このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

寄り道あぜ道回り道。予定通りには行かない行き当たりばったりそんな私の旅。まっすぐ行くだけが旅じゃない。旅・・・それは人生そのもの。

札幌−沖縄

<<BACK

___エピローグ___

旅立ちはいつもスリリングに始まる。

個人的なことを書くと、出発前日は後期試験成績発表の日。テストの結果が芳しくなかった事から進級さえ危うい状況であった。この成績発表で進級できれば即出発準備。でなければ・・・・(T_T)

と、出発前日までなんの準備もなく、スリリングであったが何とか無事進級が決まり、その足で大学生協の旅行部へと急ぐ。

とりあえず、沖縄までは船で行きたかったので出航日程と照らし合わせ、様々なルートを検討した結果、

札幌−(空路)−関空−大阪南港〜(有村産業)〜那覇港 のルートで決定した。

あと帰路分に、その当時は唯一の沖縄−札幌直行便であったJALの航空券(スカイメイト)を確保。

その後、今回の旅行はテント泊も予定しているのでそのための食料、燃料などの購入をするため北大近くの登山用品店へ。今回の旅はいつもの旅とは違い完全フル装備の予定である。

今回用意したテントは登山用の軽量テントである。そのほかにコンロ、燃料、食料、着替えなどを入れ、総重量は20kg以上。かなりの荷物である。

帰宅後、何とか準備をそろえ、床についたのは既に0時を回っていた・・・


1997年3月5日 --出発--

朝九時、JR札幌駅から新千歳空港までの快速列車に乗るため下宿を出る。

外は雪。気温は−3度。しっかりとコートを着込まないと寒い。

札幌駅に来るといよいよ旅にでるという感じがしてきて気分が高揚してくる。

関空行きのJAL872便は千歳を11時10分に出発するのだが、千歳空港に着いたのは10時過ぎ。

私は今回の旅がジェット機初体験である。(プロペラ機はその前の月、帰省のために乗った丘珠からのYS−11の経験がある。)

関空行きJAL872便(千歳にて)

私の乗ったジェット機は、定刻通り出発した。厚い雪雲を突き抜け上空に出ると、雲上世界は蒼空である。

機中、特に揺れることもなく機内で出されたサンドイッチも食べ、関空に無事到着。

このとき関空の気温は16度。札幌から着てきた厚いコートはこの時点で要済みである。

空港からでる前に、まず那覇のYHへ予約の電話を入れる。那覇には4泊の予定である。

その後南海電車で難波へ行く。沖縄行きの船は翌日1時10分。夜中の出航である。

昨晩の疲れか電車の中では熟睡である。気が付いたときには旧・大阪球場が見えていた。(^^;

出航までの時間つぶしに、できたての大阪ドームの見学に行く。と言っても試合はやってないのでさっと中を見て帰る。

京橋のダイエーでフェリーでの食事用にカップ麺を買い込む。今回は32時間。長丁場の航海である。

その後、片町線の廃止区間の試乗をした後、地下鉄とニュートラムを乗り継ぎ南港フェリーターミナルに着いたのはまだ夜7時。とにかく何もやることがないので暇である。

かといってフェリーターミナルの周りは殺風景な景色。外にでるにも何もない。とにかくひたすら待つほか無かった。

沖縄行きの船は離れた埠頭に着くので連絡バスがある。だがそのバスは22時の一本しかないので連絡バスは沖縄行きの客で満員であった。

それにに乗り埠頭へ向かう。既に乗船する沖縄方面行き(沖縄は経由地。最終目的地は台湾。)「クルーズフェリー飛龍21」は出発地の名古屋(大阪は経由地)より到着しておりその大きな船体を水銀灯の明かりに照らし出されていた。

有村産業「クルーズフェリー飛龍21」(撮影・沖縄新港)/乗船券

乗船手続きはバスで着いてから1時間後、夜11時頃に始まった。大阪からも結構乗船する人が多く、団体も含めて50人ぐらいいたような感じである。

細いタラップを上り船内へはいる。私は二等船室だが、普通のフェリーのように雑魚寝ではなくきちんとベットになっている。1996年秋に出来たばかりの新造船で設備も真新しい船である。

2等船室は2段ベッドx12の半解放区画である。私が指定されたベットは窓側のベット。景色が望めそうだ。


1997年3月6日 有村産業・「クルーズフェリー飛龍21」船上

この日は一日中船の上であった。

船の中はさすが国際航路らしく免税店もある。船内表示も日英中の三カ国語表記。

自販機のジュースは全部100円。オリオンビールは350ml缶が200円。おかげで一日中まさに「呑んべんだらりん」の一日。(笑)

船が南下するにつれ確実に吹く風は暖かくなり、日差しも強く、海の色も変わってきている。海は穏やかで私は上甲板でビール片手に寝ころんで日光浴の優雅な船旅であった。

ただし、船旅の飯は3食とも恒例のカップ麺。こればっかりは変わらない・・・(^^;


1997年3月7日  「クルーズフェリー飛龍21」船上〜那覇市内

朝6時。目が覚めると既に沖縄本島が見えていた。ちょうど日の出の時間だったので甲板に出て日の出を見ることに。

同じ考えの人が何人もいるらしく朝早くにもかかわらず結構人がいる。やがて日が登り始めた頃、海面に黒い陰が現れた。と、大きな尻尾を振り上げた。 クジラである。 早起きしたかいがあった。(^^

那覇新港には朝7時到着予定だったが、途中やや遅れたようで、到着は1時間半の遅れで8時半。

照りつける太陽は北海道のそれとは違い、既に夏の陽射しであった。気温は25度。とにかく暑い。3月だというのにTシャツ一枚で十分である。


以下 続編【沖縄本島編】 へ続く。 

<<BACK

このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください