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市制調査会の議事
市規則改正のために市制調査委員会が開催され、その第一回は単に各委員の会合に過ぎ去りしも、第二回第三回の両会合は、関東州市制に関して熱心に審議さられた。大連市制の上から見るもこの調査委員会の議事録は、資料として貴重なるものと云わねばならぬ。
第二回 市制調査委員会会議録
開会日時 大正八年九月十二日午前十時
会場 関東庁
出席者
委員長 杉山四五郎
副委員長 黒崎眞也
委員 中野有光 田中千吉 永山善之助 小川順之助 西山茂 今井俊彦 新谷清潔 中川健蔵 石本貫太郎 東畑英夫 米岡規雄 大来修治 陶雲山 郭学純 立川雲平 相生由太郎 宮田仁吉
書記 天野作蔵 青柳亨杉山委員長 今より前回に引き続き開会す。
大来委員 過般大連市民有志大会に於て決議せる事項を本会に採用せられたし、即ち左の如し。
一、大連市事務の範囲を拡張し他の文明都市に於けると同様の公共事業を経営せしむること
二、市会議員は全員民選と為すこと
三、市会議員は日本人三十人、支那人六人とすること
四、選挙資格は現に大連市に居住し一年以上市費を分担し、年齢二十五歳以上の男子には選挙権及被選挙権を有せしむること。と提議し、文明都市同様の公共事業と謂うは敢えて外国の例を引用するに不及、我国の重なる都市に於けると略同様のものにて可なるべく、市会議員は全部民選にて充分市政参与権を行使し得る能力者を挙げ得べし。又選挙権及被選挙権に関し納税額の制限を置くの要を認めず。三十年以前我国の市制制定当時に在りては問題たりならんも、教育の普及せる現代の思潮としてはいやしくも市費を分担するものは其の額の如何を問うの要なし、財産納税等の多寡に依りて智識能力に差異あることなし、そして一年以上市費を分担する者を適当と思料す。
小川委員 市制問題は今や官治より純然たる自治に改めんと云う点にあるが、過去を鑑み将来を慮り考案せざるべからず、依って茲に私見の要旨を発表し其の根本に就て論及せんとて左案を各委員に配布し、之に就き説明す。
市制改革意見
要旨
一、現在の市の権限を拡張して教育衛生は勿論、其の他性質上地方税支弁に属する事業は総て市の管掌内に置き、独立せる自治団体となすこと。
一、民選に係る市会を以て議決機関となし市の収入支出を議決すること、尚、市参事会を置き市会の委任の範囲内に於て収入支出を議し、市有財産を管理し併せて執行機関の会計事務を監督すること。
一、現在民政署に属する民政署長以下の官吏を以て市の執行機関とし、市会の議決に基き予算を執行し市の事業経営の任に当り、併せて委任の範囲内に於て国の事務を執行すること。
一、 現行官制を改正して大連民政署を廃し大連市庁を置き、大連市街計画に基き大連市を拡張し現に大連民政署管内の会屯は其の所管を他に移すこと。市の権限
一、 教育、衛生、道路、上下水道、市区計画等性質上地方税支弁に属する事業は総て大連市庁の管掌に移すこと、但し水道第二期拡張は財源の都合により当分国の事業となすこと。
一、 市場、屠畜場、火葬場其他社会的施設は総て大連市庁に於て経営すること。
一、 電燈、電車は財源の都合により適当の時期に満鉄より市庁に譲受くること。選挙方式
一、 満二十五才以上の男子にして選挙権名簿作成の当時、現に年額三円以上の市税を負担するものは選挙権並びに被選挙権を有す。
一、大連市市会議員三十名中二十五名は日本人中より、五名は支那人より民選すること。但し日本人議員は日本人の選挙権者之を選挙し、支那人議員は支那人の選挙権者之を選挙す。
一、 現行市町村制の如く階級選挙の制を採用せず平等選挙とす。市制実施以来すでに四ヵ年此の間に於ける実績如何権限の狭小其の他色々の点あらんも、余り予期以上の効果を示したりとも認め難し、依てこの改選期に際し本会を開催せられ各委員の意見を徴せられたるものにして、其の議員の官選を民選にすべし等の説に止まらず、将来の施設を如何にすべきか等の問題に亘り現在の制度を根本的に改めんとするにあり、若しそれ本案を以て純然たる自治団体の本音に背くものにあらずやと謂うに決して然らず、現在の府県が官吏を以て執行機関とせるも之を以て府県は自治団体にあらずと謂うべからず。又民意に拠る点に就いてすこしも差し支えなしと信ず。現在の制度にては民政署あり市あり其の事業及執務上二重の感なきにあらずや、之が為余計なる経費を支出せざるべからざる嫌いあり。
