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日露戦争黄海海戦に見る機関部の実相


4. 機関部から見た戦訓


4-1. 機関部の被害局限に関するもの

4-1-1. 主缶・主機に関するもの

「帝国海軍機関史」下巻は、開戦を目睫に控えた明治37年1月の記事として
「十日連合艦隊機関長海軍機関大監山本安次郎ハ東郷連合艦隊司令長官ノ旨ヲ承ケ 連合艦隊所属各艦機関長ヲ旗艦三笠(佐世保軍港泊)ニ集メ機関ノ臨戦準備ニ関シ左記ノ如ク口達セリ。
 一、「ベルビル」式水管缶ノ収熱器内ニ装備セル保護亜鉛ハ当分取除キ置クヲ有利ト認ムルヲ以テ水管内部掃除ノ際取出シ 各艦トモ其ノ倉庫ニ格納シ置クベシ
 ニ、「ベルビル」式水管缶ノ収熱器(注、給水加熱器、節炭器とも言う)ハ敵弾ノ為メニ破損シ易キ位置ニ在ルガ故ニ 若シ損害ヲ受ケタル時 直接蒸発器ニ給水スルヲ得ベキ準備トシテ 予メ之ニ応ズル用具ヲ製造シ置クベシ
 三、機関室或ハ通風筒等ノ下部ニ於テ弾片防禦ノ手薄キ部分ニハ 相応ノ物品ヲ以テ防禦ヲシテ完カラシムルコトニ努力スベシ
 四、(略)
 五、(略)
 六、(略)
 七、諸管接合部ニハ可成鋼若クハ真鍮ノ帯輪ヲ巻キ漏洩ヲ予防シ 又諸管ノ直径ニ相当スル帯輪ヲ多ク造リ置キ 管ノ破損アリタル場合応急修理ノ用ニ供スベシ
 八、(略)
 九、(略)
と被害局限の要領を記しています。

ベルヴィール式水管缶の構造図を以下に示します。図の下方の太い水管群が蒸発器(蒸発管)、上方の細い水管群が節炭器(給水加熱器)、さらに上方が煙路〜煙突になります。図の中ほどの横置きの円筒が蒸気を集める汽胴、図(b)左下のアヒルの頭部のようなのが自動給水加減器、さらにその下方の煉瓦積み部分が燃焼室(向かって左側が焚口)、その下端の右下りの部材が火格子、その下が灰局(灰箱)になります。煉瓦積みの一部には二次空気の通路が設けられており、加熱された二次空気を火床上に導入し、燃焼を加勢します。図(b)では背中合わせの隣接缶は省略されています。


なお、開戦前に危惧されたベルヴィール式水管缶の信頼性については、自動給水加減器の動作も終始円滑であり、戦闘後の検査でも水管の過熱変色や著しい屈曲が認められなかったとされ、却ってニクローズ式水管缶(内外二重水管)のほうが外管の変形によって缶水循環不良となる実例が挙げられています。

また、「日露戦争三笠ノ思出」には、同艦に実施した臨戦準備のうち、実効が有ったものとして下記が挙げられています。
 一、蒸気接合部漏洩予防
 ニ、副防弾装置トシテ新タニ古鉄架甲鉄格子仮設 即チ揚灰筒内等「アーマー・グレーチング」ノナキ所ニ新仮設
 三、甲鉄格子ノ防禦力ヲ補助スル為古鉄架格子仮設 即チ機械室通風筒内等ニ古鉄架格子ヲ十字形ニ仮設
 四、甲鉄格子下ニ「スプリンター・ネット」新設 右装置鎧電纜(注、ケーブル・コンジット)ニテ製作(佐世保海軍監獄ニ嘱託) 機械室通風筒甲鉄格子等ニ懸張
 五、甲鉄格子下ヲ横過セル汽管排汽管上半面ニ甲鉄鎧仮設
 六、(略)
 七、(略)
 八、(略)
上記のうち三〜五は、まさしく13:36の被弾時に効果を上げています。

一方、露西亜艦艇においては、これらに類する臨戦準備は不十分であったようで、次項に述べる煙突への被弾の際も、「彼ノ『ツェザレウイッチ』及『アスコルド』ノ缶ニ於ケル損害ハ甲鉄格子ヲ欠キシニ基因スト云フ」と記されたように、被害局限に失敗しています。



4-1-2. 煙突に関するもの

煙突は、その中の排煙の密度が大気より小さいことを利用して缶の通風を助長するもので、十分な有効断面積と高さ、および途中に余分な開口部が無いことが必要です。蒸気推進の艦艇にあっては、視覚的効果以上に死活的に重要なものでした。

「帝国海軍機関史」下巻は「煙突及檣ニ対スル命中弾」として、
「(前略)日本ノ榴弾ニシテ煙突若クハ檣ニ命中シテ爆裂セザリシモノ一回ダモアルコトナシ 之ニ反シ諸弾ノ多クハ其ノ命中点ニ於テ又時トシテハ其ノ後面ニ於テ爆裂セシコトヲ反復セリ 其ノ他又弾丸ノ爆裂ハ後方ノ隔壁ニ大損害ヲ及ボサズシテ反テ前方ノ隔壁ヲ裂断セシガ如キ事例ハ枚挙ニ遑アラザリキ」

 第十一表 煙突 (抜粋)

艦名弾丸効果
前壁後壁汽缶
ツェザレウイッチ30.5糎高勢爆裂榴弾頂部ヨリ底部マデ裂断シタリ皆無弾片の為メ数個ノ過熱蒸気管破損シタリ
フールポイントヲ有スル30.5糎榴弾穿通裂壊皆無
アスコルド30.5糎榴弾 装甲板裂壊撓屈シタリ皆無煙突阻塞シ汽缶其ノ用ヲ為サズ
煙突上部1/3全ク切断セラレタリ断片ノ為メ水管7個損傷セリ

「煙突損傷ノ結果一般ニ著シク艦ノ速力ヲ減少シ燃焼石炭量ヲ増加シタリ 戦後『ツェザレウイッチ』ハ其ノ速力三乃至四節ニ降リ 毎一日間ノ石炭消費高八十頓ナリシモノ一躍四百七十頓ニ増加シ 加之煤煙濛々トシテ甲板上ニ漲溢シ 其ノ付近ニテハ何等ノ作動ヲモ為スコト能ハザルニ至リタリ」
と述べています。この状況は、以下の写真より容易に推察できるでしょう。


膠州湾に遁入せる「ツェサレヴィチ」の被害状況

周知のように、当時の日本の炸薬は極めて鋭敏な下瀬火薬で、信管による起爆を待たず着発によって炸裂しましたので、装甲はなかなか貫徹しませんでしたが、煙突のような無装甲部分に対しては却って破壊効果が有ったようです。

主力艦以外では、一時期20ノットの高速を発揮して、追撃する日本巡洋艦を振り切ったアスコリトですが、煙突に多数の命中弾を受け、第5煙突は上部1/3を切断され、他の1本も通風力を失ったため、翌11日の黎明には17〜18ノットに低下していました。第六戦隊の東郷(正)司令官は機関不調の秋津洲を列外に出し、明石と和泉の2隻で極力近接を図りましたが、それでもなおアスコリトのほうが僅かに優速であったため、同日正午前には辛うじて両艦の追跡を振り切ることができました。


上海に遁入せる「アスコリト」の被害状況


被弾した「アスコリト」の煙突


また、前掲書は続けて
「将来中口径砲ノ存廃問題ニ関シテ言明セラレタル所ニ拠レバ 中口径砲ハ敵艦ノ煙突破壊ノ最良ノ利器ニシテ 今日ニ於ケル煙突一本若ハ数本ノ損害ハ猶恰モ昔時ノ帆船ニ於ケル帆ノ損害ニ比較シ得ベク 此ノ如キ被害ハ往々戦闘ノ勝敗ニ影響スルヲ証ス」
と記していますが、これは日露戦役後に登場の単一口径全巨砲艦(ド級艦)を念頭に置いたもので、日本海軍が英米の初期ド級艦のように中口径砲(6in=15.2cmクラス)を全廃せず、存続させた一因と考えられます。

一方、日本艦艇では三笠と富士が煙突に被弾しましたが、幸いにも貫通したため、通風力を著しく減殺されずに済みました。ただし、戦訓として以下の諸点が指摘されています。
 (甲) 送風機ノ力量ヲ増加スルコト
 (乙) 送風機ノ注油装置
 (丙) 強迫通風ノ際閉鎖スベキ諸戸蓋ノ装置
 水管缶ヲ装備セル艦ニアリテハ送風機ノ力量ハ煙突ノ基底部ヨリ破壊シタルモノト想定シタル場合ニ於テ尚通風計ノ水高一吋半(注、約38mm)ノ気圧ヲ得ルニ充分ナルモノタル可シ
 送風機注油装置ハ滑動部ニ粉炭ノ混入スルコトナキ様改良ヲ要ス(後略)




4-2. 速力発揮に関するもの

艦艇に限らず、舶用の石炭燃焼缶はほとんどすべて人力焚火のため、長時間の高速力発揮は火夫の能力(技能、体力、気力)に依存するところが大でした。

「帝国海軍機関史」下巻は「戦時ニ於テ臨時機関部員増加意見」として、
「本艦(三笠)機関部下士卒定員ハ二百五十八名ニシテ現今別表ノ如ク配置セラレ(中略) 而シテ平時ニ於テハ之ヲ以テ支障ナシトスルモ 今回ノ戦役ニ於ケル実験ニ徴スルニ 戦時ニ於テハ第三項及第四項ニ示スガ如ク臨時増加員二十五名ヲ乗組マシムルノ必要アルヲ認メタリ 其理由左ノ如シ
 一、 (略)
 一、 (前略)八月十日ニ於ケル海戦ノ如キハ十日正午ヨリ翌日午前五時迄高速力ニテ行動シ 此間旗艦部員ハ機械室百十五度(注、約46℃)、汽缶室ハ百三十度(注、約54℃)ノ高温度ニ浴シテ二直配置(実戦中ハ総員)ヲ以テ作業セリ、(中略)長時ニ亘ル二直配置ハ体力ノ克ク之ニ耐ル所ニアラザルヲ以テ 十五節乃至十六節ノ速力ニハ三直ヲ以テ運転シ得ルノ人員タラシメンコト此際最モ緊要ナリト思考ス 殊ニ缶側石炭ハ減少シ上部石炭庫ヨリ之ヲ運搬スルノ必要アル際ニ於テハ多数ノ人員ヲ要スルヲ以テ戦時ニ於テハ臨時ニ増加セラレムコトヲ望ム
 一、 (略)
 一、 (略)
 一、 (略)

 機関部員基本配置表

基本配置第一項第二項第三項第四項
現員改正セント欲スル
平常配置
戦時ニ於ケル
配置
同 差引
戦時増加員
機械室員右舷
左舷
16
16
24
24
24
24
0
汽缶室員第一焚火室
第ニ焚火室
第三焚火室
第四焚火室
第五焚火室
24
24
24
24
24
27
27
27
27
27
30
30
30
30
30
15
補機員水圧応用諸機
水雷機
製氷機、揚錨機
舵取機械
水雷艇及汽艇
12
14
4
4
6
10
15
3
4
8
10
18
4
4
8
4
小計19222324219
前部防火隊1411143
後部防火隊1411143
揚弾機員28x6x60
倉庫員4660
兵器修理員4330
前部電線係1220
後部電線係1220
小計6635416
合計25825828325

備考 X揚弾機員六名ハ水雷機員中ニ含有スルヲ以テ雑務員合計ニ算入セズ

もちろん、こういった増員は艦内居住区や糧食などの負担を増やしますし、棒給も増えるなどで艦隊予算を圧迫しますから、容易に実現できるものではありません。
三笠など最大出力15,000馬力クラスの前ド級戦艦ですら、機関部員はこれだけの大所帯でしたから、出力が増えれば比例的に人員増となるのは容易に推察できます。こうしたことも手伝って、後年のド級戦艦や巡洋戦艦を初めとする戦闘艦艇では、タービン主機や重油燃焼缶に漸次置き換えられていったわけです。


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