このページは、2019年3月に保存されたアーカイブです。最新の内容ではない場合がありますのでご注意ください

   最南端へ 〜Promisd Land〜


    1998年8月18日 

     八代553(1251D)人吉712/人吉721(1253D)吉松821/吉松856(4225D)隼人948

   夜も明け切らぬ午前5時。昨日の長旅の疲れが抜け切らぬまま窮屈なベンチの上で目覚めた。

     駅前へ出て伸びをする。曇天の下爽やかとは言えない目覚めではあるが。

     早朝の八代駅前(時刻は5:24を指してます)

     駅前のコンビニで朝食を購入。冷たいサンドイッチを腹に流し込み完了。

     何とも簡素な朝飯であるが……

     吉行きは八代駅のホームの片隅でひっそりと待っていてくれた。

     何人かの乗客を乗せ山越え単行ディーゼルカーは発車した。

      【1251D 人吉行き車内放送 .rm File 148KB】  一括ダウンロードは こちら   

     球磨川に沿って列車は山奥に分け入っていく。

     列車を人吉でさらに乗り換え、矢岳越えに挑む。

      

     スイッチバックに挑む       車内は畳敷きも。

    矢岳で休憩。 のどかな山の駅。

     越えを終えて吉松でさらに乗り換え。いよいよ鹿児島県である。

     峠を越えると空は晴れ上がりじりじりと南国特有の陽射しが降り注いでくる。

     さすがに車内はクーラーが利いてるものの一歩外に出ようものならたちまち汗が噴き出してくる。

     隼人959(6835D)西鹿児島1041

     らに隼人で西鹿児島行きに乗り換え錦江湾沿いにさらに南下。

     途中、竜ヶ水駅にさしかかった時、山側で土砂崩れの跡で作業が行われていた。

     竜ヶ水が土砂崩れで埋まったのはかなり前のことだと思ったが未だにその痕は深く残っていたのだ。

     年ぶりの西鹿児島駅は大きく変わっていた。

     昔の旧駅舎は跡形もなく取り壊され、深紅の駅舎が新しく建っていたのである。

     時の流れを感じされられる。自分が年を取ったようにまた風景も変わっていく……

     駅舎は新幹線対応だそうだ。

     駅舎の中はいろんな店があり汽車旅には便利になった。

     西鹿児島からさらに南下しいよいよ日本最南端の駅、西大山へ向かう。

    と、その前に構内の薩摩揚げ屋で本場の薩摩揚げを購入。  

    揚げたてはやはりおいしいものだ。(^^)

    南国の夏空に映える黄色い快速「なのはな3号」     

      【なのはな3号 車内放送 .rm File 183KB】  ストリーミング再生出来ない場合は こちら からダウンロードして下さい。

    左手に桜島を眺めながら南へと列車は走っていく。

    宿で列車を降り、枕崎行きが来るまでの待合いの間昼飯の買い出し。

    クーラーが効いた駅舎や列車内とは違い外は容赦なく照りつける太陽で熱せられている。

    ほんの5分歩くだけでたちまちタオルが汗で濡れてくる。

    1311、いよいよ最南端への最後の乗り継ぎ列車である枕崎行きがやってきた。

    以前ここを通ったときは夜明け前の早朝であった。今回は真昼間。しかも目的地は最南端

    西大山。鉄道に詳しい人なら一度はその名を聞いたことがあるはずだ。

    い線路を走ること17分。ついに西大山に到着した。

     開聞岳と列車。実に絵になる1シーンである。

     西大山駅の看板。稚内から3126km……

     列車を降りたのは私の他には何人かの高校生だけだった。

     高校生が駅前に置いてある自転車で散った後はホームに私一人がぽつんと残る格好になった。

     ……実に静かである。誰もいない無人駅。はるばる北の果て稚内からここまで長い旅であった。

     草むした線路が蜃気楼の彼方に霞んでいる。

     だが、その静けさも次々と自動車でやってくる観光客が見事にぶちこわしてくれた。

     TVドラマ「青い鳥」でこの駅が出てから観光客がさらに増えたそうだ。

     駅なのに汽車で来る人はほとんどいない。

     ここもまた一つの「観光地」となってしまったのだろうか?

     だとすれば寂しい限りである。

     

     よいよここから折り返し。後は北へ北へと向かうだけである。

     いよいよ旅の終わりが見えてきた……


      旅の終わりはまだ先。


     西大山駅には旅ノートが置いてある。西大山に来たらぜひ一読されることをお薦めしたい。

     私ももちろん書き込んできました。

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