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2005秋 沖縄渡嘉敷島親孝行旅行(その2)

最終更新日 2006.10.4

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泊港北岸・渡嘉敷島高速船乗り場にて
(いよいよ渡嘉敷島へ)
11月8日(火)
6:00起床。今朝の那覇は曇り空。
国際通りを歩いている人もまだ少ないが、タクシーだけは頻繁に走っていた。

早めにホテルでバイキングの朝食を済ませ、身支度を整える。
今日は那覇泊港(愛称:とまりん)から高速船でケラマ諸島の渡嘉敷島に渡る予定。

8:00、ホテルをチェックアウト。
ホテル前からタクシーで泊港へ。
タクシーの運転手さんと、しばし会話を楽しむ。
国際通りから泊港まで約10分、タクシー代¥570だった。
沖縄のタクシーは安い!

泊港といっても広く、行き先(島)によって、またはフェリーか高速船かによって、乗り場が違うので注意が必要。
事前に調べてあった”北岸”でタクシーを降りた。
気温はまだ高くないが、湿度が高く蒸し蒸しする。汗がジワッと流れる。

9:00発の「マリンライナーとかしき」に乗り、いざ渡嘉敷島へ。
乗船客はダイバー、観光客、地元の人、業者の人などそれぞれである。

渡嘉敷港
(渡嘉敷港は雨)
ケラマ諸島はダイビングのメッカ。
海が非常に綺麗で世界中からダイバーが集まってくるという。
そんなケラマの島の中でも、渡嘉敷島は高速船でたったの35分という気軽さ。
シーズン中には海水浴客で大賑わいとなるそうだ。

9:40、渡嘉敷港に到着。小雨が降り始めた。
今日の宿は、阿波連地区にある民宿「ふる里」。
島で一番有名な阿波連ビーチが目の前の民宿らしい。

港からは民宿の送迎車が待っているはずだが・・・。
と、一台のワンボックスを発見!民宿ふる里の車だった。

いかにも”沖縄人”といった感じのご主人は、実は先ほどの高速船に乗っていて、父親と泊港の待合室で話をしていたらしい。
用事で那覇に出掛けていたそうだ。
その時は、まさか民宿のご主人とは知るはずもなく・・・。

雨も本降りになってきた。
港からは急な山道となり、歩いて民宿に行くのはナンギ〜(難儀)だと思った。

渡嘉敷島は縦長の島で、島のほとんどは山森となっていて、港は島の北東、阿波連地区は島の南西に位置している。
今は綺麗な海と山に囲まれた楽園の島にみえるが、過去には沖縄戦の地であり、犠牲となった島の人たちが多数いたことも忘れてはいけないと思った。

阿波連ビーチ
(阿波連ビーチ)
約15分で民宿ふる里に到着。
玄関先で小柄な民宿のお母さんが出迎えてくれた。
今日の宿泊客は自分たち家族3人だけの貸切りだそうだ。

10:00。外は相変わらず雨が降っている。とても静かだ。
時間はたっぷりとある。
宿のお母さんお手製のサーターアンダギーをいただきながら、ひと休み。
しばらくして空が少し明るくなってきた。雨も止んだようだ。
そろそろ散歩に出掛けようか。

カメラと折りたたみの傘を持って、まずは阿波連ビーチへ。
宿の前の坂道を少し下るとエメラルドグリーンの美しいビーチが広がっていた。
お〜これはすごい!思わず駆け出してしまった。
観光客は一人もいない。ここでも貸切り状態だ。
天気が良かったら、もっと綺麗なんだろうなぁ。

泳ぎたい気持ちもあったが、まずはビーチの外れにある展望台まで行ってみることにした。
岩のトンネル
(岩のトンネル)
ビーチの端には大きな岩があって、その岩には穴が開いていて天然のトンネルとなっていた。
岩のトンネルから先は遊歩道になっていて、山の上の展望台まで繋がっている。
南国特有の植物が生い茂る道を汗を拭き拭き上っていった。

展望台からは阿波連ビーチが一望できた。
海面にはサンゴだろうか、黒い影がくっきりと浮かんで見えた。
きっと海の中は、”龍宮城”なんだろうなぁ。

11月というのにセミの鳴き声が・・・。
鳴き声の後を追ってみると、羽根が透明で小さなセミを見つけた。

散歩を終えてビーチに戻り、水着に着替えてお楽しみの海水浴をした。
たまに小雨もぱらつく、あいにくの空模様だが、どうせ濡れるのだから気にしない。

透明度は抜群!数メートル泳いだだけで熱帯魚と遭遇!
熱帯魚は人に慣れているらしく、逃げるどころか自ら寄ってきた。
さらに沖に行くとサンゴがいっぱい。
水中カメラがあればなぁ・・・。次回は必ず持ってこよう!

母親も今回は思う存分、泳げたようだ。
それにしても、海でバタフライをすることもないと思うけど・・・。
元気だなぁ。
父親は浅瀬で水中観察?それとも水虫対策か?

1時間ほど”季節外れの海水浴”を楽しんで宿に戻った。

「まめや」フーチャンプルー定食
(「まめや」フーチャンプルー定食)
宿でシャワーを浴び、昼飯がてら阿波連地区を再び散策。
民家の軒先にはブーゲンビリアがきれいに咲いていた。

昼食は雑誌「urma」に紹介されていた「まめや」へ。
このお店では、手作り豆腐が食べられるとのこと。
豆腐造りを仕事としている自分としては、興味津々だ。

店は予想以上に広く、オープンな雰囲気。
ダイバーのグループが賑やかに食事をしていた。

両親は「ゆし豆腐定食」、自分は「フーチャンプルー定食」を注文した。
残念ながら、自家製豆腐は品切れとのこと。
代わりにピーナッツで作ったプリンをサービスしてくれた。

食事を終え、店のご主人に自分も豆腐を作っていると話したら、豆腐造りの苦労話や自慢話など、かなり熱く語ってくれた。
今度はぜひ自家製豆腐を食べたいなぁ。

お腹も満足し、天気も良くなってきたので、両親とは別行動で散歩の続きに出掛けた。

(その3)へ続く
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