からによる。一つは街としての

活気が蘇ったことだ。魔物を恐れ怯える生活を余儀なくされていた人々にとって、その朗報は人

々の心を躍り上がらせ、今までの苦渋から解放させた。その人々の喜びは街中を席巻し、彼らが

持つ不安と悲しみと恐怖を一掃し、それが街としての営みをも大きな活気の渦に巻き込んだ。根

が陽気な人たちであるトーセの人々はそれまでの鬱積したものをすべて消し去り、本来の自然な

姿に立ち戻った。トゥリダン退治後何日もお祭騒ぎが続き、人々は乱舞狂乱した。

 もう一つはすぐに結果が出たことではない。悪魔が消えたことにより、当然トーセの掟は消滅

した。それにより街の人々は出産に際しての不安を一切なくしたのだ。トゥリダンに乙女の少女

を差し出すため、女の子が誕生した場合、厳しい監視化に置かれることになる。移住・結婚の制

限など、本人以上に家族が心を痛ますしきたりがあった。その、しきたりに縛られながらも、万

が、一生贄に選ばれてしまったのでは、親としても悲しみのぶつけどころがない。その結果、夫

婦として家庭を持ったところで、新しい生命を司ることには誰でも躊躇する思いがある。男子が

産まれるのなら問題はないが、女子が誕生した場合の感情は嬉しさと戸惑いという複雑なもので

ある。中には男子と偽って出生証明を届け出た者もいたりして、処罰の対象になったこともある

(ただ、ジーケンイットもヒロチーカに対し同じ様なことをしていたことは、実際には問題であ

ったのだが、トゥリダン退治によってすべて──帳消し──忘れ去られてしまった)。

 掟の消滅により、トーセの人たちは子孫繁栄に対する制約がなくなっため、新たな生命の誕生

に励んだ(中には快楽だけの者もいたが)。その結果、一年後には急激なベビーラッシュとなり、

産婦人医の多忙を招いた。人口が増えることは街の発展には欠かせない。すぐに結果の出るもの

ではないが、子供たちが街に現れる、特に、女の子に産まれても何の心配もない現状は将来的な

見地から見れば好ましいことなのだ。子供の笑顔が溢れる街こそ、本当に幸福で活気のある街と

なる。

 

 トゥリダンを滅ぼした後の方がジーケンイットには多忙であった。ジーケンイットの武勇伝は

トーセの街にだけは留まらず、口伝てに各地へと広まっていった。トクリダンの事は隣街はもち

ろん、大陸の者なら誰でも知っている。その恐ろしさは人々を震え上がらせ、トーセに生まれな

かったことを幸福としている者も多い。逆に、トーセの街はそのトゥリダンの噂により、山岳地

側からの進行を守られていたことも事実である。

 その魔物を倒したというのだから、ジーケンイットの逸話は一気に広がり、偉大な勇者として

その名を轟かせた。そして、その話は海をも渡り、チーアやワミカなどの諸大陸にまでにも広ま

った。その事が、次の大きな出来事に繋がった。

 オリワ大陸の諸街は同盟としてのつながりを結び、政治・軍事・経済的な協力を互いに執り行

ってきた。その同盟の理由にワミカ地方との対立がある。ガーソワキ海峡を挟んでワミカとオリ

ワは遠い過去から争いを行っていた。近年、大規模な戦争と言うものは無くなってはいたが、海

峡を挟んでの睨み合いは延々と続き、どちらの軍も海峡に兵を駐屯させ、互いの監視を強化して

いた。言わゆる冷戦状態がここ何十年も続いている。オリワの諸街は同盟を結ぶことにより、海

峡防備の軍事費を公平に分担、兵の駐屯も各街が交替に行う体制が続いていた。だが、それによ

り軍事の歳出も街の経済面から見れば大きな損失となる。それは、ワミカにとっても同じ事だっ

た。特に、ワミカは資源に乏しく、経済的な盛時も滞りがちであった(それが対立、すなわち、

ワミカが領土拡大を企てる元凶であった)。

 ワミカの経済は逼迫しており、ジーケンイットの話が海を超えた時、ワミカの統率者はジーケ

ンイットを通して、長く続いた対立を解き、互いの友好関係を結ぼうとしてきたのである。その

話を知ったジーケンイットは当然驚いた。まだ、王でもなく、政を司っていないのにも関わらず、

そのような大役を担うことになったからである。だが、近隣諸街の統治者もその提案には賛成で

あった。ジーケンイットならば、和平を結ぶ特使としての大任に適していると、誰もが即判断し

た。むろん、ジーケンイットも断りなどはしなかった。トゥリダンによる犠牲者たちのことを誰

よりも悲しんでいる彼にとり、戦争という愚行によって同じように人間が散っていくことは我慢

できなることではなかった。ジーケンイットはその大役を引き受け、ワミカとの話し合いの席に

付いた。

 何度かの会合で両者の意見は合意点を見いだし、半年後には正式な和平と、経済的協力を行う

条約が結ばれ、長きに渡る戦乱を終結することができたのだ。このことはジーケンイットの名を

より一層偉大なものにし、彼の人望と勇気が讃えられた。そのことが、トーセの街の人々の誇り

となり、ブルマン王家とジーケンイットをより厚く崇拝するようになった。

 ワミカとの和約により、大陸間同士の対立はなくなり、軍の存在も意味をなくさなくなってき

た。軍務に対する予算は削減され、ついには軍務省の廃止とまでいたった。むろん、完全に軍務

をなくすことはできない。どこかでまた、反乱や侵略が起こる可能性ももあるし、街の警備とし

ての役割はまだ残っている。そして、完全な軍事としての活動はなくなり、人員の削減や政務省

への配置転換が行われ政務省の中において「警備隊」というセクションとなった。軍務に生きて

いた者たちには不満のある決定ではあったが、大半の兵士は平和な生活を迎えられることを歓迎

していた。ただ、もしジーフミッキが軍務省の宰相の地位にいたのであれば猛反発することは間

違いなかった。だが、そんな懸念などはなかった。ジーフミッキはトゥリダン退治において、ジ

ーケンイットを妨害し、また、王家に対する反逆の意思があったとみなされ投獄されたからであ

る。警備隊の指揮はニシオーという元軍務曹長がその任を任された。ジーケンイットはトゥリダ

ン退治の際に知り合った、山の住民コトブーにも警備隊の指揮の一端を任せようと彼に要請した

が、コトブーは自分には性に合わないこと、山の生活のほうが合っていると、その申し出を固辞

し山へ引き返してしまった。結局、副指揮官としては衛兵の副兵長であったエーグが付くことに

なった。

 こう言った、内政、外政の改革が一通り終わったところで、最後のイベントがやって来た。ジ

ーケンイットと政務宰相・ヨウイッツの娘リオカとの婚姻の儀である。ジーケンイットがリオカ

を魔の手から救った時、二人の愛は完全に一つとなった。ジーケンイットはリオカを連れ戻した

後、正式に求婚、王のシンジーマーヤにも許しを請い、ヨウイッツに対してもその旨を伝えた。

むろん、誰もそのことに意義を唱える者などいない。当然の既決として王家の人々はもちろん、

街の住民までもがその祝辞に快い喜びを合唱した。

 トゥリダン退治から一年後、二人の婚礼が盛大に執り行われた。隣境の街の代表者はもちろん

のこと、和平を結んだワミカからもその儀を祝いに多くの人々がトーセに集った。街も当然お祭

り騒ぎで、二人の門出を祝福した。全てがジーケンイットたちに幸福という最高の珠玉を与えて

いた。そして、二年後、二人の間に新たな生命が宿り、再び大きな祝杯となったのだ。こうして

ブルマン王家に統治されているトーセは大きな繁栄と喜び、そして、安定と平和を迎えたのだ。

 

