このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

先島諸島編(

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1997年3月12日(続き)

夕陽が東シナ海へ沈む頃、私は那覇新港にいた。

沖縄に来たときに着いた埠頭であるが、今回はさらに南へ向かうのである。

有村海運の石垣行きのフェリーは結構混んでいた。

今回も2等船室ではあるが、6人相部屋のコンパートメント部屋。

各部屋にシャワー、トイレがついていた。なかなかゴージャスである。

20時ちょうど、那覇市内の灯りをあとに石垣行きフェリー「飛龍」は出航した。


1997年3月13日

この日も南国特有の抜けるような青空。気温も27度。

午前9時30分石垣港に接岸。この日は宿は決めてなかったのでバスでキャンプ場へ向かう。

対向車もほとんどない道を米原キャンプ場までのんびりと路線バスで向かった。

米原のキャンプ場は海岸にある。この日も暑かったので今年初の海水浴とした。

遠浅の米原の浜はどこまでも透き通っていた。足下には色とりどりの鮮やかな色彩の魚達。

白い砂に青い空・・・・・・北海道の冷たい海とは全く違った南国の海であった。

都会の喧噪とは全く無縁の、風 の音と 波 の音 だけ が 響く 静  か  な   浜・・・・・

夕方まで波と戯れる長閑な時であった。

この晩、キャンプ場にいたのは、岡山大の2人組。40代ぐらいの旅人、インド帰りの青年、私。たった5人。

夜は流木や椰子殻を拾い集めて浜辺で泡盛を飲みながら5人で焚火を囲み時を過ごした。

南国の浜辺、満天の星の下での夜の語らいは楽しいものであった。

(まあ、男5人で話すことと言ったらアレしかないでしょうが・・・(^^;  何せ一年前のことなので結構記憶が途切れたりするところもあるので・・ )


1997年3月14日

朝7時頃 テントで目覚める。

今日は石垣市内へ戻る。テントを撤収して9時頃のバスで出発。

この日は市内でぶらぶら。本屋で立ち読みしたり船を眺めたり・・・

飯はホカ弁。とにかく暑いので一日にペットボトル一本の水を飲む。

夕方になり離島桟橋近くの公園でテントを張る。周りには同じ様な旅人が30人ほど・・・(^^;


1997年3月15日(土)

今日は日本の西端、与那国島へのフェリーの出航日。週に2回(水・土)しか出てないので予約も早めに

取っておかなくてはならない。テントを撤収しまずは与那国行きの船を運航している福山海運の事務所へ

乗船手続きに行く。

午前10時、定員100人の「フェリーよなくに」は日本の最果て与那国島を目指し石垣港を出航した。

さすがに外海となるので波があり船は揺れたが、途中トビウオの群を見ることもできた。

出航から約4時間。日本で最も西にある「久部良(くぶら)港」へ到着。ターミナルもない本当に岸壁だけの港。

左:「フェリーよなくに」(久部良港)    /中:久部良港全景          /右:日本最西端の碑

石垣島で買った新聞では、今日は夜に雨が降るとのことだったのでテントではなく宿に泊まることにする。

港近くの「はいどなん」と言う民宿に電話をかけると相部屋ならOKだと言うこと。

早速向かうが、本当に港そば。歩いて1分で到着。案内された部屋は4畳半の部屋。

窓が中庭に向いていて結構薄暗い。おまけに蒸し暑い。

日没時間が近づいてきた頃を見計らって「日本最西端の地」へ向かう。宿からは徒歩20分ぐらいの小高い丘の上である。

さすがに日本の西端である。札幌が夕方4時前に日没となるこの季節、午後7時近くになってもまだ明るい。

夕日は雲に隠れて見えなかったが・・・・・・・・・・

ラジオから聞こえてくるのは異国の放送ばかり。台湾まで120kmと言うのも納得である。


1997年3月16日

与那国島は周りを四方海に囲まれた小島である。こんな小島にも人の営みがある。

札幌から3500km。でもまだここは「日本」。日本は長い。氷点下の札幌から常夏の沖縄へ。

今日も3月とは思えない暑さが続いている。

この日は一日中雲がかかっていた。予定はレンタサイクルで与那国島一周。

が、夕方3時頃から雨が突如降り出す。サイクリングの途中だったので近くの空港で雨宿り。

雨は1時間ほどで止んだが・・・

明日は再び石垣島に戻る。(フェリーが週2回なので・・・)


1997年3月17日

今日の天気も芳しくない。どんよりとした曇り空である。

宿の衛星放送の天気予報は東シナ海に波浪注意報が出ていると伝えている。

久部良港から出港するフェリーの出航は10時なので宿で朝飯を食べたあと乗船手続きに向かう。

と言ってもターミナルも事務所もない港。仮あつらえの机とコンテナが手続き所である。

ようやくフェリーに乗り込み甲板に座って待つ。

出航してから最初はそれほどの揺れではなかったのだが外海に出るとたちまち波に翻弄される。

最上階の甲板でも波飛沫が容赦なく襲ってくる。白波の波頭が崩れ、それを乗り越える度にズズン

重苦しい音が船底から響いてくる。もう立っても居られない。船室に戻り横になるがこの揺れは尋常ではなかった。

やがて嘔吐感を覚えせっかく食べた朝飯を洗面器にリバースするハメになった・・・・

この時点で既にダウン。以後到着までの4時間はまさに地獄の時であった。

再び石垣港の地面を踏んだとき、ようやく地獄から解放されたのである。

この日の宿は離島桟橋近くのサザンゲートブリッジの下でのテント泊。

夜になり外は雨が降る。天気と同じようにぐったりとした一日であった。


以下続編【 先島諸島編・2 】へ続く

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