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ドッガー・バンク海戦に見る機関部の実相
3. 機関部から見た戦況
「欧州戦争 英国海軍戦史」の原著"Naval Operations" Vol.2で、著者コルベットCorbettは、下記のようにド海戦の本質を喝破しています。
For Admiral Beatty the action had now settled down to a plain, stern chace(筆注、正尾追撃戦). Speed was the dominating factor, and at 8.52 he signalled for 29 knots, well knowing that his two rear ships must begin to fall astern; (P89)
ちなみに、"his two rear ships"とは、ニュー・ジーランド、インドミタブルの2隻です。
さて、一定出力での艦艇の速力は、排水量(喫水深さ)の2/3乗に反比例します。
戦闘に臨む艦艇は、相当量の弾薬・燃料・消耗品などを積み込んだ満載状態となりますので、公試状態と比べると排水量がかなり大きくなり、最大速力はその2/3乗に反比例して低下します。
3-1. 主力部隊
3-1-1.英国巡戦部隊
まず、追う側の英国巡戦部隊ですが、ビーティの速力命令を時系列で追ってみると、
07:14 15ノット
07:20 20ノット
(07:24 SSEに発砲の閃光を視認)
07:46 22ノット
(07:50 S65E 14浬−25,900mにヒッパー隊を視認)
08:09 24ノット
08:16 25ノット
08:21 26ノット
08:33 27ノット
08:42 28ノット
08:52 29ノット
09:52 24ノット(右舷2点回頭、陣形緊縮)
10:10 26ノット
(10:45 ライオン落後、タイガー先頭)
(11:00 左舷8点回頭)
(11:45 追撃中止、反転)
途中で落後したライオン以外は、4時間近く24ノット以上を維持しています。
当日は海上平穏、風は北東の微風でしたから、大艦の高速発揮に対しては、気象条件はさほど悪くなかったと思われます。
最劣速の殿艦インドミタブルの状況について、"Naval Operations" Vol.2は、
By 8.30 they were doing 26 knots, and the Admiral(筆注、ビーティ)called for 27.
Yet the Indomitable, whose mean trial speed was only just over 25, was keeping up, and the flagship(筆注、ライオン), in admiration, signalled "Well steamed, Indomitable." (P89)
と伝えています。
「蒸気昇騰良好なり」の信号が、いかにも蒸気推進時代の船乗り然としているでしょう。
Campbell著"Battle Cruisers"は、
During the chase the Indomitable recorded 292 rpm, perhaps attaining 25 kts,
としています。
インドミタブルの満載排水量は20,125Tですから、出力が全力公試と同一の48,000shpとすれば速力は25ktsとなり、燃料消費による軽減分を見込んでも、25ノット強がせいぜいであったと考えられます。
また、もう1隻のニュー・ジーランドについて"Battle Cruisers"は、
Subsequently at the Dogger Bank battle New Zealand was worked up to 316rpm for over 2 hours and again an hour with a maximum of 320 rpm and according to her torque meters attained 65,250 shp.
と、軸馬力は推進軸の捩れ計測器から求めていることが判りますが、上記の出力は公試でも出したことの無い数値です。
同型艦オーストラリアが標柱間3往復の全力公試で18,750T, 315rpm, 55,140shp, 26.89ktsを記録していますが、ニュー・ジーランドの満載排水量は22,110Tですから、65,250shpでは 26.8ktsとなり、燃料消費による軽減分を見込んでも、27ノットがせいぜいと考えられます。
一方、ライオン(同型艦プリンセス・ロイヤル)の満載排水量は30,815T、タイガーは33,260Tですから、29ノット出すにはそれぞれ102,000shp、114,000shp必要となります。こうして見ると、優速の3隻といえども、ビーティの命令「速力29ノット」が可能であったか、すこぶる疑問に思えてきます。
実際のタイガーは"Battle Cruisers"によれば、
At the Battle of Dogger Bank where Tiger's displacement was probably at least 31,500 tons, the greatest shp recorded was 96,000 for 270 rpm and an estimated 28 kts.
