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『Ⅰ・N・G』







俺は意を決して聞いてみた。

「北館さんて、彼氏いるの?」

北館さんは俺の質問には答えず、ただ笑っている。

年の功なんだろうな、俺には出来ないかわし方だった。

やがてタバコも吸い終え、「片桐さん、PCはいいの?」と言って喫煙室を出て行った。

俺も北館さんのあとを追うように喫煙室を出た。

事務室に戻ると、PCはすでに電源OFFに出来る状態でコマンド待ちをしている。

主電源を押し、今日の仕事も無事終了。

戸締りの確認、電気の消し忘れをチェックして事務室を出る。

事務室の前で北館さんは待っていてくれた。

(優しいなぁ)





〜第二話〜






朝から降り続く雨は、梅雨の到来を告げていた。

この時期は嫌い。ジメジメする上に、バイクに乗れない!

この時期さえなければ日本も住みやすい国なんだろうにと考えたこともある。

しかしながら梅雨のもたらす恩恵は大きい。生物界・人間界に多大な影響力をもっている。

我慢するしかないんだろうなぁ。

店までの距離、およそ2キロを歩いて出勤。時間にして15分ほどだろうか。

雨は止む気配もなく、すれ違う人たちもウンザリした表情で歩いていく。

(雨かぁ、今日は暇そうだなぁ)

案の定、店も活気に欠けていた。不思議なものだ、天候一つで人の感情を変えるのだから。

スタッフに挨拶をかわしながら、スタッフルームへ。

さ、今日はどうしてくれよう。





俺は売場を回りながら、客と商品の動向を見ていた。

お客さんが少ないのだから商品が売れるのも少ない、補充する仕事も必然的に少なくなる。

どのスタッフも手持ち無沙汰のようだ。

(どうしようもないな。何か仕事を与えないと最後までこんな感じになりそうだ)

そう考えた俺は、スタッフ数人集めて店内の掃除を指示した。

掃除といってもモップで床を拭いたり、鏡を磨く程度のことだけど、

仕事が無いよりかはマシだろう。

あとは売場の立て直し。要は売場をより綺麗に見せるために商品を畳みなおすのだ。

これがナカナカ面白い。拘れば拘るほど時間がかかり、そして綺麗になる。

一通り指示を出し、俺も自分の仕事をするため、事務室へと向かう。



「片桐さ〜ん、これってどういうこと?」

成田さんだ。プリントアウトされた資料を持って駆けてくる。

資料は補正に関するものだった。若干縫い方が変わるらしい。

「ん?あぁ、これ。要はもっと着心地を良くするためらしいよ。だから1:3で

 縫うんだって。」

「エッ。今から縫い方変えるの?」

「そのつもりは無い。2:2の方が早く仕上がるし、教え易い。しばらくは現状維持で、

 マニュアル化されたらそうするつもり。今のうちに練習しておいても良いと思うよ」

「ん。分かりました。あ、そうそう片桐さん。話しは変わるけど、今夜ひま?」

「?なんで?」

「みんなで焼き鳥食べに行くんだけど、行かない?」

「焼き鳥か、良いねぇ。もちろん行く」

「んじゃ、詳しいことが決まったら電話するね」

そう言って成田さんは、資料を見ながら売場へと戻っていった。

みんな・・・・か。ぶっちゃけトークになりそうだな。

みんなとは、成田さん・北館さん・村田さん・高橋さんの四人。この四人は良くつるんで遊びに行く。そこに俺が加わったわけだ。

切っ掛けは俺の持つ部門を教えた時だ。ALで養った技術を教えてあげた。

成田さんも北館さんも補正は上手だったけど、俺のほうが一枚上手だった。

スピード・仕上がり・技術。

んで、いろいろ教えていくうちに打ち解けて、話すようになったんだっけ。

かなり無茶苦茶な要望も店長に話して、許可を貰ったこともあったような・・・。

そんなことがあって、一日に一回はこの四人と話さないと仕事に来た感じがしない。

ある意味で良い刺激をもらっているよ、この四人には。





「片桐さん、彼女いるの?」

突然の質問だ。

「そうそう、私達だけで話していても詰まらないじゃない」

俺は話のネタか?

「で、どうなのさ」

こ、こいつら(^^;)

仕事も終わり、約束通り焼き鳥を食べに。店から程近いところにある。

開始30分ほどで2人が酔い始めた。パッと見、酒に強そうな村田さんと高橋さん。

意外にもろいな(苦笑)

「いないよ。ただ今募集中」

俺はビールを呷った。

「そうなんだ。意外」と成田さん。

「どういう意味だ、それは(苦笑)」

「だって片桐さん、みんなに優しく出来るでしょ。結構評判良いんだよ」

「ほほ〜、それは初耳だね」

「みんな彼女が居るって言ってるし。私もそうかと思ってたし」

そんな会話をしながらチラッと北館さんを見る。

話しに参加するでもなく、ただ会話を聞いて楽しんでる感じだ。

控え目なんだな、北館さん。

「店で気になる子とかいる?」

高橋さんが不意に聞いてくる。ホント色恋沙汰だと会話が弾むこと。

目の色変えて聞いてくるし、その反応も人それぞれだ。

何で恋愛話しだと会話が盛り上がるんだろう。

「気になる子ねぇ。木村さんとか妹にしたら面白いだろうな」

木村さんは仔犬みたいな可愛さをもった女の子。けっこうノリやすく、話をしていても

楽しい。まぁ、女性フタッフはみんな好きだけど(^^;

「彼女にするんだったら?」

村田さんも聞いてくる。やっぱり、そう来るのか。

「まだ着任一ヶ月だよ?そこまで見てないよ。でもするんだったら・・・」

再びチラッと北館さんを見る。目線を追われないよう素早く。

そう、彼女にするのであれば北館さんのような女性。いや、むしろ北館さんと

言いたい。けど、今は言えないよ。彼女にとって迷惑になるかもしれないし、

彼女が俺のことをどう思っているのかも分からないから。

「ま、気長に探してみるよ」と、ビールを呷る。

「意外とすでに捕まえてたりして(笑)」と高橋さん。

「んな訳あるかい!」

「ムキになるところが、あ・や・し・い(ニヤリ)」と村田さん。

「ぶっ飛ばすぞ(怒)」

キャー、キャーと騒ぎ立てる二人。店内のお客さんは一斉に視線をこちらに向ける。

(げ、睨まれた)

「じゃぁ、村田さんはどうなのさ」

「あたし?いないよ。別に作りたいとも思わないし、面倒じゃん」

「でも居たよね、彼氏。もうだいぶ前だけど」

「あぁ、そんな時もあったねぇ」

「?高橋さんと村田さんて、知り合いだったの?」

「そうだよ、幸(高橋さん)はアタシの一年上だっけか」

「うそ〜!!」

驚きだった。普段の会話を聞いてると、明らかに村田さんの方が年上だった。

高橋さんに対する話し方が強気(?)と言えば良いんだろうか。

それじゃ、もしかしてこっちの2人も?

「成田さんと北館さんも以前から知り合いっぽいけど・・・」

「私達?うちらは子供が同じ学校だから」

「え?成田さんが子持ちなのは知ってるけど、北館さんが子持ち?」

北館さんを見ると、ちょっと困った顔をしてる。

酔った勢いで村田さんが言う。

「あ、そうだ。片桐さん、北さんと結婚すれば良いんだ(爆)」

何を言い出すんだ、この人は?

子持ちってことは既婚者。人妻じゃないのか?

それでも結婚ができるってことは、別れた?

北館さんを見ると、確かにリングはしていない。

う〜ん、これって聞いてはいけないことだったんじゃないのか?

俺は思わず腕組をして、考えてしまった。

「そんなに考えなくて良いよ。もう昔の事だから」

北館さんが声をかけてきた。

「ふふっ。珍しい、片桐さんて」

「へ?」

「今の子だと、色々聞いてくるけど、片桐さんは何一つ聞いてこないから」

そりゃ、話題が話題だし、聞いて良いことと悪いことだってある。

ましてや、相手が北館さんなら尚更だ。

「北さん、あんまり持ち上げない方がいいよ。調子に乗るから(笑)」と村田さん。

「誰が調子に乗ってるって?」

「お前だ、お前」

ケラケラと笑いながら、俺をからかう。

そんな俺らのやり取りを見て、他の三人も笑い始めた。

「あれ?片桐さん、明日早番じゃないの?大丈夫?この時間まで飲んで」

時計を見ると、2時を回っていた。

「げっ、やばい。悪いけど、お先に失礼するね」

「ほいほ〜い。また飲もうね」

「おやすみなさ〜い」

「うん、お休み。帰りは気をつけてな」

「ありがとう」

俺は成田さんに5千円を渡して店を出た。

夏特有の湿った風が体にまとわり付く。

「明日も雨かな」

そんなことを思いながら、エンジンに火を入れ、バイクを跨ぐ。

それにしても、北館さんが子持ちだったとは驚きだった。

進展はむずかしいのかぁ。





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2002・03・20 恭平


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