このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

名所巡礼

九州のジモティー以外知らない、きれーなトコ。私のお気に入りの名所クラスを紹介しちゃいましょう。
原尻の滝 田んぼの中のナイアガラ!道の駅で「とり天」だぁっ!
立野の原生林 阿蘇の入り口にある、謎の原生林!立野駅で「にこにこ饅頭」だぁっ!
南郷村の正倉院 百済王族を祭る南郷村が作り上げた正倉院のレプリカ!絶句!

原尻の滝田んぼの中のナイアガラ!道の駅で「とり天」だぁっ!

滝は普通、山の中にあるもんだが、この原尻の滝は普通に接近する限り、絶対にわからない。何故って、田んぼの中にあるからだ!
田んぼの中の、原尻の滝は、其れ故に「九州のナイアガラ(!)」と言われているらしい。だが、原尻の滝は「田んぼの真中の滝」なのだから、そっちの方が来訪者にインパクトを与えられると思う。

何より原尻の滝を中心として、様々な施設が建設されるに至ったが、道の駅がすぐ側にあったりするから、ここで「とり天」のセット物を選択すれば、怪しさを更に実感できるぞぉっ!

竹田の隣町にある、原尻の滝、久留米からは結構行きにくい場所なのだが、私の場合、九重から南下して長者原突破!三愛レストハウス脇を左折して通過!竹田を抜けて「原尻の滝」にアクセスしている。竹田市内に侵入したら「岡城址」を目指せば良いから、そのまま突っ切って進めば、いつの間にやら原尻の滝はこちらの看板が出てくるぞ!
元に戻りまっせ!



立野の原生林阿蘇の入り口にある、謎の原生林!立野駅で「にこにこ饅頭」だぁっ!

阿蘇の入り口は、立野である。風の強さは付近でも最強!そして豊肥線のスィッチバックでも知られている。ハチロクのスィッチバックは郷愁をそそるのだが、アメリカナイズされた車両は完璧にミスマッチ、昔ながらの車両で運行して欲しいと思うのは私だけか?
その立野駅には「にこにこ饅頭」があるのだが、もうひとつ、谷の向こう側を見て欲しい。其処には、阿蘇に残る唯一の原生林が左手奥に広がっているのがわかるはずだ!

栃木温泉から阿蘇大橋をパスして建設中の裏道を通れば、この阿蘇の原生林が十分堪能できるし、時間短縮も出来る!57号線を通過せずに熊本インターに直行できるルートも整備中だ。ここいらの渋滞は天下無敵なのだから、バイパスを建設して悪い事は無い。
この原生林に望む時、阿蘇の草原が先哲の長き労苦の賜物である事を実感する。
その草原も、野焼き・放牧の衰退から、次第に森林化している。恐らくは数十年で潅木の林が復活し、外輪山の裾野から森林が拡大して行くだろう。
牧畜の衰退(赤牛は黒毛和牛に押されっぱなしだ。)から、野焼き人員を確保する事もままならぬ状態というのが、阿蘇郡一帯町村の現状なのだ。

私の祖父は、阿蘇町で子牛の育成を愉しみながらやっていた。その祖父が子牛の育成を諦めたのは、高蛋白の飼料で育成した子牛が入賞したとき、己を全否定された様な気がしたからだと、母が言った事が在る。
日本の牧畜、特に肉牛生産は、世界的にも奇形に近い状況だ。高脂肪の肉牛生産は、日本のみの独特な生産方法だったが、肉牛生産に要する穀物の使用量は世界一のレベルだ。人口増加と、穀物国際価格の上昇を勘案すれば、危険なレベルに達しようとしているのではないかと思える。
牧畜が阿蘇の原野を維持してきた。飼料としての草刈、飼料の草を確保する為の野焼き、潅木は野焼きと牧畜で除去されていたので、阿蘇の原野があその姿を維持してきたのである。
立野の駅から長陽村一帯を巡ってみれば、阿蘇の原野が次第に森林化している事がすぐにわかってくる。ここを眺めて、破滅に向かいつつある日本の牧畜と農村の姿が見えてくるから、ちょいと考えて欲しい。
今回ちょっと啓蒙的で終わってしまった。
元に戻りまっせ!



南郷村の正倉院百済王族を祭る南郷村が作り上げた正倉院のレプリカ!絶句!

百済という国家が、朝鮮半島に存在した。新羅と戦い滅亡した国家である。その百済の滅亡と共に多くの人々が日本に亡命した。その時に王族も亡命した筈であったが、亡命王族は正史に記されてはこなかった。
だが、南郷村の人々は亡命王族を今も祭り供養しつづけている。南郷村の遺跡で出土した遺物は、ほとんど正倉院クラスに匹敵する事から、正史から抹殺された王族の供養という仮定が現実味を帯びてくる。
近年、御神体を里帰りさせるに至った。その時宮司殿は、御神体に何ぞあれば、腹を切ってお詫びすると、脇差を懐に忍ばせて行かれたらしい。だが、韓国では全てフリーパス、身体検査など無かったので大騒ぎにならなかったんだろうな?

その南郷村に一人の村長が出現し、この村長さんが切れてしまった。その切れてしまった村長さんは、南郷村に「正倉院」を建ててしまったのである!
門外不出の正倉院の図面を、宮内庁から強奪!(言語道断だぁっ!)
法隆寺修復用クラスという貴重極まりない木材を日本中から確保!(壮絶至極だぁっ!)
歴史学者を大量に確保して実際に建ててしまった!(無茶苦茶だぁっ!)
ほとんど貴重な実験機会として、多くの学者はこの好機を逃さなかったのであろう!

しかし、これを見ると笑える?それよりも、絶句なのだ!宮崎の秘境を通り過ぎたら正倉院が突然出現した一瞬、私は絶句した!

南郷村は今もハングルの村としてがんばっているが、椎葉村の隣で、すなわち秘境の隣だ!従って、久留米から行くにも、結構大変になってしまうのだ!
人吉から山越えし九州大学農学部演習林を突っ切って、椎葉村を中央突破!
熊本県の蘇陽町から延岡市、日向市から遡上するか?
果たして蘇陽町から南下し、九州山地を走破し、椎葉村を縦断旋回するか?
ここに関しては、気合を入れて行け!行けばとにかく、何とかなるさ!それだけの価値はあるぞ!
そして何より、西の正倉院を建設した村長さんと、南郷村、そして村民達。ひっくるめて一言、凄い!凄過ぎるっ!
元に戻りまっせ!


親分さんの迷宮・目次に戻りまっせ!

このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください