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第2章 西武鉄道安比奈線の略歴と将来展望
■安比奈線の略歴と現況
安比奈線の歴史は古い。開業は大正14(1925)年のこと、安比奈線を建設したのは西武鉄道の前身のひとつである(※)。
※:大正〜昭和初期の合併の経緯は極めて複雑で、的確な解説が難しい。
安比奈線の免許を申請したのは川越鉄道(→武蔵水電?)で、開業させたのは旧西武鉄道である。
なお、旧西武鉄道は、武蔵野鉄道に合併されて西武農業鉄道となり、その後改称して現在の西武鉄道になった。
なぜ安比奈線がつくられたかといえば、川砂の採取が主要な目的であった。安比奈駅は入間川河川敷内に設置されており(※)、川砂以外の荷を運べる態勢ではない。他の要素をまったく顧慮せず、川砂輸送に特化した点が、安比奈線の特色といえる。
※:河川敷内での収益的固定資産形成は、現在では原則的に禁止。大正時代だからこそ許された鉄道建設である。
戦後になって川砂の採取が禁じられ、安比奈線は存在意義を失ってしまった。しかし、それでも廃止にならなかった。信じがたいことながら、書類上の分類によると安比奈線は休止線でさえない。あえて正確に形容するならば、「営業列車が1本も走らない営業線」なのである。
もっとも、安比奈線の実態は限りなく廃線に近い。吊架線は残っていても、トロリーは失われている。枕木は腐朽し、ところによっては土に還り、列車の走行に耐えられる状態ではない。現状ではレールが本線とつながっておらず、列車が安比奈線に乗り入れることはそもそも物理的に不可能である。
最近の地図を見ると、安比奈線は破線ですら描かれておらず、まったく無視されている。つまり、安比奈線は休止線でなく廃線と認識されているわけで、実態としてはこちらの方がより正しいかもしれない。
図−4 西武鉄道安比奈線路線図
■安比奈線は盛業だったのか?
以下にちょっとした試算を行ってみよう。なお、数字は全て仮定である。
安比奈線運行本数:1本/日
川砂輸送量 :300t/列車
川砂単位体積重量:3t/m3
川砂採取場稼働日:250日/年
川砂採取年数 :40年
川砂総採取量 :300÷3×250×40 = 100万m3
控えめに見積もってこの数字であるから、実際にはさらに莫大な量に及ぶかもしれない。採取場に相応の面積があれば、いくら多量であろうとも、川砂を掘ることはできる。問題は、採取場が河川敷であるゆえに、自然の圧力が入間川に働く点にある。川砂採取場直近の上流では激しい侵食が進むだろうし、下流域では土砂の供給が少なくなり、やはり侵食が進む。入間川流域では一種の社会問題が惹起されたはずであり、実際のところ川砂採取を禁じるよう自治体などに陳情するなど住民からの動きもあったらしい。
かような状況下で川砂採取を大々的に推進できたかといえば、西武鉄道ほどの大企業では難しい面もあったのではないか。
上記仮定における運行本数と輸送量は、最低限の水準である。最低限の操業でさえ社会問題につながりかねなかったのだから、実際には最低限の操業さえできなかった可能性を考慮しなければならない。安比奈線が盛業だったのは長く見ても終戦直後くらいまでで、営業時代の末期には社内事業向けの短編成列車が不定期に細々と運行されるのみだったのではないかと、筆者は想像している。
西武鉄道は正史を編纂していないため、現段階では上記の仮定を検証できないのは残念であるが、当たらずとも遠からずと筆者は確信している。なぜなら、安比奈線に遺されたレールの踏面はあまり磨耗していないからである。重量貨物列車が多年に渡り運行されたレールであれば、もっと「ペッタンコ」か「撫で肩」になっているに違いない。
■安比奈線の復活ばなし
安比奈線復活に関する話題は、昔からよく出ていた。沿線で宅地開発して旅客線化する、水上公園へのアクセス鉄道にするなど、様々なアイディアが噂として流れていた。しかし、そのいずれも実現することはなかった。
少なくとも西武鉄道は、安比奈線をなんらかのかたちで活用することを見越し、廃止とはしなかったのであろう。とはいえ、巷間でささやかれていた無責任な噂が、西武鉄道の社内で真剣に検討されていたとも考えにくい。というのは、安比奈線にはいくつかの制約条件が存在するからである。
その中でも最大のものは、国道16号線との交差であろう。国道16号線の交通量は多く、従前のような平面交差が道路管理者に許容されるとは考えられない。また、運輸省サイドにおいても踏切の「新設」は認められない趨勢にある。
例えば、新金線と国道 6号線の平面交差は、道路側に必ず一時停止が必要な踏切でなく、信号として処理されている。これは、新金線が運行本数の少ない貨物線だからこそできる芸当であって、毎時数本も運行される旅客線では同様のことはできないと思われる。
安比奈線は名目上の営業線とはいえ、復活させる事業を興すとなればその実質は新線をつくるに等しい。国道の管理者は、必ず立体交差化を要求するはずである。立体交差化は費用を要するばかりでなく、前後の線形を厳しいものとする。南大塚構内から所要の高さに達するには相当な急勾配になってしまう。勾配を緩和するためには、南大塚でのホーム設置を諦めなければならない。設計は、極めて難しいものにならざるをえない。
かような困難が伴いつつも、西武鉄道はかつて、安比奈線復活を計画したことがあった。それは前章に記した新たな車両基地設置である。この時には安比奈線の敷地に杭が打たれ、路線測量がかけられている。国道16号線と交差する高架橋の設計もされたらしい。
しかし、実際には安比奈線の復活はなかった。経済の絶頂時にさえ実現しなかったのだから、復活ばなしはおそらく二度と出ないであろう。
それでもなお、安比奈線は恵まれているといえる。同様の性格を持つ貨物支線は、ほぼ例外なく廃止されているではないか。安比奈線は今も名目上は営業線である。また、実現にこそ至らなかったものの、少なくとも一度は復活に向けた具体的な計画が立てられてもいる。これほど幸運な路線は、珍しい。
安比奈線の現状は荒廃の極にある。さらに風化の度を加えていく様子を見るのは、忍びがたい面もある。とはいえ、どれほど風化していこうとも、常にそこに在り続けるだろうと確信させてしまうなにかが、安比奈線にはある。筆者は30年近く前から安比奈線を目にしてきているが、どういうわけか復活する気配を感じなかったし、かといって撤去される気配も感じなかった。安比奈線とは、おそらくそういう路線なのであろう。
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