 ブルマン王朝は専制君主的な政治体制をひいているわけではない。政治的な面においては選挙

による、代表者によりその政治の運営を行っている。むろん、ブルマン王朝の下にトーセの街が

成り立っているのだが、それは長い歴史の中で確立した制度である。遙か昔、オリワ大陸には現

在よりも細分化された街(というより集落)が点在しており、それが互いの利権を求めて争って

いた。その戦いにおいて勝利者が敗者を配下に治めて、より大きな街へと発展していき、その大

きな街同士がまた、戦いを繰り返していく。その過程において、戦争を指揮する統率者が彼に従

うものを携え、巨大な集団を形成していき、一つのコミュニティとなる。統率者にはそれなりの

力を与えられ、その代わりに、コミュニティの運営に労を費やしていくのだ。そうした体制が確

立されていくと、その統率者は絶大な力を有するようになり、街の人々の頂点に立って、すべて

を掌握するようになる。それが、王家の始まりとなる(王家という言い方は正しくない。地球で

言う「王」ではなく。街を統率している代表者というのが正しい)。

 本来はそのような戦争の統率のための代表者であったのが、いつしか戦争がなくなると、街の

経済や政治にしか力を発揮できなくなる。この時点で王家の命運は別れていく。王家がその権力

を使いたい放題に使えば、街の人々の反感を買い、いつしか、その統制力を失って決起した臣下

により滅ぼされる。逆に王家が政治の運営を街の者に委ねる、すなわち共和制を取り入れること

になり、選ばれた街の代表者によって民主的な政治を行えれば、民衆の支持を得られる王家とな

る。

 トーセは後者に当たる。ブルマン王家の始祖となるのは数百年前にも逆上らなければいけない。

トーセを束ね、街としての基盤を作りえたジーケンイットの遠い先祖から、長い歴史があった。

政治的には民主化が進んでいるが、それは内政にのみに関するもので、外交にさししては王家の

長が街の代表として交渉にあたる。そうした役割に担い、王家は世襲という形で受け継がれてき

た。現在のオリワ大陸のように大陸内のでの争いがなくなった今、王家の役割は形骸化しつつあ

る。しかし、街の発展を促し、外敵から街を死守した力は街の人に信頼と誇りを芽生えさせたそ

の結果、王家は自然に存在している認識となっていった。

 先制君主の存在はその権力の集中化により、時には暴君の出現によって民衆を困窮させる場合

がある。実際にもオリワ大陸の街ではそのような事があり、統率者のすげ替えは何度となく行わ

れてきたのだ。その結果、王家の存在しない完全な民主的街も存在している。闘争がない今、戦

争を指揮する代表者などいらない現状にはなっている。だが、トーセにおいてはそのようなこと

はあまりなく(人徳的に劣っていたものもいたが、政治の民主化により、街の統制は保たれてい

た)、象徴的な王家にも関わらず、街の人々の支持を長く保持していた。

 ただ、トーセにとって問題は「トゥリダン」の事だけだった。この掟だけは何百年もの間続き、

王家にもどうすることができなかった。むろん、歴代の王たちもこの問題には心を傷め、街の人

々のためにトゥリダンの征伐を何度となく行ったが、すべてが無駄な命を散らせた結果になり、

現在まで忌まわしいしきたりが永続していたのだ。

 そして、その最大の難問をうち崩したのがジーケンイットである。それゆえ、彼に対する信頼

と誇りは歴代の王にはないほどの絶頂を極めていた。

 

 平和と繁栄、それを築いてきたのはジーケンイットであるが、今また、それが崩されるような

事態が切迫していた。ジーケンイットは身動き一つせず、今日までの慌ただしい毎日を回顧した。

ふと、気付くと背後にリオカが近づいてくる気配を感じ振り返った。

「どうなされたのですか?ずっと、窓の外をご覧になったままで」リオカは心配げな表情で言っ

た。カーテンの隙間からもれてくる月明かりに照らしだされ、リオカの顔が淡く輝いた。

「いや、何でもない。少し寝つかれなくて、外を眺めていただけだよ」ジーケンイットは無理な

微笑みを浮かべ、優しい言葉で言った。しかい、リオカは影で見えない彼の顔に不安が募ってい

るのを悟った。

「コーキマの件が御心配なのですね」リオカもその報は聞いていた。リオカにとっても捨ててお

けぬ重大事な問題であるのは重々承知している。

「ああ・・・、しかし、大丈夫だろう。警備隊の方が厳重な検問をひいている。すぐに、解決す

るさ」

「そうですね・・・・・・」

「もう、寝よう。明日もいろいろしなければいけないことがある」

「はい」

 ジーケンイットはリオカを促し、ベッドに戻った。口では大丈夫と言いつつも本心はそうでな

い。リオカにもそれは分かっているだろうが、彼女もそれ以上の口出しはしなかった。口にすれ

ばより不安が広がるだけなのだ。

 ベッドに潜りジーケンイットは考えた。

───ひとまず、ノーマと相談してみるしかない。単なる脱獄なら彼女の力を借りる必要もない

のだが、魔女らしき怪しいモノが絡んでいるとなるとそうはいかなくなる。しかし、なぜ、再び

魔女が現れたのか?確かに自分の手で滅ぼし、三種の神器を奪取したはずなのに・・・。そして、

なぜ魔女らしき人物はジーフミッキを連れ去ったのか?

 コーキマの事件はまだ明確な情報が無かった。しかし、この事件が彼の不安以上に今後のトー

セに、いや、オリワ大陸をも含めたこのランドに大きな波紋を起こすとは誰が考えただろうか?

これは全てを取り込む災禍の序章でしかなかったのだ。

 

         2

 

 ジーフミッキの心は高揚していた。こうして自由の身になると今までの抑圧された感情が解放

され、昔の闘志と意気込みが甦ってくる。

───今こそ、私の為の時なのだ。私の野望を満たすための・・・。例え、相手が魔女だろうと

悪魔だろうと構わない。私はそれをも凌駕し、この街、いや、この大陸を支配する。

 ジーフミッキは一人ほくそえんだ。この五年間の苦労を今晴らすときが来たのだ。

 

 五年前、ジーフミッキが仕組んだ陰謀はことごとく看破され、失敗に終わり、その上投獄の身

となってしまった。軍務省の長たる軍務宰相の自分が、野蛮で粗野な他の囚人たちと共に投獄さ

れたことは彼にとって最大の恥辱であった。あれだけ念密に計画をし、その実行も完璧を期して

いたはずなのに彼の野望は見事に打ち砕かれた。ルフイとギオスに指示を出したのがまずかった

のか?それとも、ジーケンイットのことを見くびっていたからなのだろうか?いや、あの時、突

如現れた得体の知れない女のせいだ。あの女さえいなければ万事うまくいっていたはずだ。

 しかし、過ぎたことをいつまでも考えていてはいけない。宰相の地位にあったジーフミッキで

ある、今の苦境をも乗り越え、何とか展望を開くよう考えていたが、それも囚われの身では難し

いことでもあった。

 流刑地での生活は快適という言葉とは程遠い。コーキマ流刑地は殺人や凶悪強盗等の重犯罪者

用の流刑地で、トーセと隣街ガースカイとの境界近くにある。ただ、あるといってもここは砂漠

の度真ん中で人間が住む環境ではない。トーセとガースカイの間にはナイショウ砂漠が広大に広

がっている。ガースカイへは砂漠を迂回する森の道があるが、こちらだとカウホースでも三日は

かかるが砂漠を通過すれば丸一日でも可能だ。しかし、砂漠はあくまでも危険な地帯である。昼

間は四十度を越す猛暑、夜は零度近くまで急激に温度が下がる寒冷地になる。砂漠間にはオアシ

スと呼べるような休息場はなく、万全な準備をしなければ到底無事にはすまない。それ程の物好

きは、貿易商人やガースカイへ用のある政務省関係など、急用がないもの以外はいない。

 そういった過酷な環境下に流刑地はある。というより、この環境下からだこそ、ここの流刑地

が作られたのだ。砂漠の中にある流刑地はある意味で自然の脱獄未然策を担っている。砂漠の中

に逃げだしたとして、前述のようにそれなりの装備をしなければ砂漠を抜けることはできない。

だが、流刑地で日除けの雑具や食料、そして一番大事な水など簡単には手に入らない。しかも、

流刑地自体を抜け出すことも至難の業である。流刑地の周りには幅三半バルク(約五メートル)

