このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください


 地下鉄のゆううつ(2002.11.11)
 人からきいた話なのだが、なんでも地下鉄の運転手に、なりたくてなるという人は少ないのだそうである。電車運転手は国家資格だから、資格さえ取ってしまえばどこの鉄道会社に就職しようと自由なはずなのだが、地下鉄の運転手にだけはなりたくない、という人が多いそうである。だから、どこの鉄道会社も就職試験で落とされて、仕方なく地下鉄の運転手になった、という人はけっこう多いのかもしれない。
 何故地下鉄の運転手がこれだけ嫌がられているのかといえば、それは地下鉄の路線に問題があるのだ。
 道路地図を広げて頂ければわかるが、特に都心の地下鉄は、一般公共道路の地下に路線が敷かれていることが多い。逆に、道路以外の土地の地中に地下線路が敷かれていることは少ない。
 これは法律上の問題が絡んでいて、法令上、土地の所有権はその土地の地面だけではなく、その土地の上空もどこまでも限りなく高く、地中もどこまでも限りなく深くおよぶのだそうである。
 もっともこの法令以外にもほかの法令の規制が絡むし、特に上空には飛行機が飛ぶからどこまでも無制限に権利が主張できるわけではあるまい。
 しかし地中に関しては、どういうわけかこの土地所有権が主張され、他人の土地である以上、地下といえども地下鉄会社がかってに地下線路を敷くわけにはいかないのである。
 かといって地下の土地を買収するというのも難しいだろう。線路を敷く予定の地下の、法令上の所有者を割り出し、個々に買収交渉をしていたのでは、莫大な費用と時間がかかってしまう。
 だから結局は、国や地方公共団体が所有する公共道路の地下に線路を敷いた方が、交渉にかかる時間も費用も少なくて済む、という結論に達した結果が、現状の地下鉄路線なのだろう。
 そんな訳で、地下鉄にはむやみやたらにカーブが多い。
 しかし地下の線路を走るのはほかならぬ、電車である。
 右左折など小回りの利く自動車ではない。大きな車両を何両も連ねる列車なのである。
 したがって車内は揺れるし、地下に響き渡る音もうるさい。あまつさえ直線が少ないからスピードが出せない。運転手にとって、これ以上の恐怖とストレスがあるだろうか。
 カーブの恐怖と、スピードを出して走れない不満とで、フラストレーションが溜まる。しかもどこまでも限りなく続く暗闇。

 思い当たることがある。以前、外回りの仕事のために、私の勤務する会社近辺の道路地図を広げたときに、ギョッとしたことがある。
 会社のすぐ近くに、営団地下鉄日比谷線が通っているのだが、道路地図を見ると、この路線図が築地駅を過ぎて、東銀座駅に向かう途中に、築地市場入口に突き当たって直角に折れ曲がっているのである。
 走るのは自動車ではなく列車なので、構造上、実際に直角に曲がるわけではあるまいが、利用してみるとかなりの急カーブを描いているのがわかる。スピードも警戒減速に近い。車輪とレールの軋みで構内に響き渡る音もうるさい。

 ある晩、夢をみた。
 どこまでも果てしなくつづく地下の荒野に、縦横無尽にレールが敷かれている。  レールの上を、ひっきりなしに列車が走る。
 目の前を横切っていくものや、直角に曲がってこちらに向かってくるもの。
 まるで無数の蛇が、立体迷路をのたくるように、いつまでも、どこまでも、無数の列車が猛スピードでのたくっている。
 荒野に響き渡る、耳をつんざくような金属音。
 車両は全て、日比谷線の銀色。銀色の蛇。
 うなされた。
 寝覚めも、悪い。

 そして今朝も、憂鬱な気持ちのまま、いつもと変わらず、地下鉄に乗込む。


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