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第 七 章 新 た な 冒 険
1
竹内は神社の境内で虚ろに空を眺めていた。澄みきった秋晴れの空は薄い筋状の雲だけが、ゆ
っくり風に流されている。日が昇りかけた朝だが、今日はやけに静けさを感じる。すずめの泣き
声や秋の虫の音も聞こえてこない。朝もこれほど早いと涼しさを感じるが、それ以上に心の中の
閑散とした空虚が身体の内から寒さを伝わらさせる。
竹内はほとんど眠れなかった。寝ようと思っても、神経が昂り眠気が全く襲ってこない。目を
つぶればつぶるほど、仲間たちのことが思い浮かび様々な考えと不安が交錯した。どんなに考え
をつめても、結局彼らの失踪の原因は分からない。論理的に考えられる事象でないことは明らか
で、それでは竹内の思考力も役にたたない。土田がいてくれたら、どんなに助かるか、彼なら、
こう言った不可思議な出来事に関し、柔軟で突飛、空想力豊かな考えを巡らせてくれるはずだ。
だが、彼も行方不明の中の一人だ。昨日、彼の家にも電話を入れた。土田がトリオにいたころ大
阪から仙台にまたがる大きな事件に巻き込まれた時に、会ったことのある母親が電話には出た。
竹内のことは覚えていたらしいが、土田が帰ってこないだろうという説明には往生した。昔の二
の舞かと母親は心配したが、それとは違うと言っても全く通じず、竹内に助けを求めるばかりで
あった。なんとかなだめて電話を切ったが、他の人たちの家族に対する電話も同じ様なもので、
かなり精神的に疲れてしまった。
背後から人が来る気配を感じ、振り返るとそこには杉浦刑事が立っていた。
「杉浦さん、お早うございます」竹内は空元気で挨拶をしてみせた。
「お早うさん。竹内さん、こんな朝早くから起きているとは珍しいですな。今日は消防団の寄り
合いもありませんのに」
「いえね、ちょっと寝つかれなかったもので、気がついたら朝になっていて・・・それに、さっ
き地震で揺れましたでしょう、それで完全に目が冴えてしまったんです」昨夜に続き、今朝も軽
い地震があった。
「そうですか、やはり、眠れませんでしたか」
「はあ?」
「昨日、筒井警部から連絡がありましたよ。あなたのお仲間が突然いなくなったそうで。細かい
ことは聞いてませんが、かなり複雑な事件のようですな。何か彼らからの連絡はありましたか?
」杉浦は懐からタバコを取り出し、火をつけた。
「いえ、何も。そうですか、筒井警部から・・・。」
「すると、彼らがあなたをかついでいたんじゃないんですね?」
「ええ、それは間違いないです。それに、たまたまトイレに行っていて、巻き込まれなかった人
がいるのでね、僕だけをかつぐなら分かりますが、一人仲間外れにされるわけもありませんから
ね。・・・、とにかく、どうすれば、いいか、見当もつかなくて・・・」
「んー、竹内さんがそんな様子では私の出る幕はありそうもないですが、まあ、私から言えるこ
とは希望を持ってくださいということですかね」
「希望ですか?」
「そうです。竹内さんはいつも、希望を持っていたのではないのですか?あなたは決して諦める
ようなことはしない。知多の事件でも、その心持ちが事件を解決したじゃありませんか?あなた
が納得するまで事件を追いかけたからこそ、事件の真意を見いだせた。今回のことはそんな簡単
な現実的なことじゃないかもしれませんが、その気持ちを捨てない限り、きっと光明は見えてく
るはずだと思いますよ。おっと、竹内さんにはでしゃばった意見だったかもしれませんな」
「いえ、そんなことはありません。杉浦さんのお言葉は大きな励みになりますよ」
竹内はいつまでもくよくよしていられなかった。何も思い浮かばないのなら、何か行動するべ
きかもしれない。だが、何をすべきかそれは、まだ分からなかった。それでも、竹内は彼らを救
う希望を持たなければいけないと強く思った。自分が諦めてしまえば、それで終わりだ。
竹内は空をまた見上げると、どこかに彼らがいるような気がしてきた。
佐藤ひとみも一睡もできなかった。竹内からの電話は彼女にとっても信じられない話だった。
佐藤寿晃とは、結婚してまだ一ヵ月も経っていないほどの新婚ホヤホヤである。だが、付き合
いも長いのでそうべたべたしたような感じではなく、今まで別々に暮らしていたのが一つ屋根の
下で暮らすようになっただけという感覚であり、別段生活が変わったというものでもなかった。
結婚を機に二人は最近「町」から「市」に昇格した日進に住居を構えた。賃貸アパートだが、二
人にとっては充分な生活空間であり、それなりに新しい門出を営もうとしていた。佐藤はトリオ
を辞めてからバイトとして入った通販の店の従業員となり、今では海部郡にある店の店長にまで
になっていた。ひとみの方も以前と変わらず、図書館に勤めており、子供たちに童話などを読ん
であげることは続けている。互いに休日がかみ合わなく、昔のように頻繁には出掛けられなくな
ったが、それでも今の生活には満足していた。恋人であった二人が今は夫婦として家庭を築き、
人並みの人生を二人で歩み始めていた。あとは子供でも授かれば平凡でもいいから、幸せな家族
というものを作っていきたかった。それが、彼女と夫の未来像であったのだ。
だが、その夢がもろくも崩れそうになってきた。昨日は佐藤が仕事が終わった後、昔の仲間と
飲みに行くと聞かされたいたから、どうせ帰りは遅いと、一人で先に床につこうとしていた。そ
の時、電話が鳴ったのだ。相手は、佐藤の後輩、竹内だった。竹内とは数ヵ月前に、どこかで開
いたバーベキュー大会で会ったことが最後で、久し振りに声を聞いた感じだ。むろん、竹内の事
はよく知っている。佐藤から、竹内の話はよく聞かされていたし、数年前、ひとみが変な怪物に
さらわれた時に、助けに来てくれたメンバーの一人でもあり、竹内を忘れることなどできるはず
