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トゥリダンの逆襲

    エ ピ ロ ー グ

 

 大きな歓声が城内にこだまする。街人の歓喜は絶頂を極めていた。トーセにとっては最大の儀

式である王位継承式は、歴代にない盛り上がりと最高の祝福の中で執り行われていた。城の広場

には入りきれないほどの街人が集まり、ジーケンイットの登場を待ち焦がれている。

 政務宰相が式の進行を粛々と行い、ついにジーケンイットがシンジーマーヤの前に現れると、

城内は水をうったように静まり返る。王が椅子から立ち上がると、ジーケンイットは方膝をつい

てひれ伏した。本来、ブルマンの継承式には先祖から伝わるような家宝や王冠などはなかった。

だが、今回からはこのブルマン王家にも後世に伝えられる宝物があった。

 シンジーマーヤはまずベーシクの楯を手渡した。続いてシーゲンの矢、そして、コーボルの剣

を手から手に授受していった。ジーケンイットは深々と礼をし、それらを受け取った後、ゆっく

ちと立ち上がった。

 街人たちの歓声が再びあがり、ジーケンイットはベランダの前に出た。今、ジーケンイットは

王子から王となり、人々の前に立った。

「今、私はシンジーマーヤ王より、王位を継承した。幾多の苦難を乗り越え、今、この私も、そ

してトーセも存在している。その陰には多くの人々の悲しみや犠牲があったことを決して忘れて

はいけない。私はこの街の君主となって、今まで以上の繁栄とこの平和を永代まで絶やさぬよう

努力していくつもりだ。だが、それには、街の人々の力が必要である。街は我々ブルマンの人間

が作ったものではない。街の人々、それぞれが築き上げた成果であり、我々はその手伝いをして

いるだけだ。トーセの街はあなたたちのものである。そして、この栄華もあなたたちのものであ

り、それを失わないよう努めてほしい。

 この三種の神器はわがブルマンの家宝となった。トゥリダンの悪夢から解放され、そして、ト

ーセ最大の危機を救ってくれた偉大なる武器だ。この神器有るかぎり、トーセの平和は保たれる

ものと信じる。そして、忘れてならないことがある。今あるこの平和はこの神器だけのおかげで

はない。遙か遠き世界から来た勇者たちがいたことを決して忘れないでほしい。

 トーセに栄華あれ!」

「ブルマン王朝、万歳!ジーケンイット王、万歳!・・・」街の人々の歓声はやまなかった。

 ジーケンイットは下がって、もう一度、シンジーマーヤとアズサーミに礼をした。

「ジーケンイット王、立派でしたよ」アズサーミは嬉し泣きをしている。

「ジーケンイット、トーセのこと任せたぞ」シンジーマーヤも晴々とした笑顔で言い、二人でそ

の場を去っていった。

 リオカがジーケンイットに近づいていった。彼女のそばにはヒロチーカがオーミナといる。「

ジーケン様、おめでとうございます」

「ああ、ヒロチーカもこれからはお母さんと暮らせて、良かったな」

「はい」ヒロチーカは城には留まるが、オーミナが街に引っ越すことになり、時々母と過ごすこ

とにしていた。ヒロチーカはオーミナの手を握りしめていた。それは二度と離れないようにとい

う願いが込められているかのようでもあった。

 ヨウイッツとキユーミもジーケンイットに祝辞を述べた。「ジーケンイット王、これからのブ

ルマン家にさらなる栄華を・・・」

「ありがとう、ヨウイッツ。だが、そちらの方こそめでたいのではないか?キユーミとの新しい

人生を幸せにな」

「ありがとうございます」

 街人の歓声が続くので、ジーケンイットはもう一度リオカとそして、フーミと一緒にベランダ

の前に出た。フーミの腕にはミーユチッタが抱かれている。二人が現れると歓声はより一層大き

くなる。

「ジーケンイット様」リオカは恥ずかしそうな表情をして言った。

「何だ、リオカ?」

「あのー、ミーユに弟か妹ができるかも・・・」

「リオカ、それは本当か?今度は女の子が欲しいな。フーミやヒロチーカには手を焼いたが、女

の子は可愛いものだからな」

「お兄様、私がいつ手を焼かせましたか?失礼しますわね。でも、おめでとうございます。リオ

カさん。私も子供が欲しいですわ」

「おいおい、その前にちゃんと、相手を見つけなければな。それとも、エツコたちの世界に行っ

て、マエサワーを探してくるか」ジーケンイットはからかうように言った。

「お兄様、怒りますよ」と言いながら、フーミは頬を赤く染めている。

 ミーユチッタがフーミの腕の中で動いている。小さな手を天に向けて伸ばしながら、何かを喋

っていた。

「リオカ、ミーユは何を見て笑っているんだ。誰かと話をしているみたいに見えるけど」

「ええ、きっと、遠くにいるお友達とお話しているのではないでしょうかね」

 その言葉でジーケンイットも青空を見つめた。そして、遙か遠くにいるだろう人々のことを思

い浮かべていた。

 

 ノーマは継承式の場には行かず、城の一角にある墓地を訪れた。この墓地は歴代の王家の者が

眠っており、一般の者が葬られることはない。ただ、例外として、特に王家に貢献したものが遺

族の同意を得て、埋葬されることがある。その特例の中にワーンも含まれていた。命をかけて、

魔女からその秘密を聞き出し、トゥリダン退治に貢献したという事で、ジーケンイットの配慮に

より、埋葬を許可されたのだ。

 本来賢者たちはこの地から離れたところに埋葬される。それゆえ、毎日のように祖母の墓を参

ることができるのは、ノーマにとってはあり難いことであった。

 ワーンの死後、ジーケンイットたちの前では普段と変わらず気丈に振る舞っていたが、ワーン

の墓の前に立つと、悲しみを拭うことができない。人前では見せたことのない涙がこぼれること

も稀ではなかった。優しくも厳しく育ててくれた祖母、最後まで賢者の使命と誇りを持って生き

抜いたこの女性をノーマは決して忘れない。

 だが、一つ気掛かりなことがあった。ワーンが最後に言い残した「ドリーム」という言葉が何

なのか?それが分からないことである。様々な文献やワーンの日記などを調べたが、それらしき

ものは何もなかった。この言葉が一体何を意味するのか?自分にとても重要なことのように思え

てならなかった。

 何気なく耳を触ると、そこにあるはずのイヤリングがないことに気がつく。すると、あの冒険

で出会った土田という男の事が思い出された。自分のとは一線を画す知識を持ち、不可解なこと

を言うが、不思議とどこかひかれるものがあった。なぜ母の形見をあげたのだろう?それは彼を

忘れないようにするためと、あのイヤリングは土田が持つべきなのだという不思議な思いがあっ

たからだ。そして、彼とは二度と会えないという予感がしたからでもある。

 

 街の人々の歓声もここまでは聞こえてこない。静かな森を抜けたところにある丘の頂上は誰も

足を踏み入れるような場所ではなかった。丘の中央に小さく盛られた土山があり、そばに一人の

男がたたずんでいた。

「ギオス、ここで静かに眠ってくれ。ここには誰も来ないだろうが、たまには俺が来てやる」

 ルフイは唯一の友を失い、悲しみに耽っていたが、これからは自分一人で生きていかなければ

ならないと決意していた。これからどうするかまだ考えていない。適当に旅をして、何かを見つ

けるつもりだった。だが、二度と剣だけは握らないと決めていた。もう、ルフイは軍人でもなく

ただの人間になっていた。

「じゃ、今度はいつになるか分からんが、待っててくれよ」そう言ってルフイは丘を降りていっ

た。

 

「ターニ、ジーケンイットは立派な君主になったぞ。あいつもお前に見せたかっただろうが、ま

あ、向こうの世界から見ていてくれるよな」コトブーはターニの墓の前でつぶやいた。

 ヒヨーロがどこからか、綺麗な花を摘んできて、ターニの墓前と隣の小さな墓にも添えてあげ

た。「ターニさんも、やっと幸せをつかめたのですね・・・。ところで、コトブー、ジーケンイ

ット様の継承式に出なくていいのですか、御招待されましたでしょ」

「ああ、別にいいだろう。ジーケンイットが王子から王に変わろうと、あいつ自身が変わるわけ

じゃない。今まで通りに付き合っていけばいいだけのことさ」コトブーは澄まして言った。そし

て、しばらく間をおいてから、コトブーは真剣な顔つきをした「ヒヨーロ、お前は俺を恨んでい

ないのか?俺はお前の父親を殺したのだぞ」

 そう言われて、彼女は肩を震わせた。「いいえ、コトブーのことを恨んだりしていません。そ

れよりも、感謝しています。あれが父の生き方だったのだと、私も思っています。それよりも、

コトブーは森を離れたりしていいのですか。私のためにワミカなど行かなくても、私は一人で大

丈夫です」

「何を言っている。まだ、お前は一人立ちなどできないぜ。ワミカへの道は遠いし、女一人行か

せるわけにはいかないだろう。・・・それに、・・・それに、お前の母親にも会って話しておき

たいことがあるしな」コトブーはそう言うと、ヒヨーロから視線を外した。

「コトブー・・・。ありがとう」ヒヨーロはコトブーの背中を見て、嬉しそうに笑った。

「さあー、行くぞ!」コトブーは先に歩き始めたので、ヒヨーロも「はい」と言って付いていっ

た。

 

