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日露戦争黄海海戦に見る機関部の実相
2-3. 公試成績の検証
ここでは、計画性能(出力、速力)と公試成績との整合性を検証してみましょう。
簡単にするために、所要出力Pは速力Vの3乗に比例するとします。
これに比例法則(排水量)の項を絡めて、
P=(V)3乗×(D)2/3乗/Cad, Cadはアドミラル係数、Dは排水量
小文字d、同tをそれぞれ計画値、公試値として、
Pd=(Vd)3乗×(Dd)2/3乗/Cad
Pt=(Vt)3乗×(Dt)2/3乗/Cad
Pt/(A×Pd)={(Vt) 3乗×(Dt)2/3乗}/{(Vd) 3乗×(Dd)2/3乗}
A={Pd×(Vt) 3乗×(Dt)2/3乗}/{Pt×(Vd) 3乗×(Dd)2/3乗}
上式を簡単にして、
A={Pd×(Vt) 3乗×(Dt)}/{Pt×(Vd) 3乗×(Dd)}
としたときの予実指数Aを計算してみました。
2-3-1. 主力艦
まず、両軍の戦艦と装甲巡洋艦について検証してみましょう。
日本艦の予実指数Aは、
富士(新造時、強圧通風): 0.98
富士(強圧通風): 1.18
富士(自然通風): 1.12
敷島(強圧通風): 1.06
敷島(自然通風): 0.91
朝日(強圧通風): 1.03
朝日(自然通風): 1.05
三笠(強圧通風): 1.01
三笠(自然通風): 0.66
浅間(強圧通風): 1.07
浅間(自然通風): 0.96
八雲(強圧通風): 0.98
八雲(自然通風): 1.10
春日(強圧通風): 0.92
日進(強圧通風): 0.95
日進(自然通風): 0.87
となって、A=1が計画どおり、A<1が計画未達(出力の割に速力が低い)、A>1が計画クリア(出力の割に速力が高い)ですが、おおむね予実差±10%の範囲に入っているようです。測定誤差(特に指圧線図)も含まれますので、この時代としては予実差±10%以内は妥当と思われますが、それを超えたら元データに何らかの疑いが有ります。
強圧通風での富士(新造時)、朝日、三笠、八雲などは、まず計画どおりの性能を出したと言えるでしょう。
自然通風での三笠は出力の割に速力が低過ぎるようです。自然通風で18ノットを超えた朝日の例も有りますので、公試記録の15.6ノットでなく17.6ノットとすると、A=0.96となって妥当な線に近づきます。
次に露西亜艦の予実指数Aを計算すると、
ポルターヴァ(新造時): 0.99
セヴァストーポリ(新造時): 1.02
ペレスヴィエト(新造時): 1.17
ポビエダ(新造時): 1.06
レトヴィザン(新造時): 0.94
ツェサレヴィチ(新造時) 1.22
となって、ペレズヴィエトとツェサレヴィチが出力の割に速力が著しく高く出ています。指圧線図の誤差が大きかったことにより、出力が低く計測された可能性がまず考えられます。
2-3-2. 防禦巡洋艦/通報艦
同様に、両軍の防禦巡洋艦と通報艦を検証してみましょう。
まず日本艦ですが、
和泉(強圧通風): 1.27
和泉(自然通風): 1.24
松島(新造時、強圧通風): 0.97
松島(強圧通風): 1.12
松島(自然通風): 1.20
橋立(缶換装時、強圧通風): 1.19
橋立(同、自然通風): 1.37
秋津洲(強圧通風): 1.55
秋津洲(自然通風): 1.20
高砂(強圧通風): 1.28
高砂(自然通風): 1.43
須磨(強圧通風): 0.97
須磨(自然通風): 1.00
明石(強圧通風): 1.10
明石(自然通風): 1.06
笠置(強圧通風): 1.31
笠置(自然通風): 1.21
千歳(強圧通風): 1.30
千歳(自然通風): 1.10
八重山(強圧通風): 0.92
八重山(自然通風): 0.98
となって、多くの艦で出力の割に速力が著しく高く出ています。これらも指圧線図の誤差が大きかった可能性が考えられます。
次に露西亜艦は、
パラーダ、ジアーナ(新造時): 0.96〜1.01
アスコリト(新造時): 1.03
ノヴィーク(新造時): 0.96
となって、おおむね計画どおりの性能を出しています。快速巡洋艦とされる「アスコリト」「ノヴィーク」も、まず掛値無しの高速力を有していたと見て良いでしょう。
2-3-3. 出力・速力の測定法
レシプロ機関の出力は、シリンダに取り付けられた指圧器indicatorによって、横軸をピストン行程、縦軸をシリンダ内圧とする指圧線図indicator diagramを採録し、平均有効圧力Pe [kg-cm2] を測定して、これにピストン面積A [cm2]、ピストン速度V [m/s] を掛け合わせ、下記のように算出します。単位は、指示(図示)馬力indicated horse power [ihp]です。
Qi = AVPe/75 = π・D2・2S・N・Pe/4×60×75 = π・D2・S・N・Pe/2×60×75
ちなみに、Dはシリンダ内径 [cm]、Sはピストン行程 [m]、Nは推進軸回転数N [rpm] です。
レシプロ機関の機械効率eは、指示馬力に対する軸馬力の百分率として算出します。通常、80〜90%です。
e = Qs/Qi [%]
公試(汽走試験)の要領は、「機関実験参考書」によれば、
「汽走試験ノ一般目的ハ速力及力量決定ノ為或ハ定メラレタル距離又ハ時間内施行セラルルモノニシテ此等ノ試験ヨリ抵抗及推進器等ニ関スル事項ヲモ求ムルニアリ」
「速力試験ハ通例1浬乃至2浬ノ短距離ニテ数回往復施行セラルモノニシテ、試験区域標識ノ為海岸ニ標識ヲ特設ス、而シテ短距離航走ノ場合ニハ標柱間ノ前後ニ艦ノ旋回及旋回後標柱間ニ入ル迄ニ充分ナル場所ヲ要ス」
「標柱間汽走ニ関シテハ特ニ次ノ諸項ニ注意スルヲ要ス、
1. 艦底ノ浄否ハ成績ニ影響スルコト大ナリ、故ニ艦出渠後ノ日数ハ必ズ成績中ニ記入シ置クヲ要ス、
2. 吃水モ亦成績ニ影響ス、出入港時ノ吃水ニ比較シ其ノ時刻迄ノ使用炭量及水量等ニ帰因スル修正ヲ行フヲ要ス、
3. 主機械加減弁ハ標柱間ニ入ル前予定シテ汽走中変更スベカラズ、
4. 標柱間汽走中ハニ、三度以上ノ転舵ヲ避クルヲ要ス、
5. 標柱間ノ潮流ハ汽走中方向モ速力モ共ニ一定ノモノニアラザルガ故ニ必ズ偶数回ノ試航ヲ行ヒ潮流風向等ノ影響ヲ除外スルヲ要ス、
通例試航ハニ回ノ往復ヲナシ、次ノ如ク連続平均ヲトルコトト定メラル、
第一回往航速力 Va
第一回復航速力 Vb
第ニ回往航速力 Vc
第ニ回復航速力 Vd
第一平均 (Va + Vb)/2, (Va + Vb)/2, (Vc + Vd)/2
第ニ平均 (Va + 2Vb + Vc)/4, (Vb + 2Vc + Vd)/4
第三平均 (Va + 3Vb + 3Vc + Vd)/8
公試運転及高速航続力運転等ニ於テハ最小力量ヨリ全力ニ至ル迄ノ航走試験ヲ行ヒ全力以下ノ力量回転数及速力ノ数値ヲ求ムルコトアリ、
汽走試験ニ於テ良結果ヲ得ンニハ尚次ノ諸項ニ留意スベシ、
1. 缶ハ内外部共ニ充分清浄ナルコト、
2. 燃料ハ良質ノモノヲ用フルコト、
3. 機械ハ擦熱ヲ起サザル様各部ノ調整良態ニシテ且注油装置完備シ良好ナルコト、
4. 推進器面は滑ラカニシテ翼及尖端等ニ損所ナク水中ニ充分没シオルコト」
となっていました。
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