もない。
竹内の話はとても理解に苦しんだ。夫を含め、彼の仲間共々忽然と消えてしまうなんて、誰が
信じられるだろうか。竹内の話は真剣味をおびていて、決して嘘を言っているようではなかった
が、そうは言っても心の中ではそれを信じることができない。しかし、それが本当の事だと今は
思っている。結局、佐藤は朝になっても帰ってこなかった。こんなことは、結婚してからはもち
ろん、付き合っている時でさえなかった。生真面目な佐藤は、例え帰れなくなった状態に陥って
も、必ず連絡をくれる人であった。だが、今はそれがまだない。つまり、それは竹内の話を裏付
けることになっているのだ。
今日は一緒に買い物に行く約束だった。新しい生活を始めて、まだ足りないものが多く、それ
を買いに行く予定だった。そのことを彼が忘れるはずがない。約束を破ったことなど一度もない
のだ。
夫はどこに行ったのだろう?竹内にもそれは分からないと言っていた。夫だけならまだしも、
彼の古い仲間も消えている。中には披露宴の時に来てくれた後輩や、結婚後お祝いの手紙をくれ
た人たちもいるらしい。それを思うと、心配もより一層大きなものになっていった。ただ、ひと
みにはある感触があった。夫は決して死んでいない。「死」という最悪の事態だけは免れている
と、その確信だけはあった。なぜ、それが分かるのか、ひとみにも明確な解答は出せない。それ
は、夫との見えない心のつながりが有るからとしか言いようのないことだ。「写魂鬼」の一件に
おいてひとみは佐藤の自分に対する「愛」を確固たるものと受け止めていた。あの時から、ひと
みは佐藤の存在をいつでも心の中に抱いており、それが、今もちゃんとあるのだ。だから、佐藤
の存在を彼女は確かなものとしてとらえている。
夫はどこかにいる。それは分かっているのだが、そのどこかが、遠い遠いところのような気が
していた。とてもすぐに再会できるようなところでない。ひとみはそう思いながら、窓の外の青
い空をじっと見つめた。
2
ジーケンイットとターニ、コトブーの三人は、王家の住居を通り抜け、いまいる建物の一番奥
の部屋まで来た。大きく頑丈そうな扉があり、把手のところには組合せの錠がかけてある厳重な
戸締りという感じだった。ジーケンイットが取り出した鍵をその錠に入れ、組合せの部分を動か
すと、カチッと鳴って錠の部分が扉から離れた。
大きな扉はジーケンイット一人で引くには重そうな軋む音をたてて開いた。部屋の中の籠もっ
た空気が外に流れて出し、少し古臭い書物の臭いが漂ってくる。ターニはランプに明かりを灯し
て、中に入るとジーケンイットとコトブーが続いた。
「左側の奥にある黒い箱の中だ」ジーケンイットがターニに指示した。
部屋には窓がなく、完全に閉め切られているみたいだが、通風の風がわずかに流れている。周
りには様々な形、大きさの箱が積み重ねられていた。ここは政務省にある倉庫に似ているが、街
の儀式や政治上の物品を置いておくところではない。王家の者の私物や、先祖から伝わる家宝の
ようなものが置いてあるのだ。財宝や貴金属などという高価なものはあまりない。そういった街
の人々から税金を搾取して、財産を築き上げるような、貪欲な王朝ではないので、彼ら個人の金
銭は最低限なものだけである。
ターニが照らしだすランプの先に大きな黒い箱が見えだした。
「あれか」と反射的にコトブーがきいた。
「そうだ」三人は箱の前に立ち、ターニがランプを近くの台に置いた。
ジーケンイットはさっきとは違う鍵を取り出して、その黒い箱の錠を開けた。箱の蓋を三人で
持ち上げると上に積もった埃が散らばり、コトブーが少し目を細めた。蓋が完全に取り除かれ、
ジーケンイットは箱の中にかかっている赤い布を取り去った。
「んー、懐かしいな。これを見るのも五年振りか」コトブーが言葉をもらした。
箱の中には三つのものがある。鋭く尖った矢じりをみせる矢、何の模様もない大きな丸い楯、
ランプの光できらりと光る銀色の剣。そう、これが三種の神器である、シーゲンの矢、ベーシク
の楯、コーボルの剣である。
「また、これを使う日が来るとは思ってもみなかったが・・・」ジーケンイットは三つの武器を
見つめ、独り言のように言った。「では、それぞれが、一つずつ持ち寄っていこう。コトブーは
当然シーゲンの矢だな。私はコーボル剣を使わせてもらうから、ターニは少し重いだろうが、ベ
ーシクの楯を持っていってくれ」「はい、分かりました」
三人はそれぞれの武器を持ち上げ、じっくりそれを眺めた。五年の歳月の間、静かに眠ってい
たこれらの神器が、再びその力を必要とする事態に歓呼しているような、振動が手から腕に伝わ
ってきた。
「こいつらも、トゥリダンの存在を感知しているのか?」コトブーは矢を両手で強く握った。
「そうかもしれないな。トゥリダンを倒すために作られたようなものだから、敵に対して何かを
感じているのかもしれない。それは、この地に何か起こりつつあることを予見しているというこ
となのだろうか?この武器には魂みたいなものが宿っている気がする。私たちが来るのを待って
いたかのようなな」ジーケンイットはじっと剣を見つめた。ランプの光が鋭く反射すると、彼は
最近忘れていた闘志というものがみなぎってくる奮えを感じた。
「では、行こうか。新たな仲間と新たな冒険に!」
トーセの朝は早い。それは、青山たち、異境人にとっての体感で、トーセとしてはいつもと変
わらぬ朝を迎えていた。誰もが深い眠りに陥っていた。昨日、眠りに付くまでの時間の刻みは彼
らの感覚では二十四時間を超えていた。つまり、徹夜状態で彼らは活動していたのだが、誰もそ
のことに気付いていなかった。体さえもそのことに気付いておらず、肉体的にも疲れなど無かっ
た。その日の劇的な出来事がすっかり忘れさせていたのかもしれない。ところが、眠りにつこう
と一人が思いそのことに気付いた瞬間、誰もが急激な疲労と睡眠を欲した。
そうして、皆眠りに付いたが、寝たと思った瞬間もう朝になっていた。朝日の光が窓から差し
込み、ベッドで寝ている者たちの顔を突き刺す。
「おい、もう朝なのか、さっき寝たと思ったばかりなのに」古井が頭を枕の中に潜り込ませなが
らぼやいた。
「ほんとうに、僕もそう思うよ。やっぱりこの星の時間は僕らのとは全然違うのかもしれない」
土田もベッドの中からそう答えた。
「ところで、昨日のことは夢じゃないみたいですね。こうして、古井さんたちと朝を迎えている
ところからして・・・」前沢はすでに目を覚まし、ベッドに座っている。
「ああ、そうみたいだな。ここは酒くらって、終電逃した時のカプセルホテルやサウナじゃない
ようだし、一夜開ければ、名古屋に帰っているなんて、そっちの方が夢だったかもしれない」土
田がベッドから這いだした。
「ということは、これから我々は旅に出なくちゃいけないということですね」
「そういうことだ。朝飯喰って出掛けることにするか」古井も意を決して、ベッドから出て、そ
のまま伊藤のベッドにダイビングした。「伊藤、起きろ、もう朝だぞ!」
「おい、たまの日曜なんだから、もう少し寝かせてくれよ・・・、後で美沙希と散歩に行くから
さ」伊藤は古井を払いのけるように言った。
「おい、伊藤、ねぼけてんじゃねえよー、俺はお前の奥さんじゃねーぞ」
「えっ、そうか、そうだっけ、ここは家じゃないんだ・・・。ああ、全部夢じゃなかったんだ」
「そういうこと、全部本当のことなんだよ。ほれ、起きろ、飯喰いに行くぞ」古井は伊藤をベッ
ドから引きずり出して、強引に連れていった。
昨夜と同じく、大広間にはすでに朝食の用意がなされている。伊藤たちが行くと、皆も椅子に
座って、朝食を食べかけていたが、誰の目にもまだ眠いという表情が読み取れる。
「お早うございます」挨拶だけはして、空いている席に座ると、給仕の人たちが食事を運んでき
た。日本人だから、海苔と味噌汁と焼き魚に梅干しでもあればいいのだが、そんなものは出てこ
ない。それでも、パンに似たものととスープが出され、朝食としては満足である。
「何か、どっかスキー場にでも行っていて、そん時の朝食みたいだな。ここが自分たちの世界じ
ゃ無いなんて信じられない」藤井が誰に語るわけでもなく言った。
「そんな感じですね。私なんか、新入社員の時に行った研修を思い出してましたよ」美香はスー
プを飲みながらそれに答えた。
「さて、今日は皆旅に行かなければいけない。一日寝て、気が変わったのはいるか。別に文句も
何も言わないから正直に言ってみろ」青山が周りを見ながら尋ねた。
誰も、そのことに反応するものはいない。いまさら気が変わるくらいなら、最初から行くとは
言っていない。
「そうか、皆OKなんだな。じゃあ、昨日王子さんと話したとおりに、出掛ける支度をしてくれ。
まあ、もともと手ぶらで来たんだから、何も無いと思うが。旅に必要なものは城のほうで準備し
てくれるそうだから、とにかく、支度が整ったら、下にいてくれ」
「は〜い」と不揃いな返事が返ってきた。
ぞろぞろと、土田たちは階下に降りていった。別にこれといって支度するものもなく、服装も
今まで着ていたもののままだ。単なる仲間同士の飲み会ということで、誰もがカジュアルな軽装
と履き慣れた靴で来ていたので、旅においてはそれほど問題なかった。装備に関しては着の身着
のままこの地に放りこまれたようなものだから、何も用意はない。その点はジーケンイットの方
がきちんと準備をしてくれた。
カウホースが六頭、荷台に繋がれ立っていた。荷台には旅に必要なものが詰め込まれているよ
うである。カウホースと共に、門兵と同じ制服を来た頑強そうな男が十人ほど直立不動の姿勢で
立っている。彼らが旅の警護にお供する警備隊の兵士のようだ。
コトブーは既に来ていて、その警備隊の人間から少し離れたところでヒヨーロと何か話をしな
がら立っていた。いつもと変わらぬ様相だが、背中に括り付けている複数の矢の内一本だけ異な
るものを背負っている。
青山たちが出てくるのに続いて、女性陣も降りてきた。城に残る三人は少し心配げな表情で旅
に出る人々を見ている。
「美香さん、真野ちゃん、本当に気を付けてね。これは普段私たちがキャンプに行くようなのと
は違うんだから、くれぐれも無理しないでね」悦子は見送りという立場以上に、自分の為に旅に
出なければいけなくなった事を気にしていた。
「そんな、心配しなくてもいいわよ。私ひとりじゃないんだし、それにこれは皆で決めたことな
んだから・・・」美香は悦子を落ちつかせようと笑った。
「ええ、そうだけど・・・」
浩代と手をつないでいる美沙希のところに伊藤はいた。「じゃ、すいませんが後のことよろし
くお願いします」
「伊藤君らしくないこと言うわね。やっぱ一家の主人ともなると、奥さんや娘さんのこと、気に
なるんだ」浩代は感心したような目つきをした。
「そりゃ、まあね・・・」伊藤は娘の頭を撫で、「美沙希、ちゃんとママやこのおばさんたちの
いうこときくんだぞ」と優しく言った。
「伊藤君、おばさんとは何よ、失礼ね」浩代は伊藤を軽く突いた。
美沙希は伊藤の言った意味も分からず、ただ、笑っていたが、母親が来たのに反応して動きだ
した。それに気付いた伊藤も妻を見た。
「じゃ、気を付けて行ってきてね」悦子は少し目を潤ませている。
伊藤は昨日のことを忘れているかのようにいつも笑顔でそれに答えた。
ジーケンイットがターニを伴って出てきた。二人とも今までとは違う旅用の服装に着替え、タ
ーニは背中に楯を、ジーケンイットは腰に剣を携えている。悦子にはそれらと、コトブーが持っ
ている矢が「三種の神器」であるということを思い出した。
「お早う!」ジーケンイットが声を出すと、警備隊の男たちは一礼し、コトブーも近くにやって
