このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください


 同衾(2002.12.09)
 真冬だから、潜り込むと、冷たい。
 冬眠の時のように、じっとしている。

「つめたい」僕が、足を動かしてしまった。
 僕は男のくせに、冷え性なのだ。
「つめたい」僕は即座に手に触れて、言い返してやった。冷え性でなくとも、手足は冷たいのだ。

 じっとしていた。しばらくの間。

「あったかい」正反対のことを言いだした。
「あったかいね」本当のことなので、そのとおり答えた。

 体温でぽかぽかして、じっくり、じっくり、あたたまっていくのが、肌で感じられる。
 脳がとろけるような感覚を味わいつつ、じっとしている。

「かぎ」脱け出そうとして、身をよじるのを、腕をぎゅっ、と握って制止した。
「かけた」嘘をついた。

 また沈黙した。
 手持ち無沙汰になった。

 右手を伸ばして、押し込むように腹を撫ででみた。
「うふ」深く、甘い吐息が、僕の鼻腔をくすぐる。
 瞬間、腹を押されたいきおいか、左足が前に突き上がった。
「おう」僕は目を回した。星が見えた。
「ごめん」暗闇なのに、僕が白目をむいていたのが見えたらしい。

 再び、冬の蛙になった。

 がまんしていたが、がまんしきれなくなった。

「ぼは」首を伸ばして、おおきく息を吸い込んだ。今までずっと、鼻のところまで潜っていたのだ。
 一瞬にして、冷気が忍び込んだ。火照った身体に心地いい。

 二匹の蛙は、再び潜り込んだ。
 再度、沈黙した。
 沈黙した。

 突如、僕の身体が、重くなった。
 体重が増えたのではなかった。乗っかってきたのだ。
 驚いた。
 これまで、腕で顔をはたかれたり、足で脇腹を蹴られたり、というのは何度か経験があるが、身体全体で覆い被さられたのは、初めてである。
 寝相が悪いにしては、かなり器用だ。

 僕は、達磨落しの最下段のように、自身の身体を脇へずらし、上段を、下へ落した。
 端のほうへ追いやられたので、僕の右腕と右足は、冷たい外気へむき出しになった。
 すこし悔しかったので、今度は、僕が乗っかることにした。

 乗っかって、しばらくたつと、ぷふ、ぷふ、
と苦しげな息遣いをしだしたが、
「ううむ」
と、低い唸り声をあげた瞬間。

 僕は、大きく眼を見開いたまま、全身がものすごいいきおいで、冷気に包まれていくのを感じた。
 一瞬の出来事だった。
 叩き出されたのである。
 傍らでは、何事もなかったかのように、静かな寝息が続いている。
 僕は、すごすごと、引き下がる…もとい、すごすごと、さっきよりもさらに隅のほうへ、引き戻った。

 やはり今夜も、眠れそうになかった。

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※川上弘美さんが、某日の日本経済新聞の最終面に、雑文を寄せていたのを読んで、その内容があまりに、日本を代表する経済紙に似つかわしくなかった、 というのがすごく面白くて、すぐに彼女の著作を探しに、書店へ走ったのでした。
 おそらく、かなりの「感性の人」で、彼女自身の(精神?)世界を、そのまま投影したものが、彼女の作品なので、「何が何だかわからない」という人が多くいそうな気がするのはもちろん、そうでなくとも、正直ながい時間読み続けるには、それなりの体力と精神力がいるはずです。  そこがまた、彼女=彼女の作品の魅力でもあるのですが。
 代表作。「蛇を踏む」「溺レる」「神様」。


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