       *

 

 美香は学校が休みだった美砂を誘い、ショッピングに出掛けた。こうして自分の町をあらため

て眺めると、トーセに行っていたことが夢のように思える。それと同時に、こうして喫茶店でコ

ーヒーをのんびり飲むことができるのも、自分たちが命を賭けた結果であるということが信じら

れない思いであった。

「美香さん、周りの人が笑ってられるのも本当は私たちのお陰だっていうこと、誰も気付いてい

ないんでしょうね」美砂はコーヒーをすすりながら周りの客を見回した。

「そうね、でも、あのことを言ったところで誰も信じちゃくれないわよ。うちの人だって、結局

信じてくれないから、遊びに行っていたことにしておいたわ。いろいろ怒られたけど」美香は苦

笑した。

「そうね、私も学校に対する言い訳に窮しましたよ。母親を病気にさせるの、大変でしたから」

「それで、どう、元の生活に戻れた。あんな世界で大変なことをしてきたから、こっちに帰って

くると退屈しない?」

「ええ、そうですね。学校でデスクワークしていると体が鈍っちゃいますよ。あそこではめちゃ

くちゃ暴れましたからね」

「じゃ、また鉄拳を振りに行く?」

「美香さーん、怒りますよ」

「はいはい、御免なさい」

「はっはっは・・・」、「ふっふっふっ」二人は見合って笑った。

 

 藤井は青山の新居に招かれ、卓上の鉄板で焼き肉をつっついていた。青山の膝の上には息子が

座り込み、青山に野菜を食べさせてもらっている。裕予が次の肉を運んできた。

「悪いね、奥さん、こんなにしてもらって」

「ええ、いいんですよ。藤井さんこそ、引っ越し祝いにお肉を持ってきて頂いて、有り難うござ

います」裕予は愛想良く言った。

「まあ、快気祝いみたいなもんだから、パァーっといきましょうよ」藤井が来る前からビールを

開けていた青山はすでに酔いが回っていた。トーセにビールが無かったので一気に開けていたの

だ。

「でも、あの事、今だに信じられないわ。藤井さんたちの話もね」裕予は座って青山にビールを

注いだ。

「しかし、俺たちの経験したことは紛れもない事実だし・・・」藤井も裕予に注いでもらった。

「でも、どうして私たちがあんなことになったのかしら・・・」

「さあねー、きっと運命だよ。初めからそう決まっていたのさ」青山はそう言いだした。

「はいはい、また運命のお話ですか?もう聞き飽きたわよ。どうせ次は台風の話でしょ」裕予は

立ち上がり台所へ行った。

「もう、野菜はないか?玉葱があったろ、少し出してくれ」

「ええ、いいわよ。・・・でも、良かった母子家庭にならなくて。もう少しで役所に生活保護の

申請を出すとこだったわよ」

「その方が、青ちゃんの稼ぎよりもよかったかもしれないぜ」藤井がからかった。

「藤井さーん、そりゃないよ」

「そうかもしれないですね。でも、本当に良かったわ。本当に」裕予は二人に背を向けて泣いて

いた。その理由は玉葱を切っているからではなかった。

 

 前沢は久し振りに香織とドライブに出ていた。

 香織は唐突にきいた。「ねえー、王女様って綺麗な方だった?」

「えっ、何?王女様って?何でそんなこと知っているの?誰かが話したの?」前沢はどぎまぎし

て答えた。

「ええ、美香さんからちゃんと聞きましたよ。それで、どうだったの?」香織は意地悪そうに言

った。

「どうだったのって、別に、何でもないけどさー、まあ、綺麗な方だったよ」前沢は前を向いた

まま平坦に話した。

「ふーん、ほんとはまた、あの世界に行きたいんじゃない?」

 前沢は照れくさそうにして「えっ、そんなことはないよ。僕はここにいるのがいいよ。君の側

に・・・」と、澄ました顔をした。

 香織は嬉しそうに笑って、車のシフトレバーを握る彼の手に自分の手を重ねた。

 史子は千尋の家に遊びに行っていた。暖かい日差しが注ぐ窓際で彼女の子をあやしている史子

に千尋はきいた。

「ねえー、あの世界で何かあったの?帰ってきてから、何か違う感じがするのよねー。どこか女

ぽっくなったみたい。恋でもした?いい人があっちにいたの?」千尋は史子から子供を受け取っ

た。

「いい人?そうね、素敵な人がいたわ。でも、遠い世界だから、もう会えないわね」史子は少し

寂しげに答えた。

「でも、またきっと会えるかもしれないわよ。あの世界の人たちとは心が通じ合うんでしょ。も

う、あんな災難は遠慮したいけど、機会があるなら私も行ってみたいくらいよ」千尋には遠いと

いう意味が分かっていない。

「千尋ちゃんにも見せてあげたい世界だったわね。出会った方たちも素敵な方ばかりだし、一生

忘れられない思い出だわ・・・、忘れられない」史子は胸にぶら下げているペンダントを無意識

に握りしめていた。

 

 佐藤はひとみと約束の買い物に出掛けていた。

「ああ、またいつもの生活か!トーセの冒険が懐かしくなってきたな」佐藤は嘆きのように言っ

た。

「そうなの?やっぱり、自然の中の生活の方があなたには合っているのかしら?」

「そりゃ、そうだよ。あんな体験なんて、都会にいたら絶対にできないことさ」

「だったら残れば良かったんじゃない」ひとみは語尾を上げて言った。

「それはちょっとな・・・、一応店長だから責任があるし、君を一人にはできないから・・・」

「そう?向こうにも綺麗は方がいらしたんでしょ」と横目でじろりと睨んだひとみであった。

「えっ、そりゃー、まあ、いたけどさー・・・。でも、ひとみがいない世界はやっぱり楽しくな

いよ。一緒に行くなら、また行ってみたいけどね」

「そうね・・・、ありがとう・・・」

 

 祐子は浩代のところに電話した。「その後はどうです、変わりないですか?」

「ええ、やっと普段の生活に戻ったわよ。でも、こうして自分の子の面倒を見ているのが一番幸

せかもね」電話口から赤ん坊の戯れる声が聞こえてくる。「真野ちゃんはどうなの?もう、仕事

には復帰したの」

「ええ、もう先週から。ただ、頭の中に余計な物が一杯あるみたいで変なの。竜玉から知識を吸

収した時のが残っているみたいで、何か全てを見通しているような感じ」

「じゃ、今度は真野ちゃんが神様になるのかしら?」

「はっはっはっ、そんなー、私が宗教の教祖ですか?だったら、男たちをひれ伏させてみせます

けど」

「ふっふっふ・・・。でも、あの世界は素晴らしい世界だったわね」

「そうですね。私もそう思いますわ。また、いつか行けるといいですね」

「そうねー」電話口で二人は異世界のことを思いめぐらせていた。

 

 奈緒美は酒井に向かって愚痴っていた。「本当に、私がいない間、何をしていたの?部屋は散

らかりぱなしだし、台所もそのまま、洗濯はたまっているし、掃除もしていないじゃない?」

「しょうがないだろお、前がいなかったんだから」酒井は意に介せずという態度をしている。

「私がいない時ぐらいちゃんとしてくれなきゃねー」奈緒美はまず部屋の片付けから始めた。

「帰ってきた時にすることがないと困るだろうと思って、準備をしておいたんだよ」強がりをい

いながらも、酒井は渋々という表情で手伝った。

「何言ってんの!そんなこと言うと、またいなくなるわよ」

「えっ、それは駄目だよ。絶対に」酒井は本気な顔をして、手を止めた。

「冗談よ、冗談。もういなくなったりなんかしないわ。こんなぐうたらな亭主がいたんじゃ、ど

こにも行けないじゃない」

「・・・・・・」酒井は黙っていたが、奈緒美の言葉が嬉しかった。

 

