このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください |
真冬だから、潜り込むと、冷たい。
冬眠の時のように、じっとしている。
「つめたい」僕が、足を動かしてしまった。
僕は男のくせに、冷え性なのだ。
「つめたい」僕は即座に手に触れて、言い返してやった。冷え性でなくとも、手足は冷たいのだ。
じっとしていた。しばらくの間。
「あったかい」正反対のことを言いだした。
「あったかいね」本当のことなので、そのとおり答えた。
体温でぽかぽかして、じっくり、じっくり、あたたまっていくのが、肌で感じられる。
脳がとろけるような感覚を味わいつつ、じっとしている。
「かぎ」脱け出そうとして、身をよじるのを、腕をぎゅっ、と握って制止した。
「かけた」嘘をついた。
また沈黙した。
手持ち無沙汰になった。
右手を伸ばして、押し込むように腹を撫ででみた。
「うふ」深く、甘い吐息が、僕の鼻腔をくすぐる。
瞬間、腹を押されたいきおいか、左足が前に突き上がった。
「おう」僕は目を回した。星が見えた。
「ごめん」暗闇なのに、僕が白目をむいていたのが見えたらしい。
再び、冬の蛙になった。
がまんしていたが、がまんしきれなくなった。
「ぼは」首を伸ばして、おおきく息を吸い込んだ。今までずっと、鼻のところまで潜っていたのだ。
一瞬にして、冷気が忍び込んだ。火照った身体に心地いい。
二匹の蛙は、再び潜り込んだ。
再度、沈黙した。
沈黙した。
突如、僕の身体が、重くなった。
体重が増えたのではなかった。乗っかってきたのだ。
驚いた。
これまで、腕で顔をはたかれたり、足で脇腹を蹴られたり、というのは何度か経験があるが、身体全体で覆い被さられたのは、初めてである。
寝相が悪いにしては、かなり器用だ。
僕は、達磨落しの最下段のように、自身の身体を脇へずらし、上段を、下へ落した。
端のほうへ追いやられたので、僕の右腕と右足は、冷たい外気へむき出しになった。
すこし悔しかったので、今度は、僕が乗っかることにした。
乗っかって、しばらくたつと、ぷふ、ぷふ、
と苦しげな息遣いをしだしたが、
「ううむ」
と、低い唸り声をあげた瞬間。
僕は、大きく眼を見開いたまま、全身がものすごいいきおいで、冷気に包まれていくのを感じた。
一瞬の出来事だった。
叩き出されたのである。
傍らでは、何事もなかったかのように、静かな寝息が続いている。
僕は、すごすごと、引き下がる…もとい、すごすごと、さっきよりもさらに隅のほうへ、引き戻った。
やはり今夜も、眠れそうになかった。
********** ********** ********** ※川上弘美さんが、某日の日本経済新聞の最終面に、雑文を寄せていたのを読んで、その内容があまりに、日本を代表する経済紙に似つかわしくなかった、 というのがすごく面白くて、すぐに彼女の著作を探しに、書店へ走ったのでした。
おそらく、かなりの「感性の人」で、彼女自身の(精神?)世界を、そのまま投影したものが、彼女の作品なので、「何が何だかわからない」という人が多くいそうな気がするのはもちろん、そうでなくとも、正直ながい時間読み続けるには、それなりの体力と精神力がいるはずです。 そこがまた、彼女=彼女の作品の魅力でもあるのですが。
代表作。「蛇を踏む」「溺レる」「神様」。
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