きた。青山たちも話すのをやめ、ジーケンイットの方に向き直った。
「それでは、今から竜玉を探す旅に出る。これは我がトーセにおいて、重要なことであり、竜玉
を見つけられるかどうかによって、この街の命運が変わるかもしれない。既に、報告をきいたと
思うが、コーキマを脱獄したジーフミッキの一味もこの竜玉を探しているらしい。また、このジ
ーフミッキの脱獄も含め、この一連の出来事の背後には魔女の存在があることも間違いない。こ
の旅は容易なものでなく、ともすれば危険が待ち受けているかもしれない。だが、我々はこの旅
を成し遂げなければいけない。警備隊の者はその事を念頭に置き、決して油断せぬよう心がけて
欲しい。そして、遙々チーアからみえ、我々の危機を救ってくださるエツコのお仲間諸君、ここ
であらためて礼を言わせてもらう。今も言ったように、この旅にはどんな危険が伴うかもしれな
い。それにも関わらず、我々の為に協力してくれることをトーセの街人に代わって感謝させても
らう。では、厳しい道のりかもしれぬが、旅の成功を祈って出発しよう」
ジーケンイットの言葉が終わると、警備隊の者はトーセの挨拶一礼し、藤井たちもそれに倣っ
た。
ジーケンイットは悦子の姿を見つけ近づいた。「エツコ、あなたのお仲間と共に出掛ける時が
来た。あなたのご主人も含めお仲間たちが、この危険をはらむ旅に行くのは心配かと思うが、我
々や警備隊が必ず守る。だから、心配はしないでくれ。そして、必ず、竜玉を見つけ、全員無事
に帰ることを約束する」
「はい、ジーケンイット様もご無事で」
「ああ、ありがとう」
リオカがお付きであるミヤカと現れた。「ジーケンイット様、お気を付けて、どうかご無事に
戻られることを祈っております」
「ああ、もちろんだとも。私は一度、エツコによって命を救われた身だ。その命を二度と無駄に
はしない。だから、そんなに心配せずともいい」
「ジーケンイット様、それでもお気を付けてください。私も毎日お祈りを差し上げますから」ミ
ヤカは涙ぐんだ目で言った。
「ミヤカまで・・・。それにお前はすぐに泣くな。そんなに不安がることもないのだぞ。ところ
で、フーミは来ていないのか?皆が旅立つという時に、見送りもしないのかな?」
「ええ、そういえば、今朝、朝食を一緒にいただいてからお会いしていませんわね。どうされた
のかしら?」リオカは不思議そうな顔をした。
「そうか。それに、ヒロチーカの姿も見ていないな、こういう時には必ず顔を出すのに、病気な
のか?」
「さあ?ヒロチーカにも今日は会っていませんわ。あとで、お部屋の方を覗いてみますから」
「ん、まあ、しばらく会えないので、ヒロチーカの世話も頼む。そうだ、エツコに頼む、いつも
『お姉ちゃん、お姉ちゃん』と言って、うるさかったからな。少し相手をしてやってくれ」
「はい」
「それから、ヒヨーロ、すまぬが城の方をよろしく頼む。魔女が動いているから、城を離れるの
も辛いのだがな・・・」
「承知しました」
「では、そろそろ行くか。あまり時間もないしな。では、出発するぞ。打合せ通りにそれぞれの
隊に付いてくれ」ジーケンイットが令を出すと、警備隊の者はそれぞれに分かれた。伊藤たちは
自分がどこに行けばいいのか戸惑っていたが、昨日決めておいた人員配置を思い出し、それぞれ
ターニ、コトブー、そして、ジーケンイットの率いる隊についた。藤井、伊藤のところにはジー
ケンイット、青山のところにはターニ、そして、佐藤たちの隊にコトブーがいる。
ジーケンイットの隊を先頭に動きだすと、皆後に付いて動き始めた。それを、悦子、浩代、枡
田、そしてリオカたちが静かに見送った。
三つの隊は城の城門まで整然と並んで進んだ。大きく開けられた門にはいつもの通り、テムー
ラがおり、ジーケンイットたちが通り過ぎるのを敬礼しながら見送った。カウホースの草原を超
えると、街に行く道と山へ向かい道、そして森へ向かう道へと分かれていく。
先頭を行くジーケンイットの隊が止まり、コトブーやターニ、そして、それぞれの隊の者たち
を集めた。「では、ここで各々に分かれよう。竜玉が導きだす光はみな異なる方向に向かってい
る」ジーケンイットは懐からノーマより預かった袋を取り出した。そして、その中から三つの玉
を手に取った。
「この三つの竜玉をそれぞれの方に託そう」その言葉に従い、奈緒美と史子と美香が一歩前に出
て、ジーケンイットから竜玉を受け取った。「では、よろしく頼む」
三人が竜玉を手に持つとそれぞれが光りだし、淡い光が三方に放たれた。それは何度見ても神
秘的な光である。美香たちは心に染み渡ってくる暖炉のような暖かさを感じつつ、自分たちが任
された重大な責任を痛感していた。
「それでは、道案内をよろしく頼む。そして皆さん、竜玉を捜し当て、無事に城へ戻られること
を願っている。ターニ、コトブー、必ずやエツコのお仲間を守りとおすのだぞ」
「はい、承知しました」、「分かってるよ、任せておけ」
ジーケンイットはトーセの挨拶を全員に向けた。その挨拶にも藤井たちは慣れてしまったのか、
今までとは違って、きりっと揃って挨拶を返した。ジーケンイットはそれに対し笑顔で答えた。
ヒロチーカは暗いトンネルを小さな蝋燭だけ持ってやっと抜けることができ、ほっと一息つい
た。暗闇より明るい太陽の元にいるほうが彼女も好きだ。この秘密の抜け道を通るのも久し振り
である。昔はよく、ジーケンイットやターニと、お忍びの街巡りについていったものだ。だが、
トゥリダンの出来事の後、ジーケンイットは多忙を極め、一緒に出掛けることもだんだん無くな
ってきた。それ以上に、ヒロチーカ自身が男の子という偽りの姿をやめ、元の女の子に戻ったこ
とがそういった向こう見ずな行動を制限させていた。城で暮らすかぎり、女性としてはそれなり
のことを習得しなければいけない。それはフーミが王女としての礼儀と教養、知識を習ったもの