本案に対する財源問題如何と云うに、若し仮に独立し得ずとせば、従来の大連市をして事業を拡張せば等しく行い得ざるべし。故に財政上は独立し得るものなりとの前提にて議論せざるべからず、如斯するときは無論多額の経費を要すべきも現在の制度にて、民政署及関東庁に於て執行するも経費の点は同様なるべし。これが為には地方税を関東庁より大連市庁に移しては如何かと思考す。地方税現在収入営業税、雑種税、水道収入及市税戸別割一戸当り現在六円余を内地の一戸平均額たる十二円位に引き上ぐるとせば、総額約百二十万円を得べく、この財源あらば水道、土木工事其の他相当の事業を経営し得べし、要するに現在大連市、関東庁及民政署の経費を挙げて市庁に移さば、それ以上を要せずして現在以上の仕事を為し得るにあらざるかと思料す。
議員選挙法に就いては数説あらんも、大連市は内地の市とは事情を異とするを以て普通選挙に依る能わず、又一二三等の階級制度も面白からず、故に市税負担年額三円以上にせるものなり、又内地の如く二箇年以上等の制限を附せず選挙人名簿作成当時とせるなり、そして旅順市は負担能力貧弱なるが故に大連市同様と云う訳に論断し難し、之を以て旅順は暫らく本案の外に置きたり。
以上委員として一己の意見を開陳す。石本委員 小川案は大体本員の案と同一なるも、一二の差異を認む、即ち市庁を置き官吏を以て其の執行機関とせんとする点、議員の員数三十名とあるも内地の市制に依れば人口五万以上十五万未満の市は三十六名の定員にして、大連市は之に相当するを以て日本人三十名支那人六名としたし。
財政問題に就いては前回に於ても述べたるが如く、市民の現状は充分負担に堪え得る見込みなるを以て、事務の範囲は出来得る限り拡張し市に属する公共事務の全部を行いたし、経費の点は官に於て行うも市に於て行うも敢えて異なる点なし。
又小川案にはなきも内地戸籍との連絡事務を加えたし、在外邦人に対する内地戸籍との連絡事務は各領事館に於て之を行うも、当満州に在りては全くこの連絡を欠き其の支障少しとせず、尚市債を起し得る様規定を加えられ将来市の活動を便ならしめられたし。黒崎委員 余は小川委員に賛成を表する一人なるも尚多少の希望を有するものなり、現在に於て民意尊重の思潮は最も賛成する所なり、市会を議決機関とすれば執行機関は官吏を以て之に充つるも更に支障なかるべし、又地方費と地方的事務とは必ずしも相伴うものにあらず。
地方的事務に国費の補助を仰げる事情あり、又地方費を以て国家的施設を援助するの必要もあるべく、殊に大連市の如きは地方的収入と地方的施設は一致せず、故に市の財政に堪え得る施設に止むるを以て適当とすべし、尚旅順は現在の侭とすべしとの説なるも民度及富の程度の差ありとて之を異にすべからず、大連と同一にするも敢て差支えなかるべし。米岡委員 旅順市現在の予算総額は五四、一〇二にして戸別割は二七、一〇〇円其の一戸当り七円二十九銭弱となり居れり、若し之を市政の範囲を拡張し大連市同様に改正するも、約一万円の増加なるべし、負担一戸平均を約十円とせば可なるべく之れ敢て困難にあらず、又辞せざる決心あり。
次に執行機関を官吏とするは自治の革命なりと思惟せらる宜しく民選ならざるべからず、之れ注意を要するべきことなり。大来委員 小川氏提案の執行機関を官吏とするは反対なり。一面自治を施行し他面官治的色彩を加味するは市民の能力を疑うかの憾あり、議決すればまた自ら執行し得べく市民の能力は充分なりと信ず、此の根本に於て小川案と相違す。
立川委員 小川案はあたかも内地府県制に類似せる一種の自治制と解せらる。議決権を有する以上無論監督権をを有すべく大来氏の如く左程憂うることあらざるべし。又市民大会決議の如く納税者にことごとく選挙権を与うることは不可なり。大連市の如きは極めて少額の納税者は居所転々常なき者が多きが故に相当の制限を要す。此の点熟慮を望む。
郭委員 支那人は風俗、人情、智識の程度低く日本人に伍して民選議員となり、克く市政に参与するだけの人物甚だ少し、しかも低級者階級に比較的富裕者多きが故に名誉を博せんが為、金銭の力に依り議員となることなしにせず、果して然らば独り大連市政の為のみならず、ひいて日支の親善を妨害するの結果を来たすべし、又公課金に関しても純然たる民選にては全く官の関係なしとの観念を抱き徴税上甚だ困難なり。
此等の点よりして支那人側に於ける競争事件商取引の解決等を為しつつある、有力な団体たる公議会をして選出せしむるの方法に依られんことを希望す、如斯せば前述の弊を除去することを得べしと思考す。東畑委員 旅順大連共に各其の約半数は支那人にして此処に内地同様の市政を施行せんとするは大に考慮を要す。只今支那側委員の説もある如く文化の程度相違して居るを以て、議決機関として外国人を包容するは将来種々の点に於て支障なきや否やに付て大に研究を要す。
公議会より選出せしめて官選となし、旅順の如きは公議会長を以て官選となし差支なかるべしと考う。又市の事務の拡張は土木、教育、衛生等が内地にても其の主要なるものなり、小川案の如く地方費を以て市の収入に充つれば現状にては支障なきも、将来の発展に対しては大に調査を要すべしと考う。単に現状に依りては将来の為め危険かと信ず。但し小川案の如く決定せんとするに当りては敢て旅大を区別するの要なかるべし。只程度及経費に差あるのみ事業に就ては何等異る処なし。営造物中屠獣場、火葬場、市場等の如き大連は相当の収入ある様なるも、旅順は僅かに収支相償うに過ぎず、市役所を廃止し民政署をして之に代りて執行機関たらしむるは内地府県の如く大自治体ならば可なるべきも、旅順大連の如き一小都会にありては如何かと思わる。中川委員 前回にも述べし如く民選を可とするものにて、権限問題に就ては大体列記的を適当と思惟す。列記的ならざれば市の事業に対し競争等を生じて、市自体の調和を害し且つ一地方的利害に偏するの虞あり、之が故に一地方的利害関係事務は官の手に収め、一般市民に関する事務は官に於て干渉せざる主義を可なりと信ず。之れ各植民地の採択し居る処なり、又執行機関を官吏となすは議決機関との調和を欠く虞あり、故に同系統に置かざるべからず。
田中委員 内地府県制の如く改正するは反対なり。府県は自治体なりと雖も、真の自治体たる基礎は市町村にありて、府県は便宜上官吏を執行機関として居るものなり、現在の大連市は微なりと雖も既に市として成立せる以上、之が執行機関を官吏を以て充てんとするが如きは、一面に於て制度の逆転なりと謂い得べし。宜しく市吏員たるもの之に当らざるべからず。此の見地よりして小川案に反対なり。
相生委員 本員の言わんと欲する所は半ば田中、中川両委員に於てすでに述べられたり。
己に市会議員に民選とし執行機関を官吏とするは不合理ならざるやの疑いあり。議決機関と執行機関とを区別するときは果してよく両者の調和を得べきか、若し調和を欠くときは既に根本に於て良制度なりと謂うべからず。
内地府県の如きは大なる団体にして便宜上より現今の如き制度となせるものにして、自治の根本たる市町村に在りては府県制に倣うべきにあらず、中川氏の列記的説は頗る窮屈なるものにして日進月歩の現状を縛するの感あり。
次に大連は内地と異なり日支人雑居の地故、永住の観念なきもの多きが故に、選挙に多少の制度を附することは本来の精神にあらざるも、またやむを得ざるべく特別の考慮を要すべし。之を以て三円以上とあるを五円以上とし三十名を三十六名とし、支那人議員は公議会をして選出せしめ、民選の形とせしめたし。尚事業遂行上、市債を起し得る様規定を望む。杉山委員長 御高説を拝聴し好参考を得たることを感謝す之より喫飯の為暫時休憩す。
午後一時開会
今井委員 本員は大体に於て小川委員の案に賛成するものなり、但し市の権限に付ては中川委員と同説なり、即ち列記的制限を要すべし。