と、28ノットが最大速力であったようです。
3-1-2.ドイツ偵察部隊
一方、逃げる側のドイツ偵察部隊は、ヒッパーの速力に関する下令時刻が記録に残っていないようですが、「北海海戦史」第3巻の附録第8 (P410〜428)、合戦図などより、判明している限りをGMTで記してみると、
07:00頃 15ノット
(07:35 左舷16点逐次回頭、針路南東)
(07:40 第2偵察隊及水雷戦隊右舷前方)
(07:50 第15及第18駆逐隊ロストック付属、第5水戦コルベルク付属)
07:45頃 20ノット
08:30頃 21ノット
09:05頃 22ノット
09:30頃 23ノット
(09:45 左舷1点回頭)
(10:10 左舷1点回頭)
(10:40 左舷1点回頭)
(11:05 駆逐艦に攻撃中止命令)
11:15 21ノット
となり、最大速力は23ノット止まりであったようですが、使用炭が低質であることに加えて増速のため、ともすれば計画(適正)燃焼率を超えて缶を焚き、無理焚きから不完全燃焼を起こし、未燃分が煙突から放出されて黒煙となります。
「北海海戦史」には、
「尤もヒッパー提督は既に10時2分(筆注、9時2分GMT)麾下の巡洋戦艦3隻及ブリューヒャーを同じく4艦の大砲全部を射撃せしむる為原針路持続の下に方位南(筆注、後続艦から見た旗艦の列線方位)の一線上に出でしめたるも濃密なる妖煙は最大速力を以て疾駆する戦隊及駆逐隊の後方に棚引き風南西へ吹くを以てドイツの照準線及測距儀に対し多少目標を掩蔽せり」(P288)
「又不良なる展望と劇甚なる煤煙の妨害とは全く一般的に遠距離に於ける目標の捕捉を著しく困難ならしめたるを以て射撃の命令に直に(午前10時11分)(筆注、9時11分GMT)応じ得たるは唯デアフリンガーありしのみ」(P289)
「(筆注、9時20分GMT頃)ザイドリッツの前方に航進せる軽巡洋艦及駆逐艦の濃煙は精密に敵の方向に靡き而して敵其物は高速のため煤煙に包まれ此時僅に先頭艦のみが濃煙中より姿を現はし先ずデアフリンガーより次いでザイドリッツよりも亦砲撃するを得たり」(P290)
「此等の事情の下に砲火指揮は容易ならざりき絶えざる煤煙の妨害に際し正規の分火は到底不可能なりしを以て寧ろ各艦は総ての砲に対し最も有利なる方向に在り且最も明瞭に認め得たる目標を砲撃せり」(P290)
のように、「濃密なる妖煙」「劇甚なる煤煙」などと、煤煙のひどさと砲戦に与える悪影響を繰り返し述べています。
また、「北海海戦史」第3巻の附録第7 (P405〜409)「1915年1月24日ドガー・バンク海戦砲術記録」も、下記のようにコメントしています。
ザイドリッツ「射撃の状況は敵が恰も味方の煤煙中に在りしを以て甚だ不良なりき」
デアフリンガー「ドイツ艦隊の煤煙は敵方に靡き目標の認識と照準を困難ならしめたり煤煙の為屡目標の変換の已むなきに至らしめたり」
モルトケ「第3砲術将校は軍艦及駆逐艦の煤煙の為殆ど何物をも観測するを得ざりき砲火は一時中止せられ有利なる機会にのみ継続せられたり」
ヒッパーも早くから左翼梯陣を張っていたようですが、同隊は風上に占位していましたから、敵側になびく砲煤煙が砲戦の妨げとなったようです。
半面、かかる煤煙は英国側にも影響を与えており、「北海海戦史」には、
「(筆注、9時35分GMT頃)タイガーは敵より英艦列の方向に靡ける煤煙の為間もなく目標たるザイドリッツを見失ひ僅かにサザンプトンの信号に依り遥に遠弾にて之を射撃せり」(P292)
とありますから、悪条件はお互い様かも知れません。
その他の英国主力艦も、しばしばドイツ艦の発砲の閃光に照準するなど、苦労していたようです。
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