このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください



終わりなき旅



『終わりなき旅 〜 Where the station have no name 〜』



車通りも無く、人もまばらな商店街。
その歩道を、1人の少女が大き目のスポーツバッグを揺らして歩いている。
背丈は167センチ程だが、なによりも黒く長い髪がその後姿で1番印象的だった。
そんな彼女の背丈から見ても、バッグは少し大きめに感じられる。
彼女から受ける印象がスポーツは無縁そうなところも印象的だった。
商店街を抜け、人足の少なくなった駅への道を彼女は歩いている。
その道は人通りすらなく、揺れる陽炎だけが彼女の目に入ってきた。
この街に住み続けている彼女とはいえ、流石に陽炎が立つ炎天下は厳しいものがあった。
彼女はポケットからハンカチを取り出して、そっと額の汗を拭った。

それから4分ほど真っ直ぐに歩いた所に、駅が見えた。
正確に言うならば、駅だった建物になる。
正面の入り口は塞がれていないものの、駅舎にある窓という窓には目張りがしてあった。
ただ正面のポストやベンチなどは丁寧に磨かれていた。
また屋根や壁も荒らされた様子は皆無だった。
これらからも、この駅が街から見放された存在では無いことが伺えた。
彼女は入り口から待合室の方へと、躊躇することなく入って行った。
「往人さんは・・・、どこへ行かれたのでしょう?」
待合室を見回し、スポーツバッグを床に降ろす。
そして彼女は今なお備え付けのほうきを手に取った。


緩やかに右にカーブした細い林道の中。
往人の目には前後左右とも林のみで、先は殆ど見通せない。
周りを見た往人には、林の隙間から左側は畑らしいことだけは見て取れた。
しかし、それ以外ははっきりしなかった。
その林の中を青々と茂った雑草が続く。
視線を足下に移すと微かに車が通った跡が見える。
ちょうど砂利道の上を雑草が生い茂り、同じ間隔で雑草が倒された跡が続く。
土盛りされた道は車がすれ違うには足りず、車はおろか先を行く人もすれ違う人もいない。
しかし180センチに届かんとする背丈、比較的がっしりとした体格、目を隠すまでに伸びた髪。
なによりもGパンに黒の長袖のTシャツという往人の服装は、すれ違う人がいたならば驚いたことだろう。
「この盛り上がった部分を削れば、車道になるんだろうけど・・・」
視線を足下に再び下ろした往人は、独り言を呟く。
頭上には澄んだ青々とした空が見えるが、左右の林が真夏の厳しい日差しを遮っている。
そんな真夏の格好の避暑地は、一方で虫たちの避暑地でもあった。
彼らは時折、滅多に人の通らないこの道の訪問者に襲いかかった。
「失敗したな・・・。こんなに長いとは」
往人はぼやきながらながらそのまま歩いて行く。
日陰にいることもあり、彼の額には汗が薄っすらと滲む程度だった。
それでも少し疲れたように見える目が、道の前後を確かめていた。
そして、時折虫を払いのけながらゆっくりと歩き続けた。

それから7分ほど歩いた往人の両脇から急に林が切れた。
その途端、往人の目には青く眩しい空が飛び込んできた。
「くっ・・・。さすが8月・・・」手を掲げ、顔をしかめなが辺りの様子を確認する。
すでに11時を過ぎたとあって陽も高く、しばらく林の中を歩いていた往人には少々酷だった。
まだまだ往人の前に道は続いていて、本来ならば一直線に続く道はゆらゆらと陽炎の中で踊っていた。
目が慣れた往人が見た物は、左一面に広がる田んぼ。
時折吹く風に、緑色の穂が穏やかな海のように揺らいでいた。
右手も同じように田んぼが広がっていたが、すぐ近くに山が迫ってきていた。
山といっても500メートルあるか無いかのやや丸い山だったが、確かに田んぼに迫っていた。
そんな田んぼに挟まれた道の先の陽炎の中に、大きな建物は発見できなかった。


「駅・・・だよな、これも」
更に歩くこと15分で辿り着いた場所。
炎天下を避けた木の下で、往人は首を捻っていた。
この日往人が歩いて見つけた2つ目の駅。
確かにこの駅にはホームがあった。
来た道から見て左側に、雑草に覆われたコンクリート製の構造物がホームだ。
コンクリート積みの片面ホームは50mにも満たない長さだった。
その上には駅舎も無く、貨物用のコンテナが駅舎代わりに存在していた。
しかしそのコンテナは、中に入るのをためらう程に酷く朽ち果てていた。
塗装は剥げ落ち、外壁は歪み、中に設置されている木製の椅子は崩れてとても座れたものでは無い。
入口正面上部の駅名板。塗装は剥がれ錆付いて読むことも出来ず、傾き、風化に任せていた。
そのすぐ横で青々と茂る木とはあまりにも対照的な光景だった。

「時の流れって残酷なもんだ。
この駅には遠野のように、通う奴もいないってことか」
ゆっくりと駅を見回った往人は未舗装の砂利道の先を見やった。
駅舎代わりのコンテナの後ろから、道が真っ直ぐに伸びている。
その先には民家らしいものが3つほど見えた。
それぞれが広い畑を持っているようで、互いに距離を保って存在していた。
しかしその3つだけで、この駅周辺以外にもまとまった集落はない。
「みんな車で移動か・・・。学校に通うか、病院に通うお年寄り位しか乗らない訳か・・・」
道を見据えて、往人は呟きながら額の汗を拭った。
「腹が減る前に、戻るか」
腰に手を当て、溜息のようにそう言った往人は来た道を戻りはじめた。
戻らねば昼食にはありつけないと判っているので、これ以上の遠出は避けたのだ。
この駅の周囲にも途中の駅の周囲にも、食堂・コンビニは愚か商店らしき建物を全く発見できなかった。
それ以前に今日歩いている間、まとまった集落が1度も往人の視界に入っていなかった。
「こんな所に鉄道って・・・どのくらい人が乗ったんだ?」
かつてこの地に鉄道が在った事を不思議に思いながら、首を捻った。
そしてまた、陽炎の中を歩き続けた。




Photo by T.Osanai



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