大連市の施設は満州の入口として国家的施設を要すべく、単に一地方的と見るべからず。斯くするにあらざれば広き意味に於ける施設充分ならざるべし。又現在の如く同一地域に執行機関数箇あるは、権限争議及其の他に於て不都合生ずべし、例えば教育費に於ても教員俸給は国費、校舎建設及設備費は国費又は地方費、雑給雑費は市費を以て負担せるが如き、衛生費に於て防疫費は国費、掃除其の他は市費負担の如き或いは重複を来し、或いは双方共脱漏し居る等のことあり宜しく一箇の執行機関と為すべきを可なりと信ず。
民政署の管轄区域を制限し現在大連民政署管内の会屯部落を他に移すことは、従来民政署の施設は動きもすれば市街地に集注し、部落は自然等閑に附せらるるの傾きあるを以て適案なりと信ず。市会を議決機関、民政署長を執行機関とし、議員選挙は全部民選にて差支なからん。支那人議員は公議会選出説あり適当の説ならんも規定中に公に公議会を認むることは如何かと思う。故に官選となし置き公議会の意見を聞くこと適当ならん。旅順市は負担其の他の関係上現制の侭とし、事務に就ては適当に改革制限し、区域は其の侭にて可なるべし。小川委員 議決機関と執行機関との点は議論の中心となり居るものの如し、逆転云々の説もあれど、元来政治は其の土地に適したる施設をなさざるべからず、現今欧米に於て内地の如き市制を布き居る国は皆無と思料す。民意が行政上に影響する点は議会の上に反射するものあり、或いは執行機関に反射するものあり、単に執行機関のみに反射せざればとて、直ちに自治制にあらずと云うことなし。又法律上の自治と行政上の自治とは多少異なるにあらずや。殊に大連市の如きは内地の市と同様なるを要せず、必ずしも内地の自治制に倣うの要なし。要之に如何にせば民意を容れ良果を収め得べきやに就き考究せざるべからず、官吏が執行機関となるときは市の権限を奪われたる感なきにあらざらんも決して然らず。大体に於て現在の侭とし、議決執行の機能を市に与え権限を拡張することは反対なり、尚早と言わざるべからず。若し本員の案の如く改正せずとせば権限は中川説の列記的ならざるべからず、市の来歴、事務成績の実情、事務の統一等を考慮し提出せる案にて、自治の逆転にあらず、寧ろ現在よりも広き意味に於て民意を容れ、一歩進みたるものと考えし愚案なり。
宮田委員 小川氏の案は理想的ならんも、支那人を抱擁し居る大連市としては実行上尚早なりと信ずるが故に、石本説の如き自治体とせらむことを希望す。官吏の執行機関を置くは市民の能力を疑うが如き懸念もあり、又旅順市に於ても市場、屠獣場、火葬場等は漸次市の事業とせしめられたし。市の財政許す限り事務の範囲の拡張を希望す。支那人官選説は賛成なり、そして二名を以て適当と思料す。尚大連の財力の具体的研究を希望す。之れ旅順の将来にも関係すればなり。
田中委員 先刻簡単に述べたるも用語の関係上一言弁明せんとす。逆転と言いしは或いは過激ならん。退歩不徹底と改めたし。欧米殊に独逸等に於ては政治上の意味に於て専任の官吏にあらざるものを国権に干与せしむるは不可なりとの説多し。
大来委員 田中氏の説に賛成なり。又満蒙の玄関としては市の事業として不適当なりとの説あるも、之等の使命に就ては特に満鉄あり、故に此説は首肯し得ず。
永山委員 本員は地方自治に関しては全くの素人なるも、先ず財政の見地より考究せんとす。権限拡張に就ては各位の間に異議なきものの如し、しかれど之に伴う具体的の経費に関しては未だ計算しあらず。其の大体に就て考えるに市民の負担増加、それにて不足せば国費、地方費の一部を補助するとか営業税、雑種税の如き地方税を移すとか云ふことにならざるべからず。是等の点に就き地方的ならびに国家的立場より考慮を払い決定するを要す。そして営業税、雑種税は現在地方税なるも果たして地方税が適当なるや国税が至当なるやは問題にして、之を市に移すに於ても全部移すべきや、一部移すべきやは市事務と国の事務との関係を充分研究するを要す。補助金は大蔵省に於ける財政等の関係もあれば当てにならぬ。
