このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください


Q&Aコーナー (4)

皆さんからのご質問やご意見に一問一答の形でお答えします。


Part 4. 舶用の缶および機関 に関するQ&A

首記に関して、新見 志郎氏より掲示板にご質問をお寄せいただきましたので、当ページにて回答します。以下、Qは志郎氏のご質問、Aは髙木の回答を示します。

Q.1
石炭焚き時代の小型艦に、ロコモーティブ・ボイラーを装備したのがけっこういるのですが、これに使われた機関車缶というのは、実際に機関車用の転用だったのでしょうか。それとも、形式的に同じというだけで、別に造られたのでしょうか。
転用であった場合、復水器を適合しようとすると、どのような改造が必要でしょうか。あんまり、シュッポシュッポと走る水雷艇というのは、想像したくないのですが。
A.1
舶用の機関車型缶は転用でなく、舶用として最適化されたものです。詳細については、「世界の艦船」第563集の「イタリア巡洋艦の機関」にも書きましたのでご確認ください。
最も本質的な差異はご高承のように缶の通風に在ります。機関車用は機関(通常は不凝式non condensing)の排気ジェットを煙室の底から吹き込み、燃焼ガスを吸い出す誘引通風induced draftですが、舶用の機関車型缶は機関が復水式condensingのため排気を通風に使うことはせず、煙突の高さを利用する自然通風natural draft、または缶室全体もしくは火床下に正圧をかける押込み通風forced draftです。ということで舶用の機関車型缶の排気は蒸気が混じらず、連続した排煙となりますのでご安心ください。
なお、世界には復水式の蒸気機関車も存在しました。この場合、缶の通風は蒸気で駆動するターボブロワーを煙室内に設けて燃焼ガスを吸い出していました。機関の排気は主機・補機とも全部復水器(ターボファンで送風する空冷の表面復水器)に戻ります。というわけで転用する場合は最低限煙室の改造が必要と思います。
(実際に転用された例も少数ながら存在したようです)
余談ながら蒸気推進時代には下記のような造船所でも蒸気機関車を造っていたのは良く知られています。
(英)ホーソン・レスリー、アームストロング・ウィットウォース
(仏)シュナイダー
(独)クルップ、ウルカン、シーヒャウ
(伊)アンサルド
この他、チェコの造兵メーカーのスコダでも蒸気機関車を造っていましたし、逆にWW2中は英国の鉄道工場も戦車を造ったりしていました。何はともあれ、今日のように重機工業が細分化する前の時代の話でした。


Q.2
連成機関の黎明期に、イギリスで「ウルフ・システム」なるものが開発されたそうです。なんでも、高圧気筒の排気を直接低圧気筒へぶち込んでいたとかで、クランクの位相差は同じか全くの逆位相でしか成立しなかったと書かれています。
構想の誤りから効率が悪かったというのですが、けっこう後まで名前だけは出てきます。大陸側では受け入れられたとも言うのですが、どうにも掴み切れるだけの資料がありません。
何かご存知でしたら、ご教示ください。
A.2
連成機関(コンパウンド・エンジン、複式膨張機関)の考案と特許取得は、ご高承のように1781年ホーンブロワーJ. Hornblowerによるものですが、その後しばらく顧みられずにいたところ、1804年ウールフA. Woolfによって実用化の途が拓かれたとされています。
ご指摘の通り、高圧シリンダの排気を直接低圧シリンダの給気とするもので、クランク位相角は0度(タンデム・コンパウンド)または180度(バランスド・コンパウンド)が基本です。両者を総称してウールフ・コンパウンドと呼びます。
2気筒複式膨張機関で前者の場合はピストン棒・クロスヘッド・コネクティングロッド・クランクが各1個で済みますが1回転中のトルク変動と往復部の釣り合わせで不利であるのに対し、後者は各2個ずつ必要ですがトルク変動と釣り合わせでは有利となります。高圧・低圧両ピストンの移動速度はタンデム・コンパウンドでは全く同一、バランスド・コンパウンドでもコネクティングロッドが相応に長ければほぼ同等になります。従って高圧シリンダの排気が直接低圧シリンダの給気となってもその需給タイミングがほぼ一致しますので、両シリンダ間に特に蒸気溜め(リザーヴァまたはレシーヴァ)を必要としません。「構想の誤りから効率が悪かった」という論説は腑に落ちないものがあります。
ちなみに、蒸気機関車で4気筒複式のものは殆どこのウールフ・コンパウンドで、タンデムとその変形のスーパーポーズ(高圧・低圧両シリンダ上下2段重ね)は米国、バランスドは英米仏独その他で1890〜1910年頃に多用されましたが、その後過熱式の導入に伴ってフランス以外ではあまり用いられなくなりました。
2気筒複式膨張機関で自己起動力が必要なときは、クランク位相角は90度(クロス・コンパウンド、十字複式、または並列複式)とします。この場合は高圧・低圧両ピストンの一方が始点または終点にあるとき、他方はストロークの中央附近のため、排気と給気の需給タイミングが一致しませんので、両シリンダ間に蒸気溜め(容積は高圧シリンダと同程度以上)が必要となります。
ちなみに神戸工場で英人技師の監督によって1893年に製造された国産初の蒸気機関車も2気筒複式のクロス・コンパウンドで、他にも数形式がわが国に存在しました。
舶用の2気筒複式膨張機関にはクランク位相角が0度でも90度でも180度でもない、120〜150度のものが有るようですが、給・排気と釣り合わせの双方を妥協させたものと思われます。3気筒3段膨張機関はクランク位相角120度(3等分)が基本ですが、釣り合いは良好としても給・排気の点では妥協していると考えられます。
4気筒3段膨張機関となると迷路に入りこみそうですが、滑り弁および弁装置を含む各気筒の往復部質量を釣り合わせるため、クランク位相角は90度(4等分)でなく、色々なバリエーションが有ったようです。

※クランク位相角の件については、
日本軍艦 機関部データ集 第3章 主機(レシプロ機関) 2. 主機の基本構成
を併せてご覧ください。


Q.3
復水器は効率のためには蒸気機関にとって重要な設備ですが、水を使い捨てたほうがよい場合もあります。
蒸気機関車では冷却手段と構造の複雑化が問題でしょうが、小型の蒸気機関を積んだ艦載艇などでは、復水器は装備されていたのでしょうか。
A.3
正確なところは当該艦種の図面でも見ないことには判りかねますが、艦載艇クラスの小型艦艇に類似のものとして、竪型ボイラーを搭載した40人乗りくらいの渡し舟の図面を"Harland & Wolff" (Tom McCluskie著、Conway刊)の中に見出しました。機関は150度対向2シリンダ単式膨張で、排気管は煙突の付け根に導かれ、上に向かって開口しています。蒸気機関車と同様の不凝式で、シュッポシュッポと走るもののようです。水は160英ガロン(0.72 m3)入りの真水タンクを左右に一つずつ持っています。
復水式か不凝式かは、移動機器の場合は効率よりも缶水補給が容易か否か、で決まるような気がします。
従って、艦載艇(親船や泊地で容易に缶水補給可能)にも復水式でなく不凝式のものが存在した可能性を否定できない、ということになるでしょう。
不確か極まりないですが、こんなところでご容赦願います。


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