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ドッガー・バンク海戦に見る機関部の実相

2.参戦各艦の機関

さて、ド海戦に参加の各艦の機関ですが、計画値(カタログ・スペック)は周知としても、一体どれくらいの実力を持っていたか、公試成績を参考にしてみましょう。
公試にも種々条件が決められていますが、ド海戦は4時間を超える追撃戦で、この間英国側はほぼ限界速度を発揮したようですから、英国艦については10/10全力、それも可能な限り長時間の公試成績を使うことにしましょう。
ドイツ艦については、一応「標柱間」としてある他は、資料に注記が有りません。


2-1. 主力艦

まず、両軍の主力艦から、起工順に見てみましょう。
上段の数値が排水量、推進軸回転数、機関出力、速力の計画値、
下段が同じく公試値、
Tは排水トン、rpmは毎分回転数、ftはフィート(1ft=304.8mm)、inはインチ(1in=25.4mm)、shpは軸馬力(タービン機関)、ihpは指示馬力(レシプロ機関)、ktはノット(1kt=1.852km/h)、psiはポンド/平方インチ(1psi=0.0703kg/cm2)です。

2-1-1. 英国巡洋戦艦

インドミタブルIndomitable
 17,410T, 275rpm, 41,000shp, 25.0kts
 17,345T, 296rpm, 47,879shp, 26.1kts(標柱間2往復)
 パーソンズ式2軸並列タービン、2基、4軸
 推進器外径: 翼軸11ft (3.35m)、内側軸10ft (3.05m)
 バブコック&ウィルコックス式水管缶31基、主缶使用圧力: 250psi (17.6kg/cm2)
前章に述べたインヴィンシブル級の2番艦で、バブコック&ウィルコックス式は本級では本艦のみで、他の2艦はヤーロー式水管缶を搭載していました。主缶重量はインフレキシブルの1,277Tに比べ、本艦は1,461Tと200T近く増大した一方、排煙温度は他の2艦よりも若干低かったと報告されています。


HMS Indomitable. (Auther's Collection)

ニュー・ジーランドNew Zealand
 18,500T, 275rpm, 44,000shp, 25.0kts
 ? T, 300rpm, 49,048shp, 26.39kts(標柱間2往復)
 ? T, 250rpm, 46,894shp, 26kts(8時間)
 パーソンズ式2軸並列タービン、2基、4軸
 推進器外径: 10ft9in (3.28m)
 バブコック&ウィルコックス式水管缶32基、主缶使用圧力: 250psi (17.6kg/cm2)
本級からは機械室の後ろに隣接して独立の復水器室(中央縦隔壁無し)が設けられ、また独立の巡航タービンを廃し、低圧タービンと一体に巡航段落を設け、巡航時は蒸気を主缶→巡航段落→高圧タービン→低圧タービンと使用しています。
缶室は5室で、艦首寄りから主缶をそれぞれ5基、7基、4基、8基、8基収め、第2・第3缶室間にはP砲塔、第4・第5缶室間にはQ砲塔の弾薬庫が在るという、やはり火種と爆発物とが隣り合わせの設計です。
煙突は3本で、煙路導設は前から主缶12基、12基、8基に分けています。


HMS New Zealand. (Auther's Collection)

ライオンLion
 26,270T, 275rpm, 70,000shp, 27.0 kts
 26,690T, 279rpm, 76,121shp, 27.62kts(標柱間1往復、密閉排気)
 ? T, 273rpm, 75,685shp, ? kts(8時間、密閉排気)
 パーソンズ式2軸並列タービン、2基、4軸
 推進器外径: 翼軸11ft4in (3.45m)、内側軸12ft3in (3.73m)
 ヤーロー式水管缶42基、主缶使用圧力: 235psi (16.5kg/cm2)
缶室は4室で、艦首寄りから主缶をそれぞれ6基、12基、12基、12基収め、第3・第4缶室間にはQ砲塔の弾薬庫が在ります。また、第1缶室以外は中央縦隔壁を有しています。ちなみに、英国建造の巡洋戦艦で缶室に中央縦隔壁を有していたのは、本級以外には金剛のみです。
煙突は3本で、煙路導設は前から主缶10基、20基、12基に分けています。煙突の断面積は対応する主缶(複数)の総火床面積にほぼ比例しますから、煙路導設がどうなっているか、どの位の機関出力かなど、ある程度は外見より推測可能です。
なお、密閉排気とは、補機の排気を復水器に落とさず、特殊な弁で通常より高く(2kg/cm2前後)保ち、これを主機の低圧段落に導いて作動させることで、機関出力が増大する反面、排気圧力の増大によって蒸気の漏洩が多くなり、水消費量も増大しますので、一時的なブースト機能と考えられます。