水道、電気収入に就ても是等は過去に於て非常なる巨費を投ぜられたるもの故、之を今全部市に移すことは如何かと考う。要之に権限を拡張することは希望ならんも財政上の諸点に付き国の側も市の側も、差支なきや否やを充分考慮し然る上に於て決すべきものと認む。一旦拡張したる上は縮小は困難なり、収入に応じて仕事せんとするは単純なる議論にして、仕事せんとせば凡ての事務は自然膨脹を来たし、之に順応せんとする収入を需むるに至るべきは必然の理なり。本問題は財政を根本に置き決せられたし。小川案は理想案なるも、聊か一足飛の感なきにあらずや。財政を基礎と為し漸次発達せしむべきを適当なちと信ず。又大連は大連市の大連にあらずして、国家的使命を有する点より考え、議員は其の幾分を官選とすべきなり。立川委員 大連は完全なる内地の如き市制を布くことは現下の四囲の事情之を許さず。故に大連には大連に適したる制度を定めざるべからず。敢て欧米等の説を為すの要あらざるべし、官吏を以て執行機関とするは最も可なるべし。此の過渡時代に於て執行権までも市に収めんとするは却って得る所なきに至らむことを虞る。現在の大連は国家政治に参与せんとする者尚甚だ寥々たり。殊に現下南支那より満州にわたりて多事を極むる此の秋に当り、吾人は市政の些細なる内容の如きは宜しく官辺に委する位の稚量を要す。小川氏案は機宜に適したるものなり、今過渡の時代に於ては暫く忍んで議決権だけを以て満足すべきなり。
石本委員 小川案と本員の所見を異にするは只執行機関の一点のみ、しかも此の点が重要の点なり。
立川氏は差支なしとの説なるも、現在大連市民の声は然らず。慎重審議を重ね立派なる各植民地行政の模範たるべき制度を採られんことを望む。官吏執行機関説には全然反対なり。又永山氏説の如く財政上の問題も素より大切なれども市債等によりて救済の途もあるべきにつき、左程憂慮するに当らずと思考す。中川委員 本員は根本に於て異なるものあり、故に列記説なり特別の制度を要す。議決機関と執行機関と意見の衝突を来したる場合、其の系統を異にし居りては各主張を貫徹せんとし、実際上に於て不便不利なり。東洋各植民地にて半官半民の制を採りたるは、議決と執行との機関が系統を異にするを虞るに依ることと信ず。そして両機関を自治系統に委するときは、一地方的利害関係の仕事は或は其の弊に陥るべき虞あるを以て此等の仕事は列記的に依りて制限せんとす。
中野委員 本員は市の現制に感服せず、必ず之を進歩せしめざるべからずと考え、且つ其の機運に遭遇すべきを予期し居たり。我が政府が植民地行政を始めて以来北海道、台湾は既に相当の永き歳月を経過せるも、未だ市なし。樺太、朝鮮亦然り。併し大連は已に市にして存在せる以上、強いて之を不必要なりとするにあらず。進んで改革を図らざるべからず。依て先ず一言せんとするは支那人、日本人の関係なり。大連は支那人が半数以上を占め居る現状なるを以て、之等支那人の権利義務関係に顧慮せざるべからず。従来は支那人側に於ても納税額も少額なりしが故に、余り多く考え居らざりしならんも、今後は発展に連れ必ず民本主義、権利関係を考えるに至るべし。負担は日本人と同一にして即ち義務を同等に負わせ、権利は平等に与えあるや否や、制度を如何にせんとするかは充分研究を要する問題なりと思料す。
新谷委員 現今の市制制度以来既に四箇年を閲す。そして其の業務は主として教育と衛生なり。教育に至りては殆ど問題とするに足らず是等の事務成績如何を見るに市規則制定前の治績に及ばざるが如し、進歩すべきが反対の現象を呈せるは遺憾なり。斯くの如しとせば之を廃止すべきか、改正すべきかの点にあり、改正するとせば如何にすべきか。現在各植民地の状態を見るに台湾は官治行政にして朝鮮には府会あり、費用を分担し居るも何等の機能を有せず全くの諮問機関なり。香港は立法行政の両評議会ありて立法評議会員は其の地に於て官選し、行政評議会員は殆ど本国政府の任命なり。ハルピンは早くより自治制を布き、六十名の市会議員は一の納税額を基礎とし国籍の如何を問わず之に選挙権及被選挙権を与え、其の中より七名の市参事会員を選出す。要するに各地共有の制度は一見完全なりと云い得べけんも之が成績に至っては見るべきものもなく、実状と制度歩調不全なるは明瞭なり。安東営口には在住邦人居留民団の自治体あり、そして安東にありては教育土木等施設は皆他の機関に委託し居れり。そして目下外務省に向かって廃止を上申し行悩み中なり。其他奉天、遼陽の民会の如き満州各地に維持困難を感じ居れり。是等は永久に放任し得べからざる問題なるべし。又満鉄地方事務所は時代に後れ居るの感なき能わず。大連は国家的意味に於て八分、地方的二分の見地にて、施設経営の歩を進めざるべからず。そして内地同様の純然たる自治制度は不可なり。故に今日喧しき声には俄に賛同し難し、宜しく官治制と自治制とを調和し特別制の要あり。小川案は重要視すべきものなり。
相生委員 新谷氏は衛生組合時代に比し現在大連市に於ける成績劣れりとの説なるも決して然らず、進歩見るべきものありと信ず。人は隴を得て蜀を望むものなり、時代の進歩に留意せらるるの要あらん時世の進運に連れ、衛生上に於ても種々困難なるものあり、従前は日本人にチブス赤痢等相当多かりしと聞く。若し現下成績不良なりとせば制度の不適当なり。沿道及各地の例を引かれたるも、大連とは各事情を異にし、殊に露国人等の思想とは全然混同すべからずものなり。市政執行者としては学識経験を有する有給吏員を聘することを得べく、そして大連市が満蒙開発上重要なる意義ありとせば、其の大切なる大連に関東庁先ず自ら移り監督せらんことを最も希望す。日支人の意志疎通に就ては従来円満にして何等支障を見たることなし、支那側委員の希望あるも支那人だけ官選とするは支那に対する国家的関係上聞え面白からずと思考す。内地同様ならずともそれ相当に加味すれば可なり。
米岡委員 現行市制の治績を指して退歩なりとの新谷氏の説明に対し一言せんとす。衛生機関が殆ど市会の力を以て如何ともすべからざる今日、新谷氏の説の如く前制度より成績不良なりと言わば、其の責は官辺にあり、本員は以前衛生組合長の職にあり、そして目下市会議員の一員なり、其の関係上より下水道完成の急務なるを認め、当時より頻りに当局に建議せるも、今尚其の一部を除くの外施設を見るに至らず。又塵芥焼却場の件に就ても今少し手近き所に其の設備を望み居るも之亦運ばず、如斯市が如何に焦慮するも如何ともするに能わざる常置にあるにあらずや。尚之をして市の責任に帰せらるるは残酷も甚だしと謂わざるべからず、誠に大なる不平なり。
杉山委員長 只今新谷番外より外国植民地の例、朝鮮、台湾、樺太、ハルピン其の他各地の状況を述べられしも、其の他にわたる事項は新谷氏委員としての自己の意見なりとご承知ありたし。当局としては無論現在の治績は進歩見るべきものありと認む。今回の虎疫に際しても防疫上市が種々画策させれ熱誠を以て尽瘁援助を与えられ居ることを感謝し居る次第なり。
本日は一、二欠員の外、熱誠に所見を披歴せられ大に得る所ありたるを感謝す。尚今後の問題として執行機関、議員選挙の方法、事務の範囲其の他重要なる事項に対し御高説を承りたし、次回は来る十五日午前十時開会に決したり御承知を願う。午後三時四十分閉会
ヤジ研注:結局のところ、大連市議会は1923年(大正13年)から定数40のうち33議席が民選となりましたが、選挙権は市内に2年以上居住しかつ納税を行った25歳以上で男子の「帝国臣民」、つまり日本人だけに限定されて、中国人の選挙権は認められませんでした。残り7議席は官選で、「学識名望ある者」から関東州庁民政署長が任命することになり、市内の中国人有力者が選ばれました。日本の植民地支配に批判的な中国人は任命されるはずはなく、ま、しょせん「植民地のデモクラシー」ってそんなもんですね。
それでもこの時期に、日本の植民地で中国人にも選挙権を与えようと公の場で議論されたことは、かなり画期的と言えます。議事録にも出てきますが、英国植民地の香港では議員は全て官選(総督が任命)で、区議会や市政評議会に住民による選挙制度が導入されたのはやっと1980年代になってから、立法評議会では中国への返還を目前に控えた1991年からで、それでも半数の議席が業界団体による選出でした。
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