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盲人重役

城山三郎著


宮崎康平の島鉄での活躍を示した書籍。「汽笛は響く」というタイトルでテレビド
ラマ化もされている。登場人物、登場会社などは全て別名になっているが、事
実関係を調べると概ね以下のようになる。

屋代…宮崎康平

半島鉄道…島原鉄道

大鉄…県営バス(株買占めはまた異なる)

中久保社長…古川第3代島鉄社長

小宮社長…田中第4代島鉄社長

泉谷信子…後の和子夫人(宮崎の再婚相手)

温泉町…雲仙温泉

港町…島原市

なお、ノンフィクション小説なので、島原鉄道のあゆみを参考にして読むと更に
理解が深まる。

あらすじ
 施設が老朽化した半島鉄道の機関車では貨車3輌しか牽引できず、大型の
C12機関車の導入が課題となっていた。車輌購入の仲介団体に前金をおさめ
ているものの、大手優先で一向に半島鉄道には車輌が回ってこない。そこで屋
代はハンストに訴えて何とかC12を手にする。

 その後、温泉町へのバス路線で大鉄との競争をし、その工作途中で天皇陛
下の温泉町訪問の話をする。当初は大鉄のバスをご利用の予定であったが、
半島の生活をごらん頂きたいと屋代は半島鉄道に御召し列車を走らせるように
請願にでる。その条件として、半島鉄道のレベルアップを要求されたが、レベル
に合うような改善をするのにはレイルが2000t必要となっているが、年に半島鉄
道に回されるレイルは50tに過ぎなかった。この難関を屋代の知恵で乗り切
り、施設改善に昼夜奮闘したが、その過度な疲れから失明をする。
 この過度な労働に嫌気を指した妻は、家出をし、屋代は乳児の子供を盲目の
身で育てる事となる。そして屋代の最大の理解者であった中久保社長が死去
し、新たに小宮社長が就任するが、屋代には否定的な社長であった。そして半
島鉄道は大鉄やその親会社東西鉄道から株の買占めにさらされることとなる。

 盲人となった屋代には、小さな子供の世話は無理であるという判断で、屋代
は親友大崎の進めでアナウンサーをしていた泉谷信子と再婚することになる。
 

 その後、半島鉄道は大水害に見舞われて再起不能のまで言われていた。重
役の中でも鉄道撤去派と再起派に別れることになった。屋代は当然再起派で
あった。

 しかし、この困窮の、弱りきった半島鉄道の状況に目を付けた東西鉄道が、
会社乗っ取りを企てて、成功させる。新人事では、社長を含めて重役の多くが
東西鉄道からの出向者で占められた。屋代は重役として半島鉄道に残ったも
のの、屋代の希望どおり非常勤となり、屋代は趣味の植物栽培を生かしたバナ
ナ園の仕事を始める。そしていままで、仕事仕事でやってきた屋代にはじめて
家庭の喜びを味わえる時間がやってきた。


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Book Date

盲人重役

昭和49年10月9日1刷 

著者: 城山 三郎

発行者: 黒川 洸

発行所:日本経済新聞社

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