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里見電鉄四季物語 〜卯月〜 「桜坂駅」
1 さくら さくら
桜のつぼみが、今年もほころび岡山に春が近づいてきた。山中に近いために岡山市内に比べれば少しだけ遅い春が秋篠にも訪れようとしている。
「今年も桜の季節が来たのね」
桜の木を見上げながら少女がぽつりと呟いた。
2 里見電鉄桜坂駅
里見電鉄の犬懸駅から小さな支線が分岐している。東条線と呼ばれるこの路線は、通学時間を離れると途端に寂しくなる。乗客の殆どが、桜坂駅のそばにある静谷学園高校の生徒であるからだ。しかし今は春休みのさなか、東条線は1日中、静かであった。それでも学生の姿が完全に消えることはない。部活動、生徒会。補習。何かと生徒達は学校へやってくる。
カレンダーが卯月に変わる頃、岡山の開花予想も現実となり、つぼみから1分咲きに、そして3分咲きへと、日々桜が満開に近づいてくる。桜坂の名を違えず、この辺りでは少しは知られた桜の名所なのだが、それを象徴するかのように桜坂の駅にも一本の桜の木がある。ある日の朝、駅に2人の少女が降り立った。
「今年も咲いたね」
「かすみ、今更しみじみ言わないでよ。もう咲き出してから何日か経ったじゃない」
「でもね、めぐみ。私、ここの桜を見ると、新しい出会いがありそうな気がするの」
「そういえば、2人が初めて会ったのもここだっけ」
「そうだよ。忘れたなんて、言わせないから」
「あたしだって、忘れてないよ」
そう、忘れていないよ。かすみ。
3 静谷学園高校1年B組
あたしが、かすみに出会ったのは高校の入学式の数日前。桜の木もそろそろ満開から散り始めになろうかという頃だった。あたしはふと、思い立ってこれから3年間通う学校を見に行くことにした。自転車で来てみて、行くのが意外としんどいことに気づかされて、実際に通うときはやっぱり電車にしようかなと、考えていた。そこで駅の場所を確認しようと、ゆっくりと下り坂を降って細い脇道に入ったところが、桜坂の駅だった。桜坂の駅は里見電鉄の駅が大抵そうであるように無人駅で、小さな待合室みたいな駅舎が建っているだけだった。だけどこの駅には大きな桜の木があった。その桜の木の下に1人の女の子が、桜を眺めていた。女のあたしが見ても可愛いなと思わせるそんな少女だった。私は何となく声をかけようとしたとき、びゅうと風が吹き目の前が桜色に染まった。気が付いたときには目の前の女の子はいなくなっていた。慌てて周りを見回すと、着いたばかりの電車に乗り込む女の子の姿があった。
数日後、あたしは静谷学園の入学式に出るために学校の中にいた。あたしは、張り出されていたクラス分け表に従い1年B組の教室に入った。そこにあの少女がいた。
「始めまして、あたし五日市めぐみ。あなたは?」
「あっ、私は青梅かすみと言います」
「あのさ、こないだ桜坂の・・・」
4 里見電鉄桜坂駅
がたんごとんと電車の音がしてきた。さっき降りた電車が戻ってきたらしい。電車は1人の少女を降ろすと、走り去っていった。その少女がおずおずとかすみ達に話しかけてきた。
「あの、済みません。桜花寮はどっちか分かりますか」
「桜花寮?ってことは、あたし達の後輩か」
「あっ、先輩だったんですか。すっ、済みません。わたし、静谷学園の新入生で小野田由宇と言います」
「あぁ、気にしなくて良いよ。あたしは2年の五日市めぐみ。こっちが、同じく2年の青梅かすみ」
「始めまして小野田さん」
「由宇で良いです。あのっ・・・」
「分かってるって。桜花寮でしょ。連れて行ってあげる。あそこの寮長とは仲良いんだ」
「そ、そうなんですか・・・」
「じゃ、行こっか」
「はいっ」
春は出会いの季節。また1人友達が出来そうです。
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