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里見電鉄四季物語 〜皐月〜 「秋篠駅」
1 八雲急行 八雲駅
ここは山陰の片隅にある、八雲急行八雲駅。今、着いたばかりの列車から乗務員が降りてきたところ
だ。眠たそうな顔をした運転士の後から、少し遅れて車掌服姿の娘がぱたぱたと追いかけてきている。運転士が駅舎のドアを開けてはいると、
「操ちゃん、おっかえりぃー」
「何だ、あずさか」
「何だは無いでしょ、操ちゃん!」
「何してんだ?あずさ」
あずさと呼ばれた娘は、なにやら書類やら制服を鞄にまとめている。
「何してんのって、明日から出張じゃない。操ちゃんは、ちゃんと用意はしているの」
どちらかというと期待してない感じで、あずさは聞いた。
「出張?お前も大変だな」
「・・・だから、操ちゃんも行くの」
「嘘だろ」
「嘘でも冗談でもないわよっ!
本当に忘れてたわけじゃないわよね?」
「いや、まぁ、ちょっと。準備は今日の夜するよ」
一瞬の間・・・
「痛てぇ!何すんだあずさ!」
「いつもいつも、そう言っては何か忘れ物してるじゃない。今すぐ準備しなさい!」
「分かったよ」
そう言うと操はぶつぶつ言いながら荷物をまとめだした。
2 里見電鉄 秋篠駅
「あれに乗るの?」
松崎あずさは、若葉操に声をかけた。
「そうだよ。それにしても200型に乗れるとは」
指差した先には窓の大きい古い電車。行き先札は「里見」と書いてある。
「じゃ、乗りましょ」
何も余計なことは言わずにさっさと乗るあずさ。鉄道ファンに限らず、何か趣味のある人にそれに関連することを聞くのは諸刃の剣である。取り敢えず教えてくれるのだが、下手をすると聞く気もないこと迄も延々聞かされる羽目になる。そうなると余り健康にはよろしくない。2人は先頭車の乗務員室近くの席に座る。
「毎度、里見電気鉄道をご利用いただき有り難うございます。この電車は里見行き普通です。後3分少々で発車します。しばらくお待ち下さい」
数分後、列車は発車した。
3 里見電鉄 電車車内
電車はゆっくりと南に下っていく。西森の駅をすぎ、電車は小さなトンネルをくぐり抜けた。
「わぁ、海っ」
あずさが歓声をあげた。右側の窓から海が見下ろせた。瀬戸内の陽光に照らされ、海はきらきらと輝いている。電車はゆっくりと那古駅に滑り込んだ。那古の駅からくねくねと下り坂が海に続いている。
「後で、海を見ようか?」
あずさは反対する理由もないので頷いた。
4 里見電鉄 里見駅
「八雲急行の若葉様と松崎様ですか」
里見駅に降り立った2人を迎えたのは、青色という鉄道会社としては平凡きわまりない色の制服を着た若い鉄道員だった。2人は頷く。
「自分は里見電気鉄道鉄道部運行計画課の小坂敬一と申します。今回の臨時列車の計画を担当しております。それではご案内いたします」
2人の出張の理由。2人の所属する八雲急行は山陰と山陽を結ぶルートのひとつを担っている。新幹線接続の特急「みこと」も走っており、「東の智頭、西の八雲」とも言うべき第3セクター鉄道である。その八雲急行の「全通5周年記念イベント」の一環としていくつかのツアーが計画され、そのひとつが「里見の戦祭(いくさまつり)見物ツアー」であった。5月末頃行われる、勇壮な祭り。この祭りのツアーを行うために臨時列車を里見まで運行することになった。JRの駅も里見市内にはあるが市の中心部から離れておりかなり不便である。そのため秋篠でJRと里見電鉄の接続線がまだあることから、里見電鉄線に乗り入れることになった。何回かの折衝が行われ計画は実現直前である。今日の折衝も半ば形式的な物に過ぎない。
「それでは何か突発事態の起こらない限り大丈夫でしょう。それでは今回の会議は終了いたします。お疲れさまでした」
5 里見市 安西
「操ちゃんの言うことを何で聞いたのかしら」
あずさは、呟く。その声に操は、
「あぁ、よけい道が分かんなくなったじゃないか」
「とっくの昔に迷ってるじゃない!」
ばしん!
「痛いじゃないか!」
「操ちゃんのせいで迷ってるんだから、なんとかしてよ!」
半ば切れているあずさ。それにしても、どうして2人が迷っているかというと・・・。
6 里見市 海岸地区
「きれいね」
あずさが一言言う。ここは里見市の南、海岸地帯。仕事を済ませた2人は海を見に来たのだった。
「瀬戸内の海は違うなー!」
「ほんと。
穏やかで、あったかくって。」
「深呼吸すればまったりとしてしかもしつこくない磯の香りか?
漂着物からして違う」
「はぁ、操ちゃんにはロマンのかけらもないのね。」
「何を言うんだ。南の島からの漂着物は男のロマンだぞ。」
「ここ瀬戸内でしょ?
あーあ、そんなゴミ拾って・・・どうするのよ」
「水を切るように投げるっ!