HMS Lion. (Auther's Collection)


HP Forward and Astern Turbine of HMS Lion. (Auther's Collection)

プリンセス・ロイヤルPrincess Royal
 26,270T, 275rpm, 70,000shp, 27.0 kts
 26,710T, 284rpm, 78,803shp, 28.5kts(標柱間3往復)
 ? T, 282rpm, 76,510shp, 28.25kts(8時間)
ライオン級の2番艦で、基本的に同一です。


HMS Princess Royal. (Auther's Collection)

タイガーTiger
 28,430T, ? rpm, 85,000shp, 28.0kts
 28,990T, 267rpm, 91,103shp, 28.38kts(標柱間3往復)
 28,430T, ? rpm, 108,000shp, 30.0kts(過負荷時)
 28,790T, 278rpm, 104,635shp, 29.07kts(過負荷時、標柱間2往復)
 ブラウン・カーチス式2軸並列タービン、2基、4軸
 推進器外径: 13ft6in (4.11m)
 バブコック&ウィルコックス式水管缶39基、主缶使用圧力: 235psi (16.5kg/cm2)
本級からは、主機が反動タービンreaction turbineのパーソンズ式でなく、衝動タービンimpulse turbineのブラウン・カーチス式となっています。これは、低速時の燃費改善や推力軸受の小型化などのため、カーチス式の翼列を増加し、前部を圧力段落ごとの翼車構造、後部を各段落共通の胴車構造としたものです。なお、パーソンズ式も通常は初段のみカーチス段落を付加した改良パーソンズ式ですから、むしろ混式タービンcombination turbineと言えるでしょう。
缶室は5室で、艦首寄りから主缶をそれぞれ7基、8基、8基、8基、8基収め、缶室の中央縦隔壁は廃止されています。第5缶室と機械室の間にはQ砲塔の弾薬庫が在ります。本艦は、ヴィッカーズ社で設計された金剛を参考にしたと言われていますが、缶室回りの設計はだいぶ異なるようです。
煙突は3本で、煙路導設は前から主缶15基、12基、12基に分けています。一見、同じ太さの円形断面の3本煙突のようですが、良く見ると第1煙突が僅かに太いことが判るでしょう。


HMS Tiger. (Auther's Collection)


2-1-2. ドイツ巡洋戦艦・装甲巡洋艦

続いてドイツ主力艦ですが、その前にドイツ艦艇に共通することとして、缶室は機械室寄り、つまり艦尾寄りから第1、第2、・・・と数えることに要注意です。また、この結果、煙突も艦尾寄りから第1、第2、・・・と数えることになります。理由は、船体の肋骨を艦尾に近いほうから付番していたためと推測されます。ドイツでは砲塔の呼び名が上から見て時計回りにA, B, C,・・・であるのと同様、その国々の慣例と思われます。
なお、当時のドイツでは、正式には大型巡洋艦と呼称していましたが、ここでは通例に従い、装甲巡洋艦(ブリュッヒャー)と巡洋戦艦(その他)とに区分します。

ブリュッヒャーBluecher
 15,842T, ? rpm, 34,000ihp, 24.75kts
 17,500T, 126rpm, 43,886ihp, 25.8kts
 4気筒直立型3段膨張レシプロ機関、3基、3軸
 推進器外径: 翼軸5.6m、中央軸5.3m
 シュルツ・ソーニクロフト式水管缶18基、主缶使用圧力: 16kg/cm2
缶室は5室で、艦尾寄りから主缶をそれぞれ4基、4基、4基、4基、2基収めています。缶室には中央縦隔壁は有りません。この配置は、先行の装甲巡洋艦シャルンホルスト級、および後続の巡洋戦艦フォン・デア・タンと同じです。
煙突は2本で、煙路導設は艦尾寄りから主缶8基、10基に分けていますが、計画時点では前級と同様4本煙突でした。


SMS Bluecher. (Auther's Collection)

モルトケMoltke
 22,979T, 260rpm, 52,000shp, 25.5kts
 25,400T, 332rpm, 85,782shp, 28.4kts
 パーソンズ式2軸並列タービン、2基、4軸
 推進器外径: 3.74m
 シュルツ・ソーニクロフト式水管缶24基、主缶使用圧力: 16kg/cm2
機械室は3室で、前部2室に翼軸の高圧タービンを各1基、後部1室に内側軸の低圧タービン2基を収めています。後部1室には中央縦隔壁が在ります。
缶室は4室で、艦尾寄りから主缶をそれぞれ6基、6基、6基、6基収め、第1・第2缶室は2列の縦隔壁で左中右に三分割していますが、艦首寄りの第3・第4缶室にはこれが無く、横幅をつめています。機械室と第1缶室間にはE(左舷)砲塔弾薬庫、第2・第3缶室間にはB(右舷)砲塔弾薬庫が在ります。
煙突は2本で、煙路導設は艦尾寄りから主缶12基、12基に分けています。
舵は本級から前後2枚のタンデム・ラダーを採用しましたが、全般に効きが良くなく、また旋回中は速力が落ちるとされています。


SMS Moltke. (Auther's Collection)

ザイドリッツSeydlitz
 24,988T, ? rpm, 67,000shp, 26.5kts
 28,550T, 329rpm, 89,738shp, 28.1kts
 パーソンズ式2軸並列タービン、2基、4軸
 推進器外径: 3.88m
 シュルツ・ソーニクロフト式水管缶27基、主缶使用圧力: 16kg/cm2
機械室は前級と同様で、前部2室の間に補機室を設けています。
缶室は5室で、艦尾寄りから主缶をそれぞれ6基、6基、6基、6基、3基収め、第1〜第3缶室は前級と同様、2列の縦隔壁を有しています。機械室と第1缶室間にはE(左舷)砲塔弾薬庫、第2・第3缶室間にはB(右舷)砲塔弾薬庫が在るのも前級と同様です。
煙突は2本で、煙路導設は艦尾寄りから主缶12基、15基に分けています。


SMS Seydlitz. (Auther's Collection)

デアフリンガーDerfflinger
 26,600T, ? rpm, 63,000shp, 26.5kts
 31,200T, 271rpm, 76,600shp, 25.8kts
 パーソンズ式2軸並列タービン、2基、4軸
 推進器外径: 3.9m
 シュルツ・ソーニクロフト式両面焚水管缶18基、主缶使用圧力: 16〜18kg/cm2
機械室は前級と同様の配列ですが、前部2室の間にはC砲塔弾薬庫を設けています。ちなみにD砲塔弾薬庫は後部室に隣接です。なお、前部2室の上層は発電機室、後部1室の上層は復水器室となっています。
缶室は6室で、艦尾寄りから主缶をそれぞれ2基、4基、4基、4基、2基、2基収めています。第1缶室は両舷に泣き別れで、間にはC砲塔弾薬庫の一部が挟まり、第2〜第6缶室には中央縦隔壁を有しています。第1〜第4缶室には石炭専焼缶、第5・第6缶室には大型の重油専焼缶を収め、前者が14基、後者が4基という内訳です。なお、前級までは片面焚でしたが、本級からは両面焚となり、1缶当り力量(蒸発能力)を増大しています。
煙突は2本で、煙路導設は艦尾寄りから主缶10基、8基に分けています。
本艦の公試時期は第1次大戦の勃発後で、通常使用するバルト海のコースが安全でなくなり、水深の浅い(約35m)ベルト標柱間で行なわれたため、速力が低く出ています。


SMS Derfflinger. (Auther's Collection)

ここで、英国艦とドイツ艦の、機械室と缶室の総床面積を比較してみましょう。
 ライオン(プリンセス・ロイヤル同型) 機械室: 645m2、 缶室: 1,169m2
 タイガー 機械室: 647m2、 缶室: 1,105m2
 ザイドリッツ 機械室: 403m2、 缶室: 925m2
 ヒンデンブルク(デアフリンガー準同型) 機械室: 474m2、 缶室: 880m2
おしなべてドイツ艦は、英国艦と比べると、隔壁が多いのとあいまって、良く言えば緊密に、悪く言えば窮屈に出来ていたようです。
また、機関部の総重量では、
 プリンセス・ロイヤル 主機: 4,482T(うちタービン: 1,803T、主缶: 2,327T)、 補機: 491T
 デアフリンガー 主機: 2,919T(うちタービン: 1,146T、主缶: 1,443T)、 補機: 566T
となって、後者のほうが約3割軽量となっていました。


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