深さ十五バルク(約二十メートル)程の砂の堀があり、その中央に流刑地の建物があるのだ。堀

の外と流刑地の正門との間にのみ架け橋があり、それ以外の所からは堀の外側には行けない。つ

まり、万が一脱走を試みて流刑地の高い塀を乗り越えたとしても、そこから堀を超えることは無

理なのである。一度堀に嵌まれば抜け出すことは不可能だ。蟻地獄と同じようにもがけばもがく

ほど砂の中に引き込まれ二度と這いだすことはできない。塀から外側に綱でも張りたくても外側

が砂地では引っ掛かる場所がなく、これも意味の無い抵抗である。それゆえ、この流刑地から脱

獄したものはいない。むろん、それを試みたものは大勢いるが、彼らはこの地の砂の中に屍とな

って埋まっているのだ。これが、コーキマの恐ろしさで、罪に対する戒めとしての威嚇を保って

いる。ちなみに、悦子がこの地に迷った時、逆の方向に歩いていけばコーキマ流刑地に向かう道

順を辿っていたのだが、たぶんその前に生き倒れしていたであろう。彼女は運よく砂漠の外側に

向かっており、そこで迂回路を通りかかったジリノーたちに救われたのだ(この結果がトーセの

命運に大きな作用を与えたのだ)。

 流刑地内部の生活も外部と同じように過酷である。この地に流刑地を作った理由にはもう一つ

ある。それはこの砂漠から天然資源である「アクア」が採取されるからであり、囚人の労働はほ

とんどこの採掘作業の従事に当てられる。「アクア」は日常生活においての燃料であり、いわば

石油のようなものだ。トーセの経済を潤わせているのはこの「アクア」のおかげである。「アク

ア」砂漠地にしか存在せず、トーセとガースカイにとっては重要な資源かつ、隣街への経済の糧

となっている。コーキマ流刑地はこの「アクア」採掘のために作られたもので、「アクア」を採

掘し終えれば次の埋蔵地へ移っていくのだ。そして、その重労働には罰としての作業を行わなけ

ればいけない犯罪者にあてがわれているのだ。

 その採掘作業を流刑地の囚人は毎日行っている。猛暑と強い日差しの中での作業は苦労を強い

られるところではない。冷房などという近代的な設備のないここではそれは地獄としか言いよう

がないのだ。そして夜ともなれば、急激な温度低下の中で眠らなくてはいけなく、厳しい環境下

での生活を過ごさなければならなかった。むろん、途中で死人や重病者も出るがそのことはあま

り配慮されない。ここにいる囚人たちはほとんどが死刑か終身刑の者で、あとは重犯罪に加わっ

たものしかいない。死を待つだけの者に死が訪れたところで、ある意味では早めに召した事が本

人にとっては幸福なのだ。働くことを条件に一日の食料と水をもらえる。囚人たちはその為だけ

に毎日を生きているのだ。

 ジーフミッキも他の囚人たちと同じようにこの重労働に従事していた。この地に送られた以上

働かなければ生きていけない。たとえ、元軍務宰相であろうと罪を犯したものは皆ここでは平等

である。だが、ジーフミッキの名と地位はこの流刑地においても威力を発揮していた。軍務宰相

のことを知らない人間は少なくない。しかも、ここには元軍にいた者も多い。軍人にとってジー

フミッキは軍の中の統率者であり、影響力も大きい。たとえ、彼が犯罪者であろうとジーフミッ

キを信奉する者も多かった。むろん、王家を転覆させようとした事実は知れ渡っているが、ここ

で重労働している者には王家よりも彼の方に依頼心があったのだ。二度とここを出られない人間

にとり王家など、どうでもよく、直接自分の命を預けた軍のトップの方が信頼は大きい。

 そういった経緯を得て、ここでのジーフミッキの存在と力は絶大で、誰もが彼に従った。ジー

フミッキもここでのボスとして彼らを統率し、いつかあるかもしれない未来のためにその支配力

を維持していた。

 しかし、すでに五年もの歳月が過ぎていた。囚われの身となった彼にとりその五年は途方もな

く長い。砂漠の中にいて季節や環境の変化など微塵も感じることはない。同じ毎日を繰り返すだ

けで、月日の流れなどここにいる者にとっては無意味でしかない。──死ぬまでここにいる──

それが、ここでの唯一の歳の取り方なのだ。だが、ジーフミッキはそれを数えていた。あの日か

ら何日経ったのか一日も欠かさず数えていた。それは、ここでの生活の苦しさを生きる源の活力

にし、いつしかここを脱するための糧にしていたからだ。流れた月日の数だけ、その一日一日が

刻まれていくたびに、ジーフミッキの野望と復讐心は燃え上がっていく。そして、それは五年の

年月を数えていたのだ。ジーフミッキは諦めなかった。必ず道は開けると彼は信じていた。

 そして、ついにそれが来た。天からの啓示があったのだ。

 

 最初ジーフミッキはそれを空耳としか感じていなかった。流刑地に放り込まれ、世間と自由か

ら束縛された生活を続けていれば、そのうち頭もおかしくなるものだ。ジーフミッキは自分自身

に対し、精神の均衡が崩れるようなやわな男ではないとそれなりに自負していた。しかし、自分

も人間だ、ついにおかしくなり始めたのかと、彼は冷静な見かたで己をかいま見た。

 それは、夜、床につくとどこからともなく声が聞こえた。寒い宿舎の中で毛布にくるまい、震

えながらも眠りにつこうとした時、聞こえたのだ。

───ジーフミッキ、ジーフミッキよ。私を解放するのだ。私を復活させるのだ。

 耳に聞こえるということではなく、頭の中に直接聞こえてくるような感じである。毎日のよう

にその声は頭に響いてきた。ジーフミッキはそれを錯覚だと思っていたが、毎日のことにいつし

かそれを何かの存在だと認識し始めていた。

 ある日、ジーフミッキはその声に対し、初めて言葉を返した。

「何者だ、貴様は?毎日私に何を問いかけているのだ。聞こえるのなら、答えろ!」ジーフミッ

キは部屋の四方八方に向けて怒鳴った。

───やっと、答えたな、ジーフミッキ。お前の返答を待っていたぞ!

「何だと・・・、私の事を待っていた?貴様、私がどういう人間か分かっているのか?」自分の

名を呼ばれ続けられ、彼は気持ちを害していた。

───分かっておる。軍を統率しつつも、若き王子によりその地位と権力を略奪され、今では反

逆者としてこの辺境の地に追いやられた・・・。

「もういい、貴様なぜ私の事を知っている。まあ、トーセの者なら知ってて当然かもしれんが・

・・。貴様、一体何者だ。どこから話をしているんだ。姿を見せろ!」

───私の姿、実体は今無い。ある者によってその肉体は滅ぼされた。しかし、魂だけはまだ生

きている。今私は実体のないまま、お前の心に話しかけているのだ。

「何!」ジーフミッキは自分の気がふれてしまったのかと、今一度幻聴を追い払おうとした。し

かし、次の言葉を聞いたとき、彼はその声を信じることにした。

───私の名は、トゥリダンだ。トーセの主、トゥリダンだ!