 古井は久し振りに会社に戻り、枡田と話をしていた。

「どう調子は?」枡田はいつものにこやかな顔できいた。

「ええ、まだちょっと何か変ですよ。時差惚けみたいな、感じで」古井は本当に眠そうな表情を

している。

「僕もだね。仕事していても、あの世界の事が思い浮かんでね。向こうでの生活の方が気が楽だ

ったよ。ただ、魔女とか竜はごめんだけどさ」

「同感ですね」

 そこに暇なのかふらふらと木下が階上から降りてきた。「古井君に、枡田君、今日は帰ってい

たのかね」

 古井が顔を上げて振り向いた。「ええ、月末ですから。それと、先日はいろいろ御心配をおか

けしてすみませんでした」

「こうして、元気な姿で戻ってきたのだから、良かったと思いますよ。君たちがどこに行ってい

たのかは、あえてきかない事にしておくけど、何か素晴らしい経験をしたんじゃないのかな?」

「そうですね。とてもいい勉強になった気がします。人生観まで変わったみたいで」枡田にして

は哲学的なことを言っていた。

「んー、他の人たちも皆元気かね。青山君や佐藤君たちは?」

「はい。皆元気にやってますよ」

「そう。本当に良かった。本当に」木下はそう言いながら事務所を出ていった。

 

 宮崎は町にくりだし、学校をバックレている女の子を見つけては声をかけていた。

「彼女、ねー、暇だったら、遊ばへん」

「えー、どうしようかな?」女の子はわざとらしく首を傾げている。

「あんな、わてはあんたの命や周りの人の命も救った男なんでっせ、少しは感謝してもらわない

と」

「はー?何言ってんの?バッカじゃない!バイバイ」と声をかけられた女は呆れた顔をして去っ

ていった。

「ねー、ちょっと、待ってーな、ねー。ったく、命の恩人に対してなんちゅう態度や。これだか

ら、竜みたいなやつに付け込まれるんだ。なっとらん!」自分の功績で女の子を釣ろうとしなが

らも他人に対しては文句ばかりいう男だ。だが、以前の不安な気持ちが一気になくなり、元の正

常な(本人にとって)状態に戻り羽目を外していた。あの事は彼にとっても大きな出来事であり、

霊能者としての自分がまだまだ弱いものだということを実感させていた。だが、今は修行よりナ

ンパの方が大事であった。

「ねー、彼女、お茶せぇへん!」

 

 土田は東京に帰る前に竹内の家を訪ねた。竹内は缶ビールを持って、家の近くの防波堤へ土田

を誘った。

「今回も竹内さんに助けてもらったってようだね。本当に感謝するよ」土田が海を眺めながら言

った。この海が今あるのも、あの戦いの結果だと言わんばかりに見つめている。

「いや、今度ばかりは俺は何もしてないよ。というより、皆が頑張ってくれた結果じゃないのか

な?」

「んー、そうかもね。誰のお陰とかじゃなく皆で成し遂げたものだからね」

「しかし、俺たちが世界を救ったなんて、今もって信じられないよな。まあ、誰かに話したとこ

ろで誰も信じちゃくれないだろうし、筒井警部も困った顔をしていたな」竹内はビールを一口飲

んで言った。

「そうだね。でも、僕らにあんな力があるなんて・・・。人間て心の中に素晴らしい物を持って

いるんだなと思ったよ。そして、人は一人じゃない、多くの人たちが周りにいるから生きていけ

るんだね。互いの信頼と相手に相手に対する思いっていうものが、あんな奇跡を産んだんだろう

ね」土田もビールをグッと飲み干した。

「土田さん、妙に恰好いいこと言うじゃない。何か随分変わってしまったみたいだね。あの世界

での経験が大きく影響したのかい?」

「うーん、そうだなー、いろんな冒険と、人々との出会い、それに竜玉の英知がまだ頭の中に残

っているから、世界観というものが全く変わってしまったよ。トゥリダンが何億年という間、見

てきたものが全て僕の中にある。もちろん、全部を覚えているわけじゃないが、時々夢の中に地

球の歴史が見えてくるんだ。それらを見ると、全てが違って見えてくるよ」

「それに、その首飾りのせいもあるのだろ?」

「首飾りって・・・」土田はノーマからもらったイヤリングに鎖を通し、ペンダントにして胸に

飾っていた。「何だ、竹内さん、このこと知っていたの?」

「ああ、何でも、帰りたくないとか、駄々こねたみたいだね」

「はっはっはっ、そんなことも・・・。でも、あの世界に行ってみると、そんな気になるよ。そ

れに、これをくれた人のこと忘れられないな。何か言葉では表せないものを感じるんだ」土田は

ノーマのことを本当にそう感じていた。どこか、他人じゃない感じ、いつかどこかで出会ったよ

うな不思議な感覚が一向に消えなかった。

「理想の人なの?」

「理想ねー、いやそれを越えた運命みたいな人だね」

「そんな素敵な人なのか、俺も行ってみたかったな、そのトーセという街に。遅刻しなきゃ行け

たのにな」

「でも、またきっと行けるさ。僕はそんな気がする。その時は一緒に行こう。素晴らしい人たち

を紹介してあげるから」

「ああ、その時はね」

 

 悦子にとってトーセの記憶は鮮明なまま残っている。前のようにその記憶が薄れていくことは

なく、返って時間が経つにつれて、様々な思い出が甦ってるくるくらいだった。そして、あの世

界で出会った一人一人のことが幾度となく思い返される。トリオの仲間と同じように決して忘れ

ることのできない人々が大勢いた。

───また、いつか行ってみたいな。今度は冒険なんか無しで・・・。

 伊藤家の朝はいつもと同じに戻っていた。悦子にたたき起こされ、眠い目をこすりながら、う

だうだと朝の準備をしている伊藤には、変化というものが何もないように見えた。

「あなただけは以前と変わっていないわね。あれだけのことがあったんだから、少しは性格が変

わると思ったのに」悦子は朝食の用意をしながら、呆れ口調で言った。

「はあ?俺は変わったつもりなんだけどなー。変わってないか?」伊藤はあくびをしながら答え

た。

「どこがよ。まあ、いいわ、あなたが変わっちゃうと、こっちのペースがおかしくなるから、今

のままの方がいいけどね」

「んー、何か褒められているのか、けなされているのか、よく分からない言いぐさだな」伊藤は

食卓に座ってぶつぶつ言った。

「どうとでも、とって。さあ、早く朝食を食べて今日も一日頑張ってきてね」

「何か、早く追い出したいような言い方じゃない」

「そうね、あなたがいないほうが気楽でいいかも。今日は早く帰るのそれとも仕事で遅くなる?

パチンコかもしれないけど」

「えっ、何を言うんだ。今日は早く帰るよ。たまには三人で夕食も食べたいしな」

「珍しいこと言うわね。やっぱりトーセに行って変わったのかしら?」茶碗に御飯をよそおって

伊藤に渡した。

「何だよ。たまにまともなこと言うとそれだもんな。ただ、俺は家族は一緒にいた方がいいと言

いたかっただけだよ」唇を尖らせ、悦子から茶碗を引っ張るように受け取った。

「ふーん・・・」悦子はジーッと伊藤を見つめた。

「な、何だよ。そんな顔をするなよ」

「ふっふっふ、結局は変わっていないのね。ただ単に、昔のあなたというか、本来のあなたに戻

っただけみたい。でも、私はそれでいいのよ」

 伊藤はそう言われてどこか照れくさかった。けれど、自分が自分であることの意味、そして、

家族に対する自分の意義を彼は心の中で承知していた。「ところで、美沙希はどこだ?もう、起

きているんだろ」

「ええ、あなたよりは早起きですから、庭で遊んでいますよ」

「あっ、そう。それから、竜玉はちゃんと仕舞ってあるか?また、美沙希がそれを取り出して、

一人で向こうに行っちゃったら、大変だからな」

「大丈夫ですよ。美沙希じゃ背の届かないところにきちんと隠してありますから」

「そうか。まあ、またあの世界に行ってもいいけど、行くのなら家族一緒でなきゃな。そうだろ

?」

「そうね。いつも一緒でなくっちゃ。その時は家族四人でね・・・」

「ああ、四、四人だって?えっ、どういうことなんだ?・・・そうか、そういう事なのか!」伊

藤の鈍感な頭でもそれぐらいの事は分かる。伊藤は照れくさそうにしている悦子を見つめて微笑

んだ。

 

 伊藤は食事を終えて出掛けようとした時、庭に廻って娘のようすを見てみた。美沙希は庭の真

ん中にちょこんと座り、秋晴れの空を眺めていた。窓を開けて様子を見ている悦子に伊藤は尋ね

た。「この子、何を見て笑っているんだ。何か話をしている見たいだけど」

「きっと、空の彼方のお友達とお話しているのよ。遠くにいても心が通じ合うお友達とね」そう

言うと、二人とも美沙希と同じように空を見上げた。

 

 地球は守られたが、その事を、危機が迫っていたことさえも知っている人間は極僅かしかいな

い。人々は竜のことを覚えているのだろうか?竜の記憶がある限り、それはトゥリダンの陰が潜

んでいるということになるのかもしれない。

 

 世紀末の一九九九年まであと数年・・・。

 

 

                 ──── トゥリダンの逆襲 完 ────

 

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