このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

 

全日本ママチャリ12時間耐久レース奮戦記5

 

 1999年8月22日(日)

 いつのまにか、日付は変わっていた。当初、3周交代だったのが、休みの時間が少ないので、5周交代に変更した。メインストレートは軽い上り坂。しかし、軽いといっても、ここでは確実に減速してしまう。踏ん張りどころなのだ。なが〜いストレートが終わると、やっと軽い下り坂だ。ここで、一気にスピードに乗れる。気持ちよい瞬間だ。右に左にコーナーを駆け抜け、気が付くと再びメインストレート。ホント何も考えずにペダルを踏むだけだった・・・

 何周したところであろうか、午前3時30分頃、私の乗車中、直前に割り込んできた奴と接触、大転倒!!左ひじと右ひざ擦過傷!ををを〜血ぢゃ〜。無線で転倒、怪我した件を相方に伝える。チャリはギアとベルが壊れたが、なんとか自走可能だった。ピットでチャリの応急修理とライダーの交代をし、私は医務室で応急処置してもらう。結局、消毒して、包帯をまかれた。2箇所も・・・レースは続いているので、私も気を取り直し、再びレースに復帰した。痛かったけれど・・・

 明け方になると、霧が出てきた。霧で視界が悪い上、濡れてしまう。かなりびしょびしょになるのである。キリ、あなどれがたし。ようやくゴールの午前5時が近づいてきた。最終ライダーは私であった。朝霧のなか、チェッカーフラッグを受ける。が、このときちょっとした事故が発生していた。ゴール直後、他チームのことだが接触転倒してライダーが頭を少々打ったらしい。すぐに大会役員が来たのだが、手術着ライダーが診察していたのは、妙な光景であった。まぁ、たいした事故ではなかったようである。

 ゴール後、閉会式。挨拶などは、まったく聞いていない。ひたすら眠い。

 

 周回数、ふたりで82周、距離にすると278kmあまり、平均速度23km/hちょっと。順位は下のほうであった。

 

 十勝川温泉に入り札幌にバスで向かう。バスの中では爆睡。札幌ではススキノに行く。おいしいラーメンを食べに・・・目的のラーメン屋は男性歓楽街の真っ只中にある。野郎二人でココを歩くと、決まってポン引きのおっさんが声かけてくる。いや、最近はあんちゃんもいる。この蛆虫のような連中は、無視するに限る。存在を認めないのだ。で、うまいラーメンをたべて、再び函館に向かう快速ミッドナイトを待つのであった。

 
 ほんと、つかれたぞ〜〜〜



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