「ト、トゥリダンだと・・・。そんな馬鹿な、あの竜はあいつにより退治されたはずだ」ジーフ

ミッキはその言葉に戦いた。あの魔物であるトゥリダンが生きている。しかも、自分に話しかけ

ている事が恐ろしくもあり、信じられなかった。だが、相手はそんな事もお構いなしに、彼の脳

髄に言葉を突き刺していった。                          ・・・・

───そう、私はジーケンイットによりその肉体を滅ぼされた。しかし、私の精神はまだ完全に

消滅してはいない。だから、お前に私の復活を助けてもらいたいのだ。

「助ける?私がか、なぜ私が貴様を助けなければならない。貴様のような力の持ち主ならば自分

で何とかできるのではないか?」

───今の私には無理だ。ジーケンイットにより肉体を滅ぼされた私には何もできない。それに

は私の分身であるカーミとサーミの力と私の涙の力がいるのだ。だが、その分身も滅ぼされてし

まい、私の涙もいずこかに消えてしまった。それらさえ、手に入れば私の復活などた易いことな

のだ」

「しかし、どうして私を選んだのだ。他にも頼める人間がいたのではないか?」

───ふっふっふっ、私はお前の心を知っている。いつかここを脱し、自由の身となり再び権力

を手に入れ、この世界を支配する。私は、そのお前の野心に共鳴したのだ。お前のその野望と復

讐心が私の精神にぶつかったのだ。特にお前の復讐心だ。それが、お前の生きる支えであり、希

望でもあるのだろう。そして、その復讐の対象が私と同じ者にであることが、お前を選んだ真の

理由なのだ。

「復讐!」ジーフミッキはその言葉を聞いて、奮い立った。───私はあいつのためにこんな人

間の屑しかいない世界に放り込まれたのだ。そして、私の野望をも無にしてしまったのがあいつ

なのだ───。ジーフミッキは自分がこの世で最も恐れられていた竜に助けを求められたことに

驚きつつも、自分が選ばれたことに喜びを感じた。あのトゥリダンが私に助けを求めている。そ

の事実は本来宰相としての持っていた力を誇示しているようで、魔物より優越な気分に陥ってい

た。

「だが、今私は囚われの身だ。昔のように何でもできる状況ではないんだぞ。貴様とて、肉体を

持たない魂ではないか。私に助けを求めているようでは何も出来ないのではないか?一体、私は

何をすればいいのだ」

───そんな事ぐらいは承知している。私の指示に従えばそれでいいのだ。

(指示に従うだと・・・)ジーフミッキはその言葉が気に入らなかった。今まで他人に指示され

たことのない彼にとり、それは最大の屈辱である。だが、今は素直に聞くしかなかった。

───いいか、私の涙を探し出し、その力で私の肉体を甦らすのだ。しかし、それにはお前がこ

こから出なければならない。だが、お前だけの力ではそれも無理だ。そこで、我が分身、カーミ

とサーミをまず甦らせ、二人の力によりお前はここから出るのだ。その後、私を復活させればい

い。そして、その時こそ、お前の野望も達成されるということなのだ。

「魔女を甦らすだと?だが、それも私には出来ないことだ。おれは終身刑に近い身だぞ、簡単に

はここを出れないんだ」

───それも分かっている。だが、お前はここでも絶大な権力を誇っているはずだ。お前の手下

の中にここを出られるような奴はいないのか?お前の指示に従うような。

「ここの囚人はほとんどが、死刑か終身刑の身だ。そんな奴など・・・、おっと、そういえば、

もうすぐここを出る奴がいたな。しかも私の忠実なる部下が・・・」

───そうか、それならばそいつがここを出るとき、我が分身を復活させるよう指示しろ。そう

すれば、我が分身の力によりお前もこの地を脱することができる。そして、その後は私を復活さ

せろ。私が復活すれば、この世は私に屈する。そして、その世界はお前にくれてやるから、お前

の自由にしろ。私はとにかく肉体が欲しいだけだ。肉体だけ戻れば、時々、人間を餌にしてまた

昔の生活を繰り返すだけだからな・・・。

「分かった。貴様の言葉を信じよう。しかし、魔女は甦った後、ちゃんと私を救い出すのだな、

甦らせた部下を殺し、私を無視するようなことはしないだろうな」

───はっはっはっ、そんなことは心配するな。私としても約束は守る。人間は餌としてしか見

ていないが、お前だけは別だ。同じ復讐心を持つからこそ、お前を信頼しているのだ。だから、

お前も私を信用しろ。それにだ、我の分身が甦ったところで私の涙を扱うことはできない。涙を

探すのは人間にしかできないのだ。しかも、特別な人間がな。だからこそ、お前の力が必要なの

だ。

「よし、分かった。では、そのように計らおう」

───では、私も待っているぞ・・・。

 トゥリダンの声が消えていった。まるで悪夢でも見ているような感覚ではあったが、この不可

解な現象をジーフミッキは素直に受け入れた。だが、魔物の約束などジーフミッキは信用できな

かった。しかし、今はこいつに頼るしかない。ここを出ることが出来れば、後はどうにかなる。

だから、今は心外ではあるがこいつの指示に従う事にした。それが最善だということはジーフミ

ッキには充分分かっていた。五年間辛抱していた甲斐があった。今こそ、自分の生きている意味

を成就させる時なのだ。

 

         3

 

 ルフイとギオスはジーフミッキの命令に従い、オリトの森へ向かった。本心から言えば、オリ

トの森などへ行きたくはない。例え、魔女が死んだから言っても、あんな薄気味悪い場所など、

誰が好き好んで行くだろうか?しかも、魔女を復活させるためにという指示を受けて・・・。だ

が、ジーフミッキの拝命では拒むこともできない。軍務宰相の地位を剥奪されたとはいえ、自分

たちの指揮官である、不服従など彼らには無理だ。

 ルフイとギオスもコーキマ流刑地に投獄されていた。ジーケンイットとリオカを陥れる策略に

加担したとしてジーフミッキと共に処罰を受ける羽目となり、七年の刑を受けた。二人にとって

もコーキマの生活は辛いものである。今まで、軍の中でそれなりの地位を占め、大手を振るって

いた男が一夜明ければ、自由を束縛された身となった。まさに、天国と地獄だ。「アクア」の採

掘はかなりの過酷な重労働である。ギオスのように体力に勝っている者でも、それをこなすこと

はなかなかきつい。まして、ルフイのような頭脳労働的華奢な男ではすぐにへばってしまう。だ

が、二人はここでの生活をなんとか切り抜けた。流刑地においてもジーフミッキの傘の下にいた

ため、ある程度の力を誇示できた。特にギオスは軍の中においても名だたる強者であったため、

彼に歯向かう者など表面上はおらず、逆にへりくだって信奉する輩も多かった。ルフイもその影

響下で、饒舌な才覚を駆使し流刑地の人間を仲間に取り込んでいった。

 ジーフミッキは終身刑に近い三十年の流刑に処されているが、彼らは陰謀に加担はしたものの

上官であるジーフミッキの命には逆らえないという軍務的立場を考慮されて、七年の刑を課せら

れたのだ。その後模範囚として、うわべだけは振る舞っていたのでその実績と王家における恩赦

により五年で出所出来ることになった。本来、このコーキマに送られてくるような囚人は十年以

下で出られることはないが、二人の罪は軍人にあるまじき行為と糾弾されたため、刑期としては

比較的短いものの、罪に対する重さは軽罪と比べものにならないので重労働の刑罰を課されたの

だ。

 二人は刑期よりも早く出れることを教えられたが、それほどの嬉しさではなかった。ここを出

て街に戻ったところで何をすればいいのか見当もつかなかった。軍人として生きてきた二人には、

軍以外の世界を全く知らない。大罪を犯した二人が再び軍に復帰できることはまず不可能である。

それ以前に、軍務自体が縮小化され、警備隊として統括された政策のため、軍人として生きる道

は完全に絶たれてしまった。ワミカにでも渡れば、傭兵として生きていくこともできなくはなか

ったが、それもオリワとの和平により無意味な存在になっていた。街に出て、何かの仕事にあり

つくか?だが、それさえも王家を陥れようとした事実が二人には付きまとい、王家を慕っている

者たちには受けいられないだろう。残るは、街の裏側で、チンピラのようなやくざな生活に陥る

ことしかできない。ギオスは非番の時によく行ったノーマツの店にでも出向いて、仕事でももら

おうかと考えていた。あいつならば、裏の仕事も手掛けているので何とかしてくれるかもしれな

いと思ったぐらいだ。

 出所の日、二人はジーフミッキを訪ねた。先に出ていくのは偲びないが、これも仕方がない。

多分、二度とジーフミッキには会えないだろうと二人は寂寥を覚えながら上官の牢獄を訪れた。

だが、二人は意外な命令を受けたのだ。

「ジーフミッキ様、我々は今日でここを出ます。先に出ていくのは失礼だと思いますが、どうか

お許しください」ギオスが恭しく言い、背後のルフイもそれに倣った。

 背中で二人の言葉を聞いていたジーフミッキはゆっくり振り返り、静かに笑った。「お前たち

か、待っていたぞ。ここを出てどうするつもりなのだ、考えはあるのか?」

「いえ、今のところは何も・・・。我々も途方に暮れているところであります」ルフイが緊張し

た面持ちで答えた。

「そうか、では私からお前たちに指令を与えよう。ここを出たら、すぐにオリトの森へ行け!」

「オ、オリトの森!?」二人は同時に声を張り上げた。

「ジ、ジーフミッキ様、オリトの森へ行けとは、ど、どういうことなのですか?」もたつきなが

らルフイは尋ねた。

「オリトの森へ行き、魔女の残骸を探せ。そして、魔女を甦らせるのだ」

「ま、魔女をですか?」今度はギオスが驚いた。

「そうだ、オリトの森は魔女の死により荒廃している。だが、魔女は完全には死んではいない。

ジーケンイットによりその肉体はほとんど消滅したが、その極一部、というより元の塊に戻った

のだ。その塊に人間の血を与えれば、魔女は甦る」

「しかし、なぜ魔女を甦らさなければいけないのですか?あんな、恐ろしい魔物を・・・」

 ジーフミッキはしばらく考えてから険しい目つきをした。「トゥリダンを甦らすためだ」

「ト、トゥリダンを、で、す、か・・・」その言葉を聞いて二人は狼狽した。

「そ、それは・・・、そのような恐ろしいことを・・・。我々がこのような境遇になったのもジ

ーケンイット様のせいではありますが、そのジーケンイット様によりトーセにとっての災禍、ト

ゥリダンは退治されたのではありませんか?それをなぜ再び甦らすなどと・・・」ギオスは言葉

を考えながら言った。

「トゥリダンが甦ろうが、暴れようが私には関係のないことだ。とにかく、ここを出て自由の身

となり、憎きジーケンイットを凌駕するのが私の本望なのだ。そのためにはまず、魔女を甦らせ

それによりここを脱出、その後、トゥリダン復活の騒ぎに乗じ、ブルマン王家を打破してこのト

ーセを私が治めることになるのだ」

 ギオスもルフイもジーフミッキの覇気に蹴落とされるものがあった。この時、二人はジーフミ

ッキがこんなにも恐ろしい存在だったとうことに気付いた。

「お前たち、私がこんな辺境の地に投獄されて狂ってしまったと思っているのだろう」

「いえ、そのようなことは・・・」ルフイは自分の考えを否定しようと頭を振りながら下げた。

「そう思われても仕方がないかもしれないな。尋常な考えの持ち主ならばそう思うだろう。しか

し、私とて狂ってなどいない。自分が狂人かどうかぐらいは判断できる。そんなやわな精神を持

つほどの軟弱な男ではない事ぐらいお前たちにも分かっているはずだ」

「はい」

「正常な精神だからこそ、私はお前たちにこの指令を託しているのだ。だから、お前たちは私の

指示に従えばいい。お前らとて、このままトーセに戻りどうするのだ?反逆者の烙印を押された

まま、ろくな生きかたも出来ず、負け犬のような暮らしをしていくのか?それならば、今までの

ように私に付いて来て、この街を手中に収めようではないか?どうだ?」

 ジーフミッキの言葉には説得されるものがある。どうせ、このまま下人のような生活を送るの

なら、一度背負った罪を拭えないのなら、この上官に付いて、可能性に賭けてもいいのではない

か?

「分かりました。我々はジーフミッキ様に従います」ギオスが自分の意思を表し、ジーフミッキ

に対して忠誠を誓うごとく、ひれ伏した。ルフイも一瞬戸惑いながらも、ギオスに続いて礼を示

した。

「では、まずオリトの森へ行け。その途中で人間の血を手に入れ、魔女を甦らすのだ。魔女が甦

れば、あとはそいつらの指示に従え、魔女もどうするべきか分かっているはずだ。ただし、油断

はするな。相手は魔女だ、何を考えているかは計り知れん。ただ、トゥリダンを復活させるまで

はやつらもおとなしいはずだがな。では、行け」ジーフミッキはそう言いながら奥に消えた。

 ルフイとギオスは一瞬ためらいがちに互いを見つめた。だが、ジーフミッキの言葉に反するこ

ともできず、黙したまま流刑地を後にした。

 

 そうして、今二人はオリトの森にやって来た。五年前にもジーケンイットを追って、この森の

入口までは来たことがあったが、そこから中には進んでいない。魔女のところに三種の神器を探

しに行き、たぶん戻らないだろうと踏んでいた二人だが、彼らの目の前で、それまでどす黒いほ

どの木々が繁っていた森が、一瞬のうちに枯れ果て荒涼とした情景に変化したのを、まのあたり

に見ている。その殺伐とした景色のままオリトの森は存在していた。ここだけ、時間が止まった

かのように、朽ち果てた木々やこの地に漂う空気には何も変わったところがなく、生きる物が存

在していないことを見せつけた。

 二人は入口で立ち止まった。「ギオス、本当に行くのか?魔女なんか甦らせて、大丈夫なのか

よ」ルフイは不安の眼差しで、ギオスを見つめた。

「ああ、俺だって不安だが、この際、ジーフミッキ様に従うしかないだろう。それとも、このま

ま、街に戻って、日の当たらない生活をするのか?まあ、ジーフミッキ様を裏切ったところで、

コーキマから出てこれるはずもないから、追求されることはないだろうが」ギオスは落ちつきな

がら、冷静に話した。ギオスは荒武者な風体に見えるが、単に剣術や腕力に優れているだけでは

なく、実際には明晰な頭脳の持ち主でもある。戦士は力だけでは戦場を生き抜けてはいけない。

力に優るとも劣らない英知というものが必要なのだ。その点、ギオスはそれは全てに関して長け

ていた。ただ、彼の人生の大きな誤りはジーフミッキの側に付いたことだったかもしれない。幼

き時から身寄りの無かったギオスは、産まれた時から、授かった腕力と精神で生き抜き、大人に

なってから軍に入った。そこでも、ギオスの力は他のもの圧倒し、軍の中でも最たる者となって

いった。当然、ジーフミッキがそれを見過ごすわけがない。ギオスとジーフミッキの関係は深い

ものだった。上官と部下というものだけではなく、ギオスにとってジーフミッキは偉大な人物で

あった。ギオスは自分に優る人間などいないと自負をしていたが、ジーフミッキという軍人に出

会いその考え方を改めた。ジーフミッキにはギオスにない力がある。目には見えないその体から

ほとばしる威光と卓越した力、統率力に圧倒され、自分はこの方についていくべしと悟った。ジ

ーフミッキこそがギオスにとり、師であり、父でもあった。それはジーケンイットとターニの関

係にも似ている。

 ギオスはジーフミッキが正道を外していることは百も承知している。だが、ジーフミッキを裏

切り、彼から離れることはできなかった。たとえそれが、非業なものであろうと、彼に付いてい

くと決心したかぎり、その考えを反故にはできない。ギオスとて心の呵責はある。ジーフミッキ

の命とはいえ、魔女やトゥリダンを甦らすなどとは、本来なら拒否したい。ただ、ジーフミッキ

にもなんらかの考えがあるものと彼は信じていた。そして、彼もそのことを考慮しながら、ここ

に来ていたのだ。

「行くのか?」ルフイ汚いものでも触るような渋い顔をした。

「行くか。まず、魔女の屋敷があったところまで行こう」

 二人は朽ち果てた森の中を進んだ。生物が全くいないということは、何も音が発生しない不気

味な世界だった。二人が地面を歩き、木の枝が折れる音でさえ、大きく感じられる。ギオスは堂

々と正面を向いて歩いたが、ルフイは周りをきょろきょろしながら進んだ。二人の前に瓦礫の山

が現れた。以前、魔女の屋敷があった場所だ。ジーケンイットたちが魔女を滅ぼすと同時にこの

屋敷も崩れ落ちた。そして、五年の歳月を経てもその時のままの状態は変わらない。

「さて、この瓦礫の下に、魔女の塊があるのかな。掘り起こすのだけでも大変だな」ルフイは悪

態気味に言った。

「まあ、仕方がないだろう。とにかく、探すしかないな」ギオスが先に動きだし、ルフイも渋々

追随した。

 二人は石や木の瓦礫を取り除いていった。一人で運べるものもあれば、二人でなければ無理な

ものもある。手に持っては敷地の外側に運ぶ作業を無数に繰り返した。力仕事が苦手なルフイは

すぐにでもへばり始めたが、ギオスは額に汗を流しながらも黙々と続けた。上部にある大きな瓦

礫をほとんど排除し、屋敷の地面が見え始めた。二人は手分けして、魔女の塊を探した。

「ギオス、大丈夫か。お前少し顔が青いぞ」ルフイは手を止めて、ギオスの顔を見た。

「ああ、別にどうっていうことはないさ。ここの毒気で疲れたのかもしれんな」ギオスは笑って

見せたが、どこか無理があるようにルフイは感じた。

「それならいいが・・・。しかし、ギオス。本当に魔女の塊なんてあるんだろうか?やっぱり、

ジーフミッキ様の勝手な思い込みじゃないのか?」

「さあな、だが、ジーフミッキ様の言葉を信じるしかないだろう。あの方がそんな簡単に気を狂

わすはずもないしな・・・」

「ああ・・・、おや、おい、ギオス、何かあるぞ」ルフイが声を張り上げると、ギオスは手を休

め、ルフイのところに近寄った」

「何だ、何かあったのか?」ギオスが覗くと、そこには拳大ほどの黒い腐った肉の塊みたいなの

のが二つ寄り添うように転がっていた。

「気味が悪いな・・・」ルフイがそうつぶやくと、その塊がピクンと跳ねるように動いた。

「何だこりゃ、生きてるぞ、この物体、もしかして、これが・・・?」

「多分、そうなのだろう。じゃ、ルフイ、血の入った壺を持ってこい」

「ああ」ルフイは瓦礫から外に出て、ここまで運んできた小さな壺を持って戻ってきた。

「どうも、気が引けるな。ギオス、お前がやれよ」ルフイは壺をギオスに押しつけた。

「たっく、意気地がないやつだな」そういいながら、壺を受け取り、閉めてあった蓋を外した。

「いいか、かけてみるぞ」

 ギオスが壺を傾けると、中から粘状の液体が滴り落ちた。そのどす黒く赤いものがダラリと地

面にある塊にかぶった。塊はその血を浴びると、急に動きを活発化させた。表面に付いた血を塊

はスポンジのように吸収し始め、まるで、身体から抜き取られた心臓のように伸縮を開始した。

そして、それは徐々に大きくなり単なる塊から何かを形作ろうとしている。二つの塊は同じ様な

動きを行い、人間のような型を形成していった。

 ギオスとルフイは少し怯え後ろに下がった。自分たちがとんでもないことをしていると思い始

めたが、もう遅い。灰色のような煤けた煙が塊からほとばしると、その勢いは増し辺りに立ち込

めだした。それと同時に周りが急に暗くなり始めた。その煙が辺りを取り囲んだだけでなく、外

周りの木々が急激な成長を成し、朽ち果てていた枝が生き返ったのだ。枯れ葉も無かった樹木に

は隙間がないほど新しい葉が伸びだし、枝も絡み合って天からの光を遮った。

「お、おい、ギオス、大丈夫か、やばかないか!」ルフイは逃げ腰気味に言ったが、ギオスは動

じず、ルフイを制した。

 辺りが闇に閉じ込められたと思った時、目の前が青白く光り始めさっきから漂っている煙が光

に照らしだされた。ゆっくりうごめく煙が左右に流れていくと、その中から青白く薄気味悪い光

が広がった。二人が一瞬光の輝きにたじろぎ、目を瞑って次に瞳を開けた時、目の前には二人の

モノが立っていた。

 モノは一糸まとわない裸の姿だが、ギオスたちには女に見えた。透き通るような白い肌に腰ま

であるほどの黒い長い髪。だが、それは美しさを示してはいない。冷気が漂うな冷たさと、心が

締めつけられるような波動が伝わってくる。妖しさをかもしだしているモノたちの閉じていた瞳

が開かれると、ルフイたちはかなしばりのように身動きができなかった。

「ふっふっふっ、やっと甦れたわ。長い眠りだったけど、ついに、この時がきたのよ。サーミ、

あなたも元に戻った?」一人のモノが言葉を発した。その言葉も人間のように語られているが、

どこか冷徹な響きがある。

「ええ、カーミ、元気よ」もう一人のモノも、口許に冷やかな笑みを浮かべて、そう語った。

 ギオスは自分の精神力を奮い立たせ、歯を食いしばって体を動かそうとした。かすかに両手が

動きだした時、魔女がそれに気付いて二人を見つめた。

「無理をしなくてもいい。すぐにお前たちの力は戻してやる。私たちの姿を見て逃げられたので

は礼の言いようもないからね」カーミは形相険しいギオスに向かって言った。

「そうよ、私たちとて、我々を助けてくれた人間の魂まで奪おうとは思っていないわ。それに、

トゥリダンからお前たちのことは聞いている。ジーフミッキの手下どもなのだろ」サーミが怯え

るルフイに言った。ルフイはあまりの恐ろしさに逃げることさえも念頭から無くし、瞬きを早め

ている。

 魔女の凝視が彼らから離れると、急に圧迫感がなくなり、ギオスたちの体が自由になった。そ

の反動で二人は地面にへたばった。

「さあ、お前たちは約束を果たしくれた。今度は我々がその約束を果たす番だ。我々はそういっ

たことには律儀なのだからね」サーミは皮肉ぽっく嘲笑した。

「そうよ。それじゃ、ジーフミッキのところに案内してもらいましょうか。その前に、精気を養

うために人間の魂が欲しいのだけど、途中でどこかに寄って頂くわね」そう言いながらカーミが

ルフイたちに近づいた。

 ルフイとギオスは立ち上がり、魔女の後を付いていった。ギオスは自分の行いを悔いていた。

だが、もう事は始まっていたのだ。ただ、今は魔女たちに油断しないよう、その行動を見つめて

いるしかなかった。

 

          4

 