よっしゃ、8段飛んだ!」
「・・・もう。せっかく海に来てるのに、
ガキなんだから・・・」
そしてしばらく海岸にいた2人が帰ろうとしたとき、観光地図を見た操が言った。
「あずさ。ここからだったら里見駅より、安西駅の方が近くないか?」
「そうよね」
と、言うわけで2人は安西駅の方へ行こうとし、さっきのシーンに戻る。
7 里見市 安西
「誰かに道を訊いた方がいいわね」
「で、誰に?」
あずさの台詞に操が言う。あいにくと周りには誰もいない。
「そうよね」
と、あずさが言ったとき、偶然にもある家から
「じゃあね、文香。また明日、学校で」
元気な声と共に女の子が出てきた。
「あの娘に聞くわ」
あずさは彼女を引き留めると道を聞いた。
「良いですよ。ちょうど私も安西から電車に乗りますから」
「そう、何処まで行くの」
あずさは何となく聞いてみる。
「里見信乃までです」
「あら、偶然ね。私たち、これからあそこの駅長さんに会いに行くの」
「えっ、榛名店長にですか。もしかして、店長さんのお知り合いですか?」
「そう、八雲急行の若葉と言います」
「ちょっと操ちゃん。話に割り込まないの」一発操をたたいて「私は松崎あずさと言います」
「そうですか。私、青梅かすみともうします」
8 里見電鉄 安西駅
かすみに付いていくこと僅かに10分足らず。あっさり安西駅の側まで着いてしまった。
「うぅ、こんなに近くだったとは」
さっき、かすみに「其処からなら15分ちょっとで来られますよ」と言われてしまった操である。
「さぁ、早く乗りましょ」
あずさはそう言うと駅の方へ歩いていく。ところが、
「そう言えば安西駅って車庫もあったんだっけ。1000に200。それに600型か」
操は駅の片隅にある車庫を眺めていた。よく言えば多種多様な、悪く言えば雑多な車両達が、一時の休息をとっている。上半身が白で下半身がコーラルブルーに塗られた車両達は一部は点検中であり、清掃中の物もある。その内、何両かはコーラルブルーの車体に赤帯を窓下に巻いてある。あずさはそれを見ながら「そう言えば電車の色が2種類あるわね。なんで違うのかしら」と、思った。
「松崎さぁーん、若葉さぁーん。もうすぐ電車が来ますよ」
かすみが2人を呼んだ。
「分かったー。行くわよ、操ちゃん!」
「あ、あぁ」
9 喫茶「微風の通り道」
「赤帯の車両は急行用なんですよ。もっとも急行と言っても、ラッシュ時に主要駅の乗客を乗せることで全体の混雑を緩和させるのが目的の列車ですから、大手私鉄で言うところの通勤特急に似たような物かもしれませんね」
それが、あずさの疑問に対する榛名の答えである。
「そんなことなら俺に聞けばいいのに」
「操ちゃんっていつの間にか聞きもしないことまで言い出すじゃない」
「そりゃそうだけど・・・」
「さてと、お代わり、サービスでね」
榛名は新しい紅茶を2人に出す。
「あぁ、済みません」
3人の話は長く続いた。
10 里見電鉄 里見信乃駅
操とあずさが、微風の通り道を訪れてしばらくたった頃。戦祭は例年のように行われ、八雲急行からの臨時列車も無事に到着した。そして今日、列車は八雲に戻る。
「かすみちゃん、お店お願いね」
「はい、分かりました」
榛名はホームに立ち、列車の通過を待つ。普段の里見信乃駅なら絶対聞こえないディーゼルエンジンの音が微かに聞こえてきた。もうすぐ列車がやってくる。
「もうすぐだな」
列車がやってきた。榛名は敬礼する。
「899D。里見信乃、定通」
その時、助士席に座る操と一瞬視線が重なった。
榛 名「では、今度は八雲急行の紹介なんかを」
操 「えっと、21世紀の鉄道と美少女の融合を推進する、ハイエンド男性向鉄道です〜」
あずさ「それは操ちゃんがホームページで目指してるだけでしょ。本体は山陰と山陽を一気に近づける、連絡鉄道ですρρ」
操 「むすびの線せつなさの道、という奴だな」
あずさ「奴だな、じゃ伝わらないでしょ。山に隔てられていた二つの地方を結ぶ悲願の路線、という意味なんです」
榛 名「そうですか。特急も走っていてきちんと陰陽連絡を担っていますね。時刻表もJRと一緒のページですし。里見電鉄は私 鉄欄に小さく載ってるだけですよ」
操 「その腐り具合がファンにはまたたまらない、と」
あずさ「操ちゃんってばっ」
榛 名「里見電鉄は明治時代にあった、鉄道反対運動をした町が鉄道開通後寂れ初めて、それで近くの駅と繋ぐために出来た鉄道 のひとつです。そんな鉄道はたいてい近くに国鉄(JR)の駅が出来ると廃線になりますが、里見電鉄の場合、国鉄備前里 見駅の所在地が不便な場所にあったことと、里見と秋篠の間に交通需要が存在していたので現在も走り続けています」
操 「八雲線も元々はそれに近いものがあるな」
あずさ「そーそー、せっかくだから記念写真でも撮りましょ」
操 「ゲバ(三脚)持ってきてないから、俺が入れないぞ」
あずさ「じゃ入らなくていいわよ」
操 「ひどいな、俺はその程度の存在だったのか?」
あずさ「当たり前でしょ、男が写ってて誰が喜ぶのよ。ねぇかすみちゃん?」
かすみ「えっ!あの、そのっ」
操 「・・・榛名さん、一緒にスネましょう」
榛 名(苦笑いを浮かべて何も言わない)
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