このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください


77 独裁者 THE GREAT DICTATOR 1940

 Cast
-People of the Palace-
Hynkel…Charles Chaplin
Napaloni…Jack Oakie
Schultz…Reginald Gardiner
Garbitsch…Henry Daniell
Herring…Billy Gilbert
-People of the Ghetto-
A Jewrish Barber…Charles Chaplin
Hannah…Paulette Goddard
Mr.Jaeckel…Maurice Moscovich

 チャップリンのあまりに露骨すぎる、ナチス批判。ヒトラー批判。そういう理由もあってか、この映画は反戦映画だとか政治映画だとか言われることが多いのであるが、私が考えるには、これは飽くまでチャップリンがナチスやヒトラーを笑いものにしている、辛辣なコメディーにしか見えない。同年代のチャップリンとヒトラーの運命の対決とみる人もいるかも知れないが、チャップリン自身は純粋なコメディーとしてこの「独裁者」を創り上げたのではないかと思う。あまり深入りは無用と言うことなのだ。なぜならば、この物語、表向きにはヒトラーやナチスを厳しく批判してはいるものの、チャップリンはナチスやヒトラーの本当の怖ろしさ、脅威、そういったものを詳しく、深く知ることなく、即席的にこの作品を創り上げてしまった感があるからである。チャップリン自身が白状している一番有名な事実は、チャップリンは「独裁者」が完成した後にあの「アウシュビッツ」の事実を知ったという点である。もし「独裁者」完成前に「アウシュビッツ」を知っていれば、とても「独裁者」など恐ろしくて製作できなかったろうと、彼は自伝の中で告白している。
 要はチャップリンはヒトラーを即席に、喜劇という彼独特の武器を用いて非難したかっただけなのだ。1940年に発表したかったのだ。一刻も早く。そう考えなければチャップリンのヒトラー考察・ナチス考察は非常に甘いものだと言わねばなるまい。「殺人狂時代」が二つの大戦の批判で、「ニューヨークの王様」が彼を追いだした赤狩りアメリカの批判であり、どちらも戦後に製作された作品であるという点から考れば、「独裁者」だって戦後に製作されてもおかしくはないのだ。確かに主演のチャップリンにはあの疲れるヒンケルの役を演るだけの体力は残っていないかも知れないが、別に替わりの役者を立ててもよかったのだし、戦後作ならばもっと厳しく、正確にヒトラーとナチスを演じさせることができたと思う。
 1940年ではまだ発表が早すぎたように思えてならないのだ。「独裁者」製作以前から、映画が世間に与える政治的宣伝性の多大さを知っていたヒトラーと宣伝相ゲッペルスは早速前作「モダン・タイムス」に対して、これは盗作だとドイツ系資本を通して裁判を起こしていた。証拠不充分のため、この裁判は結局チャップリンの勝利に終わるが、「独裁者」撮影・準備・完成・公開にはナチスドイツを初めとした多方面からの反対を受け、数カ国で上映禁止となった。
 ここで、「独裁者」における登場人物、国名、事件を現実と照らし合わせてみると…。
 トメニア…ドイツ ヒンケル…ヒトラー ガービッチ…ゲッペルス  へリング…ゲーリング 
 ベクテリア…イタリア ナパロニ…ムッソリーニ オスタリッチ…オーストリア
 第1次大戦の休戦が1918年。ヒトラー(ヒンケル)が総統となり、実際に政権を握ったのが1933年、ナチスによってユダヤ人が迫害されはじめる様になったのが、1935年以降。イタリアの独裁者ムッソリーニ(ナパロニ)との不可侵条約を無視して、オーストリア(オスタリッチ)を占領したのが1938年。同じ年に、ムッソリーニに干渉を受け、撤退を余儀なくされている。ここまでが映画「独裁者」の網羅している範囲だ。しかし、ナチスおよびヒトラー、ムッソリーニそして日本がファシズムの勢いに乗って本当の怖ろしさを見せはじめるのは、1939年〜1945年、つまり「独裁者」完成公開以降の話なのだ。1939年プラハ、ポーランド進撃。1940年ノルウェー、デンマーク、フランス、イギリス攻撃。日独伊三国同盟調印。ユダヤ人ゲットーの各地建設。1941年ソ連攻撃。1945年ドイツ降伏までにユダヤ人絶滅のための強制収容所、絶滅収容所におけるナチスのユダヤ人大量虐殺。チャップリンは「独裁者」を完成させた直後、果たしてここまでのナチスとヒトラーのやり方を予測できたであろうか?

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