 コーキマの流刑地は囚人にとっても過酷な地であるが、囚人たちを監視する者たちにとっても

同様である。コーキマ流刑地の監視は昔は軍務、今の警備隊がその任に当たっている。むろん、

こんな極限の地に好き好んで来る人は当然いない。軍に入った場合、コーキマに半年間赴任する

というのが軍規となっていた。それには、ここでの体験により軍人が罪を犯さないように戒めて

おく意味があり、軍規遵守の向上と精神・肉体の鍛練をも担っている。ここに半年もいれば二度

と来たくないというのが当たり前になり、だれも犯罪などは犯さない。よって、この地の看守に

は比較的若い兵が任務に付いている。そして、その上官にあたる看守長クラスの兵がが数名おり

流刑地所長がその全責任を追っている。コーキマ流刑地所長は厳格な軍人であったダーヤマが現

在その職務の席に座っている。ダーヤマはたたき上げの軍人で、軍規を重視し部下への規律も厳

しい男であった。軍務が警備隊に変革した時、前任者の退任において自らこのコーキマの所長を

買って出ていた。まさに、この男にとってのうってつけの任地であった。彼の赴任により、コー

キマの真の厳しさが自然条件以上のものとして囚人たちに染み渡った。ジーケンイットの改革や

政務の革新により、治安の安定かも伴って犯罪の数は減少傾向にあったが、コーキマの厳刑にま

してダーヤマの存在の意義も大きかった。それは、看守たちにも同様で、いやいやながらこの地

に来る者たちも彼によって鍛え上げられ、結果的には立派な兵士となって育っていく。ダーヤマ

は軍でももっとも恐れられてはいるが尊敬もされている人物である。

 だが、以前の軍務においてはその宰相であるジーフミッキとはソリが合わなかった。階級的に

はダーヤマの方が当然下であるが、彼の誇示する力はジーフミッキに匹敵するものがあった。そ

れ以上に下級兵士からの信奉というものが厚く、表立ってはいながジーフミッキ派とダーヤマ派

に分かれている傾向も軍務内ではあったのだ。ジーフミッキもそのことは承知しており、宰相と

いう力をもって、彼の昇進を阻んだり、ワミカ監視の駐留地に配置したりといろいろ仕組んでい

たことも事実だった。

 ジーフミッキが反逆の罪に問われた時、次の宰相は当然ダーヤマかと思われていたが、彼は自

分の器ではないとそれを固持し、自らこのコーキマにやって来たのだ。影では、ジーフミッキが

投獄された時に、今までの恨みを晴らすのだろうという噂もたったが、本人にはその意思など全

くなく軍の存在が形骸化した時点においての自分の最後の任地を見つけただけだったのだ。コー

キマの流刑地内でジーフミッキと面と向かうこともあるが、ダーヤマは他の囚人と分け隔てない

対応をしていただけだった。例え、もと軍務のトップであろうと今は罪人である。罪を償うまで

は他の囚人と区別する必要はない。もし、これがダーヤマでなければ状況は変わっていたかも知

れず、コーキマにおいてもジーフミッキが力を堅持し、あわよくば脱獄を実行していたかもしれ

ない。

 

 来る日も来る日も暑さと寒さの中で時が流れていくコーキマであったが、ある夜事件は起こっ

た。それに最初気付いたのは流刑地の門を監視している衛兵であった。門の詰所には常時三人の

衛兵が交代で働いていた。

「おい、あの光は何だ?」厚手のオーバーを来た若い兵が砂漠の遙を指差して言った。

「ん、どうした?」同年輩の兵がそれに答え、詰所から寒い夜の砂地に出た。

「あの、向こうに見える光だ。二つ見える。青白くてボーッとした感じの・・・」

「ああ、確かにそうだが、誰かが通っている明かりじゃないのか」

「まさか、こんな夜中のしかも厳寒の砂漠を渡る奴がいるか?おや、あの光段々大きくなってい

くな、こっちに向かっているみたいだぞ」

「ちょっと、待て」兵は詰所に戻って中から望遠鏡のような筒をもってきて、その光のもとを探

してみた。

「どうだ、何が見える?」兵が催促するように尋ねたが、筒を持った男は小刻みに震えるだけで

言葉が無かった。「おい、どうしたんだ。俺にも見せろ」

 若い兵は望遠鏡を奪うように取った。だが、その男は恐怖にうちひしがれるような強張った表

情で目を見開いている。

「何が見えるんだよ」と、若い兵は言いながら、望遠鏡で光の方向を覗いてみた。

 丸い筒の中には二つの光がハッキリ見える。それは、光というより青白い炎であり、その炎の

中には人間の姿、女の姿が確認できる。光の進む具合が早くなってきた。女たちの顔が確認でき

るようになり、若い衛兵も震え始めた。女たちは妖艶な美貌を携えている。だが、その表情には

背筋を凍らせるような冷たさがあった。しかも、こちらが女たちを覗いているのが分かったのか、

望遠鏡の焦点を併せると、筒の中で女がニヤリと笑ったのだ。その事に若い兵は怯えたのだ。

 外で何をしているのかと、班長である年配の衛兵がやってきた。「何をしているんだ」

「こ、これを、ご覧下さい」若い兵は震える手で、望遠鏡を手渡した。

「何が見える・・・」その班長も瞬時に言葉をなくした。だが、経験を積んでいるだけあって冷

静さは失っていない。

「な、何なんでありましょうか?こ、こんな砂漠を女が、しかもやつらは宙に浮いています」

「落ちつけ、これは緊急事態だ。直ちに、看守兵たちを起こし、臨戦体制を整えろ。すぐに、ダ

ーヤマ所長にも連絡するんだ」年配の衛兵は威厳のある声で命令した。若い兵がその命令に従い、

門の通用口から中に入った。

 残った衛兵が尋ねた。「どういうことなんです?」

「私にもよく分からん。しかし、あの姿、話にきいていた、魔女の容姿に似ている」

「ま、魔女ですか?そ、そんな、馬鹿な・・・、確か魔女はジーケンイット様によって倒された

のではないのですか?」

「確かに、そうだ。しかし、あんな怪しげな者など、他に思い当たることがあるだろうか・・」

 人間同士の戦いならばまだしも、魔物と面と向かうとは兵にとっては信じがたかった。兵は魔

女ときいて、ますます震えた。

 

「どうした、何の騒ぎなのだ」ダーヤマは就寝をたたき起こされたが、すぐに意識を目覚めさせ

周りの状況を把握しようとした。

「詳しいことは分かりませんが、衛兵からの連絡で、何か得体の知れないものがこちらに近づい

てくるそうです」衛兵から伝達を受け取った当直看守がダーヤマに告げた。

「得体の知れないもの?」そう、反芻しながらもダーヤマはすぐに制服に着替え、兵舎から外に

出た。だが、その時にはすでに騒動が勃発していた。

 コーキマの外堀に衛兵の詰所があり、堀を渡る橋の先に正面の外門がある。その門と囚人たち

が生活する居住区に入る第二門の間が、兵たちの生活域であった。その片隅に兵舎があり、ダー

ヤマがそこから飛びだした時には、目の前の外門が木っ端微塵に吹っ飛んだ。石で塗固められた

門がいとも簡単に壊されるなど、ダーヤマの常識を遙かに超えている事態が迫っていた。

 破壊された門の破片が飛び散り、漂った塵と煙が切れはじめると、その中から宙に浮き青白く

光る発光体が二つ現れた。その発光体からは四方八方に稲妻のような細かい光が散らばり、それ

と接触したものを次々と壊していく。地上にはその発光体に向かって矢を射る兵士がいたが、そ

んな武器は全く適わず光球に焦がされていた。そして、逆にその発光体の光球を浴び、悶絶する

ように兵がその場に倒れていった。

 ダーヤマは修羅場となり始めた兵士たちに一箇所に固まらず、散開して攻撃を防御するよう指

示したが、戦闘に慣れていない以上に、訓練とは全く違う状況に統率も乱れ、半ばパニック状態

に陥っていた。

 発光体の光が衰えた。すると、真っ黒な衣装を纏った人間の姿が露になった。

───何だ、奴らは・・・、も、もしかして、あれが噂にきいた魔女なのか?だが、魔女は死ん

だはずでは、それに、なぜこのコーキマに現れたのだ?

