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小さな美術館迷宮

マイブームは、九州の小さな美術館巡りだったりします。九州にはえートコ結構あるんですわ!そりゃあ、おっきいトコはゼニ持ってますよ!でもね、安くて、えートコ、いっぱい、ありまっせ!そんな私のお気に入り美術館&資料館を紹介しちゃいましょう。
私の場合、美術館&資料館は休憩所も兼ねています。ゆっくり出来る空間だから、落ち着いて作品鑑賞できるんですね。寛げる美術館&資料館は、良い基本設計なんです!
北九州市立美術館 鉄の都のすんげぇ美術館!かかしうどん&稚加栄のセットでどうだ!
佐賀県立九州陶磁文化館 有田の豪華絢爛な陶磁器資料館!これで無料?凄過ぎる!
石橋美術館・久留米分館 石橋正二郎さん、あなたは凄かった!久留米の誇りだ!
佐賀県立美術館・博物館 ここのイスパノスイザと、昔を紹介する展示だけは良いと思う。
直方谷尾美術館 個人保有が、直方市に移管された。建物の雰囲気はちょいと怪しい。
直方市石炭記念館 直方駅そばの、小さな石炭資料館、鉄ちゃんの私もお気に入り!
田川市立美術館 筑豊で一番企画展を招請しているがんばり屋さん!
別府市立美術館 別府の怪しい元ホテルの美術館、石炭王の遺産がルーツなの!
中富記念くすり博物館 サロンパスの会長が気合を入れて作ってしまった謎の博物館!
碓井町立織田廣喜美術館 筑豊美術館トライアングルの一角を占める美術館!2004.4.6

北九州市立美術館鉄の都のすんげぇ美術館!かかしうどん&稚加栄のセットでどうだ!

福岡県二つ目の百万都市北九州、北九州はかつて公害都市で名を売ったが、今や脱公害で売り出し中の鉄の都である。
北九州博覧祭はごり押しで開催し、赤字の内に終結した。その運営方法の奥底には北九州市民の人間性が見え隠れしている様で面白い。その北九州には、いろんなトコがあるが、私のお気に入り美術館筆頭、北九州市立美術館が小高いお山の上に建っている。しかしマクロス思い出させるこのデザイン。

何より私の好きな「パゴタ宮にて」があるし、夕暮れの喫茶店も「ねーちゃん」連れて行ったら、一発でコロリ状態!
美術館の怪しい使い方というか?途中の無料スペースを利用しても良いし、作品を鑑賞しても良いし、疲れたら寛いでも良い。

周辺の散歩道にはブロンズ作品が点在していて、ゆたーっとお散歩も捨てがたい。足腰鍛え直すには最適だ。うーん、設計者の着想、恐るべし!

この美術館の南側に、「かかしうどん祝町店」があるし、ここを訪れる際には北九州の紅梅にある「稚加栄」のランチセット確実に押さえておきたい。 最初に戻りまっせ!



佐賀県立九州陶磁文化館有田の豪華絢爛な陶磁器資料館!これで無料?凄過ぎる!

伊万里は、有田産磁器の別名として、独断先行逃げ切りぶっちぎっている。伊万里は出荷する港の名前であって、生産地の名前では無い。古今東西ネーミングは成功の第一歩だなと、痛感させられる。その伊万里の故郷、有田には佐賀県立九州陶磁文化館があるのだが、あんまり知られていないのである。
何より、ここの展示物は凄まじい!無料の文化館の領域をはるかに凌駕していて、伊万里・英国製バッタモン・独逸製バッタモンの平行展示まで行っている。企画展やってる時は、お金取られるからね!そこんトコ間違えないようにね!

圧巻は地階の元個人収蔵の寄贈品コレクション。個人所有の方が下手なトコより凄いじゃないか!これで、景徳鎮のオリジナル・古伊万里のバッタモン・英国製バッタモン・独逸製バッタモンの平行展示まで行ってもらえれば、完璧であろうと思うのだが。
正しく、九州の誇り!と言いたくなった。佐賀県立ながら「九州」を名乗っているのは伊達では無いぞ!
こうなると、北九州・門司に居を移した出光美術館の精進を望みたい!頑張れ!出光!銭取ってあのレベルじゃ、少しムカつくぞ!
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石橋美術館・新館石橋正二郎さん、あなたは凄かった!久留米の誇りだ!

最近倒産したアサヒ・コーポレーション、はブリヂストンの本家なのである。
ブリヂストンの創設者、石橋正二郎さんは、久留米市に多くの寄付を行ってきた。そのひとつが、石橋文化センターである。その中に石橋美術館がある。

石橋文化センターの文化ホールには無茶苦茶世話になった。ここにはウェストもあったんだよなぁ。

ココには石橋美術館の、洋画展示施設と、日本画&焼き物&彫刻品の展示施設の二つが在る。どちらも中々の施設であることは間違い無いし、常時展示品の交換が行われており、四季折々に訪れたい。
共通の入場券はわずか500円、絶対にお徳、お値打ちの美術館だ。
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佐賀県立美術館・博物館ここのイスパノスイザと、昔を紹介する展示だけは良いと思う。

佐賀県の美術館と博物館は併設されている。予算はどちらも少ないらしい。新規購入品を見かける事はあんまり出来ないし、展示品も少ない。ちったぁ、予算回せよなぁ!佐賀県庁!
ここの展示品で好きなのは、博物館の入り口にある「鍋島氏保有であったイスパノスイザ」と、昔の佐賀を紹介する展示品の中の「鴨撃ち用超巨大猟銃」である。

でも、寄付金や供託品など少ないらしく、北九州市立美術館にも及ばない。
おそらく、昭和からの展示品が今に続いているという事は、ほとんど死んでいる死に体の美術館&博物館と言えるだろう。

だが、このノスタルジックなチープさは、佐賀県立図書館の怪しさと通じる所もあって、捨て難いのである。

帰りには佐嘉神社となりの某饅頭屋さんで、無敵の肉まん!を忘れてはならんぞぉっ!
やっぱ訪れた際には、少しばっかりの寄付をしておこう。大英博物館も寄付だけになっていたよね。
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直方谷尾美術館個人保有が、直方市に移管された。建物の雰囲気はちょいと怪しい。

ただいま、製作中だが、106歳の天寿を全うされた医師のコレクションは渋かったが、その死後、遺族から直方市に寄贈され、入場料100円の美術館になってしまった。お茶室もあるし、応接室のソファーは、昔の奴なので座り心地も良いぞ!

渋めのコレクションが増加する予算も無いらしく、後は収蔵品の価格が上がって他に貸し出しできるようになったら、作品の相互貸し出しが最後の可能性らしい。
でも、あの先生が死ぬとは、、絶対日本記録作るだろうなと、思っていたんだが。日本の税制は言語道断な高い税率を誇っていて、非常にせからしい!最後は美術品を燃やすか、破壊するか、税金で破産を免れる為には、美術品に対する破壊工作しか残されていない。絶対に滅ぶな、この国は。
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直方市石炭記念館直方駅そばの、小さな石炭資料館、鉄ちゃんの私もお気に入り!

筑豊には炭坑が集中し、国鉄の路線も集中していた。古い学校の地図を眺めて欲しい。筑豊一帯には狂った様に路線が記されている筈だ。国鉄民営化の際には、廃線の嵐が吹き荒れ、全国の鉄道マニアが集結した。
その筑豊に国鉄保有の炭坑があったのを、そして炭坑の訓練所もあったのを、そして独逸製の古い蒸気機関車も稼動していたのを、ご存知か?今も残るその展示物はかつて日本最強の旦那集団が存在した筑豊の黄金期をそこはかとなく感じさせてくれる。

筑豊の金は中国の孫文に、あるいはインド独立運動に、そしてインド緑化運動に、日本中の美術商に、凄まじい勢いで流出していった。いまや筑豊の遺産は、東京銘菓と誤解されている「ひよこ」くらいのもんだろう。そして石炭から石油への燃料シフトが終了した時、筑豊は時代から取り残された。
C11シリーズと某独逸製機関車のダブル展示、坑内専用特殊列車もそろっているぞ!ただし機関車の整備は今も行われているが、坑内装備関係の整備が不足しているのが対照的だ。鉄は侵食されなくなっていく。そこは、悲しい。ところで、石炭資料館の入場料は激安!大人で80円!オー・マィ・ガァッー!結構お気に入りの場所なのである。新館だけには冷房在り、ノスタルジックな旧館には、冷房が無い!夏だけは、そう、猛暑の時期だけは外したくなる。でも、中身は凄い、凄いよぉっ!
ここに行くのは、結構難しい。200号線からだと遠賀川沿いの郵便局と中央公民館のとこから西に!直進すると筑豊本線をわたる「おたてばし」に。これを渡ったら、すぐさま左折。そのまますぐを再度斜めに左折。目標は多賀神社の鎮守の森だ。野球場のトコから再度鎮守の森へ左折!そすっと、出現する。
実は、ココこそ、石炭王達が1910年に設立した直方救護教習所の跡なのである。1969年に、通産省所管に移設され、同時に九州鉱山保安センターとして粕屋町に移設された。その九州鉱山保安センターは、つい先日、その役目を終えて閉鎖された。現在、取り壊しが進行しており2001年中に、跡形も無く消滅するだろう。石炭の遺跡がまた一つ消え去っていく。
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田川市立美術館筑豊で一番企画展を招請しているがんばり屋さん!

筑豊の美術館は数多い、地元出身の画家の作品をメインに建設された美術館も多いのだが、私の訪れるのは田川市立美術館だけだ。

何より収蔵品が少ないのなら、企画展を招請して入場者を確保した方がエエと、僕は思う。ここの館員はなかなかの審美眼と根性、そして情熱を有していると、私は信じている。でも、あんま、飛ばすなや、ちょいと愉しい作品が増えても、ええんとちゃうかなぁ?お笑い系の私だけかもしんねいけど。ただいま製作中
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別府市立美術館別府の怪しい元ホテルの美術館、石炭王の遺産がルーツなの!

別府の上人が浜には市営の砂湯があるのは、ご存知だろうか?竹瓦温泉の砂湯は知られて居るが、こちらはご存知ないだろう。その知られていない砂湯の隣に、これまた知られていない別府市立の美術館がひっそりと佇んでいる。入場料100円の小さな美術館だ。
石炭王の寄贈した収集品が基本なので、古い作品には結構良い物が多い。でも、少ないのは仕方が無いだろう。地方公共団体には予算が無いからね。
結構来ている元ホテルの美術館は、元になったコレクションが素晴らしかった。その後に追加されたコレクションはインパクトに優れているという、なかなかに怪しい美術館だ。

ロビーはくつろぎやすく(畳張りの一角で寝転がると、嗚呼、日本って良いなと感じる)、公募展で結構な作品を追加中。その雰囲気は怪しいの一言で説明可能だ!入り口の方は親切で感じがいいのが対照的!
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中富記念くすり博物館サロンパスの会長が気合を入れて作ってしまった謎の博物館!

鳥栖は小郡・筑紫野と連なる縄文・弥生遺跡の巣窟であり、何が出たって住民は驚かないぞぉっ!状態なのだが、その遺跡群の中に、中富(本当は上に点が無い富なのだが)記念くすり博物館が建っている。サロンパスの会長さんが建ててしまったくすり博物館だ。ここを訪れるたびマラソンでサロンパス配りまくっていたサロンパスおやじ(誰とは言ってないけど)思い出してしまう。九州であのおじいさんに会った人、ここを訪れてほしい。何故か、笑いがこみ上げてくるよ。
このあたりは、富山と同じ製薬のメッカだったが、明治の西洋医学一本化に伴い従来の薬は急速に廃れていった。でも、戦前までは効果に大差は無かったらしいから、それなりに売れていたが、戦後の抗生物質の出現で止めを刺された。東洋医学・漢方薬の復権は最近だ。その間に多くの民間伝承薬が消失していった。材料の供給が停止したのも大きい。今なら高齢の方々は覚えておられるから、なんとか、残せないかな?痛切に思う。
イタリアモンの美術品も並んでいて、時々ハーブティーなんかも出してもらえたり、屠蘇も出たりするし、何故かサロンパスも1枚だけもらえたりもする。
まん前には、お昼のランチが楽しい「花やしき」というステーキ屋(生演奏付なんだ!)もあったりして、立地条件は無敵!デートコースに組み込むとえーかもしんない!
現在、増築・改装中なんで、そろそろ再度、襲撃予定だ。
久光製薬という会社の金の使い方としては、歴史的建築物(秋月にある会長さんの母方の御実家)を修復したり、博物館・美術館建設したり、なかなか良いレベルにあると思える。
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碓井町立織田廣喜美術館筑豊美術館トライアングルの一角を占める美術館!2004.4.6

かつて碓井には炭坑と石炭の積み出し施設があった。筑豊は不夜城であり、日本中の富が集結していたのだ。筑豊の石炭王達は、その財力の凄まじさを今に伝えている。少なくとも、筑豊の石炭王達は、半端では無い金の使い方をしてきたし、インドの緑化にも結構金がつぎ込まれ、孫文の革命資金にもつぎ込まれ、人から恨まれない結果を生んだ。

その美術品は、離散し、筑豊には残らなかった。例えば、別府の美術館は石炭王の寄贈品がその基本となっている。だから、筑豊の美術館、その収蔵物のレベルはあんまり高くない。だから、直方谷尾の美術館は個人収集品が全てだし、田川の美術館も収蔵物には大したモノはない。でも、碓井の織田廣喜美術館は、本人が死力を尽くして収蔵物を準備されたのだ。そのレベルは異常に高い。ただし、特定個人の美術館という側面は収蔵物が増えない宿命を有している。

残念ながら、収蔵物が増えない美術館はリピーターを育てない。四季の移ろいを愉しめる庭園は欲しい。碓井町の関係者の方々には、大変とは思うのだけれど企画展だけでは無く、美術館を拠点とした空間整備にも知力・体力・精力・予算を注ぎ込んで欲しい。
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親分さんの迷宮・目次に戻りまっせ!

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