と同じであり、それまで男の子として自由に振る舞っていたヒロチーカにとっては窮屈でつまら
ない毎日になってしまった。
時間の空いている日も、ジーケンイットはいろいろな政務で忙しいし、ターニも王子に付いて
いったり、ヒヨーロの剣の鍛練に付き合って構う暇もない。リオカは妊娠や育児で大変だったし、
たまに付き合ってくれるのはフーミか、ノーマぐらいだったが、今まで男の子として接してたせ
いか、二人とも女の子としてみることに違和感を感じているようで、今までみたいなきかん坊の
ような態度にはなれず、どこかしっくりこなかった。それとは逆にコトブーとだけは妙に馴染め
た。ジーケンイットよりも年上で粗野な山男なのに、なぜかコトブーと会うと楽しくて、心が和
んだ。コトブーは迷惑そうな顔をしてはいたが、彼女が山に来るのを楽しみにしているようでも
あった。コトブーはヒロチーカをあまり女の子という意識では見ていなかったようだ。山で木の
実を取ったり、川で魚を捕まえたりして午後の一時を過ごしていた。元々、男の子として育てら
れたヒロチーカには、こう言った自由な生活の方が似合っていたのかもしれない。
コトブーがヒロチーカを可愛がる理由の一つに互いが孤独の身だったということが根底にある
のかもしれない。ヒロチーカは、物心ついたころには、孤児院みたいな人身売買の施設に放り込
まれていたのを逃げだし、街をさまよっていて、盗みを働いて捕まりそうになったのをジーケン
イットが救ったのだ。それ以来トーセの掟の為に男の子として生きてきた。ヒロチーカは両親を
知らない。しかし、心の奥底では知っている気がした。それは、トゥリダン退治の時、三種の神
器を手に入れるため魔女の屋敷に行った時の記憶だ。魔女たちはジーケンイットたちの魂を奪う
ため、「真実の部屋」で人間の深層に抱いている恐怖を見せつけた。その中で、ヒロチーカは赤
子を不審な男に売る男女の悪夢を見させられた。その赤子が自分なのか、ヒロチーカはそれ以来
悩んでいる。自分はその悪夢のように売られた子なのか?それとも、あの悪夢は魔女によって作
られたものなのか。このことは、忘れようとしても、時々夢の中に現れてくる。魔女に与えられ
た悪夢が魔女が滅んでも永遠に続くように思えた。魔女を滅ぼした祟りなのかと思うぐらいだ。
その事が、今回の竜玉探しに付いていこうと考えた一因かもしれない。魔女が、本当に復活した
のなら、自らの手で魔女を再び滅ぼし、悪夢を断ち切ろうと無意識のうちに決意していたのかも
しれない。
そんなことよりも、とにかくヒロチーカは最近溜まっていた鬱憤を晴らそうとこの冒険を思い
立った。昔のような少年の気持ちに戻って・・・。
ヒロチーカは一休みしたので、出発しようと腰を上げたが、トンネルの中から足音が響いてく
ることに気付いた。城にいる人間の中でこのトンネルを抜けてくる者など彼女には誰も思い当た
らなかった。彼女はトンネルの出口の草影に身を隠し、誰が出てくるのか息を殺して待った。
人影がトンネルの出口から飛びだした。その人物にヒロチーカは驚き、思わず声を出してしま
った。「フーミ様・・・!」
「えっ、誰・・・?そこにいるのは・・・?ヒロチーカ?どうして、ヒロチーカが、何をしてい
るの?」フーミはびくつくようにおののいた。
「フーミ様こそ、どうしてこのようなところに?それに、そのお姿は・・・?」
フーミは、普段城で来ているようなドレスではなく、男物のように体にフィットした服に、ミ
ニのショーツ、足には膝までのブーツを履いている。
「えっ、これは・・・、ちょっと・・・お散歩にでもと・・・」フーミはわざとらしく笑った。
「でも、そのお背中のお荷物は?」フーミは背に大きなリュックを背負っていた。
「いえ、、これは・・・。あれっ、そういうヒロチーカだって私と同じような恰好しているじゃ
ない。じゃ、ヒロチーカも竜玉探しに付いて行こうという気なの?」
「それでは、フーミ様も!」
「ヒロチーカ、もう男の子じゃないんだから、そんな無茶はもうだめよ。すぐに帰りなさい」
「だって、最近こういったこと全然無かったんですもの、だからたまにはと思って・・・。でも、
そういうフーミ様だって、この街の王女様じゃないですか、このようなことなさっていいのです
か?」
「わ、私だって今までずっと城に籠もりっきりだったから、一度ぐらいは出掛けたいなと思った
だけよ」フーミはヒロヒーカに負けじと強気で言った。
「それでは、城の方はどなたも御存知ないのですか?王やリオカ様も・・・。ああ、そうか、だ
からこの抜け道を通って来たのですね。フーミ様もこの道を知ってらしたんだ!」
「ええ、前から知ってましたよ。あなたやお兄様がこっそり街へ行っていた時から」フーミは自
慢げに言った。
「そうだったんですか?」
「さあ、早く帰りなさい、二人もいなくなったら城が大騒ぎするでしょう」フーミは一歩前に出
た。
「フーミ様がいなくなられたことだけで大騒ぎです。そちらこそ、お帰りください」ヒロチーカ
もフーミをじっと睨みつけた。
「いやよ、私は行くと決めたら行くんですから」
「じゃ、おいらも絶対行く!」
「もう、勝手にしなさい。お兄様に叱られても庇ってあげませんからね」
「フーミ様のほうこそ、きっと王やアズサーミ様から大目玉ですよ」
「もう、いいわ。ヒロチーカと言い争っていたら、皆に追いつけなくなる。もう私は行きますか
らね」フーミは踵を返して、進んで行った。
「あっ、待ってください。フーミ様!」とヒロチーカも後を追った。
二人は城の外側を廻る道を小走りに歩いた。この道はしばらく行くと、城の正門に通じる大通
りとぶつかる。二人は黙々と互いに口をきかず進み、数分前にジーケンイットたちが分散した地
点まで来た。
「どうやら、ここで分かれたみたいね。カウホースの足跡が散っているわ。では、どちらに行こ
うかしら?お兄様のところには行きたくないし・・・コトブーの方に行きましょう」
「フーミ様、私もジーケン様のところには行きたくないので、ターニの後を追いたいと思うので
すけど、コトブーのおじさんがそっちなら、ターニは残った二つのどっちですか?」
「あら、ヒロチーカ、昨日のお兄様たちとの打合せを聞いていなかったの?」
「ええ、あの時はお姉ちゃんとずっとお話をしていましから・・・」
「そう、じゃ教えて上げるわ」と澄ました顔で言いつつ、フーミは心の中で笑っていた。「お兄
様は真ん中の道を行かれたはずだから、ターニは左の道、街へ通じるほうへいけばいいはずよ」
「有り難うございます。フーミ様はやっぱりお優しいんだ。それでは、くれぐれも無理をなさら
ないようお気を付けて」ヒロチーカはさっきまでのことを忘れたかのように笑顔で駆けていった。
「ええ、ヒロチーカも気を付けるのよう、ターニの迷惑にならないようにね・・・」と、ヒロチ
ーカを見送りつつ一人舌を出していた。
3
昼が過ぎ、暖かい日差しが秋の日曜を潤わせている。行楽日和の幹線道路はどこもかしこも混
み合っていた。それをも覚悟で竹内は車を走らせ、国道から空いている久し振りの道を進んだ。
この道を行くのはなるべく避けたく、目的の場所にも近寄りたくはないのだが、今はそんなこと
を言っている時ではない。仲間たちの命がかかっているのだ。
出掛ける直前に筒井警部から連絡があった。
「その後、どうです?何か連絡などは?」
「いえ、全く、僕のところには来ていません。そちらには?」
「こちらも皆無ですね。今まで行方不明になった方々の家族とも電話でお話を伺ったのですが、
どこからも何の情報も得ていません。全くの音信不通という事になりますね」筒井は張りの無い
声で言った。
「そうですか?警察としてはどうなさるおつもりですか?」竹内はあまり期待せずにきいた。
「そうですね、現時点ではまだ大きく動くことはできませんね。昨日も言いましたように事件性
がはっきりしなければ、どこかに誘拐を示唆したような電話があったとか、その・・・」筒井は
言いづらそうに口ごもった。「その・・・、命が無い形で発見されるとか、そういったものでな
いと警察としては動けないんです。もちろん、全く手つかずではありませんよ。今朝、県警から
今言ったような事がないか、何か不審なことが起こってないか、特に数人に男女が絡んだ事がな
いかというふうに、通達は流してあります。ですから、何かあれば、すぐに・・・」
何かあってからでは遅いのだ。竹内はそう言いたかったが、警察という機構の事件に対する姿
勢というものは、今までの事件やそこで出会った刑事たちを通じて充分知ることができていた。
筒井を責めたところで、それは彼の責任ではないのだ。
竹内は仕方ないという妥協で、「分かりました。出来るだけよろしくお願いします」と、言葉
を濁しておいた。
「すみません、力になれなくって、しかし、十五人ものの人間が消えるなんて、どうすればそん
な手品みたいなことができるんでしょう。随分、昔に『消えた何とか軍』とかいう奇想天外な推
理小説がありましたけど、本当に、そんな不思議な出来事ですね。こんな、ことをいっちゃ、怒
られるか笑われるでしょうが、霊能者や超能力者にでも探してもらうしかないような気がするん
ですけど。ああ、これは失言でした。謝ります」
「いえ、いいんです。僕もそんな神頼み見たいな気分ですから」
と、筒井に言いつつ、竹内はその提言を実行しようとしていたのだ。今回の事件は竹内の力が
及ぶ範疇でない気がしていた。いつもの事件のように何がしかのヒントや手掛かりが全くないの
だ。普段なら、何か忘れていることを思い出そうともどかしいくらいに今までの出来事を回顧す
るのだが、この失踪事件にはそんなものが何もない。何の閃きも起こらないのだ。ジグソーパズ
ルの枠だけ買っておいて、中身のパズルを買い忘れたという事に等しい。竹内はその状況下で半
ば諦めていたのだが、今朝の杉浦の助言に気を取り直し、最低限出来ることを探してみた。そし
て、その結果思いついたのが、最後の神頼みということになる。
もちろん、それで事件が簡単に片づくとも思えないが、何もしないよりはましのはずだ。本音
から言えば、あいつにだけはあまり会いたくないのだが、そんなわがままも言ってられない現実
なのだ。
しばらく来ないうちい、道路の周りの環境は変わっていた。前はもっと森林があったはずなの
に、今はほとんどが伐採され、住宅地として宅地造成されている。こんな田舎の町まで発展とい
う波が押し寄せて来たのだろうか。だが、目的の場所だけは周りから取り残されたようにポツン
と小さな緑が見える。イチョウの木だろうか、黄色く色づき秋の気配を色濃くさせていた。淙伝
寺だけは依然と全く変わっていない。
寺の駐車場に車を止め、境内に上がる階段を登った。あいつのことだから、また、行脚と偽っ
て諸国漫遊のぶらり旅に出ているか、この秋たけなわの学園祭シーズンのこと、どっかの女子大
か女子高ではべっているのだろうと、諦め半分で境内に駆け上がった。
だが、その男は気の入らない素振りで境内の落ち葉を掃除していた。
「おや、おや、おや、どなたさんでしたっけ?」男は上がってきた竹内に気付き手を止めた。
「おい、おい、何度同じギャグを言うんだ。吉本の芸人じゃあるましい・・・」竹内もそれに切
替えしをした。
「しかし、今日はここで会えるとは思ってもみなかったよ。この時期だから、きっとどっかの学
園祭にでもいってるのかと思っていたのにさ」
「おや、鋭いでんな。実は昨日もある女子高の学園祭にいっとったんですが、帰る時間をすっか
り忘れて、葬式をさぼってしまったんですわ。そんで、今日は外出禁止ちゅうこって、こうやっ
て境内の掃除をやらされてんですねん」
「ふっ、宮崎さんらしいな」竹内は思わず笑ってしまった。
「はっはっはっ、でもまあ、ほんまに、お久し振りですな。『狸男』の一件以来でっか?」宮崎
は思い出したように言った。
「そうなるのかな、あん時も、苦労させられたからな」
「そりゃ、こっちのセリフでんがな。千葉くんだりまでいかされて。まあ、よろしいおま、約束
の女の子との飲み会も催してくれましたし・・・」
あの時の飲み会は別に竹内が宮崎を呼んだわけではない。どこで、それを聞きつけてきたのか、
突然、会場に宮崎が現れ、勝手に飲み喰いしていっただけではないか。竹内にもこの図々しい宮
崎には勝てなかった。
「ところで今日は何の用事でんねん。また、何か事件でも起こりましたか?そいやぁ、今日は竹
内さんだけでっか、いつものお仲間の、伊藤さんや土田さんはどないしたんです?」
「実はそのことできたんだ。実に不思議な事件でね。宮崎さんの知恵を拝借したいと思いまして
」竹内は丁寧な言葉遣いをわざとらしく使った。竹内は腰を落ちつけようと鐘打ち場の石垣に宮
崎を促し座った。
「何でっか、それは・・・」
竹内は昨日からの出来事を順番に話した。宮崎は竹内の顔を見ず、正面を向いたまま聞き入っ
た。
「なるほど、それは奇妙な事件でんな。いわゆる神隠しみたいなもんとちゃいまっか。まあ、そ
んなことが現実にあるとはわても思ってはいまへんがね」
「それで、君の力でも借りて、皆の行方を掴めないかと思ってね」
「そりゃ、難しいでっせ。わては霊や魔物に関してはそれなりの力を発揮できまっけど、普通の
人間に対してはね。アメリカにいるようなFBIに協力するエスパーとはわては違いまっから、
その人の持ち物で透視なんかできまへんで」
「そうか、君にも無理なのか。そうだよな・・・」竹内は少しうなだれた。
「その行方不明になった人たちの中にはこの間の飲み会にいた人もおるんでっか?」
「ああ、伊藤君や土田さんは、もちろん、渡辺さんや美香さんもいるよ」
「そうでっか、あの人たちがねー、わても何とかしたいとは思うんでっけど、最近、周りの状況
が異常なんで、そっちの方に気を取られて、精神が集中できんのですわ」
「周りが異常って何のことだ。何か大きな事件でもあったのかい」取り出したタバコに火を付け
ようとした竹内の手が止まった。
「いえね、具体的な事象があるわけではないんでっせ。でもでんな、わてが最近体で感じる異変
というものが確かにあるんですわ。地脈の流れがどうもおかしい、地脈って。分かりまっか?大
地にも人間と同じように血のような流れがあるんですわ」
「ああ、風水とかいう、最近流行の占いみたいなので聞いたことがあるな」ライターで素早く火
をつけ、一息ついた。
「地脈だけやおまへん。自然の中に流れている空気もだいぶおかしゅうなってます。竹内さんの
ような凡人の方には分からんでっしゃろが、わてのような敏感な人間にはすぐに分かるんですわ
」凡人と言われるとしゃくでもあるが、こういった力だけは宮崎には適わない。
「自然界もそれを感じてまっせ、気付いたでっしゃろか、ここに来る間鳥を見なかったのを」
「そう言われれば確かに、カラスの一羽もいなかあったな。単にこの辺が開発されていなくなっ
たのかとも思えるが、そうそう鳥がいなくなるわけもないな。逆にスズメなんかは人のいるとこ
ろにいるもんだからな」
「そうです。それにここの寺でも秋だというのに虫の音一つ聞こえまへんやろ、こんなことはわ
てにも経験ありませんことでっせ」
確かにここに座りながら耳を澄ましても何も聞こえてこない。秋たけなわ、昼間だろうとこの
時期に虫の音色が聞こえないなんて、おかしなことだ。自然界から流れる音が全くないのだ。そ
う感じだすと、竹内にも空気の異様さが分かるような気がした。
「じゃ、それは何が原因なんだ?自然が乱れているなんて、何か恐ろしい事の前触れじゃないの
か?」
「それは、わてにも分かりゃしまへん。ただ、その不安というの日に日に、というか、刻一刻と
迫ってきてるような感じでっせ。最近地震が多いっでっしゃろ、それも、これらの一因だとは思
うんでっけど」
竹内はこんな深刻な表情をした宮崎を見たことがない。どんなに、苦境にたたされようが、軽
口や根っからのスケベ根性を決してなくさない男のはずなのに、今の彼は、そんな陽気な装いを
全く欠いている。宮崎が恐れているという表情が竹内には信じられなかった。
「確かに、急に地震が起こり始めたな。東海沖地震の前兆かと騒がれてはいるが、そんな大規模
な異変が起こっているのか?」
「わてには未来がどうなるか的確に予想できる能力はおまへん。ですが、何かが起こるというこ
とだけははっきりしておると思いますがね。特にここから南東の方向に強い力を感じてます」
「南東・・・」竹内は確か地震の震源地もその方向だったと記憶していた。何がそこにあるのだ
ろう。
竹内は友人たちのことを相談に来たのだが、返って宮崎に相談させられているような思いだっ
た。宮崎は今までになく、大きな問題と取り組んでいる。彼のような特別な力を持つ人間だから
こそ、その問題に直面し、苦悩している。ほっとけばいいことかもしれないが、それが力を持っ
た者の避けられない使命なのかもしれない。
「竹内さん、あんたさんのお仲間がいなくなりはった事は、わてにも理解できまへんし、それを
探すことも今は難儀です。でも、何度かお会いした人たちの心の波長みたいな感覚はないことは
ありません。わては一度あった人のことは忘れまへんのや。それは顔とか容姿を覚えているので
はのうて、その人の心の波長を記憶してまんねん。でっから、その波長を辿れないことはおまへ
ん。ただそれも、めっちゃ近うにいなければ微弱なモノなんで、感じ取れへんのです」
「・・・・・・」竹内は黙ってきいていた。
「そやけど、変やな。その今言った波長みたいなものを近くに感じ取れるような気がしまっせ」
「じゃ、彼らの誰かが、この近くにいるっているのか?」竹内は驚いて、声を張り上げた。
「そうでんな。そんな、直接的な感覚やぁおまへんのや。近くにいるようで、遠いところ。波長
はあるんでっが、その波長の元になる人物がおらん。そんな、感じですな」
竹内はタバコを足で消して、宮崎を見つめた。「何かよく分からないな。近くにいて遠いとこ
ろ。なぞなぞみたいなことを言うなよ」
「つまり、テレビの中継みたいなもんでんな。すぐ側で見ているのに、その実物は遠いところに
ある。そう言った感覚ですわ」
「んー、どういうことなんだろう?そう言われてみると、俺もそんな感じがする。すぐ近くで誰
かの声が聞こえるような。・・・少し、深く考えすぎているのかな」
「要は心の問題です。人間どんなに離れ離れになっていようと、心さえ通じ合っていれば、お互
いのことを感じあえるのです。それが、人間の人間たる所以なんでっせ」
こんな真面目な言葉をこの宮崎からきかされるとは思ってもみなかった。やはり、どっかおか
しいんじゃないかと、疑いたくなるような心境だ。
「まあ、ありがとう。君と話して少しは気が楽になった気分だ。だが、余計なことも聞かされて、
違う不安も募ってきたけど・・・、まさか・・・?」
「まさかって、どうされました?」
「いや、何でもない。ひとまず、これで失礼するよ。これからどうするかもう少し考えてみる。
心の繋がりってもんを」竹内は立ち上がり、ケツから砂を払った。
「そうでっか、お役にたてんですんまへんな」
「いや、いいんだ。その宮崎さんが抱えている問題にも何か進展があったらまた教えてくれ、俺
も力になれることがあったら協力するから」
「竹内さん・・・」
「それじゃ」竹内は小走りに境内から駆け降りた。竹内はさっきとんでもないことを考えていた。
宮崎の言っている異変が、伊藤たちの失踪と関わりがあるのではないかと?それは途方もない考
えでもあった。宮崎の感じている天変地異が自分の周りに起こっている事件に関連するなど、ど
ういう根拠から思い浮かんだのだろうか?思考に行き詰まった結果の思いつきかもしれない。
ただ、一つ気になっていた。宮崎は近くに彼らがいると言っていた。そして、遠くに・・・。
こんな矛盾のあることを言われながらも、竹内もどこかそれを納得していた。確かに感じる、仲
間たちの気配をすぐ近くに、でもそれは実体の無い影のような決してつかめないものでもあった。
4
闇の中のモノは静かに眠っている。今までの疲れを癒すがのごとく深い眠りについていた。だ
が、モノは突然目覚めた。
「どうやら、動いたようね。カーミ、カーミ・・・」
「どうしたのサーミ、何か知らせでも入ったの?」闇の中のモノたちは音もなく立ち上がった。
「ええ、ジーケンイットたちが動きだしたらしいわ。どうやら、奴らもトゥリダンの涙を探すた
めに出掛けたみたいね」サーミは目をつぶり、何かを感じ取るように小刻みに振るえながら話し
た。「でも、やつらは三手に分かれたみたい。三つのトゥリダンの涙は別々のところにあるとい
うことね」
「やはり、あの女が現れたことで、古きトゥリダンの涙が導き出したようだわね。何もかも私た
ちの考えた通りだわ」
「それで、カーミ、これからどうするの?もちろん、やつらがトゥリダンの涙を見つけたら、そ
れを奪うのだろうけど、私たちが行くの?」
「いいえ、私たちが行くほどのことではないわ。下僕たちを遣わせましょう。下僕を作るなど久
し振りぶりだけど・・・」カーミはそう言うと、腕の衣をまくし上げ、白い腕をのぞかせた。カ
ーミはその腕に自分の口を当て、思いっきり噛んだ。カーミは苦痛ではなく、心地よい痛みを感
じながら口を離した。噛み切られた小さな傷口から赤というよりは黒に近い血がゆっくり滴り落
ち、三滴の魔女の血が床に広がった。
血は一旦広がるのを止めると、今度は上方に膨張し始め、まるで、蛇花火のようにムクムクと
大きくなっていった。やがて、それは黒い人の形を作り出し、顔と思わしき部分に青白く光る眼
が現れた。三体の下僕が産まれた。大きながっしりした者、細長く影のような者、そして、小柄
な猫背のような者三体だ。
「トウカ、イサカ、リーモ、私の血から産まれし下僕よ、いざ、目覚めよ」カーミの声と共に三
体の下僕は唸り声を上げた。
「よいか、今からお前たちはトゥリダンの涙を探しに出掛けたジーケンイットたちを追い、奴ら
が、トゥリダンの涙を見つけた時にはそれを奪え、手段は問わない。と言うより、お前たちには
そこまでの思考力は無かったわね。要はトゥリダンの涙さえ手に入ればいい。お前たちの考えら
れる範囲で動け」
「グルゥゥゥ・・・、分かりました」
「では、行け!」カーミの令で下僕たちは飛ぶように出ていった。
「カーミ、下僕なんか使って大丈夫?最近はしていないことでしょ?」サーミは気になってきい
た。
「ええ、大丈夫でしょう。それに私の血よ。それを疑う気?」カーミは鋭い目つきでサーミを見
つめた。
「そ、そんなことないわ。ただ、ジーケンイットたちも三種の神器を持ち出していると思うから、
下僕たちでは適わないかと・・・」
サーミは惚けた振りをして言った。「そう、三種の神器ね・・・、だから、私は下僕を送った
のじゃない」
ギオスとルフイが食料を調達してきて、穴倉に戻ろうとした時、その出口から黒い物体が三つ
飛びだし、ルフイは驚いて身をすくめた。
「ギオス、何だろう今のは、びっくりしたな」
突然の出来事にも微動だしないギオスはしばらく考えてから言った。「うん、もしかしたら、
魔女たちが動いたのかな!」ギオスは者が飛び去った方向を見つめた。
その時、ギオスは少しふらついて持っていた食料を落とした。
「どうした、また気分でも悪いのか、ギオス」
「ああ、何でもない。少し、疲れただけだ、気にするな」ギオスは無理に笑ってみせたが、ルフ
イにはギオスのことが気掛かりだった。
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