 まだ、冷静な判断ができる兵士からの矢が魔女に向かって飛びだした。しかし、矢は一人の魔

女の体を突き抜けてそのまま上空に消えていく。また、別の魔女は飛んできた矢を手さえも触れ

ないまま、まるで操り糸が有るかのように向きを変え、兵士たちのところへ送り返した。

「サーミ、私はジーフミッキのところ行くから、ここは任せたわよ」カーミが背中越しに言った。

「ええ、任せておいて。こんなに暴れたのは久し振りだわ。長い眠りからも目覚めて体が鈍って

いたところだから丁度いいわね。人間をいたぶるのは最高ね・・・」サーミは高笑いした。

「ほどほどにしておきなさいよ。魂は充分食いつくしたのだし、餌を無駄にしないようにね」カ

ーミはサーミから離れ、囚人居住地の門を手から発した光球で破壊した。頑丈なはずの門は積木

のように跡形もなく飛び散った。

 剣を抜き身構えていたダーヤマはその爆発の反動で体ごと吹っ飛ばされ、大地に叩きつけられ

た。剣が手から離れ転がったが、その剣もサーミの光球で飴玉のようにひん曲がっていった。

 

 ジーフミッキは最初の爆発音を耳にして、「やっと、来たか」とすぐに思った。周りの囚人た

ちも騒ぎ始め、鉄格子を握っては外の様子を確かめようとしていた。看守たちは一斉に門へ向か

ったため、今は誰もいない。囚人たちの怒号と罵声が、炸裂音に混ざってこだまする。ただ一人

ジーフミッキは黙したままベッドに座っていた。

 間近で爆発が起こった。囚人住居区の入り口が破壊されたようだ。轟音と共に看守たちの悲鳴

と助けを求める声が聞こえてくる。

 ジーフミッキは気配を察し、目を開けた。鉄格子の前には黒い衣装をまとった色白の怪しげな

女がたたずんでいる。

「お前が、魔女か?」

「そうだ。私はカーミ、トゥリダンの命令によりここに来た」カーミはジーフミッキを直視して

言った。その眼光には心臓を貫くような鋭利さがあるが、ジーフミッキはそれを目で受け止め、

脅えの一つも見せなかった。

「遅かったな。待ちくたびれたぞ」ジーフミッキは威厳のある態度で媚びる気がないことを示し

た。

「きさまの部下がオリトに来るのが遅かったからだ。だが、こうして貴様との約束を果たしに来

た。私たちを甦らせてくれたことの礼だ、今、自由にしてやる」カーミの目が妖しく光った。す

ると、鉄格子の柵が溶けるように曲がり始め、人が通れる隙間を作った。

 ジーフミッキは立ち上がり、ゆっくり進んだ。魔女から少しも目を離さずにその開けられた格

子をくぐり抜け、面と向かって魔女を見つめた。

「きさま、大した男だな。私を見ても震えることさえない。敵にしなくてよかったかもしれんな

」             おびや

「ふん、魔女であろうと、私を脅かすことは出来ないんだ。ひとまず、礼だけは言っておく」ジ

ーフミッキはそう言いながら、心の中では魔女に対し警戒を解いていなかった。

「さて、これからどうする。何か望みはあるか?」

 ジーフミッキは少し考え、「そうだな、ならば、ここにいる他の囚人たちも解放してもらおう

か?今後の私の計画においても人員は必要だからな。それに、トゥリダンの言っていた、玉とか

やらも探さなければいけないんだろ」と鼻で笑った。

「お安い御用だ」カーミはそう言うと、宙に浮かんで体中から光を放ち、囚人房にそってそれを

走らせた。次々と、囚人たちの鉄柵が破壊され、中から怯えた表情で顔を覗かせた。

「いいか、よく聞け、私はこれから自由の身となり外の世界に戻って、新たに街を支配する。そ

こで、お前たちも自由にしてやるが、私に付いてくる者がいれば、付いてこい。私の配下で新た

な世界を作りたいものは付いてこい。お前たちの望みが、今叶うときだ。トーセの街を間もなく

私は手中に納める」

 囚人たちはジーフミッキの言葉を聞くと、口々に言いだした。「自由の身だ。また娑婆に出ら

れる」、「ジーフミッキになら付いていこう」、「俺たちが街の支配者だ。好き放題にさせても

らうぜ」、「ジーフミッキ様に従うぞ」、「ジーフミッキ、ジーフミッキ、シーフミッキ・・・

 ジーフミッキを賛美する声が上がり、囚人たちが歩きはじめた。ジーフミッキが先頭に立ち、

居住区の入り口から外に出た。あちこちで爆発による飛火がくすぶっていたり、魔女により攻撃

された兵士たちの死骸が転がっている。

 まだ、生きていた看守がジーフミッキたちに気付いた。「お前たち、何をしている?脱獄は重

罪だぞ。すぐに囚人房に戻れ、」

「私たちはすでに囚人ではない。新たに街を支配する者だ。お前の命令などもう受けはしないの

だ」ジーフミッキは落ちていた剣を拾い、その看守に向けて突き出した。看守は白目を向き、口

から血を流してその場にうずくまった。

 剣を握ったジーフミッキは軍人であったことを思い出し、心が震える思いだった。

───この五年に渡る長き生活、こうして自由を得た今、私の力を見せつける時だ。待っていろ

ジーケンイット、きさまの街を私の手の中で沈めてやる。

 ジーフミッキの目前で、小さな爆発が起こった。その炎が収まると黒煙の中からよろよろとダ

ーヤマが現れた。

「ジーフミッキ、何をしておる?騒ぎに乗じて脱獄するつもりなのか?」

「ダーヤマ、ここでは随分世話になったな。以前の私からの制裁に対し、今度は逆の立場になっ

ていい気分だっただろう。だが、それも今日で終わりだ。新たな秩序が私から作りだされる。ブ

ルマンも風前の灯になったのだ」

「ジーフミッキ、まだ、昔の考えを捨てていないのか!」ダーヤマは身構えたが剣を無くしたこ

とに気付き、少したじろいだ。ジーフミッキは俊敏な動きで、ダーヤマを斬りつけた。先ほどの

爆発の衝撃でダーヤマの動きは鈍化しており、それを避けることはできなかった。鋭い痛みが体

に走り、ダーヤマは気を失った。だが、ジーフミッキは急所を外し、止めをささなかった。それ

は、自分の存在をジーケンイットに見せ示すために、ダーヤマをその「使い」にしようとしたの

だ。

「よしもうすぐ、ここも危なくなる、急いで外に出るんだ。それと、この男を外に運んでおけ」

ジーフミッキは後ろの者に命令を下し、コーキマからの脱出にかかった。

 上空ではカーミがサーミと落ち合っていた。

「ジーフミッキはいたの?」

「ええ、今下でいきがっているわ」カーミは下を見て蔑んだ笑みを浮かべた。

「馬鹿な男よ。私たちやトゥリダンに踊らされているとも知らないで」サーミもカーミに倣って

笑った。

「でも、サーミ、あの男をあなどったら駄目よ。元軍務宰相だけのことはあって、単なる馬鹿と

は違うかもね」

「ふっふっふ、たかが人間よ。どうとでもなるわ。トゥリダンさえ、復活すれば、この世界を我

々が支配するのよ。はっはっはっはっ・・・・・・」

 サーミの高笑いが空に舞ったが、それをかき消すがのごとく、地上での戦火がとうとう「アク

ア」の貯蔵庫に引火しコーキマ流刑地は大音響と共に大爆発を起こして、砂地に沈んでいった。

第三章へ   目次へ ホームページへ


 

このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください