このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください


  【古事記考】
【古事記考】#2 <神話の世紀> 天地開闢に始まり、中心となる神々の誕生。その中から伊邪那岐(いざなぎ)と伊邪那美(いざなみ) が生まれ、日本列島や様々な神を産み出してゆく日本の神話が、古事記には綴られている。 古事記は西暦711年編纂の令が下った。 「天皇につながる各家に分散して伝わる神話や伝説、代々天皇の記録文書をまとめよ」 このままでは正しい記録が伝わらないかも知れぬという危惧が、天皇を襲ったのである。 各家に保管されている文書間に相違があり、同一のエピソードに対し複数のストーリーが存在した のである。 命を受けた家臣はそれら文書を選別し、更に編集し古事記として天皇へ献上した。 その影響からか、強引に1つの話に纏めてしまったものあるらしく、話のつながりを一部失ってい るも箇所もある。 それを裏付けるものが日本書紀だ。やや遅れて720年頃に完成した日本書紀には、古事記に掲載 された話の異聞諸説が記載されている。 が、それにしても破天荒な話の連続なのである。 勇ましく描かれた筈の須佐之男(すさのおのみこと)が、直後の話で「母恋し」と泣き暮らしてみたり。 母に会うのをお願いに高天の原(たかまのはら:天上界)へ昇っていった筈の彼が、「やったぜ」と突 然暴れ出したりする。その様を畏れて天照大御神は天の石屋戸(いわやど)へ隠れてしまう。 偽の祭りで騒ぎ立て、「何だろう」と覗き見る天照大御神を天手力男神(あまのてぢからおのかみ:力 の神様)が引っぱり出し事なきを得るアレだ。 有名なこの物語は、背景となる話に全く繋がりがないのである。 とにかく万事この調子で、全編に渡り型破り伝説のオンパレードである。 しかし人間ごときに理解できるようでは、まだまだ神様たりえないのだろう。 「神様を理解できないのではない、理解できないものが神なのだ」 そう達観するしかない、無軌道ぶりなのである。                               [
続く
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